とある日のこと


「ただいまー」
「おかえりおねぇ。早速だけど新作おやつ作ったの。食べる?」

 俺が家の──残念ながら茶の間の無いマンションだが──リビングのドアを開けると、ひらひらエプロンを身に纏い極上のスマイルを浮かべた少女が出迎えてくれた。雪のように白い肌、黒檀のように黒い髪、童話白雪姫の特徴はあと一つ何だっけ。可愛い可愛い俺の妹。

「食べる……って、あれ? 今日早いな。部活はどうした」

 妹の舞が所属している剣道部は強豪として有名で、学校が終わってすぐ帰路に就いた俺より早く帰って来る日は珍しい。

「剣道場の床を修理してるからしばらく使えなくて、今日の活動は短時間で終了。たまにはね」

 なるほど。俺も舞と同じ中学に通っていたけれど、俺がいた時から床が軋むという声は挙がっていた気がする。やっと直してもらえるのか。

「んで、今日のおやつは新作だって?」
「人参プリン。体に良いって聞いたから作ってみた」

 荷物を置いて手を洗い、差し出されたプリンの皿を受け取る。俺が食べている間に洗い物を済ませようと洗い場に立つ舞の背中でエプロンの紐と結んだ髪が揺れていた。
 以前舞のクラスで行われた『メイド服が似合いそうな奴ランキング』で一位だったのを俺は知っている。投票は男子のみで、女子には極秘。知られたら教室が真っ血の海に沈むとかなんとか。うん、言いたいことは分かる。女子って怖いよね。それでも順位付けしたくなるのも分かる。ちなみに俺がどうやって結果を知ったかというと、剣道部の大会を見に行った時に舞の同級生が話しているのを聞いた。可愛い物が好きな舞は調理実習にも白いひらひらエプロンを持っていき、制服だったこともあってメイド服のように見えたんだとか。
 舞を見てぼんやりとしていると、手早く片付けた舞が俺の向かい側に座った。

「食べないの?」
「ううん、いただきます」

 皿に乗せられたオレンジ色の円柱。振動で小刻みに揺れるそれをスプーンでひとすくい。口に含めば広がる仄かな甘さと人参の風味。

「ん、美味しい。甘さも丁度いいし。今度レシピ見たいな」
「りょーかい。じゃあこの勢いでご飯も作っちゃうね。おねぇは?」
「お風呂掃除終わったら、この前の続きをするよ」

 両手の親指をピコピコと動かす素振りを見せれば、きちんと意図が舞に伝わったようだ。

「わかった。ご飯できたら声掛けるね」

 家事は当番制で二人で分担しているけど、昔からお菓子作りの腕は舞の方が上なんだよな。今日は舞が炊事、俺はお風呂の掃除。ちゃちゃっと終わらせてしまおう。その為に早く帰ってきたのだから。

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