白石が敷き詰められた、整備された竹林と灯篭に囲まれた敷地に車を停める。
光と車を降りると、隣に停まっていた軽トラから親父が降りてきた。スーツ姿の親父を見るなんていつぶりだろう。本人も着心地を気にするように肩をすくめて、こちらに歩いてくる。

「おはよ。」

照れくさい気持ちで親父に声をかける。

「おはようございます。」

光が礼儀正しくお辞儀をする。
親父は手持ち無沙汰に頭を掻いた。

「おはよう、一也、光さん。…いやあ、緊張するな。」
「大丈夫だよ…みんないい人たちだから。」

今日は両家顔合わせの食事会。いい人たち…と言っても、俺も会ったことがあるのは叔母さんと祖父母だけで、今日初めて会う人もいるから、親父のことを言えない程度には緊張している。

「光、寒いだろ。まだ車で待ってろよ。」

そう声をかけると、光は頷いて腕をさすりながら車に戻った。

「…何?」

親父の視線を感じて、照れくさくぶっきらぼうに聞く。

「いや…。仲良くやってるみたいだな。」
「…まあ。」
「お前が初めてあの子を連れてきてからもう何年だ…?長い付き合いだな。」
「いーよ、数えなくて…」

指を折り始める親父を止め、暇をつぶすように周りを見渡す。竹林と松の木に囲まれるようにして、立派な平屋造りの料亭の屋根が見える。どこからともなく鹿威しの音と清らかな水の音も響いてくる。都会のど真ん中とは思えない静けさと自然。それは、それだけこの料亭の敷地が広いことを示していた。

「…あの子、良家のお嬢様なんだろ?」

気後れするように親父が言った。

「大丈夫なのか?」
「…大丈夫だよ。」

沈黙が降りる。まあ実際、気になるところだよな、そこは…。

「…それで、具体的にはどんな感じなんだ、あちらの家は」
「あー…」

まあ、顔合わせの前に情報は必要だよな。俺は光の話を思い出しながら口を開く。

「…本家はスイスの豪邸で」
「スイス」
「日本とアメリカ、イタリア、イギリス、フランスに別宅があって」
「別宅」
「お祖父さんは貿易関係のお偉いさんで」
「貿易」
「叔母さんもその関係の仕事で世界中を飛びまわってて」
「世界中」
「あとは俺も今日初めて会うけど…叔母さんの下に一人弟さん…光の叔父さんがいて、今はアメリカにある貿易会社の本社の社長らしい」
「……。」
「あと、その叔父さんの息子さんが光と同い年で、光も10年ぶりくらいに会うって」
「…なんか…すごいな」
「まあ…大丈夫。ほんと、良い人たちだから。」

そう言った矢先、敷地内に黒い高級車が3台入ってきた。滑らかに停車すると、1台目の運転席からスーツ姿の初老の男が降りてくる。足を踏み出した親父を腕で止め、ちがうと言うように首を振る。車から降りてきた男は、後部座席のドアを開き、乗っていた人物を恭しく降ろした。降りてきたのは――光の祖父母。品のいい老夫婦だ。
つーか…車、運転手付きかよ…。

「ど…どうも、はじめまして、御幸です。この度は…」

いよいよ親父が歩み寄ると、老夫婦は柔らかな微笑みを浮かべて会釈した。

「あぁ、初めまして御幸さん。玉城です。いやあ、いい天気でよかったですね」
「ええ、本当に…」

会釈を交わす彼らの後ろで、次の車のドアが開き、叔母さんが降りてきた。

「おはよう一也君〜。」
「あ…おはようございます。」

この人を見て安心する日が来るなんて…。不思議だ。
叔母さんの姿を見ると、光も笑顔で車から降りてきた。やっぱり、多感な時期に世話になった叔母さんには、一番気を許しているんだろうか。
3台目の車のドアも開き、中から中年の男と、光や俺とそう年の変わらない若い男が降りてきた。光と少し似た、金色に近い亜麻色の髪に空色の瞳。顔つきは涼やかで、どちらかというと奥村っぽい。つーかイケメン。
光の祖父は全員が揃ったことを見渡して確認すると、朗らかな笑顔で言った。

