※エピ改変しています(引用もあります)


あまりにもジークフリートが素直に褒めるものだから、アウギュステ滞在の間、たまにではあるがナマエもユカタヴィラを着るようになっていた。確かに涼を感じやすく、慣れてしまえば歩く事も苦にならない。恋人から褒められるというものは恐ろしく効果が高いらしく、この短い間で着付けさえ我が物としていた。ユカタヴィラを大層、気に入ったらしい。
慣れた手つきでジークフリートを着付け送り出す。今日はサラとダヌア、グラン、ルリア、ビィを連れて浜辺で遊ぶらしく、折角なのだからと涼しげな格好で行きなさいというナマエの提案にジークフリートは少し考え込んだが、ジークフリートも同様にユカタヴィラに慣れてきていたのか素直に応じた。歩く様は普段から東国の衣装を着ていたかのように違和感を感じられなくなっていた。
「お前がいないのはちと残念だがな」
「何言ってるの。他の人との時間ももっと大事にしなさい」
「そういうお前はあいつらと出るんだろう?」
「うるさいわね、いいから早く行きなさい。待たせては駄目だと昔から教えているはずだけど?」
「わかったわかった、じゃあな」
小さくなるジークフリートの背中が見えなくなるのを確認すると踵を返す。途中、食堂で待機している彼らにもう少し待っているよう声を掛けるとランスロットが立ち上がりナマエに歩み寄ってきた。昔から、ジークフリートだけでなく自分の姿も見つけてはすぐに近寄ってくるところは全く変わっていない。
「ナマエさん!」
「今から着替えるからもう少し待っていてちょうだい。待たせて悪いわね」
「ゆっくりでいいですよ、今までジークフリートさんの着付けをしてたんでしょう?幾らでも待ちますからあまり気にしないでください」
「そう、助かるわ。でもあまり待たせたら今度はパーシヴァルがうるさいでしょう?」
ちらりとテーブルに目を遣ると視線に気付いたヴェインは歯を見せ笑いかけてくるが、パーシヴァルからは早くしろと言わんばかりにじとり、と睨まれてしまう。案外早い催促に溜息をつきながらも待てというメッセージを乗せた視線を送ると顔を逸らされてしまった。
「もう駄目ね」
「パーシヴァル・・・あいつ・・・」
「少し急ぐわ。ご機嫌取りなんて難しいでしょうけど、時間稼ぎを頼むわね」
少し困った表情を浮かべるランスロットの頭を軽く撫でてやる。久々に触れるくせ毛を少し堪能し、突然の行動に拍子抜けしたランスロットをそのままに足早に部屋に戻った。
「・・・・・・久々に、撫でられた」
羨むヴェインの大きな声を背中に、ナマエの足取りは軽くなっていた。




もう日も陰ってきた頃、人通りが急に増えてきた屋台の並ぶ道ははぐれてしまうから、とランスロットにエスコートされ身柄をジークフリートに引き渡されてしまった。折角のユカタヴィラが何かの拍子で汚れてしまってはいけませんから、とも念を押され引き下がらない彼に大人しく折れる他道はなく、こうして今はジークフリート達と三人の帰りを待っていた。どうやら今夜は光華祭というものがあるらしく、猶更屋台の並ぶ道が大混雑しているという。
「ほんっと目を離した隙にすぐにいなくなるんだから・・・!」
「まあまあ落ち着けって。すぐ帰ってくると思うぜ」
またジークフリートが姿を消した。勿論ナマエは怒りを露わにし、それを見兼ねたビィが必死に宥めていた。どうやら人混みの中に進んだ後、行方知れずらしい。
「本当に何も言わずに毎度毎度あの人は・・・・・・!」
「あ、あの!きっとジークフリートさんは大丈夫ですよ!」
「じくぅ・・・もど・・・」
「今に始まった事じゃないわよ。もう慣れたわ。でも今は貴女達も待たせてるのよ。頭きたわ・・・戻ってきたら言ってやるんですからね」
「ん?何をだ?」
そう腹を立てているうちに話の渦中の人物が姿を現わした。背後から聞こえる声に振り向き、眉をひそめて言い放つ。
