「これをグランサイファーに届けて貰えるかしら」
一通の封筒を出し、日差しが強くなる中ナマエはフェードラッヘの城下町を発った。その封筒の宛名には、恋人と、赤い男の名を刻んで。



強い日差しがグランサイファーの甲板を照りつけ、その熱が艇に焼け付くような不快感を作り出している昼下がり、竜の騎士達は涼を求めて冷えた飲み物を片手に食堂で屯ろしていた。ヴェインが事前にグラスを冷やしていたお陰で幾分かは楽になっていたが、じわりと肌が汗ばんでいる。鍛錬で流した汗なら良かったのだが。
そんな彼らに近づく小さな影があった。独特の小さな姿を取る赤い竜、ビィは手にどうやら封筒を握り締めているようで、この中の誰かに届けるようにグランに頼まれたのだろう。その目的の相手は彼らの中にいたようで、それを確認するとその小さな腕を振りながら近づいてきた。
「あ、見つけたぜ!おーい!ジークフリート!」
「ん、どうしたビィ」
「おう、何だおめーらお揃いかぁ。ならちょうどいいや!ナマエからお前と、あとトサカの兄ちゃん宛に手紙だぜ」
ビィから手渡された一通の封筒を見ると、そこには確かにジークフリートとパーシヴァルの名が書かれてあった。師の名前を耳にしたヴェインが背後から顔を覗かせるが、弟子の名前が書かれてない事を知ると肩を落として泣く泣くとランスロットの元に戻っていった。
「先生〜弟子にはなーんにもなしかよぉ・・・」
「まあまあ、俺達には特に用や心配事がないんだろう。あの人の手紙は大抵用事のみのシンプルなものだから、俺達宛の手紙がなくても気にすることはないぞ、ヴェイン」
「そう?ならいいけどよ〜・・・」
少しむくれたヴェインと宥めるランスロットを視界の端に入れながら封を眺める。そういえば、彼女は遅れて合流するんだったか。グランの誘いに中々応じなかったナマエが此度のアウギュステでの長期休暇に乗り気になった理由を考えると、私事では手紙を寄越さないあれが何故自分宛にまで手紙を寄越したのかジークフリートは益々首を傾げた。
グランサイファーは今アウギュステに向かっていた。今年も暑い夏を乗り越えんとアウギュステの海で過ごす事になり、グランは竜の騎士がせっかく揃ったのだからナマエも一緒に、と誘ったのだが彼女は遊んでいる暇はないときっぱり断ったため引き下がろうとしていた。ジークフリートからの誘いも渋った時の彼の寂しそうな顔を見兼ねてパーシヴァルがそれなら海洋生物に関しての研究発表会ならどうだ、と誘導してようやく首を縦に振ったのだった。
「おいジークフリート。開けんのなら貸せ」
そうしているうちに見兼ねたパーシヴァルの手が伸び、するりと手元から手紙を抜き取る。その動作で我に帰った時にはもう既に封筒から出てきた自分宛のもう1つのそれをパーシヴァルに差し出されていた。
「何だ?そんなに驚いているのか?」
「いや、俺に用はないはずなんだがなぁ」
「身の心配でもされているのだろう。お前は戦い以外になると締まりがないからな」
「うわぁ〜ナマエは相変わらず容赦ねぇなぁ。じゃあ手紙も渡せた事だしオイラはもう戻るぜ」
「ああ、ご苦労だった」
小さくなるビィの背中を見届け、渡された自分宛の封筒を眺める。そこには案の定自分への心配もとい小言が連ねられており、相変わらずの態度に苦笑いが溢れる。
「やっぱり心配されたんですね」
「参ったがその通りでな、そんなに俺は戦闘以外で信用ならんか?」
「そっそんな事ないですよ!なぁヴェイン!」
「そっ、そ、そうだな!全然そんなことないぞぉ!」
弟子の目が泳いでいるあたり気遣われているらしい。身の回りの事に頓着が無さ過ぎるとパーシヴァルにもナマエにも昔からよく言われているが、ジークフリートは毎度上手くひらりと躱していたのだった。ヴェインにまで気遣われてしまってはどうしようもないな、と苦笑いを零しながら先程から書面もとい手紙と睨み合っているパーシヴァルに目を遣った。
「ナマエめ・・・相変わらず無茶を言いおって・・・」
「今回はどんな難題を課されたんだ、パーシヴァル」
「自分が到着するまで可能な限り海洋生物に関する資料を集めておけだと?全く、どこまで俺を使う気だ。資料の請求ぐらい自分でしろ・・・」
「いいじゃないか、それだけナマエさんに信頼されてるんだから」
「そーだぞもっとやる気見せろよな」
ジークフリートは眉を潜め溜息をつくパーシヴァルに同情の視線を送る。パーシヴァルの聡明さと処理能力、采配能力を高く評価しているが故の難易度の高い依頼ーーそれを人は無茶振りと言う時もあったかーーをまたもや任されたと頭を悩ませるパーシヴァルを過去に何度見ただろうか。
「まあ、元から手を抜くつもりはないがな」
一度やると決めたらとことんやり抜く男だ、パーシヴァルは。きっと、いや必ずナマエからの課題を難なくクリアする。そう確信したジークフリートはパーシヴァルの背中を軽く叩くと、溜息が返ってきた。




「ナマエは俺達がアウギュステ到着の3日後に合流か」
「なら迎えに行こうぜ!絶対喜んでくれるって」
「そうだな、まあでもすぐ解散だけどな」
「だよな〜先生仕事あるもんな〜」
「仕事熱心なのは構わんが」
話すヴェインとランスロットを横目にパーシヴァルがちらり、とジークフリートを見る。突然の言葉にきょとんとする様を見たパーシヴァルは更に眉間に皺を刻んだ。
「こちらの用が終わり次第アイツはすぐにお前に引き渡す。俺とて休息は欲しい。後はお前の好きにしろ、ジークフリート」
「すまんな、有り難く引き取ろう」
「フン」
どこまでも気が回るというのは同じく苦労が付き纏うというのに、昔から変わらないパーシヴァルの素直ではない物言いに滲む配慮に感謝する。もっとも、頑固なナマエを無理にでも引き込んだのはパーシヴァルである。しばらく彼女と同行するのは彼であり、つまり仕事熱心な彼女と実際に余裕を持って過ごせるのはまだ先の話だ。そう結論を導き出すと、自分の中でどろりとした感情が底へと深く沈んでいく感覚を覚えた。
ああ、お前の手を引いて逃げ出してしまいたいなど、俺はこんなにも我が儘だっただろうか。
心の中で僅かに現れた彼女への嫉妬に自嘲しながら、それを溶かすように視線を青空へ投げた。