パーシヴァル様は今、私の膝にその頭を預け微睡みを覚えている。この方はお忙しいから、出撃のみならずあちこち飛び回っては遊学をなさるので時折無茶をされてしまうのだ。疲れを色濃く残したまま書類と向き合う手を止めて休むよう提案したところ、少し眠るといってソファに座っていた私に頭を預けてしまったが、私の胸の高まりなど他所に彼は少しずつ意識を沈めていた。
やる事もなく、パーシヴァル様の御顔を見つめる。何時もの自信に満ちた表情は今は疲れた御身体を休めているのか、安らかにその瞼を閉じられているため穏やかでいた。赤く燃える髪は今は降ろされ、美しいそれが当たって少しくすぐったい。
それと同時に手が勝手に彼の御髪を触っていたのに気が付いて我に返る。しかし思っていたよりも柔らかく、常にスタイリングをしてらっしゃるのだから少し固いのだと思っていたので驚いてしまった。指を通る感覚が心地いいのは手入れがきちんとされている証拠だ。それすらも彼にとっては当然の事であるが、そうなれば彼に付き添う私もそれ相応に見目に気を配らねば彼の顔が立たないというものだ。パーシヴァル様は私の容姿を褒めてくださるが、私はそれでも満足せず、武のみならずとも己を磨き続けるべきである。そう伝えると彼は私が可笑しかったのか少し喉を鳴らすと「いい心がけだが自分を見失うなよ」と仰ったのだが、後にそれをランスロットさんに何気なく打ち明けると彼にも笑われてしまい、「そのままの君が好きなんだよアイツは」と言われてしまった。




「ふふ、本当にお綺麗な御髪」
本来ならば御髪に触れるのさえ良くない事だが、今の私は魔が差したままどうにもならないらしい。あまりにもパーシヴァル様の御髪の手触りが良くて、眠ってらっしゃる今ならお気付きにならないだろうと思ってしまっている。出来るだけ頭部に触れないように優しく撫でていると、少しだけパーシヴァル様の口許が緩んでいた。夢を見てらっしゃるのならばさぞ幸せな夢なのだろう。
出来れば少しでも長くこの時間が続けばいいと思う。穏やかに眠る彼の御顔を眺めながら御髪をそっと撫でるだけで私の心は満たされている。しかし彼が起きている時には恐れ多くて出来やしないのだ。本当はもっと彼に触れていたいはずなのに、優しく綺麗な瞳に見つめられると心臓を射抜かれたように胸が高鳴ってしまい触れるどころではないなどと、あまりにも恥ずかしくて言えるわけがない。
「貴方が眠っていないとこう出来ないなんて言ったら、貴方はきっと私を笑うのでしょうね」
「ん・・・何だ・・・」
そう呟くとパーシヴァル様の瞼がうっすらと開いてしまって、私が無意識に今度は頭を撫でてしまっていた事に気付いて息を呑む。私は何という事をしてしまったのだ。パーシヴァル様の眠りを自ら妨げてしまったではないか。
「も、申し訳ありません、その、私のせいで折角のお休みを妨げてしまいましたよね、私、何て事を」
「待て、違う。少し落ち着け」
「でも」
「何をしていたかは知らんが良く眠れたぞ」
微睡みから醒めた重い瞼をゆっくりと開きながらパーシヴァル様は微笑むも、実際に眠っていらした時間はあまりにも短かった。それが私の先程の行為のせいだとなるとあまりにも申し訳ないのだ。
「違うのです、私、貴方があまりにも穏やかな御顔で眠ってらっしゃったから、魔が差してしまったのです。貴方の御髪にずっと触れていました。とても綺麗で柔らかくて、その、頭まで触れてしまっていたみたいで」
「そういう事か」
パーシヴァル様はゆっくりと瞬きをされると腕を伸ばし私の頬に触れた。その瞳には呆れや怒りはなく、私はその理由が理解出来ず、また目を逸す事が出来ない。
「いやなに、触れられていたのならば納得がいく。心地良い感覚に包まれて眠っていた気がしてな。寧ろ俺としては有り難かったんだがな」
「そんな」
「だから謝るな。お前は直ぐに謝る事が癖になりつつあるな。その殆どが俺にとっては有難いものだという事にそろそろ気付け」
「ご迷惑にならないと」
「なるわけがないだろう。迷惑だからと遠慮しているようだが、俺はお前に遠慮されたいとは思わない」
私の頬に添えられた指が頬を撫でる。その仕草があまりにも優しくて少しくすぐったかった。それに伴い手の甲に触れていた私の髪に静かに指を絡め、その感触を確かめるようにしばらく梳いていた。パーシヴァル様があまりにも幸せそうになさるものだから、私はただ黙ってなされるがままになっていた。
「お前は俺の髪が綺麗だと言ったな。お前の細く柔らかな髪の方が美しいと俺は思うがな」
「そう、ですか?それは光栄です」
「ああ。しかしずっと触れているわけにはいかんな」
「私の髪でよければ構いませんよ」
「そうか?しかしな」
パーシヴァル様の手が止まり、少し物足りなく感じてしまった。あまり触り続けるのは良くないと気遣ってくださっているのだろうが、私の髪でよければ、いや、もう少し触れて欲しい。遠慮をするなと仰るのならこの我儘は許されるだろうか。
「いえ、違うのです。我儘なのは承知しています。貴方が気遣ってくださっているのも分かっています。私の髪を梳く貴方の手がとても優しくて、心地良く感じるのです。ですから、もう少しだけ私の髪を梳いていてくださいませんか?」
「ナマエ・・・」
「パーシヴァル様が遠慮するなと仰いましたので!私も沢山貴方の髪に触れました。今度はパーシヴァル様、貴方の番ですよ」
「フッ・・・中々面白い事を言う。いいだろう、では俺の気の済むまで存分に楽しませてもらうぞ」
「はい!」
時折頬を撫でるパーシヴァルの温かさを感じ頬が緩むのを感じる。心が満たされる感覚を噛み締めながら何もかも忘れてただ触れ合い笑い合うだけで、こんなにも私は幸せなのだ。