※エピ改変しています(引用もあります)


グランが去った今、浜辺にはジークフリートとナマエのふたりだけが取り残される。更に静けさを増してしまいジークフリートの心は珍しく少しぎこちなくざわつくように見えたが、すぐに気を取り直してナマエに向き合う。
「まあいい。少し休憩するか」
そう言ってジークフリートが突然歩き出す。ナマエがそれに気付いて少し慌てて彼の隣に並んで歩いていると、ジークフリートはやがてある建物から突き出した縁に腰掛けた。促されるようにこちらを見据える彼に引き寄せられるように隣に腰掛け、またナマエもひと息ついて彼の瞳を見つめたが、近くにいた他の見物客の会話を耳にし、何かに気付いたようにジークフリートの瞳から視線を外すと、彼のユカタヴィラの裾が色を濃くしているのを見つけ、忘れかけていた事を思い出す。
「貴方なんでしょう?」
「何がだ?」
「とぼけないで」
「フッ・・・いつから気付いていたのやら」
「貴方が必ず光華は上がる、と言った時からよ」
「早いな。流石にお前には隠せられんか」
少女の輝く瞳を守ったのはこの人だと分かっていた。分かっていたが敢えて投げかけたのには理由があった。それは、ナマエの性格より少し困難である事が起因していたが、それを性格だと終わらせたくなかったからであった。
「あの子達のためでしょう」
「そうさな、子供達の為だ。不可能を可能に出来るのならば俺は何だってやってやるさ」
「そうね、貴方は昔からそう。国の為と無茶をしては群衆に光をもたらして、そうして無茶をしすぎて私とパーシヴァルに叱られる」
「何だ、今はせっかくなんだ、叱られたくはないから勘弁してくれ」
「・・・違うわよ、逆よ」
「逆・・・?」
昔話なんて今はいらない。つい口に出てしまったが、それを再び奥底に仕舞い込んで彼に向き直る。彼女から向けられた力強い眼差しに、彼女から発せられた言葉を咀嚼しようとしたジークフリートも思わず向き直る。
「感謝してるの」
「ナマエ・・・」
「感謝してるのよ。言いそびれかけそうになったのが嫌なだけ。サラもダヌアも心の底から待ち侘びていたのは私だって理解出来るもの。何があったかは聞かないわ、でも、貴方が何とかしてくれたのは事実。やっぱり貴方は頼れる人ね」
普段自分に対してのみ感謝の言葉を口にするのを少し苦手としていたナマエが、今自分の前で心から素直に伝えられている事にジークフリートは目を丸める。瞬きを少し繰り返しナマエを見るも、その瞳に映る色が彼女の今のありのままだというように、はっきりとジークフリートの姿を捉えている。それを感じると、ジークフリートは目を細めそれ以上驚くのを放棄した。今ならば、その彼女達と浜辺で話した事をナマエに伝える事が出来る。そう思った瞬間、ひゅるりと細く音が鳴り、その刹那、特大の光華が天上で鮮やかに花開き、ナマエはその美しくも儚い華を見上げ微笑んだ。
「綺麗ね」
「ふっ・・・」
「ふっ、てちょっと、今のちゃんと見、て、」
大きく咲いては散った華の美しさを共有しようとするも曖昧に返され抗議しようとナマエはジークフリートの方に顔を向ける。しかしその瞬間、更に大きな光華が花開き、その光に照らされた彼を目の当たりにし、思わずナマエは口を閉ざして魅入ってしまう。そこには、その光に映えるかのように穏やかに微笑む彼がいた。悔しいが、恐怖を覚えそうな程、今の彼は美しい。
そうして動きを失ったナマエの唇に己の指を添え、ジークフリートは片目を静かに閉じる。唇に柔らかく触れた指の感触に、彼のその表情に、ナマエの心の臓が大きく震えては鼓動を早めていった。




