「俺が国を造るその時は、俺の隣にいてくれ」
そう強い意志を宿した赤く燃える瞳で射抜かれて、私は思わず息を呑んだ。
勿論、私はパーシヴァル様の描かれる理想の国造りがどのようなものなのかを見定め、そして見届ける責務がある。道を見失いそうになれば、標となる灯火を点け直す義務がある。そうでなくとも、私はパーシヴァル様の覚悟を測り、問い掛け続けなければならない。
これはアグロヴァル様から託された任であり、しかし私如きに遂行できるなどとは思っていない。これはアグロヴァル様も良く理解していらっしゃるだろう。私という女など、「"騎士"(わたし)が"騎士"(わたし)でなくなり」、「"何れ炎妃になる女"(わたし)となる」であろうという事を。
もうこれ以上は何も言及せまい。アグロヴァル様から仰せつかったこの責務の意味など、聡明でなくとも理解できる。
してそれは、彼の隣であり、隣ではない。恐らく正確に言い表せば、数歩後ろなのだろう。いや、まだそうあらねばならないのだ。私は光栄なことにパーシヴァル様に見初められているし、私も彼を強くお慕いしているのだが、まだ私は、無条件にその隣に立ってはいけないと感じるのだ。



そも私はアグロヴァル様よりパーシヴァル様に託された従者なのであるのは忘れてはならない事実だ。実際、パーシヴァル様もアグロヴァル様に打ち明けるタイミングを計り兼ねてらっしゃるのだから、アグロヴァル様に認められるまでは、この想いを全ては曝け出さずに噛み殺すべきなのだ。それなのに、パーシヴァル様は私のこの胸中を知っていながらこちらに歩み寄るのだ。
ああ、何と狡いお方なのだろうか。全てを彼に委ねてしまえたら楽なのだろうに、主と従者という関係が、私を鎖で縛り付けている。
「家臣としてではない。俺の妻として、妃として、お前には隣で笑っていて欲しい。それだけでいい」
そうだ、私はいつかの未来で彼の妃となるのだ。なのに私はまだ、一歩前へ踏み出せていないのだろうと思う。パーシヴァル様が手を差し伸べてくださっているのに、私は何を恐れているのだろう。世間の目ではない。アグロヴァル様からの目は少し恐ろしいが、それが大きな原因でもない。
だとすればきっと、私は騎士としてお仕えする時間が長すぎた。従属する事が身に染みている私が王族である彼と肩を並べて寄り添う覚悟が、出来ていないのかもしれない。私が一方的に壁を作っているのだ。
本当は私だって、パーシヴァル様の手を取って笑いたい。身分というのは、立場というのは、この上なく恐ろしい。長年そうあれと生きてきているのだから、私のような気性では簡単に打ち破れないのだ。



世界が、人生が、いや、私自身が強く鎖を巻きつけた。しかしそれを、今も私を傷つけぬよう時間をかけてゆっくりと解いてくださる。それなのに私は自ら幾重にもこれを巻きつけてしまったばかりに、彼の優しく温かい熱で鎖を紐解きゆっくりと溶かし尽くしてくれるその時を待っているだけなのだ。
ああ、何と情けなく臆病な事か。彼に寄り添いたいと思えたなら、自らの重い鎖に抵抗でもすればいいのに。それでいてパーシヴァル様に救いを乞う渇望の眼差しを向けている。 自らの醜さと欲に羞恥心を抱く。こんな未熟で芯も強くもない女に溢れるばかりの愛をくださる彼のために、気を強く保たねばならないし、自信も持たねば。
過ぎた卑下と謙遜は時に棘となる、という彼の言葉を何度も心臓に刻み付ける。そうだ、騎士たるもの、そして何れ炎が妃となりしもの、そう望むのならば。



息をゆっくりと喉の奥に落とし、僅かに目を伏せる。火を灯すように力強く開いた双眸でパーシヴァル様の瞳を見つめる。彼の強くも優しいそれが、私の身を緩やかに包む炎のように私を映した。
「はい。私も、如何なる時も貴方と同じ景色を見ていたいです。その景色がいつしか貴方の愛する国となろうとも、貴方の隣で見るのは私でありたい」
今までで一番の我儘ですね。そう困ったように少しはにかむと、パーシヴァル様は私を見る瞳を細めた。私は彼のこの表情が好きだ。私を優しく包み微笑む彼に、全てを投げ出して身を委ねたくなる。
「まだ待たせてしまうだろうが、必ず共に夢を成し遂げてみせよう。お前に早く見せてやりたいものだ」




柔らかく温かい風が吹き抜ける。背中を押すように風に僅かに舞う髪を愛おしく撫で、お互い誓うように穏やかに微笑み、唇を寄せ合った。