オレンジ

洗い物をする。
今日も治がおいしいって言ってごはんを食べてくれた、しあわせ〜って顔で笑っていた。
ごはんを美味しそうに食べる人なんて正直世の中にごろごろいるというか、でも私はおいしい!って喜ぶ他でもない治の顔がこの上なく好きで。
そのおかげでマメな性格でもないくせに、喜んでくれるならちょっと手間のかかった料理を作ってみようかなとか、彼がとりわけ良い反応を示すレシピ本から作ってみようかなとか、そういうことを日常的に考えるようになった。

治は今、隣の部屋で撮り溜めたバレーの試合を見ている。
ふと数日前の何気ない会話を思い出した。



スマホをいじりながら、私は最近流行っているドラマの主題歌を口ずさんでいた。
すると隣からじっと視線を感じた。

「…」
「なに」
「…」
「なーにー」
「自分、声綺麗ちゃう?」
「え、なにそれ。そんなのはじめて言われたけど」
「ふーん。俺には綺麗に聞こえんねん」
「変なの…」
治は愉快そうにちょっと笑った。



あの時の彼の気持ちがわかった。
もう、他の人からするとどうでもいいようなところまでお互いのことを大切に思っているらしい。
それに気がつくとなんだかおかしくなって思わず笑ってしまった。

「何ひとりで笑うてるん?」
「、治、試合もう見終わったの?」

治が背中に抱きついてきた、結構重い。

「いんや、トイレ行こう思たらめっちゃ楽しそうな声が聞こえたから」
「ふーん、じゃあとっととトイレ行ったら」

そう言うとおしえろや〜!!と後ろの方で彼が暴れる。普通にデカいからあんまり派手な動きをしないで欲しい。

「治のこと考えてたよ」
「ウソや」
「ウソ」
「ひっど、悪魔や、悪魔」

そういって治はぶーたれる、フリをする。そういうポーズを取ると私が構ってくれることを知っているからだ。
しかし残念ながらベタ惚れなので私は治の思惑通り頭を優しく撫でた。

Serenissima