「来たかと思えばなんだその顔」

相談所に着いたら、霊幻さんにそう突っ込まれた。

「なんだとはなんですか。はい、これ」

私は彼の机に購入してきた物を置いた。
さっきの着信は彼だ。
咄嗟だったとはいえ偽彼氏に使った事を心の中で謝罪した。

「いやー、助かったぜ。モブのやつ携帯忘れて行ったからよー」
「はあ……」

私が買ってきた岩塩をがさごそと袋の中から取り出しながら、霊幻さんは浮かない顔をする私に「分かりやすいなお前はよー」という言葉を投げ掛けてきた。

「どうしたよお前、また霊にでも憑かれたか?よし、霊能界の新星、この霊幻新隆が除霊してやろう!しゃーねぇな今回は特別料金にしてやるぞ」

手でお金のマークを作りながら無駄にキメ顔をしてくる。
最早今の私には「あんたのは除霊じゃなくてただのマッサージだろうが」という突っ込みをする気力もない。

「いりませんよ…ただ自分の馬鹿さ加減に呆れてるだけですから気にしないでください…」
「はぁ?なんだそりゃ」

私の言葉に霊幻さんが不可解そうに首を傾げる。
あんな現実を見せつけられたらそりゃ誰だってへこみますよ。
モブくんはツボミちゃんが好き、そんなの分かってた事なのに。
分かっていたのに、いざ二人を前にしたら、なんだか自分のしている事が急に虚しく感じられてしょうがなくなる。
ほぼ毎日ここに通って、大分仲良くなれたと思っていたけど…私は一体モブくんの中でどれ程の位置に属しているのだろう。

(ただの仲のいい高校生、だよねぇ…)

分かってる、そんなこと、分かっていたのになぁ。
そんな不毛な事をぐるぐる考えていたら、事務所のドアが開く音。それはやけに大きく私の鼓膜に響いた。
肩が反射的にびくりと跳ねてしまう。

「………」

扉に目をやれば、やはりそこにいたのはモブくんだった。
彼は私を見つけて目を見開いた。

「○○さん、今日は帰ったんじゃ…」
「あのー、すみません。除霊を頼みたくて…」

モブくんが私に問いかけようとした声は、後ろからやって来たお客さんによって遮られてしまった。
霊幻さんが営業スマイルを振り撒き対応する中、モブくんと何故か私にまで仕事を振られ、それきり話すことは叶わなかった。

通ううちに何度も手伝わされるはめになり、今では資料の場所も覚えてしまっていた。部外者に会社の内部事情を把握されて大丈夫なのか霊幻さん。
頼まれた仕事を終えて、私はやっとソファーに座った。

「どうぞ」

コトリと、目の前のテーブルに緑茶が入った湯飲みが置かれた。

「あ、ありがとうモブくん」

モブくんは「いえ…」と呟くように答えた後、何か言いたげな表情をしながら、トレイを掴む指をそわそわ動かしていた。
その仕草が可愛すぎて危うく悶絶しそうになるが、なんとか抑えつつ平静を装って問いかける。

「どうしたの?」
「い、いえ、あの、なんでもないです…」

モブくんはふるふると首を横に振ると、私の向かいのソファーに座り、お茶を啜った。

「…………」
「…………」

なんだろう。なんとなく気まずい。
こんな時に限って、霊幻さんはお客さんと外に出てしまった。
何か話題、何か……。

「あ、えっと……モブくん、ツボミちゃんは?あれからどうしたの?」
「え、すぐに帰りましたけど……」

まじか。
気を使って二人にしたのに。
モブくんは相当奥手なのか。
二人の仲を取り持つような行動をしておきながら心の何処かで安堵した自分に嫌気が差し、誤魔化すようにお茶を啜った。

「○○さんは……」
「ん?」
「彼氏、いたんですね……」
「んん!?」

思わずお茶を吹き出しそうになった。
しまったそうだった。
咄嗟だったとはいえ彼氏いないのに彼氏いるなどとそんな悲しい嘘をついた事を直ぐ様後悔する。
モブくんはどこか神妙な面持ちをしながら口を開いた。

「知りませんでした。師匠と付き合ってるだなんて…」
「んんん!!??ゴッホゲホゴホ!!」

もう無理だった。盛大にお茶に噎せてしまう。
モブくんは「大丈夫ですか」と言いながら慌ててティッシュを差し出してくれた。ああ優しいなぁ天使かなぁってそうじゃなくて。そうじゃなくて!
いやいやいや、いやいやいや。
どうしたのモブくん、どうしてその結論に至ったの!?
確かに彼氏いるなんて悲しい嘘はついたけどもなんで寄りによって霊幻さん!?

