さあ、刮目せよ

今朝マネージャーたちが「先輩は1時過ぎにくる」と話しているのを聞いた。昨夜の短いメッセージのやり取りの間で、時間を聞いていないことについさっき気付いたので、その情報は非常に有難かった。

その時間までもうあと少し。午後からは紅白戦をやると監督が言っていたのでマネージャー2人と一緒にゼッケンを部員に配っているところだった。

「おーっす」

懐かしく感じたその声は卒業した先輩の声。すぐに二年生の先輩たちが体育館の入り口まで卒業生を出迎えにいった。出遅れた、と内心思いながらその後に続く。
二年生の先輩たちの後ろから顔を出すとすぐに苗字さんが目に入った。私服だ。いや勿論卒業したから私服なのは当然なのだけど、今まで制服しか見ていなかったから何というか破壊力が凄い。長い黒髪は少し茶色くなっていた。離れているのでそれくらいしか分からないけれど、それだけの変化が俺には大きなダメージだった。もう俺の知っている苗字さんじゃないのだな、という寂しさ。二年という差はどうやったって縮まらないことを痛感した。

木兎さんたち二年生が先輩たちとの話に夢中になっている間、苗字さんは終始卒業生たちの後ろでニコニコと笑っていた。ふと気付くとその手には大きな袋が。マネージャーだった時の癖なのだろう、大きな荷物を持つことに抵抗がないのは。

「苗字さん」

気付けば俺は先輩たちをかき分けて苗字さんに話しかけていた。

「赤葦!久しぶり!」
「お久しぶりです、それ持ちます」

苗字さんは何故?というように首を傾げる。貴方はもうマネージャーじゃないでしょう、なんて言えない。自分が悲しくなるだけだと分かっているから。

「重そうなんで。差し入れですよね、きっと」
「あ、うん!そう!どうせみんな自主練するでしょ」

受け取った袋は予想より重くて、中を覗くとゼリー飲料が大量に入っていた。

「ありがとうございます、頂きます」

俺がそう言うと他の部員たちが「あざーす!」と口々にお礼を言って頭を下げた。

「ふふ、副主将っぽいね」
「いや、あの、」
「紅白戦やるんでしょ?頑張って!」

にっこり笑うその顔は1年間見てきた笑顔と何も変わらなかった。それがひどく俺を安心させる。

「あの、何時までいますか」
「んー、どうだろ紅白戦見たいから終わるまでいるよ」
「まじすか、じゃあ終わったらちょっと聞きたいことあるんで」
「お?いいよいいよ、何でも聞いて!」

いっといで!と俺の背中を叩く。ここの先輩は皆こうやって励ましてくれるのかな、木葉さんにもこれやられたし。なんて思いながら背中にじんわりと広がる熱を噛み締める。差し入れを抱えてマネージャー二人の元へ向かうと、二人揃って俺を見てにやにやと笑っていた。嫌な予感しかしないが、気が付かないフリをすることにする。

「赤葦〜?」
「ハイ」
「いつの間に名前ちゃんと距離縮めたの?」
「縮まってませんよ」
「はい嘘!完全に恋する乙女顔だったから!」
「俺男なんですけど」
「恋するは否定しないんだ〜」

やっぱり女子は鋭いんだな、なんて他人事のように関心してしまう。これ以上ここにいると根掘り葉掘り聞かれそうなので、差し入れを渡してさっさと立ち去ろうとしたのだが、

「協力してあげないこともないよ?」

なんて言う雀田さんの囁きが聞こえてきたので思わず振り返ってしまった。

「本気ですか?」
「本気本気。可愛い後輩の恋だもん、応援しちゃうよ〜」

白福さんもそれに同調してくれているが、どう見ても二人とも楽しんでいる。だけど他の先輩たちに引っ掻き回されるよりは断然この二人の方が頼りなるなと判断し、協力を仰ぐことにした。

「苗字さんって、彼氏いるんすか」

自分が想像しているよりもずっと小さい声で紡がれたそれはなんとか二人の耳に届いたようだ。言葉にすると思ったよりも恥ずかしい。顔の温度が上がっている。そんな俺を見て二人は零れそうな笑いを堪えているようだった。

「赤葦そんな顔するんだね」
「ほっといてください」
「聞いといてあげるよ〜」

お願いしますと二人に頭を下げると同時に木兎さんが俺を呼ぶ声がした。そうだ、紅白戦だ。そっちに集中しなければ。

「すぐ行きます」

主将にそう返事をしてから一度大きく深呼吸をしてコートに向かう。自分が今できる100%を出そう。ちらりと視線をコート外に向けると監督を何か話している苗字さん。この人の前で、俺を副主将にしたことが間違っていなかったって思って貰えるようなプレーをしなければ。


(さあ、刮目せよ)


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