003
一也と同じクラスになってからも、日々はあまり変わることはなかった。
私と一也は話もせずに、あっという間に1週間が過ぎた。
「じゃあ委員会が決まったところで次の議題に移ります。次回のLHRで何をするか、決めたいと思います。」
委員長に推薦された司が発表し、副委員長の私が黒板に板書する。
「特に行事も話し合うべき議題もないので、私としては親睦を深めるために何かみんなでゲームでもしたいなーと思ってます!何か意見ある人ー?」
「はーい」
「はい中田君」
「ドッヂボールでいいと思いまーす」
「ドッヂボールね」
その後も鬼ごっこ、かくれんぼ、バドミントン、サッカーなど、意見が並んだ。多数決の結果、ドッヂボールに票が集中し、司は投票を締め切る。
「無難にドッヂボールね。ちょうどチャイム鳴ったし、これでLHRを終わりまーす」
***
そして今日のLHR。
「はい皆並んで〜〜。チームは出席番号の偶数と奇数で分けるよ。わかりやすいように、偶数の人はジャージの長そで腰に巻いて〜。」
司がてきぱきと指示を出す。出る幕はなさそうだから、私は偶数のチームに合流した。
「誰外野行く?」
「何人まで?」
話し合う中、すっと手が上がり、一也が輪の中で進み出てくる。
「俺外野〜。」
それだけ一方的に言って、枠の外へと向かってしまった。
「えー、勝手に…」
そう言いかけた男子を、私は小声で宥めた。
「仕方ないよ。野球の試合前だから…」
「あ…、そっか、野球部か」
男子は納得したように頷いた。青道では、野球部の活動にとても理解がある。
「外野決まったー?」
司もチームに合流し、面々がわっと活気づく。やはり司は皆を引っ張るカリスマ性があるらしい。
残りの外野も決まり、それぞれ位置についた。担任がボールを持って、線の前に立つ。
「はいいくぞー…、ようい…、スタート!」
ボールが投げられ、司が飛び出して行く。陸上部で活躍するそのスピードで、相手チームの男子がボールに追いつくより先にボールを掴んだ。
「ほい!」
そのまま丸腰で立ち尽くす男子に勢いよくボールをぶつけ、跳ね返ってきたボールを再びキャッチする。
「これ、牧瀬が全部ぶつけてくれんじゃね?」
「はは、ありえそう」
陣地の隅っこで、やる気のなさそうな男子が喋っている。
それを見計らうように、担任がもう一つボールを持ってやってきた。
「はーいもうひとつボール投入するぞ〜」
「ええ!?」
「はあ!?」
両チームから上がる抗議の声と悲鳴。容赦なく放り込まれるゴムボール。私は駆けだして、ボールの争奪に飛び込む。相手チームの男子の目前で、手を伸ばしてボールを救い寄せるように胸に抱く。
「ナイス#静#!」
司が言いながらボールを放つ。人の群れが両端によけ、ボールは群れの間を飛んでいく。外野の女子生徒がそれをキャッチし、また司に投げ返す。ふたりがキャッチボールをしているすきに、ボールから逃げることに必死な生徒の背中めがけて、軽くボールを投げた。それは簡単に命中し、ひとり、またひとりと外野に向かう。
「ちょっとー!楽勝過ぎるよ!奇数チームもっと頑張ってー!」
司があおった直後、背後から飛んできたボールが司の背中を捉えた。驚いた司が振り返ると、敵チームの外野にいる倉持君が得意げに笑っていた。
「ヒャハハッ!油断しすぎなんだよ!」
「…くーーーっ!」
司は本当に悔しそうにうなって、陣地を出ていく。
「すぐ戻るから!なるべく外野にボールちょうだい!」
と、言い残して。
司が抜けたことで、こちらの陣地には積極的に攻める人がいなくなった。攻勢は一気に傾いた。司ほど勢いのあるボールを投げる人がいなくなったことで、相手が勢いづいたのだ。人は入り乱れ、ボールの争奪にも熱が入る。
