16歳のレベル上げ

自主練もそろそろ終わろうかという頃、ジャージから制服に着替えて帰ろうとしているマネージャー二人が体育館の入口から俺を呼んだ。

「赤葦、ちょっと来て」

苗字さんのことだろうと察して二人の元へ向かう。後ろの方で先輩たちが「赤葦が呼び出しくらった」や「アイツ何やったんだ」などと勝手な予想をしているのが聞こえてきたが、とりあえず無視だ。

「どうでした?」
「がっつくね〜赤葦」
「男子なんてこんなもんですよ」
「素直でよろしい!」

あはは、と二人に笑われた後手招きされて人目のつかない場所に移動した。正直こんな話先輩たちに聞かれたくはなかったので、こういう気遣いは嬉しい。

「名前ちゃんの有力情報を2つ手に入れました〜」

ぱちぱちと自分で拍手をする白福さん。俺が頼んだのは彼氏がいるかどうかということだけだったが、もう一つ何かが増えたらしい。でも二人のこの様子から、悪い知らせではないということだけは分かる。

「まず1つ目、今彼氏はいないそうです!」

その一言に胸をなでおろす。ようやくスタート地点に立てた、そんな気分だ。さすがに彼氏がいる人にアピールするような強いメンタルは持ち合わせていないし、何より苗字さんが幸せなのに、それを横から引っ掻き回すようなことはしたくなかったから、本当に良かった。だけど今の雀田さんの言い方だと、昔はいたということだろう。俺は高校三年生からの苗字さんしか見ていないから、それより過去に何があったのかなんて知らない。前の彼氏はどんな人だったんだろう。また知りたいことが増えた。

「よかったです。あともう1つは何ですか?」
「バイト始めるんだって〜」

大学生になるとほとんどの人がバイトを始める。だから苗字さんが始めたってなんら不思議ではない。なのに、何故だろうか、置いて行かれたような気がするのは。俺と彼女には未来永劫埋まらない2年の差がある。俺より早く高校を卒業するのだから、俺より早く新しい環境に身を置くのは当然のことだ。一方的に俺が苗字さんを好きなだけで、付き合っている訳でもないのに「置いていかれた」と思うのは間違っていると分かっている。あれ、人を好きになるってこんな感じだったっけ。

「そうですか。大学生ですしね」
「駅の近くにあるファミレスでやるって言ってたよ」
「えっ」
「びっくりだよね〜。今度行ってみようよ〜慣れた頃来てねって言ってたし〜」

駅の近く、ファミレス。思い当たるのは一か所だけだ。今まで滅多に行くことはなかったが、白福さんの言う通り、部活のみんなで来ましただったら決しておかしいことではない。むしろ健全。先輩の顔を見に行くというすごく自然なことだ、大丈夫。

「行きましょう、先輩たちも連れて」
「いつ頃なら行っていいか、名前ちゃんに聞いといてよ」
「俺ですか」
「どうせメッセージ送る口実も思いついてないんでしょ」

全くもってその通り。昔からあまりがつがつ行く方ではなかったし、今回については相手が先輩で、しかも卒業してしまった人。そんな人にフランクにメッセージを送れるような男ではない。

「聞いてみます」
「じゃ、その結果はまた今度聞かせてよ」
「私たち先帰るから戸締り宜しくね〜」

そう言って俺の恩人であるマネージャー二人は帰って行った。普段からバレーのことでは二人にサポートして貰っているが、こんなところでもサポートして貰うことになるなんて。もし、万が一、俺が苗字さんと親しい関係になれたら。いや、なれなくても、二人には何か恩返しをしようと心に決めた。

体育館に戻る頃には空はもう真っ暗。苗字さんもそろそろ家に着いただろうか。後で連絡してみよう。「ちゃんと帰れましたか」とかでいいのか。でもこれもまた「お父さんみたい」って笑われてしまいそうだ。一人の後輩ではなく、お父さんポジションでもなく、ただの一人の男として見てもらうにはこれからどうしたらいいだろう。でもとりあえず、俺の当面の課題は決まった。


「木兎さん、俺もっとパワーつけたいです」


(16歳のレベル上げ)


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