感じていた心地良い熱が何時しか引いた事に気が付いてうっすらと目を開ける。そこには彼は居らず、代わりに室内を少しずつ彩る仄かな茶葉の香りがして身を起こした。きっと私より先にお目覚めになられたのだろう。主人を差し置いて眠りこけてしまった事に恥じながらも未だに微睡む頭をゆっくりと支えるように身を起こすと、背後から心地良い声が私を包み込んだ。
「目覚めたか」
「はい、あの、また貴方より後に目覚めてしまいました」
「ナマエ」
「あっ、おはようございます、パーシヴァル様」
「ああ、おはよう」
私はすぐに謝罪を口にする癖があるらしい。パーシヴァル様はその私の癖をあまり気に入らないようで、それを制止するように名前を呼んだ。俺の妃となるのならば胸を張れ。ミスなど当たり前だ、些細な事では怒りはせん。そう少し優しく叱られた事を思い出し、柔らかな日差しと相まって私の口元は緩やかに、穏やかに弧を描いた。
そういえば、とふと自分の身体を見る。そこにはきちんと寝間着が着せられており、彼の紳士としての一面をまた垣間見る事が出来る。そうだ、昨日は彼と肌を合わせたんだった、と今思い出すぐらい、色事の痕跡が一見すると感じられないのだ。私が力尽きて眠ってしまっても、彼はこうやってきっと、終わった後の少し気怠い身体に鞭打ちして後処理も完璧にこなす。決まって翌朝に後悔をするのだが、その後悔も前回咎められた。本当に彼はお優しい。
そして私はやや恥ずかしがる性質のようだが、最も恥ずかしくなるであろうひとつであるこの行為を恥じる事がない。それはお慕いしているパーシヴァル様と光栄にもひとつに繋がれるからであるのは無論だが、恥じらいよりも幸福を感じさせてくれるのも、パーシヴァル様が私を気遣い優しくこの身に触れられるからでもあろう。それが出来なくても、少し激しくてもやはり仕草に優しさが伝わってくる。彼の優しさと温かさがこんなにも近くで感じ取れるのだ、これで幸福感が得られない訳がない。
「良いタイミングで目覚めたな」
昨晩の余韻に浸りながら大きく伸びをしているとティーカップが差し出される。本来は私の仕事なのだろうが、これもご自身の勝手だからと気にする事を止められていたので素直にそれを受け取る。その紅茶には私の好みの量のミルクが注がれており、ここまでよくして貰っては面目無いと思いつつもひと口飲めば、またひとつ幸せが微睡む思考を満たしていく。
しかし幼い頃から兄君にお仕えしていた事でもう従属としての性質が染み付いてしまっている。対等にと言われても直ぐに頷く事が出来ないぐらいなのだから当然、気負いなどではなくして貰うだけではこの心は落ち着きを取り戻さない。しかしこの身は兵士として研ぎ澄まされてしまっており、恥ずかしながら紅茶の一杯すら満足に注げず、寧ろ彼の方が上手だ。私はノイシュ殿を見習うべきであるし、教えを請うべきでもあるのだろう。彼は立派にヘルエス殿とセルエル殿の護衛としてだけでなくお世話もしているのだから。



「また何か考えているな」
「・・・私はそんなに顔に出やすいのでしょうか」
「さあな。少なくとも俺には手に取るように分かるが」
「お、お恥ずかしい・・・」
なんという事だ。早速ばれてしまったらしい。顔から火が出そうになるのを必死に抑えるが、羞恥がそれを大きく上回ってしまった。長年の付き合いなのか、それとも私の性質なのかは分からないが、本当に私を良く見てらっしゃる。しかし今の考え事に限ってきっと言ってしまえばパーシヴァル様はお咎めになるのだ。あまり言いたくはないのだが。
「フ、構わん。言ってみろ」
「えっと、パーシヴァル様にこんなに良くして頂いているのに、対して私はそういった面であまりお役に立てないなと少し反省していたのです」
「またお前は」
「はい・・・きっと貴方はまた私をそんな事で気にするなと仰るかと思いまして、その、秘めておきたかったのですが」
「だから何度も言っているだろう。俺が勝手にやっている事だ。それに、俺はお前が傍にいるだけで満たされるとも言ったな?」
ああ、何度聞いても身に余る光栄だ。そう言われてしまっては、役に立ちたいという思いが薄れてしまいそうになる。従者としてではなく未来の妻として見るその瞳は私の中の奉仕の心を鈍らせる。彼の優しさを一身に受けているうちに、幸せで溺死してしまうのではないかと時折感じるのだ。
しかしどれだけ幸せでも、私もパーシヴァル様の役に立ちたいと思う気持ちは薄れてはならない。静かな朝に彼のためにアーリーモーニングティーを淹れてあげたい。そしてそれを口にして、緩やかに微笑む彼のお顔を拝見したい。私がお世話をする事でパーシヴァル様が喜ばれるならば、私はそれを最大幸福のひとつとして糧にし、もっと彼に寄り添える。そう思い直すとこの心は結局は従属でもなんでも無く、ただ純粋に彼を慕うからこそなのかもしれない。
「いいえパーシヴァル様、私はただ貴方が喜ばれるのであれば、私は貴方のお世話をもっとしたいのです。護衛としてではなく、また従者としてでもなく、ただ貴方という人の為だけに。貴方の喜ぶ顔が見たい、そんな単純な理由なのです。例えば朝の紅茶だってそう、今私はとても幸せで嬉しい。だから、パーシヴァル様にもこの気持ちを届けられるのならば、そう思うと何もせずにはいられないのです」
真っ直ぐ彼の瞳を見つめ打ち明けると、パーシヴァル様は少し目を丸くしてからまた優しく微笑まれた。切れ長の瞳が細められるその様は、私を捉えて離さない。
「フ、ならばいいだろう。お前が何にもとらわれず自らの意思で俺の為にと願うのなら、俺はこれ以上口は出すまい。よく言った」
ベッドの端に腰を下ろしたパーシヴァル様の手が私の頬に触れる。優しく触れる手のひらの温かさを心地よく感じて笑みが溢れる。彼の温かい手が好きだ。こうやってそっと頬を撫でられるのも好きだ。彼の温もりを感じ取れるのだ。もしかするとこれも彼と肌を合わせる事が幸せに感じる理由の一つなのかもしれない。




「貴方のためなら頑張れるのです。ですから、もし形になった時には、今度は私が紅茶を淹れさせてくださいね」
「ああ、期待している」
冷めてしまわないうちにミルクティーをまたひと口頂く。彼のカップから香る仄かな茶葉の香りを楽しみながら穏やかに過ごすこの時間は、とても贅沢で愛しいのだ。