「そういえば、お前に言っておきたい話があってな」
昼にあった事なんだが、適当に流してくれてもいい。弾ける音を背に、ジークフリートは小さく言葉を零した。
あれから次々と上がる光華を静かに見ていた。腰に添えられた手に導かれるように少しだけジークフリートに体を預け、照らされる大空を眺める。そんな中ふと口を開いたジークフリートは気に留めずとも構わないと言ったがきっと聞いておかないといけない気がして、ナマエはいつしか腰から離れていた彼の手を少し握った。その行為の意味を正しく受け取ると、ジークフリートは空を見上げたまままたぽつりと変わらぬ様子で言葉を繋いでいく。
「俺は、父親のように見えるらしい」
言い終わっても顔は空を仰いだままだった。
父親のように見られる。それは初めて聞いたものだったが、不思議とナマエは穏やかであった。ジークフリートのいつもの拙い言の葉にうっすらと細めていた目を開いたが、彼から少しもどかしい様子を感じると、ナマエは手の甲を少し撫でるように握った手を引いた。ここで自分が口を開いては言葉を纏めようとする彼の邪魔をしてしまうのだ。それもナマエはよく理解していた。
「ああいや何、今日の昼の事なんだがな。サラとダヌア達を連れて射的をしたんだが、店主がちとせこい輩でな。子供の前で事を大きくする事は避けたい。だから店主を静かに懲らしめてやるために商品を撃ち抜いてやったんだ」
時折ほんの僅かに間を置きながら話す時は、決まって自らを平静たらしめようとしている。彼の癖を心の中で見抜いては小さく笑いながらも、彼から溢れ落ちてくる感情、きっと喜びであろうそれを掬っては受け止めて、寄せていた肩を彼の肩に擦り付ける。彼が全てを話し終わるまで待っているのだ、彼女は。
「その時にその店主に父親だと言われてな。面倒事には発展させないために咄嗟に便乗したんだが、後で彼女らに謝ったら、父親みたいだ、と喜ばれてな」
特にダヌアはとても喜んでいたと聞いた時、ナマエの心臓の奥がじわりと熱くなった気がした。ダヌアとは同じ属性もあってか、依頼で共に時を過ごす時が少なからずあった。それに、ダヌアの過去を団長から聞かされた時、この子は放って置けない、と強く感じたのだ。この子は守ってやらねば、自分がついてやらねば、なんて思ったのはナマエにしては珍しいにも程があるそうで、ジークフリートに話した時は、酷く驚いた顔をした後に微笑ましく肯定されたのをよく覚えている。
サラだってそうだ。ジークフリートが真に心の強さを手に入れるまでサラがよく守ってくれていたと聞く。幼くともグラフォスと共にかつて背負っていた過酷な運命を切り開き変えようとする彼女をジークフリートは一人のメンバーとして信頼していたし、騎士たるもの、いつか彼女を今度は俺が守るのだ、とナマエに誓うように言った時も、ナマエは穏やかにそれを肯定したのもよく覚えている。
そんな彼女達が彼を頼り寄り添える存在と感じてくれた事が、まるで自分の事のように嬉しかった。確かに彼は真の騎士であり、弱きもののみではなく、女性や幼きものには例え彼女らが強かであろうとも騎士であろうとする。その誠実さがきちんとサラとダヌアに伝わっているのならば、これ以上喜ばしい事はないのだ。
「家族のようだとサラは言ってくれた。これ以上の嬉しい言葉があると思うか?俺は、父親みたいだと。家族だと。」
サラとダヌア、団長、ルリア、ビィ、そしてジークフリートが家族。それぞれ違っていても、血が繋がっていなくても、心が繋がれば家族になれるのだ。その喜びは、ナマエもよく知っている。愛弟子であるランスロットを、ヴェインを、そしてパーシヴァルを、大きな息子達だと幾重にも思った事があるのだから。
「血が繋がろうと繋がっていなかろうと、そこに幸せがなければ良い家族とは言えないと俺は思っている。その時、確かに皆が幸せそうに笑い合っているのをこの目で見た。俺も確かに幸せだった。いや、今も幸せだ」
ジークフリートは添えられていたナマエの手をそっと離し、その手をナマエの腰に回して更に引き寄せた。されるがまま静かに、そしてやっと顔をこちらに向けた彼の瞳を覗き込むように見つめると、ジークフリートは優しく微笑んだ。
「俺が父親で子供達が娘や息子なら母親がいないという話になったんだが・・・」
ああ、そうか。その顔ぶれでは親が一人か。そうぼんやり考えていると、ナマエの心を読み取ったジークフリートは突如にやりと笑う。突然の彼の表情の真意を上手く飲み込めないまま、それを待たずしてジークフリートが口を開く。
「母親はいると言ったんだ、ダヌアがな。誰だと思う?・・・お前だ、ナマエ」
「・・・!」
どきりと心臓が確かに跳ねた。
ダヌアが、ナマエを母親のようだと言ったのだ。
「わた、しが・・・?」
「ああ、そうだ。迷いもなく真っ先に、お前の名を言った。否定も拒否もさせないと言わんばかりの目をしていたぞ」
ナマエの手が、肩が震える。ナマエの今までの行いが、守ってやりたいという思いが、ダヌアにもしっかり伝わっていたのだ。これ以上の嬉しい言葉は存在しない。こんなに人当たりが悪いと自覚していたナマエが本当は優しい人なんだと、かつて恐ろしい思いを抱いた彼女が、その小さな唇が、そう口にし、確かに証明したのだ。その言葉だけで、ナマエの全身に喜びが電撃のように駆け巡る。
「そう、そうなのね、ダヌアが・・・ダヌアが、私を母親みたいだって言ってくれたのね、私、なんて幸せなのかしら」
人と関わるのが嫌いだった。人を教え導くのも嫌いだった。そんなナマエが数々の積み重ねを経て辿り着いたのは、愛し子から得たこの上ない信頼だったのだ。人が、教え導くのが嫌いだった女が、「変わったのだ」。
「お前も俺の、そして俺達の家族だ。俺はお前のような、いやお前を未来の妻として迎えて俺は一度も後悔はしていない。お前がダヌアを救ってくれたんだ、感謝する。ありがとう」
「嫌ね、貴方だって、サラを救ってるのよ。サラに寄り添う貴方はいつだって穏やかで優しかった。安心できたんでしょうね。貴方だって・・・優しくて素敵な、私の未来の夫よ。感謝しているわ」
ジークフリートの指がナマエの髪を撫でる。美しく纏め上げた髪を愛しそうに撫でる彼の顔はいつまでも穏やかだった。
その時、特大の光華が打ち上がる音が一段と大きく響いた。咄嗟に顔を向けたが時すでに遅く、視線の先には少し小さな光華が連なって花開いていた。先程まで見上げていたのに悪いタイミングで目を逸らしてしまったものだ。呆気に取られたが可笑しくなり、お互いつられるように込み上げる笑い声を上げた。




「見そびれたわね」
「なに、今からでも遅くはないだろう。次はアレに叱られんようにせねばな」
「ふふ、ほんとね」
唇を触れるだけ重ね、彩られた夜空を仰ぐ。
咲いては散り空に還る儚い花が、静かに二人を照らした。






しのびてこふ よひのはな
竜殺しと夏 Act,01  完