サイレントナイト・ハミング

素敵でした、と顔を綻ばせて伝えれば、パーシヴァルは得意げに頷いた。きっと私も好きになります。そう言いながら旋律を描くように、軽やかな足取りで隣を歩くナマエの歩幅に合わせて歩いてやればこちらを見上げてまた顔を綻ばせる。今すぐその喜びに満ちた仄かに赤らむ頬に触れたいという思いを飲み込む。彼女が賑わう街に流されぬように静かに己の腕を差し出してやると、また少し頬を染めながらやや遠慮がちにナマエの腕が絡められる。そのままナマエを導くように、そして離れないようにパーシヴァルはその腕を引き寄せた。



「俺の懇意にしている楽団が演奏会を開くそうだ」
話は幾らかの日を遡る。
招待状なのだろう、その手の中にある手紙に視線を落としパーシヴァルは内容を掻い摘んで読み上げる。以前より度々彼の懇意にする楽団の話を耳にしており、この方の心を掴む演奏はどのようなものか、とナマエは気になっていた。しかし幾度か誘われはしたものの、依頼が入ったなどで今の一度も頷けた事がなかったのだった。
「それは素敵ですね。私も一度はその演奏を聴いてみたいのですが、いつもお誘いを受けたくとも叶わないのが悔やまれます」
「そう肩を落とすな。お前の場合は仕方のない理由ばかりだろう」
「うーん、パーシヴァル様の御心を掴むとならば気にならないはずがありません。なのに毎度都合がつかなくて、どうすればいいんでしょう・・・」
ナマエはただ見目麗しいだけではない。炎帝に寄り添う騎士としての腕前は申し分なく、柔らかな笑みが不安に駆られる弱き者を支える傍ら、勇ましく振るわれる槍のひと突きは恐ろしい魔物を貫く。その腕と人柄を買われてか団長から急な依頼にも指名される事が増えてきたように感じる。
それが重なってか、パーシヴァルが演奏会に誘う前には既に依頼が決まってしまっている状況が続いていた。その度に団長に謝られているが彼女が家臣に頼られているのならば、と自らの欲求をそっと飲み込んでいるのだ、この男は。そんな事など団長もナマエもとうの前から知っていた。それすらもきっとパーシヴァルは気付いているのだろうが、それを敢えて表に出さないのは彼の性格なのだろう。
「あの、それはいつ、でしょうか」
自分の予定を思い返しながら恐る恐る口を開く。この先の己の予定といえば、数日後に上陸する島での依頼ぐらいだったか。もしその日や前後であればまた唇を噛むのだ、それだけは避けたかったのだが、ナマエは一度受けてしまった依頼を私用で辞退するような柄ではない。
「ふむ、それが25日、聖夜・・・なんだが」
パーシヴァルは少し言葉を詰まらせるように珍しく歯切れの悪い返事をする。聖夜といえば思い思いの予定や依頼などで誰もが皆普段より一段と忙しなく動く日でもあり、ナマエの予定がもう決まっているのではないか、という不安は自然と付き纏うものだ。もしこの日に彼女と過ごせるのなら、と淡い期待と不安を抱えながら吐き出される言葉に、何時もの自信は見られない。その様子に些か目を見張ってしまった。
聖夜か、そういえば今の所は特に予定がない。ウェールズにてきっと今年もひとりで聖夜を過ごすであろう敬愛する人に今年は帰郷出来ないからと何か贈ろうと考えていたぐらいで、それこそ目の前の実弟である彼に相談してみようかと思っていたぐらいだった。予定がない、となれば、この聖夜はパーシヴァルと共にその演奏会に足を運べるのではないか。
「あの!パーシヴァル様、今年の聖夜は、その」
「どうした。依頼があるのなら仕方ない」
「予定がないのです!だから、どうか私もご一緒させてくださいませんか!」
震える声を鼓舞して大きく叫んでしまった事に我に返って気恥ずかしくなるが、それに負けじとナマエはパーシヴァルを見つめた。聖夜の演奏会という素晴らしいこの機会を逃したくないのだ。彼の懇意にする楽団の演奏が聴ける期待と、聖夜を彼と穏やかに過ごせる喜びがナマエの胸の中を満たしていく。強い意思を感じるように力の籠った眼差しを向けられ、パーシヴァルは驚きを隠せないかのように目を少し見開いた。誘えど都合がつかずに連れて行けなかった彼女と共に聖夜の演奏会に行ける事実が、先程抱いていた不安を全て拭い去った。
「そうか。なら良かった。では俺と共に来てくれるか?」
「はい!」
晴れやかな表情を向けるナマエに、パーシヴァルの表情は自然と和らいでいた。



演奏会は素晴らしいものだった。定番であり名曲であるクラシックは勿論、やはり聖夜となればそれにちなんだ楽曲も演奏され、滑らかな旋律が優しく耳を満たしていく感覚にナマエは身を震わせた。目を輝かせながらも時折目を伏せ聴き入る彼女に、パーシヴァルは安堵と自信を取り戻していく。やはり諦めずに誘って正解だったのだ、こんなにも耳を傾け楽しそうにしているのだから、勧めて、そして今日この日に連れて行けなければ彼はずっと後悔していたかもしれない。
小休止の時間にはやや興奮するナマエにパーシヴァルが何時もの得意げな顔でこの楽団や楽曲の感想などを語り聞かせると、彼女は少しうっとりとしながらもうんうんと頷き、そして疑問や質問を投げかけていく。そうするとパーシヴァルはまた得意げに自らの見解などを語り、それを聞いたナマエがまた興味深く聞く。それを繰り返していると小休止の時間は瞬く間に過ぎていった。また時間のある時に語ってやれば、また彼女は興味を持ってくれるだろうか。パーシヴァルはその時を心待ちにするように、「また話してやる」とナマエに言い聞かせると、「楽しみにしていますね」と嬉しい答えが返ってくるものだから、より一層とパーシヴァルの気分は高まった。
時間を作っては二人で同じ苦楽を分かち合ったり穏やかに過ごしたりしていたが、今回ばかりは何時ものデートとは違う。静かで心休まる音楽の傍に愛しい彼女がいる。パーシヴァルにとってはこの上なく素晴らしい日になったであろう。勿論、ナマエにとっても素晴らしい日になる。兼ねてから行きたかった演奏会に、聖夜に、慕う相手と行けたのだから。




こつ、こつとヒールの音が街の喧騒に掻き消される。弾む心に呼応するように足取り軽く歩みを進めながら、喜びに満ちた頬を染める。流されないようにとぴたりと身体をパーシヴァルに添わせ、絡めた腕を優しく抱き締めた。
「また、演奏会にご一緒したいです」
そう言い真っ直ぐも柔らかく見つめるナマエの瞳をパーシヴァルは慈しむように見つめ、目を細める。
「ああ。ずっとそのつもりだ」
次は団長に予めお前の予定を空けるように交渉してやろうか。そう言いながらも何時もの自信に満ちた顔を向けると、ナマエは小さく笑ったのだった。