「そういう事だったのね・・・!」
よくもまあ聡明だの何だの言われたナマエが上手く騙される、というより企みの真相に行き着けさせまいとしたものだ。
忘れていた。あからさまにこちらに隠し事をしていたはずなのに、ユカタヴィラ選びが楽しくて怪しむ事を放棄していたのだが、蓋を開ければその企みの正体なぞ容易く推測できただろうに。目の前でにやつきながら揶揄う弟子達を後で少し懲らしめてやろうかと思ったが、ルリアが提案したというのなら当然下心などなく、ただ純粋にナマエとジークフリートを想っての事だったのだろう。叱れるはずがない。
「はい!あの・・・隠していてごめんなさい!」
「はあ・・・いいわよ、別に」
溜め息で誤魔化しているが、ナマエは今目の前にいる自分の相棒を直視出来ないでいた。いざ鉢合わせた時、彼を見て驚くどころか顔に熱が集中しかけたのを堪えるので精一杯だった。これも忘れていたが、この男は年相応に美しい。マダムキラーなどとまことしやかに囁かれていたが、今この瞬間程この言葉を信じた事はなかった。彼が身なりを整え着飾った時にはいつもと違う雰囲気に驚き見惚れた事はあったが、ユカタヴィラという異国の軽装に、見慣れない艶のある雰囲気を含まれこちらに柔らかく微笑まれてしまえば、流石のナマエでも心臓が早鐘を打ってしまうものだ。
この熱を紛らわせたいのに一向に治らないと焦りを覚えたが、そうしている間にも皆ナマエとジークフリートを置いて解散してしまった。去り際にグランに小さく「楽しんで」と耳打ちをされてしまったので軽く頭を小突いたが、グランはにこやかにナマエの背中を押してそのまま駆けて行った。きっと彼らはこれが目的だったのだろう。お節介も程々にしろという言葉を飲み込んで、目の前の彼と向き合わざるを得なくなってしまった。
まさかこれから彼とユカタヴィラでデートだとは。




「どうした、先程から俯いているように見えるが」
「うるっさいわね何でもないわよ」
顔を上げられないのは、目を合わせられないのは彼のせいだ。きっと赤くなっているこの頬を見られたくなくて、しかし二人きりの時間は残酷にもその赤らみを増幅させていく。暑さと熱さで茹ったら、この男に訴えてやろう。
「不満か?」
「何よ」
「久々にでえと、とやらを」
「ああもうやめて別に不満じゃないわよ!言わなくていいから!」
面と向かってデートと言われてしまい気恥ずかしくなって目を覆った。きっと今の反応で殆どを悟られたに違いなく、尚更顔を上げられなくなってしまう。それにつられるようにまた顔に集まる熱が膨らんだ。ああ、逃げたい。
「ふむ」
「!」
ジークフリートは顎に手を添え少し考えるそぶりを見せた後、ナマエの肩を抱き寄せた。ジークフリートの突然のこの行為に思わず悲鳴が上がりそうになったのを飲み込み睨むと、彼の年甲斐もなく口角を吊り上げて満足気に浮かべた笑顔を目にしてしまい思わず息が詰まりそうになった。しまった、嵌められた!
「やっとこちらを向いてくれたな」
「嵌めたわね・・・!」
「ふっ・・・何時もと違うお前を目に焼き付けておきたかっただけなんだがな」
「またそうやってストレートに・・・!貴方本当にそういう所よ、本当、本当に恥ずかしいんだから!」
肘で軽く小突いてもジークフリートの表情は崩れる事はなく、寧ろ喜びが読み取れる。この衣装がそうさせるのか、はたまた久々にデートをして浮き足立っているのかは判別がつかないが、ナマエさえ彼のこの顔を見る事は今まで殆どなかった。珍しい彼の様子にやや驚きながらも、自然と彼女にもジークフリートの楽しいという感情に惹き寄せられていく。かつての若い頃に戻ったような新鮮で晴れやかな気分になる。何もない、平穏な今ぐらいは浮き足立ってもいいだろうと言わんばかりに、太陽が大きく輝いていた。




「そういえば何故中々こっちを向かなかったんだ」
「・・・とぼけないで」
ふと思い出したように話を掘り返され、ナマエは思わず身を硬ばらせる。ひと息ほど遅れてややぎこちなく送られた視線をしかと受け止めながらも、ジークフリートは相変わらず顔色を変えずに顔を覗き込んだ。
「さあ何のことやら。お前の口から聞きたいんだがなぁ」
「ッもう!見慣れないからよ!似合っているわね!これでいいかしら!」
顔を覗き込まれ慌てて顔を逸らしたナマエの頬はきっとまた染まっているのだろう。それよりも照れながらも返された自らへの称賛に目を丸めたが、普段気に留めない他人からの評価であるはずがナマエから讃えられ、あまりの珍しさにジークフリートは思わずきょとんとした顔を浮かべた。彼女は真に認めたもののみを褒め称えるが、どうやら気恥ずかしさがありながらもこのユカタヴィラの姿を気に入ったらしいのだと理解すると、彼の心は少し軽くなった。
「お前に褒められるとは光栄な事だ。お前に見せておいて正解だった。まあでも、俺はそれよりもお前がいつにも増して美しくなっている事の方が嬉しく思うが」
「なっ」
「普段のお前も好ましく思うが、普段とは違う格好だとまたお前が違って見えてまたお前の魅力が引き出されてしまうな」
「や、やめて褒め殺す気でしょう!恥ずかしいからそれ以上やめてちょうだい・・・!」
ああ、取り乱す彼女もいつ見ても愛おしい。
俯いてしまったナマエの手を静かに引く。地を擦る草履と波の音を聞きながら、ひと時の安らぎを刻むようにゆっくりと歩いていった。