その言葉は熱をもつ

卒業式も終わり修了式も終わり、春休みに突入した。勿論、あの日を最後に苗字さんとは会っていないし、せっかく連絡先を交換したというのにどういうメッセージを送ればいいかも分からなくて送らずじまいだ。
今の俺の悩みはそれだけじゃない。二年生の先輩たちの練習についていくので精一杯だし、来月には後輩も出来る。副主将を任せて貰っているのだから、上にも下にも目を向けなければいけない。マネージャー、今年は誰か入ってくれるだろうか。ああ、しんどいな。
部活帰り、いつものように先輩たちと駅に向かって歩きながら頭の中でごちゃごちゃと考えていると思わず小さな溜息が漏れた。それは隣を歩く木葉さんには十分聞こえる音量だったらしい。

「最近元気ないよな、赤葦」
「そうですかね」
「そうだろ。副主将任せちゃった俺らが言うのも何だけどさ、もっと力抜けば?」

そう言われても、というのが正直なところだが、木葉さんが俺のことを心配してくれているのは明らかであった。

「頑張ります」
「なんだそれっ、力抜くのを頑張っちゃ意味ねーだろ」

ははっと声を上げて笑う。この先輩はよく木兎さんや小見さんとふざけていることも多いけれど、視野の広い先輩だということを俺は知っている。あと意外と世話焼きだということも。

「俺らもサポートするし」
「ハイ、ありがとうございます」

少しだけ心が軽くなった気がする。1つしか年齢が変わらないのに、その1年という壁はあまりにも厚い。俺も後輩にこんなふうに接することが出来るだろうか。

「何よりお前は名前ちゃんの推しメンだからな」

思わぬところで出た苗字さんの名前にどきりとする。二年生の先輩たちは苗字さんのことを下の名前で呼ぶことが多い。本人がそうしてくれと言ったらしいけれど、俺は勿論そんなこと言われていない。ここでも1年の壁を感じるとは。

「何スか、推しメンって」
「あれ?聞いてねーの?副主将決める時の話」
「それなら少しだけ」

あの話はやっぱり本当だったのか。木葉さんはどこまでその話し合いに参加したんですか、俺のこと苗字さんはなんて言ってましたか、聞きたいことは山ほどあるけれど、どれも口にしたら苗字さんへの気持ちがバレてしまいそうなのでそっと口を噤んだ。

「ま、あんま無理すんなよ」

そう言って俺の背中を強めに叩き、木葉さんは先頭を歩く木兎さんたちの元へ走って行った。その後ろ姿を目で追いながら叩かれた背中をさする。思ったよりも力強く叩かれたおかげか、心のもやもやも飛んでいったような感覚だった。

そういえば卒業式の日も同じような感覚になったな。

「赤葦なら大丈夫」

そう言って笑うあの人の顔が過る。それだけで心臓は跳ねて体温は上がる。きっとこれから俺は何度も折れそうになるのだろう。だけど、今の先輩たちと、あの人からもらった言葉があれば俺は大丈夫だ。



(その言葉は熱をもつ)


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