「ちが、ちが違うよモブくん!!!」
「え?」
「霊幻さんが彼氏なわけないでしょ!?」
「でも、さっき彼氏に呼び出されたからって。そしたら師匠の所にいたから…それに、嬉しそうだったじゃないですか」
「何が!?」
「一緒に事務所に向かうときです。師匠に会えるからあんなに嬉しそうにしてたのかと……頻繁にここに来てますし」
「それは……!!」

モブくんに会いたいからだよ!!
と言えないチキンな私。
しかし言われてみればそう取られてもおかしくない自分の行動に呆れ果ててしまう。
私は咳払いをして、まずひとつずつ誤解を解こうと試みた。

「あー、あのね、まず彼氏はいないの、嘘なの」
「え?」
「さっきのあの電話はモブくんに頼み忘れた買い物があったらしくて、私に掛かってきた霊幻さんからの連絡だったの」
「彼氏じゃないんですか」
「うん」
「師匠のことは…」
「いや別になんとも…いい人だとは思うけど(詐欺師だけど)」
「彼氏、いないんですか?」
「い、いませんすみません」
「いないんですか……」

そ、そんな噛み締めるように言わなくても!
そうだよ彼氏なんていませんよ!
悲しくなってくるからもうヤメテ!!

「どうして嘘なんてついたんですか」

前髪の隙間からじとりと睨まれて、私はしどろもどろになりながらも、必死に言い訳を開始した。

「ご、ごめんね。あの、…せっかくツボミちゃんに会えたんだし、モブくん私といて誤解されたら嫌だろうし、私お邪魔かなーって思っちゃって…それでその、嘘を…」

なんだか今更後ろめたくて、どうしても支離滅裂な言葉になってしまう。
モブくんは何か考えてるような顔で私の顔をじぃっと見つめたままで何も言わない。
モブくんに見つめられるなんて嬉しい事のはずなのに、なんでだろう、少し、こわい……?

「あの、モブく……」
「邪魔なわけ、ないじゃないですか」

普段の様子からは想像がつかない、強めな口調。
モブくんから発せられたその言葉と声に私は圧倒されて何も言えなくなった。

「……僕は、さっき○○さんに会えて嬉しかったです。○○さんはいつも僕の話とか相談をちゃんと聞いてくれるし、一緒にいていつも楽しいです。なのに、さっきはすぐに帰って行ってしまったから。……なんだか、悲しかった、です」

だんだんと尻すぼみになっていくモブくんの言葉と反比例して、私は表情が明るくなっていくのを感じていた。
ほんとに?そんな風に思ってくれてたの?
どうしよう嬉しくて少し泣きそうになる。

「だから、○○さんを邪魔だなんて、思ってなんかない。思った事なんてないですから、気を使わないでください。……ああいうのは、もうやめてください」

少し怒ったような、悲しそうな瞳に真っ直ぐに見つめられて、今度は心臓が暴れだしてしまう。

一緒にいて、いつも楽しい。
邪魔だなんて、思っていない。

モブくんの言葉を反芻して噛み締める。
叶う見込みなんて見当もつかない片想いだけど、答えなんて今求めなくても、もう少しだけ、モブくんとこうして一緒に過ごしていてもいいのかな。

嬉しい言葉を掛けられて私の理性は完全に壊れてしまい、立ち上がってモブくんの側まで行く。座ったままキョトンとしている彼をそのままぎゅうと抱き込んだ。

「!!!??」
「嘘ついてごめんね!!私もモブくんと一緒にいると凄く楽しいよ!癒されるよ!」

モブくんは私の腕の中で体を固くし、言葉にならない声で、あ、とか、う、とか言ってる。なにそれああもうちょうかわいい。

自分の現金さに呆れてしまうけど、もうどうでもよかった。
そんな事を考えながらモブくんを堪能していると、背中にモブくんの手が遠慮がちに回された。
思ったよりもしっかりとした大きな手のひらの感触を背中に感じて、私から抱き付きに行ったというのになんだか急に気恥ずかしくなって硬直してしまった。

「よかった……」
「……え?」

耳元で、ぽつりと聞こえた声。
何が?と聞こうとした声は、事務所の扉が開いた音で遮られてしまった。
霊幻さんが仕事を終えて帰ってきたようだった。
モブくんは咄嗟に私から体を離して赤面して俯いてしまった。



今はまだ曖昧なままで
「おー、お前ら。腹減ったからラーメン食いに行くぞ」
「やったーごちそうさまです!」
「なんだ○○、今度はやけに元気だな。おいモブ、お前も行くだろ」
「え、あ、はい」
「お前なんか顔赤くね?」
「…………いえ、そんなことないですよ」



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