陽だまり

月曜日の三時間目は地理だ。
地理の授業はデータをまとめたりグラフを作成したりするためにペアワークが多い。先週の金曜に席替えがあって、今週からお隣さんはあの宮治くんだ。

「じゃ、このページから後ろは俺がまとめとくな」
「うん、ありがと」

“あの”がつくような有名人が隣になってしまい一瞬身構えたけれど、意外とフランクに話しかけてくれてほっとした。

「すまん、ここの空欄どこのグラフから読み取るかわかる?」
「え〜っとね…どこだろ…」




そうこう一緒に作業を進めているうちに治くんと少し仲良くなれた気がする。
最後に集めたデータから読み取れることをまとめようとペンをすすめていると、隣りからジッと視線を感じた。

「どうしたの?」
「いや、女子ってペンとかたくさん持っとるよなと思って」
「まぁ、男子に比べたらそうかもね」

地理の課題には図の塗り分けが求められることもあり、珍しく色ペンが役に立つ。

「自分とり関連の文具多いな」
ほらこれも、と言って治くんは私の筆箱の中から文鳥のマステを取り出した。
「自分とりさん好きなん?」
「うん、大好き。最近やっと親を説得できてインコを一羽お迎えしたんだ〜」
「へぇ、どんな?」
「…治くんそんなことに興味あるの?」
「ええやん、ちょっと話してや」

治くんの上手な相づちもあって、私は最近インコが成鳥になって羽の色が変わったことや水浴びをする様子が可愛らしいことなど、他人が聞いたらどうでもいいような話を熱心にしゃべってしまった。

「ふっふ」
「え?なに?」
「いや、内容もそうやけど、急に目キラキラさせて話始めたのがかわええと思って」
「…かわいい?」
「もうちょっとおとなしい感じかとおもっとった」
ほんまに好きなんやね
そう言って治くんは柔らかく笑う。

かわいい?今、治くんにかわいいって言われた?その意味が脳に伝わると急激に全身が熱くなる。
それに男の子は興味ないであろう話をきちんと聞いて、それを肯定的に受け止めてくれたことにかなりときめいてしまった。

そのあとは提出のための各自の作業が残っていたため会話はなかったけれど、私はさっきの言葉が頭から離れなくなっていた。



しばらくすると授業終了を知らせるチャイムが鳴り次の移動教室のために机の上を整理していた。するとまた隣の席の治くんから声がかかった。

「プリント、書き終わった?」
「あー、うん。終わったよ。」

急に治くんのことを意識しはじめてしまったので、さっきと同じように話せているか自信がない。

「せやったら俺がまとめてプリント持ってくわ」
「え?いいの?ありがとう」
そう言って私は提出用のプリントを治くんに手渡した。優しいなぁと思うと同時に、この優しさは別に自分だけに向けられたものじゃなくて他の女の子にもそうするんだろうな、と思い胸が痛んだ。

「やっぱりモテ男は違うね」
「え?なんて?」
「いや、スマートで優しいなぁと思って」
そう言って治くんに軽く笑いかけると、彼はポカンとした表情をしていた。
すると彼はなるほどなと小声で呟いた後に先程と同じ柔らかい笑顔で応えた。

「これ、優しさじゃなくて下心やで」
これ預かるな、と言うと遠くから聞こえた移動教室を急かす角名くんの声の方に向かって歩いて行ってしまった。

私はというと治くんの刺激的な一言に完全にやられてしまい次の授業に遅刻した。

Serenissima