今日は朝から玉城が不機嫌だ。クラスの奴らも何となくそれを察していて、今日は教室が静かだ。
原因…昨日のコンビニでのことを知っている俺は複雑な気持ちで、財布を手に教室を抜け出した。

あのふたり…玉城と御幸先輩、どう見ても両思いだよな…。
本人たちは自覚してるのかどうか、わからないけど…。

ああ、モヤモヤする。

俺は玉城のことが、たぶん、好きなんだと思う。
話せたら嬉しいし、俺の話で笑ってくれたらもっと嬉しい。御幸先輩と楽しそうにしているのを見ると胸が痛いし、こうやっていつも、玉城のことばかり考えている。
どうすれば機嫌を直してくれるか。どうすれば笑ってくれるか。どうすれば、俺のことも意識してくれるか。
溜息を飲みこんで自動販売機の傍までやってくると、見慣れた背中があった。

「あっ…」

咄嗟にこぼれた声を取り消したい。声に気が付いて振り向いた人物――御幸先輩も、俺の顔を見て浮かない顔になった。

「お…、はようございます。」
「…よぉ。」

今日の朝練でも御幸先輩を見かけたけど、挨拶はしていなかったのだった。お互いにぎこちなく挨拶を交わすと、沈黙がおりた。

「…今日、玉城来てんの?」
「え?あ…、はい。」

ぽつりと聞いてきたかと思うと、御幸先輩はまた言葉を悩んで黙りこむ。この人、ほんと、野球以外は不器用な人だよな。玉城の様子を知りたいんだろうけど…、悪いけど、敵に塩を送るつもりはない。
御幸先輩は少しの間自販機を眺めると、何を思ったかサイダーを買って、俺に差し出した。

「え?」
「これ…、玉城に渡しといて。アイスのお詫びに。」
「…えっと……。」

顔を赤くする御幸先輩を見て、こっちまで恥ずかしくなる。…って言うか、それ以前に。

「あの…玉城、炭酸苦手なんですよ。」
「え…」

気まずい沈黙。御幸先輩は咳払いを一つする。

「じゃ、何が好きなの?」
「え、えっと」

…それ俺に聞くんだ!?
動揺しながらも俺は、大真面目に考えてしまう。

「あ…、最近はこれ、好きって言ってましたね。」

俺がそう言って指差したのは、冷たい『オレンジチョコレートほうじ茶ラテ(抹茶入り)』。御幸先輩は疑いの眼差しで俺を見る。

「東条〜〜……真面目に!」
「ま、真面目ですよ!嘘じゃないです!」
「え〜〜、本当かよ…」

御幸先輩は疑いながらもそれを買って、俺に寄越す。

「じゃ…、さっきの伝えといて。」
「え、えぇ…はい…」

気が進まないが、先輩に言われては仕方がない。御幸先輩が去るのを見送って、俺は自分の分の飲み物を買ってから教室へと戻った。


***


教室に戻ると、玉城の姿はなかった。玉城の席の傍には、今しがたまで話でもしていたように、牧瀬が立っている。

「牧瀬、玉城は?」
「今、先輩に呼ばれて出てったよ。あの感じは、たぶん告白だね。」

牧瀬は腕を組んで探偵ごっこのように言った。

「また!?はぁー…、玉城は本当にモテるな…。」

俺はしみじみと呟く。俺が知っているだけでも、呼び出されたのは今週3回目だ。

「で、今回は誰なんだよ?」
「それがね…3年の結城哲也先輩。」

告げられた名前に、俺の頭は一瞬思考を停止した。

「…えぇ!!?」
「野球部の元キャプテンだよね?よく取材とか受けてる、プロも注目してるっていう…」

牧瀬はわくわくして目を輝かせて言った。

「結構イケメンだったし、これは光、初のオッケー出しちゃうかな!?」
「……!!」

サァッと血の気が引く。結城先輩は男の中の男。男も惚れる男。あの人が誰かにフラれるところなど、想像がつかない。たとえその相手が、玉城だったとしても。
…っていうか結城先輩、玉城とどんな接点が!?まさか一目惚れ?あの人以外と直感で動くタイプだし、それもあり得るか…?

「ちょ…ちょっと東条君、大丈夫?」
「えっ?」

牧瀬に心配されて、俺は初めて自分の落ち着きのなさに気付いた。教室の中を行ったり来たり、廊下を見たり時計を見たり。全部行動に出ていたなんて…恥ずかしい。

「あ…!」

牧瀬が声を上げて、教室の入り口を見た。玉城が戻ってきたのだった。

「は…早かったね光。」
「え?うん」

そわそわする牧瀬と俺を不思議そうに見ながら、玉城は席に着き、授業の準備をする。

「で…どうだったの?」
「え…?」
「結城先輩、なんだって?」

おいあまり聞くなよ、という言葉を俺は飲みこむ。気になるのは俺も同じ…いや、牧瀬以上だ。

「ああ…今日からなるべく、一緒に帰ろうって。」
「えっ?」
「うちの親が頼んだみたい。…迷惑になるからいいって言ったのに。」
「ちょ…ちょっと待って、どういうこと?」

混乱する牧瀬と俺。告白とかすっ飛ばして、今日から一緒に帰る?結城先輩とそんなに親しかったか?
玉城は少し躊躇ったが、投げやりに呟いた。

「実は…最近、誰かに後をつけられてて…」
「…え!?」
「…はぁ!?」

牧瀬と俺は同時に声を上げた。玉城は動じずに続ける。

「それで昨日も、司と別れた後に、家まで追いかけられちゃって…親は帰るの遅いし、結城先輩の家でお世話になったの。」
「な、なんで結城先輩?」
「家が向かいだから。たまたま結城先輩が気付いて、家に入れてくれたの。先輩は昨日も、帰りは送るって言ってくれたけど、先輩受験生だし…断ったのに、たぶん私の親が頼んだんだと思う。」

もう…、と玉城はため息を吐いた。

「面倒臭いなぁ、もぉ……」

そう呟く玉城を前に、俺はふと握りしめたままのペットボトルを思い出す。
……このことを御幸先輩が知ったら、もっと面倒くさいことになりそうだな。
俺が無言で迷っていると、玉城の視線が俺の手元に移った。

「…あれ、東条それはあんまり好きじゃないって言ってなかった?」

それとも1周まわってハマった?と、玉城はペットボトルを指さす。俺はそれを差し出して、ぽかんとしながらも受け取る玉城に言った。

「いや、これは…御幸先輩から玉城にって預かったんだよ。」
「え…なんで?」
「昨日のアイスのお詫び、らしいよ。」
「……。」

玉城はうつむいて、しばらくムッとしていたが、やがてまんざらでもない顔をしてそっぽを向いた。

「…ふうん…そうなんだ…」

その顔を見て、俺の胸はまた、ギュッと痛んだ。

 


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