そんな、盛り上がった時だった。
「つっ…」
小さな声だったが、皆が動きを止めるには十分だった。
体育館は静まり返り、皆の視線が一転に集中する。
手を抑えてボールを落とした一也。一瞬で血の気が引いた。
「おい、みゆ…」
「一也!!」
倉持君を追い越して一也に駆け寄る。一也の左手から、右手をもぎ取るようにして引っ張る。腫れの有無、傷の有無を確かめる。
「どこ?手首?指?」
「ひ…人差し指、に、一瞬かすっただけ」
「ここ?どう、痛みは?」
人差し指を軽く握り、確認する。一也は首を横に振る。
「手、握ってみて。」
「お、おう…」
一也は右手を握ったり開いたりして見せる。
「痛い?」
「いや、大丈夫…」
その言葉を聞いて、安堵が沸騰した熱湯のように胸いっぱいに広がり、溢れだした。
「……。」
安堵のため息を吐いてから、思い出した。
シニアの頃にも、こんなことがあった。皆でサッカーをしていて、ボールを蹴り損ねた一也が転んで、膝をすりむいて…。無理するなと監督や皆に、怒られていたっけ。
おかしくて笑いそうになりながら一也を見上げると、一也は驚いた顔で私を見下ろしていた。
「…無理にボールに触ろうとしないでよ!運動音痴なんだから!怪我したらどうするの!」
「お…おう」
「本当に何ともないの?一応冷やしてきたら?」
「平気だって…」
「…あの…さ、」
言葉を挟んだのは司だった。振り返ると、クラスメイト達がぽかんとした顔で私たちを見ていた。
「ふたりとも…そんなに仲、よかったっけ?」
…しまった。やってしまった。
つい体が勝手に動いて…だって、一也は野球部の大事な選手で…今は大事な時期で、だから…。
顔が熱くなる。見上げると、一也も顔を赤くしていた。
「とりあえず…手、離したら?」
そう司に言われて、私たちはさらに顔を赤くした。
***
「…だから、#静#はシニアが一緒だっただけで、別に何もねーって!」
「『#静#』だァ〜〜〜???」
「名前呼び捨てとはいい度胸してんじゃねーか…」
うわさが広まるのは早いもので。その日の部活で、俺は麻生らに詰められる羽目になった。
「あ…倉持!たすけて!」
通りかかった倉持を呼び寄せようとしたが、鋭い眼光で刺される。
「あ?テメェ、奥村さんの話してた時も、なんも言わなかったよなァ…?なんかやましいことがあるから隠してたんだろ?潔く全部吐けや」
「え…ええ〜〜〜」
しまった、縋る相手を間違えた。倉持まで麻生らに加わって、俺は質問攻めに遭う。
「何で名前で呼び合ってんだよ?」
「何で隠してたんだよ?」
「どこまでいったんだよ?」
「いや、ほんと何でもねーから…」
あいつは、成宮と付き合ってるし…。
とは、言わないほうが良いんだろうな、たぶん。あいつら自身、誰にも言ってねーみたいだし。
「お前ら、何してんの?」
静かな威圧感を感じ、麻生たちは固まった。
「集合、かかってるんだけど?」
「りっ…亮さん!」
「すみません!!」
更衣室の入り口で仁王立ちをする亮さんに土下座をする勢いで謝る麻生たち。はぁ助かった、やっと解放される…。
「お前ら、ここに何しに来てるわけ?くだらないことしてんじゃないよ。」
「はいっ!すみませんでした!」
麻生たちは慌てて外へ飛び出して行く。俺もそれに続きながら、亮さんとのすれ違いざま、ぺこりと頭を下げた。
「亮さんすいません。助かりました…」
「はぁ?何言ってんの?」
「え?」
にこり、と亮さんはとてもいい笑顔を浮かべた。
「お前の話は、練習が終わってから、ゆっくりじっくり聞かせてもらうからね。」
「……え……」
「噂、3年にもとっくに広まってるよ。」
亮さんは俺の肩をぽんと叩き、軽い足取りで去っていく。肩がずしりと重たく感じて、俺は気が遠くなった。