「じゃあ、ひとまず…紹介は中に入ってからにしましょう。」

その言葉で、俺たちは料亭に続く竹林の道に入った。


***


料亭の女将と従業員に丁重に出迎えられ、広い座敷に案内される。高級そうな花や掛け軸、壷などが並び、縁側の戸は雪見窓が開かれ、鹿威しのある庭が眺められるようになっていた。…まあ、それを眺める余裕はないんだけど。
全員が席につき、料理が運ばれると、さっそく親父が口を開き、自己紹介と挨拶を述べる。それを笑顔で聞いて、光の祖父も口を開き、玉城家の紹介を始める。

「…で、そこにいるのが次男の息子の光臣です。」

祖父が指したのは先ほどの若い男。整った顔を引き締めて俺と親父を見、ぺこりと頭を下げる。

「光と同い年だから…一也君のひとつ年下になるね。光臣には来春から、私の会社の日本支社を任せようと思ってます。」
「そうですか、それはすごい…」
「偶然、会社もちょうど御幸君たちのマンションの近くですから。歳も近いし、どうぞ仲良くしてやってください。はっはっは…」

な…なんだって?仲良くったって…こいつ、俺のこと睨んでね?
俺は光臣をちらりと見る。…うん、やっぱり睨んでるな。いや〜、また一波乱ありそうだな、これは…。

「ちょっと、失礼します…」

光が叔母さんに小声で声をかけ、化粧ポーチを持って立ち上がり、部屋を出る。…光がいなくなると一気に肩身狭くなるな〜。俺睨まれてるし。俺もちょっと外の空気でも吸いに行くかな…
そう考え始めた時、光臣は誰に声をかけるでもなくさりげなく立ち上がり、影のように部屋を出て行った。…なんか、気になる。俺も親父に断って、後を追うように部屋を出る。

庭の景色を左手に長い廊下を進む。広すぎだろ、ここ。
ようやく廊下の突き当りが見えてきたとき――低い男の声がした。

「光…俺はずっと待ってた。」

息を飲んで身をひそめる。これ…あいつの…光臣の声か?

「……。」
「……。」

しばらく沈黙が流れる。待ってたって…そういう意味だよな、たぶん。光…どんな顔してるんだろう。

「…そうなの。」
「……。」

光の静かな返答と、光臣の沈黙。

「私…光臣には、嫌われてると思ってた。」

不穏な予感が胸を冷やした。このふたりに…何があったんだ?

「嫌ってなんかない。俺は…」

ギシ…、と廊下の木板が軋む。

「ずっと…」
「……。」

ふたりの会話は静かに進んだ。まるで…言外で通じ合っているかのように。

「ずっと……何?」

光の静かな声。あれ…?怒ってる?

「ずっと……想ってた」

光臣はぎこちなく答える。こいつやっぱり…光のこと…

「ムカつくブスだって?」
「…え?」

…え??

「え?って何?光臣が言ったことでしょ。」
「いや…それは…俺、ガキだったから…つい…」
「つい本音が出たの?」
「ち…違う!」

…なんか面白いことになって来たな。

「俺…光のことが好きだったから…!」
「……。」

うわ、こいつ…言いやがった。

「…わかった。もう許してあげるから、この話は終わり。」
「え…」
「お互い大人になったんだし…いつまでも子供の頃の喧嘩を引き摺るのはやめよう。」

光が立ち去ろうとしたのか、廊下がまた軋んだ音を鳴らす。

「ま…待って、光」
「…何?」

音が鳴りやんだ。

「…今も…好きだって言ったら……どうする。」

……はぁ?あ…あいつ…!!
婚約の顔合わせで口説くなよ!!

ギシ…、と廊下が軋む。そして――

「ありえない。」

光の冷たい声が響いた。

「あ…ありえない…?」
「そうよ。もう…こんな日にそんな話、しないで。」
「でも…俺はずっと…!」
「やめてって言ってるでしょ。せっかくの日に…これ以上水を差さないで。」
「…光、」
「これ以上しつこくしたら、お祖父様に言うからね。」
「うっ…」

ギシ、ギシ、ギシ…、と軋む音が遠ざかっていく。いや〜、すげえもん聞いちゃった。あの光臣ってやつ…やっぱり光のこと、好きなのか。でもまあ、あの様子を見る限り、心配する必要はなさそうだな。…倉持の方がよっぽど強敵だったぜ。
俺はいくらか軽くなった心地で、部屋に戻った。

 


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