※夢主出てきません




「師匠」
「ん?なんだモブ」

除霊という名のマッサージを終え、満足した様子で帰っていく客を見送ると、受付にいたモブは少し落ち着かないといった様子で霊幻に声を掛けた。

「…………」
「どした?腹でも痛いのか」
「あ、いえ、そうじゃないんですけど……」
「?」

言いにくそうに、もごもごと口ごもるモブに疑問を感じつつ、霊幻は彼の言葉を待った。

「その、○○さん…今日来ていないなって……」

○○とは最近この事務所に通いつめている女子高生だ。
霊に憑かれやすい体質らしく、友人に紹介を受けて相談所に訪ねてきた。
いつもの如く弟子のモブに除霊をさせた所、彼女はどうやらモブが大変気に入ってしまったらしく、以来毎日のように事務所に顔を出すようになった。
本当に頻繁に憑かれているものだから、こちらにしてみれば常連客が出来たようなものだ。

ああ、と霊幻は事務所の掛時計を見ながら答える。
彼女がいつも顔を出す時刻は、とっくに過ぎていた。

「何か、あったのかな……病気とか……この間結構強い悪霊に憑かれていたし、もしかしてその影響で……」

深刻そうな面持ちで、半ば独り言になってしまっている疑問をぶつぶつとモブは呟いていた。
しかしその心配は呆気なく霊幻によって取り払われた。

「あいつなら今日は委員会の集まりで来れないんだってよ」

霊幻の言葉に、いろいろと憶測を立てて心配していたモブがぱっと顔を上げる。

「委員会、ですか……?」
「おー、緑花委員だとさ。集まりないって聞いていたから委員になったのに詐欺だーって嘆いてたぞ」

マッサージのために散らかした道具を片付けながら霊幻が答える。
その他にもモブ君に会えない、モブ君の顔が見れないなんて死ぬなどと言っていたが、人の気持ちを易々漏らすのは野暮だと思い、そこは口にしないで置いた。
気の毒になー、と霊幻が笑う。
しかし、モブは霊幻の顔をじぃっと見たきり、黙っていた。

「どした?」
「あ、いえ………」
「ん?」
「病気とかじゃないのなら、よかったです……」

言葉とは裏腹に声のトーンが落ちた様子で、そう言ったきりモブは顔を俯かせて押し黙った。

(まあ、結構懐いてるみたいだったからな)

彼女が事務所に通うようになり、女子に免疫が無かったモブも最近では相当打ち解けていたようだった。
そんな彼女が突然来ないとあっては、それは寂しいだろうと判断した霊幻は明るく声を掛ける。

「大丈夫だってモブ、明日にはまた来んだろ。そんなに落ち込むなよ」

随分と落ち込んだ様子のモブに内心少し驚きながらも、霊幻はそう言って励ましながら肩を軽く叩いた。
しかし、彼の様子は晴れない。
はい…と答えが返ってはきたが、明らかに力が込もってない。

(えっ、そんなに?そんなに落ち込むのか、モブよ)

「…………」

再び沈黙が降りるが、次に口を開いたのはモブだった。

「師匠は………」
「ん?」

俯いたまま、消え入りそうな声が霊幻に届く。

「○○さんのこと、よく、知ってるんですね……」

見れば、モブは拳をぎゅう、と固く握っていた。
霊幻は思わぬ言葉に呆気に取られ、は?、と気の抜けた声が口をついて出てしまう。

(ん?あれ?それってつまり?)

「モブ、もしかしてお前それで……」
「!!……あ、いえっ!その…っ…、ぼ、僕、そろそろ帰ります…!」

はっとした様子でモブは顔を上げ、霊幻の言葉を遮る。
今度は頬から耳まで真っ赤に染まった顔で、慌てた様子で荷物を纏め、そそくさと事務所から出ていってしまった。

(はーん、青春だねぇモブ君)

慌てながらも最後に忘れずにこちらに一礼して行ったのは彼らしいなと霊幻はぼんやり思った。




僕が知らない彼女の事
(委員会に入っているとか、今日は来れないとか、師匠は知ってるのに、僕は知らなかった)
(なんでだろう、何でもないことのはずなのに、胸が苦しい…)



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