「貴方の事に決まってるでしょう!全く、勝手にまたいなくなるんだから」
「待たせたな」
「おいおい、どこに行ってたんだ?光華祭が中止になるって話聞いたか?」
グランとルリアははらはらとその場を見守っていたが、ビィが話を逸らしたおかげで場に突き刺さる棘が幾分か取り払われる。当のジークフリートは慣れたもので、少し困ったようにナマエに視線を送るとナマエは眉間に皺を寄せたまま顔を逸らしてしまった。
「みんなで楽しみにしていたのに、残念です・・・・・・」
「つらぁ・・・・・・」
「はあ・・・踏んだり蹴ったりね」
肩を落とすサラとダヌアの頭を撫でながらナマエも深く落胆の息を吐き出す。聞けばこの光華祭を随分と楽しみにしていたというではないか。健気な子の純粋なるこの気持ちが台無しになってしまうのには、気が引けてしまう。
「いや・・・待て。諦めるにはまだ早いぞ?お前たちが信じれば、光華は必ず上がる」
ふと口を開いたジークフリートを見る。何か考えがあるようで、その目は彼女達を安堵たらしめようとする優しいものであると感じ取ると、ナマエは驚くサラの肩を優しく叩いた。この目を向ける彼は、いつも私達を不安から守ってくれるものだ。そう確信出来るぐらいには、彼らの付き合いは長い。
「諦めずに声に出して、光華を応援してみてくれないか?」
そう言うとジークフリートは、空に向かって大声を張り上げる。
「気高き光の華よ、我々の前にその麗しき姿で咲き誇れ!」
言い回しが何時もの号令と似ているではないか。少し大層だと小さく笑みが零れるが、それに続く健気な少女達の祈りの声の前でそんな些細な事はどうでもよくなってしまう。きっと大丈夫だ、という確信を抱き彼らを見守るナマエの瞳は人知れず穏やかに細まり、口元には柔らかく弧が描かれていた。
少女達の祈りの声に応えたのか、その時、沖合から一筋の光が空に向かって昇って行く。瞬間、天の一番高い所で、大輪の光華が咲き誇った。
ああ、叶ったのか。抱いていた確信が美しい光となって花開いたのだ。
刹那に開いては散って行く。儚くとも力強く、それでいて見る者を魅了するその姿に、ナマエは魅入られた。
「うわぁ〜!これが光華ですか!?すごくキレイ・・・!」
「きれぇ・・・」
少女達の顔に笑顔が戻る。それを慈しむように、ジークフリートは柔らかな笑みを浮かべていた。きっとこれは彼のおかげなのだ、そう気付いたナマエはまた小さく微笑んで彼女達を見つめた。
「ええ、儚いけど、綺麗ね」
「ああ・・・美しい光の華だ」
その時、彼の隣にいたグランはそっと彼がどこに行っていたのかと尋ねる。幸い彼女はサラ達と空を眺めていてこちらに気付いていないらしい。ジークフリートはそれを確認するとグランに耳打ちをし、後方を振り向き手を振った。
「おい、お前達。こっちだ」
その声に反応してナマエも後方を振り向くと、人混みをかき分けてこちらに向かうよく知った顔が三人、両手に食料を抱えていた。そういえば自分は巻き込まれないようにとランスロットに手を引かれてこちらに来たのだったか。
「ジークフリートさん!ナマエさん!遅くなってすみません!」
「せーんせ!たっだいまー!」
「ふふ、おかえりなさい。ご苦労様だったわね、貴方達」
「ん・・・?おおーっ!グラン達も一緒だったのか!いやー、屋台の行列がスゴくてさー!並んでたらすっかり遅くなっちまったぜ!」
グラン達に気付いたヴェインは人懐っこい笑みを向ける。そこに混雑の中並び疲れたというような様子はない。
「おい駄犬!よそ見をするな!足下に注意しろ!」
「わーってるって!ホント、パーさんは心配症だよなー!」
「フン・・・お前の心配など微塵もしていない。皆の夕飯の心配をしているだけだ」
パーシヴァルは相も変わらずヴェインに何かと小言を投げる。見慣れた光景に呆れながらもナマエとジークフリートは顔を見合わせ小さく笑い、彼らに再度目を向けた。
