03 華やかな衣装もいらない


宵闇を明るく照らすように、街は優しい光で満ち溢れている。本当はもう寝なければいけない時間なのに、子供だって元気にはしゃぐ。そんな特別な日を、そしてその暖かな光景を守りたいと、それを守る彼らを、尊びたいとさえ思うのだ。




夜の暗さを忘れさせるぐらい街は華やいでいた。それもそうだ、今日は年に一度の収穫祭、ハロウィンなのだから。愛らしい仮装を身に纏い両手に宝を沢山抱えて縦横無尽に走り回る子供やそれを微笑ましく見守り菓子をやる大人、中には立派な仮装で子供達と共にはしゃぐ大人も皆それぞれが輝き、至福の時間を過ごす特別な日である。フェードラッヘの城下町でもそれは同じで、今年もまた一層照らし出された町が華やぎ、活気付いていた。
そんな尊い日を守るように存在するのが誇り高き白竜騎士団であり、団員達も皆それぞれにこの日を楽しみながら町を見回り、治安の維持に当たっている。先程は騎士見習いの少年達が連れられていったか。緊張している者もいればやはりまだ少々浮かれている者もおり、それを害さず、しかし鼓舞するように響いたヴェインの言葉を聞くと彼らの顔は刹那引き締まった後楽しそうに気合を感じる表情を作った。勇み足でヴェインや他の団員に引率されていったのを優しく見送れば、元気な返事と笑顔をナマエに返して賑やかな町に消えていった。
こういった警備や見回りに人一倍秀でた彼女が真っ先に町へ出ないのは訳があった。大した訳ではなく、ただランスロットに後で執務室に来るよう声を掛けられていただけなのだが。こんな日にも何かの書類と戦っているのだろうが、もう少しで終わるからと言われればヴェインもいないのなら、そんな彼を迎えに行くのは彼女の役目である。



