まだボール1つ分ある空白

後輩たちの紅白戦。それはそれは見応えがあった。
今年のチームは全国でもいい勝負をする。いや、もしかしたら優勝だって出来るかもしれない、そう思えるくらい。私の1つ下の代は全国でスパイカーが豊作だと聞いているけど、うちの木兎だって絶対負けていない。親バカみたいなことを言うが、これは事実。

一緒に練習を見に来た同輩は紅白戦が終わる前に帰っていった。残ったのは私だけ。みんなもうアルバイトを始めていたり、友人と約束があったりで忙しいらしい。紅白戦が終わったのは夕方だった。監督からの話が終わり、今日の部活は終了。だが、当然のようにほとんどの部員たちが自主練をしていく。

「名前ちゃん!今日の俺どう!?」

体育館の隅にいた私に真っ先に話しかけてきたのは木兎。昔からずっと試合が終わると私に今日の評価を聞きにくるのが木兎の日課だった。

「今日はなかなか良かったんじゃない?落ち着いてプレー出来てたね」
「だろー!?」
「でももう少しサーブの精度を上げること!」
「うっ」

あからさまにしょぼくれる。だがこれはいつものことなので気にしない。最後に褒めてやればいつも通りになると分かっているから。

「後はレシーブだね、判断もっと早く」
「ううっ」
「だけど、最後のストレートは超凄かった!練習したんだね!偉いよ!」

そう言うと木兎の表情はパッと明るくなる。

「めっちゃ練習した!!分かる!?分かっちゃう!?」
「分かるよ、流石だね。頼むよ、エース」

肩をポンと叩くと満面の笑みで「任せろ!」と言って自主練に向かっていった。どこまでも真っ直ぐでどこまでも貪欲。性格も素直で分かりやすく、人懐っこい。芯の通った男だ。頭がいいとは決して言えないけれど、彼が主将であれば、そのプレーと人柄に周りは迷うことなく着いていく。そう思って私たち卒業生は木兎を主将に選んだ。あの判断は間違っていなかったな、とサーブ練習を始めた彼を見つめながら思った。

「名前ちゃん、差し入れありがとう」

次に声をかけてきたのはマネージャー二人組だった。

「どういたしまして。ごめんね、長居しちゃって」
「名前ちゃんならいつでも大歓迎〜」

目を見合わせて3人で笑いあう。つい最近まではこの光景が当たり前だったのに、もうこの体育館で揃いのジャージを着ることはないのだなと思うと寂しさが込み上げてきた。

「もう1回マネージャーやりたい」
「大学でやらないの?」
「うん。バイト始めるし、そんな時間もないだろうから」
「どこでバイトするのー?」
「駅の近くにあるファミレスだよ」
「あそこか〜。遊びに行くね〜」
「慣れた頃にきてください」

三人で他愛もない話をするこの時間が好きだ。帰りたくないなと思うくらい。そういえば私に聞きたいことがあるって言っていた後輩はどこへ行ったのだろうか。

「ねえ、赤葦は?」
「なんか監督に呼ばれてたけど、すぐ戻ってくると思うよ〜」

そういうことなら仕方ない、大人しく待つことにしよう。

「名前ちゃん、彼氏でも出来た〜?」

突拍子もない雪絵の質問に思わず笑ってしまう。

「何急に?ないない、彼氏なんかいないよ」
「でも雰囲気変わったよね。髪色と化粧かな?」
「大学生になるからね、イメチェンってやつだよ」

かおりと雪絵に自分の顔をじっと見られるのが恥ずかしくて、二人に背を向けて体育館の入り口に腰を下ろす。髪色や化粧のことなんて、今日会った同輩たちも何も言わなかったのに。やっぱり女の子は鋭い。二人は「片付けしてくるね」と言って倉庫の方に向かっていった。

バレーボールの跳ねる音と部員たちの元気な声を背中に感じながら、ぼんやりと空を見ていた。オレンジ色の空。マネージャーをやっているときはこんなにゆっくり体育館から外を見たことなんてなかった。運動場の方からは他の運動部の声も聞こえてくる。まだ卒業して1か月も経っていないのに懐かしく感じる。はぁ、と小さく息を吐くと丁度校舎の方から赤葦が走ってくるのが見えた。
きっと赤葦も私がここに座っていることに気付いているのだろう、そんなに急がなくてもいいのに、というくらいのスピードで向かってくるのが少し可愛い。

「すいません、お待たせしました」

肩で息をしながら私の前に立つ赤葦。こんなに背大きかったっけ。

「隣座りなよ」
「え、でも」
「このままだと私が赤葦に説教するみたいじゃん」

おいで、と空いている隣のスペースをぽんぽんと手で叩くと目の前にいた大きな一年生は失礼します、と小さな声で言ってから腰を下ろした。遠慮がちに座る赤葦の顔は夕日に照らされてあまり見えなかったけれど、思ったよりも近い距離に整った顔があって、少しだけ心臓が跳ねた。


(まだボール1つ分ある空白)



←前 次→