中学二年生になって頻繁に起こる様になった揉め事も落ち着き、勉強や私生活も波に乗って来た今日この頃、名前は何時もと変わらず学生生活と委員会活動に勤しんでいた。十分休憩やお昼休みは親友である茉莉と過ごし、放課後は風紀委員と共に書類整理を進めている。そんな風紀委員の頂点に立つ雲雀恭弥―――彼について問題と言うか、困った事があるのだ。
 風紀委員長であり、「並盛の秩序」と言う二つ名を持つ彼は、その、わたくし苗字名前の恋人なんです。不器用だけど優しくて、何だかんだですごく甘やかしてくれて、自分が決めた事は何が何でも貫き通す、わたしの大好きな人。けど、それを見せてくれるのは二人きりの時だけだった。そんな頑固で唯我独尊な彼とは、いくつかの約束事がある。




「おはようございまーす」
「おはよう、苗字。早いな」
「早く目が覚めちゃって。余裕でしたか?」
「ああ」

 朝の七時半、世間ではまだまだ早朝と呼ばれる時間帯だろう。その時間に、名前は応接室の扉を開けた。室内には風紀委員らが疎らに手足を動かしており、既に活動が始まっている事が分かる。元気に挨拶をすれば、見た目こそ厳ついが彼らは朗らかな笑みを浮かべてくれた。―――いつもこう言う顔をしていれば、ビクビクされないと思うんだけどな。そんな事を思いながら、名前はローテーブルに積まれた書類を一枚手に取り、それを眺めた。そんな時、応接室の扉からガチャ、と言う音が再び響いたのである。


「委員長!お帰りなさいませ!」
「うん」
「お疲れさまでした!」
「お帰りなさい!」
「よくぞご無事で!」
「……ねえ、うるさい」
『失礼致しました!』

 扉の開閉の音が響いた瞬間、応接室に鳴り響くのは驚くほど手厚い、雲雀を歓迎する言葉達だった。ちなみにこれはほぼ毎日行われる。たまにこの委員会は体育会系か、とツッコみたくなるが、断じてそうではない。拍手を送りたくなるほど上体を綺麗に直角に折り曲げた自身の部下達を見て溜め息を吐くも、視界に名前を入れた雲雀はふと目元を緩めた。


「―――ああ、来てたんだ。早いね、苗字」
「……おはようございます、雲雀先輩」

 その一、学校では敬語と先輩呼びを使うこと。


「うん、おはよう」
「今日は何をすれば良いですか?」
「それ」

 一言だけ告げては視線で示した先には、先ほど名前が眺めていた書類の束がある。それらをパラパラ、と捲って行くが、捲っても捲っても黒い文字が綴られているだけだ。時折見えるカラーの図式はおまけか何かか。―――まさかとは思うが、この男は2、30cmはありそうなこの書類の束を処理しろ、とでも言いたいのだろうか。風紀委員らはまたか、とでも言いたげな顔をして、既に校門へ向かってしまった。


「……これ?」
「それ」
「っあのねえ、雲雀く…っ」

 さも当然と言いたげに細めた目元に何故か苛立って、わたしは思わず目の前の男との約束事を忘れていたのだ。それに素早く反応した彼はわたしのリボンの紐を指に引っかけ、わたしの身体を無理矢理引き寄せた。一気に近づいたわたし達の距離だったけど照れているのはわたしだけで、彼は楽しそうにそっと口角を緩めたのだ。


「―――なに?名前」
「っ…な、まえ」
「誰もいないし」
「じゃあ何で注意したのばか!」
「はいはい。さっさとそれ、出来る所までやってよ。―――休日出勤、したくないでしょ?」

 雲雀の唇がゆっくりと名前の名を呟いた瞬間、彼女の心がどくん、と波打った気がした。どくどく、と激しさが増すその鼓動は、彼女の羞恥心を酷く煽るものとなったのだ。それが最高潮となったのは彼の最後の言葉。―――とある予定を控えている名前にとって、それを酷く楽しみにしている彼女にとって、その言葉は所謂「極め付け」のものだったのである。




 お昼休みは茉莉とのお昼ご飯の時間である。最近は暑さも和らいで来た事もあり、中庭で食べる事となった。日差しは強いが、その度に吹き抜ける涼やかな風は酷く心地がよい。それらを一身に受けて、名前は今朝の出来事を忘れようとするのだ。それでも出来ないのだから本当にあの人はずるいと思う。
 茉莉は近くのコンビニに昼ご飯を買いに行っており、名前はそんな茉莉が来るまでは待機状態なのだ。そんな時、名前の視界に入って来たのはどうやら恋人同士らしい男女がスキンシップを交わしている光景である。そんな光景を見てしまえば居心地が悪くなる反面、羨ましい、そんな事を思ってしまうのだ。―――そんな時に戻って来てくれた茉莉は神様か何かだろうか。


「お帰り、茉莉」
「……どうしたの?」
「いやあ…アレ見て、アレ」

 そして、名前の一瞬の表情に違和感を抱く茉莉は、頼りになりすぎるくらい男前なのだ。そんな茉莉に苦笑を浮かべては、先ほど視界に入れてしまった光景を指差した。その男女は二人だけの世界に夢中なのか、名前と茉莉の視線には気付いていない様である。その様子に思わず苦笑を浮かべては、名前は弁当に詰められているご飯を食べ始めた。しかし、隣に座る茉莉が食べ始める気配は無い。ちらり、と横を見れば、じっとこちらを見つめていたのだ。驚きながらも首を傾げれば、茉莉はにっと口角を上げる。


