かわいいあなた

夜、家に帰ってくるとアパートの扉の前に何かもぞもぞ動く小型の動物がいた。タヌキ?にしてはほっそりとしたそれは、なんだろう?
向こうもこちらを認めたようだ、と思ったら近づいてくる!私は慌てて後ろに退いた。その動物にも動揺が伝わったようでこちらにやってくる動きを止めた。でもどうしよう、この子がここにいたら家の中に入れないよ…



結局、その子がそっぽを向いている間に素早く家に入ろうとしたけれど、鍵を開けるのにもたもたしていたら一緒に入ってきてしまった。
パチリと電気をつけて様子を伺うと案外大人しい様子でちょこん、と可愛らしく座っている。明るいところで見るとその動物はペットショップで見た事のあるフェレットに似ていた。人馴れしている様子だしどっかのおうちから逃げて来ちゃったのかな?

どうしよう、と思案に暮れているとその子は勝手を知っているかのように真っすぐにお風呂場に向かってお風呂場の戸をカリカリと軽く爪でひっかいていた。まるでお風呂に入りたいかのような動作だ。
確かに外にいたわけだしそんなに綺麗じゃないよね...ふと、潔癖症の恋人の顔を思い出した。外からやってきた動物がいた、なんて聞いたらきっと嫌な顔をするだろう。私は思い切ってその子を洗ってあげることにした。

シャワーから水を出しおずおずとその子に触れようとすると予想外にもその子は身を預けてきた。 一通り洗ったあとにバスタオルで優しく拭いてあげると毛がふわふわになったその子は私を一瞥したのちにかぷりと指を優しく噛んだ。



寝ようと思ってベットに倒れる。
するととてとてとその子もベットに潜り込んで胸元にすりよってきた。なんて可愛いんだ…どこが気持ちいいかも分からないままに顎を撫でてやると目を細めた。あ、この表情、聖臣君に似てるなぁ。
そう思うと急に愛しさが込み上げてきて、柔らかいおでこに2、3回啄むようにキスを落とすとビクーッと体を揺らしたものの嫌がられはしなかった。
きょときょととこちらを伺うのがまた愛らしい。
調子に乗った私は続けて何回もキスをした。その子はだんだん満更でもないような様子を見せされるがままになった。
聖臣君にもこんな風にいっぱいキスしたいな…私は幸せな気持ちにつつまれたまま眠りに落ちた。



誰かがそっと私の頬に触れている、輪郭をなぞっている、眉を撫でている。
ふわふわとした意識のなかでその優しい手に身を任せる、気持ちいいなぁ。

しかしそんなわけはない、ここは一人暮らしの私の家だ。ハッと意識が鮮明になり目を覚ます。すると目の前に大好きな恋人の聖臣君の顔が現れた。

「……なに、もうお目覚めなわけ?」
「、えっ…聖臣、くん?なんでここに?」
聖臣君、昨日泊まりに来てたっけ?寝起きで記憶が曖昧だ。

「…」
「何?あ、私が寝た後に合鍵使ったの?前泊まった時に忘れ物でもした?」
「違う、そうじゃない。まぁ、意味わからないと思うけど」
昨日、朝起きたら動物になってた…と聖臣君は続ける。
「、なにそれ、そんなことありえるの?」
「でも実際そうじゃん、別に信じられなくても俺は事実しか話してないから」
そういっていつものように眉を顰めふいっと拗ねたような表情を見せる。


「俺の家からお前んち行く途中でだいぶ汚れてさ…本当さいあくだった。動物になるとか意味わかんないし…」
そう言って聖臣君は甘えるようにぎゅっと私を抱きしめる。私はふわふわの頭をよしよしとなでた。

「てゆーかさ」
「ん?何?」
「あんなに積極的にだったっけ?」
「え、なんのこと?」

聖臣君がなんの話をしているのかがわからず、頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
すると聖臣君は意地悪く笑い、キス、と耳元で囁いてきた。
理解した途端耳が熱くなり、俯く。
普段恥ずかしくて聖臣君にあんなキスをしたことがないからだ。聖臣君はそんな私の様子に満足げで、赤くなった耳にちゅっちゅっとキスを落とした。彼からキスをされるのは、恥ずかしくて、嬉しい。
私は誤魔化すように聖臣君の逞しい胸板に顔をを寄せた。

Serenissima