一日の終わり

 そのまま雫とマイと雑談をしているとマリアンが呼びに来て、夕食になった。……のは良いんだけどさ。うん、料理は美味しいし。一緒に用意しようとしたら座っててほしいと止められたけど。外食でもないのにそんなこと、と思ったが押しきる場合じゃなくなったので今日は大人しく座ることにした。ああもう、一回意識してしまうと食器の音や自分の食べ方が気になって仕方がない。育ちが違うってこういうことか。使っているのもナイフとフォーク。お箸が欲しい。そういえばここの文化って西洋風だ。孤児ってことで出自を誤魔化してるけど聞かれたらどう答えようかな。あ、このパンふかふかで美味しい。バターの風味が口いっぱいに広がる。さっすが大企業の総帥邸。いいもの食べてるってこういう時に使う言葉なんだな。マリアンにお願いしてどこのお店か教えてもらおうかな。それとも自家製? どうなんだろう。

「どうかしたかね」

 話しかけられて肩がびくつく。折角の現実逃避も大人しく座ることになった理由を前に儚く霧散した。なんでもありません、と強張っていないことを願いつつ顔を向け、この屋敷の主と目を合わせる。
 現在テーブルに着いているのは俺とヒューゴだけ。雫は部屋に置いてきたしマイは他のメイドとの相部屋に案内されていった。ヒューゴに給仕をしているメイドは仕事熱心に自分の存在を抑えているので、感覚として俺とヒューゴの二人きり。気まずい。

「リオンは一緒には食べないのですか?」
「あいつはまだ任務だ」

 はい。会話終了。
 何故一緒に食事する必要がある。と含まれた雰囲気があり、気まずさ倍増。なんだこの親子。いや、親子ってことは伏せてるのかどうなのか。リオンは偽名で、ファミリーネームも異なるし違うと受け取るのが普通か。

「ヒューゴ様とリオンは、どういうご関係なのですか?」

 沈黙に耐えきれず、聞いてみた。聞かなければ良かったと、すぐに後悔した。

「あれもオベロン社に名を連ねている。ここに住んでいるが総帥と社員以外に何もない」

 考える素振りもなく帰って来た答え。親子と言うとは思わなかったけど、情の欠片もない声を聞かなければ良かった。

「確かソラ君は今まで妹と二人で生活していたと言ったね。故郷はどこだい?」

 心を立て直しているとヒューゴからの質問。出自の話がきた。

「故郷はありません。気づいた時には二人で生活していました」

 嘘じゃない。この世界に俺達の故郷は無く、気づいたら草原にいた。小屋に着いてしばらく室内を物色していたから、あの場所で生活しかけていたと言える。強引だけど嘘じゃない。

「だからこうして衣食住と働き口を用意してくださったオベロン社には感謝致します。ダリルシェイドが新しい故郷になるといいんですけど」

 にこりと笑んでおけば人当たりのいい美少年の完成……になってるといいなぁ。思い込み大事。

「そうか。ここでの生活に早く慣れるといい。協力は惜しまないよ」
「ありがとうございます」
「さて、私はまだ仕事があるので先に失礼する」

 ナプキンで口を拭い出て行くヒューゴ。軽く会釈をして残された俺。完全に扉が閉まると、ハァ、と深いため息が漏れた。暖かかった食事もすっかり冷めてしまっている。
 後ろ楯のなさを強調したり駒として利用価値があると思われるよう性別を訂正しなかったりと色々しているのは俺だけど、ただただ疲れる食卓だった。


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