決意

やめろ……

「よく見ると綺麗な顔してるじゃねえか」
「離してって言ってるでしょ! 触らないで!」
「強気なとこも可愛いーな」

 やめろ……

「おい小僧! この嬢ちゃん傷つけられたく無かったら、大人しく
「……るな」
「あ? 何だって?」
「気安く舞に触るな!」

 言うが早いか、俺は持っていた刀を抜いて盗賊達に斬りかかる。
 体が軽い。考えるよりずっと早く足が動く。頭の中が真っ白だ。
 舞が何か叫んでいる。盗賊達が何か喚いている。けど何も聞こえない。
 盗賊達は慌てて応戦しようとしているのだろうか。遅すぎる。剣術は礼儀も重んじるが結局は実戦向き。それに俺のやり方はスピード勝負。こいつ等みたいな体がデカいだけのチンピラ風情の盗賊なんかに負けるつもりは、無い。
 まず舞の腕を掴んでいた奴の腕を斬りつけ、この場から舞を遠ざける。腕を押さえて急に怯えた顔をする男。今頃何だ、汚い手で舞に触ったくせに。身を以て償え。
 刀身がキラリと日光を映す。あとは腕と刀を振り下ろすだけ。

『殺すの?』

 急によぎった言葉に腕を振り上げたまま体が固まる。白かった思考に色が戻る。草の色。肌の色。服の色。血の色。
 ……何してた? 俺。
 あのまま人を、殺そうと、

「空姉!」
「くそガキがぁああああ!!」

 舞の叫び声が聞こえた。盗賊がナイフを出すのが見えた。

「おせーよ……っ!」

 俺は刀の柄で男の鳩尾を打つ。後ろから来た奴には足払いをかけて峰打ち。そのまま次の奴には肘鉄をくらわせる。
 仲間がやられていく事への恨みか、見た目ただの子どもに倒される羞恥か、誰も逃げようとしない。

「くっ! こんなガキに!」
「ガキで悪いか! 甘く見んな!」

 やがてリーダー格の男の背中を峰で打ち足を払ってその場に倒すと、立っているのは俺と舞だけになった。

「ハァ……ハァ……、終わっ、た。か?」

 息を整え刀を鞘に戻す。礼儀が身につくからと始めた剣術がこんな形で役に立つとは。

「おねぇ?」

 恐る恐るといった声で舞が聞いてきた。俺はなるべく優しく見えるように笑う。

「ごめんな、怖い思いをさせて。大丈夫。悪い奴らは倒したよ」
「殺したの……?」
「気を失わせただけ。斬った人も急所は外してる」
「平気なの? 人を斬る事」

 舞の瞳には恐怖の色が滲み出ている。当然だ。現代じゃあ人を殺すのは大罪。剣道は道を極めるもの。
 だけど剣術は人を殺める力が前提にある。勿論、今まで日本で人を斬ったことなんてない。

「平気なわけないさ。嫌だよ。人が傷つくのはもう見たくない」

 だけど舞が傷つくのはもっと嫌だ。

「ごめん。私が転んだりしたから」
「違う。今回の事態は舞のせいじゃない。この刀を渡さないと決めたのは俺だし、実際あのまま逃げ切れたかも分からない。走りながら撃退する方法を考えていたところだった」

 向こうは盗賊で、捕まったていたらきっと俺達は殺されてた。正当防衛だよ。
 そう付け足すと、舞はもう何も言わなくなった。俯いて考え込む背中にかける言葉が見つからない。



 人が傷つくのは二度と見たく無かったし、傷つけるなんて以ての外。
 でも俺は舞のためなら何でもできる。
 舞がいるから何でもできる。



 震えが止まらない手を見られないように、改めて決意を固めるように、ギュッと握り締めた。

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