「―――まだなの?例の手」

 その二、外では触れないこと。


「そ、それ、今聞いちゃうの?」
「ズバズバ聞くのが私でしょうが」
「そう言う所ずるいよね、茉莉は」
「だって二人の気持ち知ってたし、すっごいイライラしてたのよ?」
「知らないよ!」

 ひらひら、と手を振る茉莉に思わず顔を赤くさせた名前は、柄にもなくどもりながら言葉を紡ぐ。そんな親友の姿がおかしくて堪らなくて、茉莉は笑いを堪えながらやっとの事でパンの生地を口に頬張った。どろどろとしたイチゴジャムが口内に纏わり付き、甘さが広がって行く。その感覚を楽しみながら、茉莉がそのにやにやとした笑みを止める事は無かった。


「二人きりの時でも駄目なのよね?」
「……うん」
(すっごい不満そう……)
「その約束、破った事は無いの?」
「ないよ」
「何で?」
「…一年の時から雲雀、先輩の言うこと聞いて来た、から、癖、と言うか…うん」
「……なるほどねえ」
「え?」
「何でもないわよ」

 コンビニで買って来た紙パックのジュースを手に取ると、茉莉はおもむろにストローを刺す。それを吸いながら、横目で名前を見やった。―――すっごいフラストレーション溜まってそうな顔してるわね、あんた。そんな顔初めて見たんだけど。だけど、そんな名前が続けた言葉に、私は漠然と納得した。味を占めているのだ、あの男は。純粋なこの少女を囲って、誰にもやらないように。それを無意識にやってしまっているのがあの男の馬鹿な所だけど。
 茉莉の納得の言葉を聞き返した、名前の頭を雑に撫でる。ぴょんぴょん、と飛び跳ねるその茶髪は酷く愛らしく感じた。そんな名前の名を呼ぶ声が聞こえてそちらを振り向けば、そこには草壁が居たのである。そんな彼の呼び出しに「ごめんね」と言って駆け出す名前はふわり、とプリーツスカートをはためかせた。そんな親友を見送り、茉莉はふう、と溜め息を吐く。


「いじめたい気持ちは、分かるんだけどね」




 放課後は風紀委員らと共に委員会活動に勤しむ時間帯だ。この団体に入ってから家に直帰した記憶はほぼない。あったとしても、そう言う時に限って事件が起こるのだから雲雀がそれを嫌がった。雲雀にとって、黒曜での事件が何よりも心の中に巣食っているらしい。今日はそんな雲雀と応接室で二人きりなのだ。「二人きり」と言ってもそう大層なものではなく、黙々と書類整理を進めているだけなのだが。しかし、そんな淡々とした時間が名前は好きだった。
 秋も深まり、残暑も残り僅かになった季節だ。陽が落ちるのも早い。窓から陽の光が入って来なくなってようやく、名前は柱に立て掛けてある時計に目をやった。その時計は午後5時半を示しており、そろそろ片付けなければいけない時間帯だ。そろそろ帰ろう、と彼女が腰を上げれば、雲雀はただ一言、「送る」と告げたのだ。陽の光が少なくなって来た、と言ってもまだ夜とは言いがたい時間である。しかし彼はその言葉を覆す事は無く、その真っ直ぐな瞳を彼女に注いだ。

 その瞳に弱い名前は、ただ頷く事しか出来ないのだ。




 そんなこんなで現在、二人は微かに暗い道を歩いている。所々に街灯は灯されているが薄暗く、並盛と比べてもやはり町の雰囲気は落ち着いていた。そんな道中を、二人は一言も言葉を交わさず進んで行く。付き合う前の騒がしい鬼ごっこ(と言う名のデスゲーム)が懐かしい。大通りよりも狭い道に入って行くと、飲食店などは無くなり、所謂住宅街が広がっていた。そこを暫く歩いていると、最近になって随分と見慣れてしまった外観が見えて来る。―――和風な外観を持つその家が名前の家だ。


「あ、ありがとう」
「ん」
「ごめんね、遠いのに」
「別に良い。僕がしたいだけ」
(それが、嬉しくてたまらないんだけどなあ……)

 和風な外観を持ち合わせていると言っても玄関の門は現代風である。その中に続いている小さな階段の上に立つと、二人は殆ど同じ背丈になった。―――少しだけ追いついた気がする、なんて言ったら目の前の人は「馬鹿じゃないの」とか言いそうだけど。そんな彼はこの行為が当然だ、と言いたげにすん、と鼻を鳴らす。これが照れ隠しだと分かっているわたしは、ふふ、と思わず笑みを溢した。


「……なに」
「んーん、何にも」
「…帰る」
「あっ、ちょっとまっ、…っ」

 その笑い声が耳に届いてしまったのか、雲雀はじろり、と名前を睨み付けた。しかしながら黒髪の隙間から見える熟れた耳が何処か可愛くて、彼女は込み上げる笑みと嬉しさを我慢する事が出来なかったのだ。そんな彼女の態度に思わず溜め息を吐き、彼は学ランをはためかす。そんな彼に言いたい言葉を送ろうと名を呼ぼうとするが、それは彼の唐突な口付けによって意味のないものとなったのだ。


「……ひ、ばり、くん…」
「―――週末、楽しみにしてるよ。名前」

 その三、雲雀君の瞳には逆らわないこと。




凡人と委員長の約束三カ条
(守ってくれれば、ちゃんと甘やかしてあげるから)


菊璃さまー!こんな感じでいかがでしょうか。書きたい所を色々詰め込んだら、イメージよりも長くなってしまいました;;; すみません!人前では絶対に甘やかさない雲雀さんとそれに毎度振り回される主人公、と言う構図が伝わっていれば幸いです…!
今回は企画への参加、お祝いの言葉、ありがとうございました。これからも連載は続く予定なので、お付き合い下さると嬉しいです。またお越し下さいね。