私と一也は話もせずに、あっという間に1週間が過ぎた。
「じゃあ委員会が決まったところで次の議題に移ります。次回のLHRで何をするか、決めたいと思います。」
委員長に推薦された司が発表し、副委員長の私が黒板に板書する。
「特に行事も話し合うべき議題もないので、私としては親睦を深めるために何かみんなでゲームでもしたいなーと思ってます!何か意見ある人ー?」
「はーい」
「はい中田君」
「ドッヂボールでいいと思いまーす」
「ドッヂボールね」
その後も鬼ごっこ、かくれんぼ、バドミントン、サッカーなど、意見が並んだ。多数決の結果、ドッヂボールに票が集中し、司は投票を締め切る。
「無難にドッヂボールね。ちょうどチャイム鳴ったし、これでLHRを終わりまーす」
***
そして今日のLHR。
「はい皆並んで〜〜。チームは出席番号の偶数と奇数で分けるよ。わかりやすいように、偶数の人はジャージの長そで腰に巻いて〜。」
司がてきぱきと指示を出す。出る幕はなさそうだから、私は偶数のチームに合流した。
「誰外野行く?」
「何人まで?」
話し合う中、すっと手が上がり、一也が輪の中で進み出てくる。
「俺外野〜。」
それだけ一方的に言って、枠の外へと向かってしまった。
「えー、勝手に…」
そう言いかけた男子を、私は小声で宥めた。
「仕方ないよ。野球の試合前だから…」
「あ…、そっか、野球部か」
男子は納得したように頷いた。青道では、野球部の活動にとても理解がある。
「外野決まったー?」
司もチームに合流し、面々がわっと活気づく。やはり司は皆を引っ張るカリスマ性があるらしい。
残りの外野も決まり、それぞれ位置についた。担任がボールを持って、線の前に立つ。
「はいいくぞー…、ようい…、スタート!」
ボールが投げられ、司が飛び出して行く。陸上部で活躍するそのスピードで、相手チームの男子がボールに追いつくより先にボールを掴んだ。
「ほい!」
そのまま丸腰で立ち尽くす男子に勢いよくボールをぶつけ、跳ね返ってきたボールを再びキャッチする。
「これ、牧瀬が全部ぶつけてくれんじゃね?」
「はは、ありえそう」
陣地の隅っこで、やる気のなさそうな男子が喋っている。
それを見計らうように、担任がもう一つボールを持ってやってきた。
「はーいもうひとつボール投入するぞ〜」
「ええ!?」
「はあ!?」
両チームから上がる抗議の声と悲鳴。容赦なく放り込まれるゴムボール。私は駆けだして、ボールの争奪に飛び込む。相手チームの男子の目前で、手を伸ばしてボールを救い寄せるように胸に抱く。
「ナイス#静#!」
司が言いながらボールを放つ。人の群れが両端によけ、ボールは群れの間を飛んでいく。外野の女子生徒がそれをキャッチし、また司に投げ返す。ふたりがキャッチボールをしているすきに、ボールから逃げることに必死な生徒の背中めがけて、軽くボールを投げた。それは簡単に命中し、ひとり、またひとりと外野に向かう。
「ちょっとー!楽勝過ぎるよ!奇数チームもっと頑張ってー!」
司があおった直後、背後から飛んできたボールが司の背中を捉えた。驚いた司が振り返ると、敵チームの外野にいる倉持君が得意げに笑っていた。
「ヒャハハッ!油断しすぎなんだよ!」
「…くーーーっ!」
司は本当に悔しそうにうなって、陣地を出ていく。
「すぐ戻るから!なるべく外野にボールちょうだい!」
と、言い残して。
司が抜けたことで、こちらの陣地には積極的に攻める人がいなくなった。攻勢は一気に傾いた。司ほど勢いのあるボールを投げる人がいなくなったことで、相手が勢いづいたのだ。人は入り乱れ、ボールの争奪にも熱が入る。
そんな、盛り上がった時だった。