「入るわよ」
ドアを数回ノックするが返答がない。こういった時はやつれているかうたた寝してしまっているか、かなり集中しているかの三択である。先程呼び止められた時は特に目立った疲れなどが見えなかったあたり、恐らくは集中しているのだろう。彼も遅れてにはなるが町の見回りをするのだ。静かであるのも不自然ではない。
「マスター、入るわよ」
少し待っても呼びかけても返事がない。ナマエは彼の真面目すぎる面に浅く溜息をついた。全く、冗談が通じにくい自分が評価するのも些か可笑しいが、彼のこういった所は時々ナマエを不安にさせる。出会った頃よりはかなりなりを潜めたが、こういった性格や性質は急激に変わるものではないのだ。しかし今日は特別に口を噤んでやろうと胸に刻みながらドアを開く。数秒もしないうちに起こる事に予想さえ出来ぬまま。
「マスター、入、ひゃあっ!」
「トリックオアトリート!・・・っておい待ってくれドアを閉めっあだっ!」
そこにはドアの目の前で息を殺していたであろう、ドアが開いた瞬間勢いよくこちらに飛び出してきたマスターもといランスロットがいた。まさかの展開が読めず自分の気配感知力が緩んだ瞬間を狙われた事に、そして付け入るように突然飛び出して驚かしてきたランスロットにナマエの心臓は大きく跳ねた。こんなに過剰に驚いてしまったのはいつぶりだろうか?
今はそんな事を考えている猶予もなく、反射的に勢いよくドアを閉めた。ドアの向こうで前のめりになったせいで頭をぶつけた呻き声が聞こえる。ナマエの不意をついた事に関しては褒められる事なのだろうが今はそれすらどうでもよくて、ただ今はふつふつとこの行為に対する怒りが込み上げていた。彼は一体幾つなのか。27だ。27歳にもなってそのやんちゃさは止まらないのか。今は周りに誰もいないとしても、執務中に変わりはないはずなのに。
跳ね上がった心臓を沈静化させるため、震えながらもなるべく深く呼吸を繰り返す。そうしている間にランスロットが扉の向こうで静かにナマエに語りかけようとしていた。
「な、なあ!ごめんな、いきなり驚かせて」
静かになった2人の間に申し訳なさそうな声が響く。どうやらあちらは素直に反省したらしく、開いた口からは謝罪が溢れていた。まだ怒りは収まらないが一先ずは彼の素直で真面目な人となりを再確認出来たので及第点として話を聞いてやろうと思うのだが、ヴェインを除く他の人間ならばきっとそのまま何かしら敵意を向けたのかもしれない。
「せっかくのハロウィンだからと何かやりたかったんだ。やりたかったんだけど、時間がなくて、な。その、もっときちんと祝いたかったんだが、大人気ないだけで君の気分を害してしまった。すまん」
「そうね、あれだけ驚いたのはどれ程ぶりかしら。はぁ、今は仮にも執務中だってのに、やんちゃ心が疼いて仕方ないのかしら」
「うっ、それは言い返せない・・・。どうしてだろうな、本当にすまん、今ので頭が冷えた」
きっと扉の向こうで苦い顔をしているのだろう。手に取るようにランスロットの声色は分かりやすいのだ。勇ましく気高き騎士である時は凛とした声を、鎧を脱ぎ一人の男として存在しているのなら明るく砕けたような色を宿し、また童心に帰るとこうやって普段よりも様々と声色を変え、そして幼いような、それとも表情豊かなのか、顔を綻ばせたり輝かせたり、肩を落としたりと忙しなく表情が変わる様は愛おしい。しかしやんちゃ坊主の割にはすぐ折れたものだから、いつしか露わにしていた怒りは次第に霧散してしまっていた。
「ふふ、相変わらずやんちゃなのに素直ね。いいわ、もう怒ってないわよ。ちゃんと反省しているみたいだし」
「すまん、もう軽率にさっきのような真似はしない。だから、本当に何もしないから、こっちに来てくれないか」
「ふふ、信じてあげるわ」
健気な声が聞こえた気がして、自然と口元が緩む。全くいつまでもかわいい人ね、という言葉を噛み殺し、ドアノブに手をかけてそっとドアを開ける。目の前に反省の色を浮かべたランスロットがいるだろう、と思っていたのだが。
「ほらマスター、そんなに・・・?!」
「トリックオアトリート!捕まえたっ!」
嵌められた。
嵌められてしまった。
開いたドアに合わせて姿を見せたナマエをタイミングよく素早くランスロットによってその身体を拘束されてしまった。言い換えれば、彼に勢いよく身体を引かれ気が付けば抱き竦められてしまっていた。あれだけ反省しただろう後だったのだ、今度こそ気が緩んでしまっていたのだ。理解が追いつかず、とうとうナマエは抱き竦められたまま言葉が出てこない。
「トリックオアトリート!今度こそ引っかかったな!」
「は、?」
「ははっ、びっくりしたか?というかさっき驚いてた声、すごくかわいかっ、痛っ!」
ランスロットのはしゃぐ声で我に返った。顔をゆっくりあげるとやはりそこにはやんちゃ坊主の顔をした彼がいて、満足そうに笑みを浮かべている。ああ、さっきの反省と健気な彼はどこに行ってしまったのだろうか。あの謝罪は何だったのだろうか。そう思うとまたふつふつと怒りが込み上げてしまい、ランスロットの肩をめがけて頭突きを見舞ってやった。それでもまだ怒りは収まらないのだが。
「貴方」
「ん?」
「さっきの反省と謝罪は一体何だったのかしら。今すぐ離して。というかトリックオアトリートなのに先にトリートする人がどこにいるというの?ああそうね、貴方ね」
「ち、違うんだ、いや違わない、怒らないでくれ、なんて無理だよな、すまん、本当にすまん!」
「いいから離して」
あまりにも冷ややかな声にランスロットは狼狽した。やり過ぎてしまった自覚があるもののナマエを求めるあまりその心は落ち着かず、結果として更に怒らせてしまった。反省は本当にしたはずなのだ。それなのに、この童心がブレーキを壊してしまったらしい。
「違うんだ、その、案外早く書類が片付いたからちょっとした悪戯心で、な?それに、えっと、はは・・・無性に君を抱きしめたくなってしまって、こうなったというか」
「だから何よ」
「うっ」
「馬鹿じゃないの?私を抱き締めたいならもっと普通にして欲しいわ。貴方に抱き締められるの、嫌いじゃないわ。むしろ好きよ。だから驚かさなくても普通に言って欲しいのに」
「申し訳ない・・・」
非難の声が上がるのは当然だ。ナマエは元から少し厳しいところがある。当然理解していたはずなのだが、改めて自分の行いが軽率だった事を恥じた。
しかし恥じたところでランスロットは先程のナマエの言葉を噛み砕くと意外な反応が返ってきた事に気付き心臓が跳ねた。ただ叱られたと思っていたが、確かに彼女の口から抱き締められるのは好きだという事実を知り、遅れて顔に熱が灯っていく。
「って、えっ、今なんて」
「ふふ、顔が赤いわよ。そんな顔をされたらもう怒るに怒れないじゃない。そうよ、貴方に抱き締められると心地いいの。安心するの。貴方を近くで感じられるもの」
「そんな、本当、か?」
「ええ、本当よ。好き」
ああ、何という事だ!何時も彼女はさらりと自分の心を乱してくる!
恥ずかしくて、しかし嬉しくて、そんな自分の心を映し出すように腕が震える。抱き竦めていた腕をそっと緩め解放してやると柔らかく微笑むナマエがこちらを見つめていて、思わず見惚れてしまいそうになる。



「ね?だから、抱き締めたい時に抱き締めて欲しいの。人目がない時だけ、ね」
「いい、のか?」
「いいのかって何?遠慮されたら逆に嫌だわ。だって私達、主従以前に恋人よ」
「そう、だったな。じゃあ、今ここで少しだけ、君を抱き締めたい」
「ええ、もちろん。でも少しだけね。あまり遅いと皆が心配するわ。そろそろ私達も見回りに行かなくちゃ」
「ああ、分かってる。流石に皆に迷惑はかけられないからな」
君と一緒に見回りに行きたかったんだ。そう照れ臭そうに笑い、ナマエを優しく抱き寄せる。その様を慈しむように、幸せそうに瞳を閉じるランスロットの背に優しく腕を回し、ナマエも少しだけ目を伏せた。




「お菓子は持った?」
「ああ、少し多めに用意しておいてよかった」
「自分で食べちゃダメよ」
「流石にしないさ、その代わりヴェインを見つけたらたかりに行くさ。もうないかもしれないけどな」
ランスロットが無邪気に笑う。ナマエは彼のこの顔がたまらなく好きだ。歯を見せて子供っぽく笑う彼は、眩しくて愛らしい。
「さ、行こうか。ハロウィンナイト、華やかな夜の街へ」
「ええ。貴方とならきっと楽しい一夜になるわ」
街へと続く城門を潜り抜けると、そこには華やかで楽しい時間が二人を待っている。幸せそうに過ごす民が、優しく二人を迎え入れるだろう。
この平穏な日々を、特別な日を、隣に並ぶ愛しい人と共に守って行こうと胸に刻みながら、足取り軽く夜の街へと消えていった。


(愛する人と素敵なハロウィンを!)