「パーシヴァルも転ばないように気を付けろよ!俺もう行列に並ぶの嫌だぜー?」
「馬鹿を言うな。この程度、俺なら目を瞑っていても何ら問題無い」
「あっ!足下に大きな蟹がっ!」
「なにっ!」
「わはははっ!冗談だって冗談!」
「ぐぅ・・・おのれランスロット!」
ランスロットのいたずらっ子な側面にまんまと騙されパーシヴァルは怒りを露わにする。その拍子でヴェインがよろめきそうになるがものともせず、ヴェインも悪ノリをしてはパーシヴァルを煽る。その様子に溜息をつきながらも、こちらに向かってくる彼らにナマエは眉を下げた。
「はしゃぎすぎて本当に転ばないように」
「だーってパーさんめっちゃ怒ってる」
「冗談を鵜呑みにするあたり流石だよな!」
「こら」
「にしし、はーいセンセ!」
「だってさパーシヴァル、先生が困るから落ち着けって」
「貴様ら・・・」
そう言いながら遅れてやってきた彼らが合流するや否や、浜辺に向かってダヌアが歩き出した。それに気付いたサラが慌てて後を追うのを見失わないように、ルリアとビィもダヌア達に続いて駆け出した。それを見たジークフリートは残った彼らに向き直し、口を開く。
「おい、お前達。ひとつ頼みがあるんだが」
「何ですか?」
「着いて早々悪いんだが、子供達だけでは心配だからな。付き添ってやってくれないか?」
「はいっ!わかりました!」
「フン・・・仕方ない。俺以外は全員子供だからな」
ここにいる大人といえばナマエ含め五人しかいない。それに対して子供達が揃って浜辺に向かっているのだから不安になったのだろう、彼女らについて見守るようにという頼みだった。快諾したヴェインの声が高らかに響いく。
「よしヴェイン!パトロールの任務だ!」
「おうよ!ランちゃん!浜辺の臨時警備隊だな!」
「そんなことはどうでもいい。家臣共を見失う前に追いつくぞ。早くしろ」
子供達の後を追って三人は人混みに消えていく。臨時警備隊の背中を見送ると、賑やかだったこの場が一気に静まり返り、ほんの少し寂しいような気がした。
この場に残るのはジークフリートとナマエ、そしてグランだけになったが、グランは何かを思いついたようににやりと笑った後、遅れてその腰を上げる。
「じゃあ僕もみんなの所に行こうかな」
「何だ、行かないかと思ったんだが」
「ううん、やっぱりルリアが心配だし。それにさ、」
お邪魔しちゃ悪いからさ。
ナマエに聴こえないように小さくジークフリートの耳元で囁いたグランは何か企んだようなにやけ顔を浮かべ、ぽかんとした表情を浮かべるジークフリートにウインクを投げた。ハッと我に返ったジークフリートは困ったように溜息をついた後、追い出すようにグランの背中を押した。
「あまり大人をからかうんじゃない」
「ちょっと何よ、グランまで変な顔をして」
「何でもなーい。じゃあね、お二人さん」
「いいから早く行け」
グランは最後に歯を見せ大きく笑うと、そのままルリア達を探しに人混みの中へ消えて行った。




グランの言葉や表情の真意がいまひとつ掴めておらず、ナマエは消化不良だといわんばかりにじとりとジークフリートに不満げな視線を送る。
「俺にその目を向けられても困るんだが」
「何よ、どうせ教えてくれないくせに」
少しむくれたナマエの横顔を見つめる。グランから言われてしまった事はどうしてもナマエには言えない。きっと、余計なお節介だと言われてしまうのだ。そうして顔を赤くして、俯くだろう。何時もならその顔見たさに揶揄う事など容易いが、今はどうしてだか、それが出来ないでいる。いや、今はこの静かな場所で穏やかに過ごしたいのだ。
ふわりと微かな風が頬を撫でる。まるで少しだけ落ち着きを失いかけていたジークフリートを呼び戻すようで、ジークフリートは少し可笑しくなり小さく喉を鳴らして笑うのだった。