「つっ…」
小さな声だったが、皆が動きを止めるには十分だった。
体育館は静まり返り、皆の視線が一転に集中する。
手を抑えてボールを落とした一也。一瞬で血の気が引いた。
「おい、みゆ…」
「一也!!」
倉持君を追い越して一也に駆け寄る。一也の左手から、右手をもぎ取るようにして引っ張る。腫れの有無、傷の有無を確かめる。
「どこ?手首?指?」
「ひ…人差し指、に、一瞬かすっただけ」
「ここ?どう、痛みは?」
人差し指を軽く握り、確認する。一也は首を横に振る。
「手、握ってみて。」
「お、おう…」
一也は右手を握ったり開いたりして見せる。
「痛い?」
「いや、大丈夫…」
その言葉を聞いて、安堵が沸騰した熱湯のように胸いっぱいに広がり、溢れだした。
「……。」
安堵のため息を吐いてから、思い出した。
シニアの頃にも、こんなことがあった。皆でサッカーをしていて、ボールを蹴り損ねた一也が転んで、膝をすりむいて…。無理するなと監督や皆に、怒られていたっけ。
おかしくて笑いそうになりながら一也を見上げると、一也は驚いた顔で私を見下ろしていた。
「…無理にボールに触ろうとしないでよ!運動音痴なんだから!怪我したらどうするの!」
「お…おう」
「本当に何ともないの?一応冷やしてきたら?」
「平気だって…」
「…あの…さ、」
言葉を挟んだのは司だった。振り返ると、クラスメイト達がぽかんとした顔で私たちを見ていた。
「ふたりとも…そんなに仲、よかったっけ?」
…しまった。やってしまった。
つい体が勝手に動いて…だって、一也は野球部の大事な選手で…今は大事な時期で、だから…。
顔が熱くなる。見上げると、一也も顔を赤くしていた。
「とりあえず…手、離したら?」
そう司に言われて、私たちはさらに顔を赤くした。
***
「…だから、#静#はシニアが一緒だっただけで、別に何もねーって!」
「『#静#』だァ〜〜〜???」
「名前呼び捨てとはいい度胸してんじゃねーか…」
うわさが広まるのは早いもので。その日の部活で、俺は麻生らに詰められる羽目になった。
「あ…倉持!たすけて!」
通りかかった倉持を呼び寄せようとしたが、鋭い眼光で刺される。
「あ?テメェ、奥村さんの話してた時も、なんも言わなかったよなァ…?なんかやましいことがあるから隠してたんだろ?潔く全部吐けや」
「え…ええ〜〜〜」
しまった、縋る相手を間違えた。倉持まで麻生らに加わって、俺は質問攻めに遭う。
「何で名前で呼び合ってんだよ?」
「何で隠してたんだよ?」
「どこまでいったんだよ?」
「いや、ほんと何でもねーから…」
あいつは、成宮と付き合ってるし…。
とは、言わないほうが良いんだろうな、たぶん。あいつら自身、誰にも言ってねーみたいだし。
「お前ら、何してんの?」
静かな威圧感を感じ、麻生たちは固まった。
「集合、かかってるんだけど?」
「りっ…亮さん!」
「すみません!!」
更衣室の入り口で仁王立ちをする亮さんに土下座をする勢いで謝る麻生たち。はぁ助かった、やっと解放される…。
「お前ら、ここに何しに来てるわけ?くだらないことしてんじゃないよ。」
「はいっ!すみませんでした!」
麻生たちは慌てて外へ飛び出して行く。俺もそれに続きながら、亮さんとのすれ違いざま、ぺこりと頭を下げた。
「亮さんすいません。助かりました…」
「はぁ?何言ってんの?」
「え?」
にこり、と亮さんはとてもいい笑顔を浮かべた。
「お前の話は、練習が終わってから、ゆっくりじっくり聞かせてもらうからね。」
「……え……」
「噂、3年にもとっくに広まってるよ。」
亮さんは俺の肩をぽんと叩き、軽い足取りで去っていく。肩がずしりと重たく感じて、俺は気が遠くなった。