100
<御幸一也>
ついに…この日が来た。
タキシードに身を引き締められ、俺は一人、ここに立っている。
背中をくすぐる喧騒が止み、空気が止まった――次の瞬間、パイプオルガンの音に震える。
俺は振り返って…ヴァージンロードの先を見た。今、扉が開く。
俺は――
俺は、言葉を忘れた。周りの景色も。音も。ただ頭の中を占めるのは、今まで光と過ごしてきた時間と、彼女の笑顔、泣き顔、悪戯をするときの子供っぽい顔、そして…扉の前で、今までで一番綺麗に微笑む、ウエディングドレス姿の光。
叔母さんにエスコートされ、ヴァージンロードを歩いてくる光。今、その手を離し――俺の腕に掴まった。
俺は…光と結婚する。
「――新郎一也、あなたはここにいる光を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
俺は光を見つめ、微笑む。
「はい、誓います。」
「新婦光、あなたはここにいる一也を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
光は俺を真っすぐに見上げたまま口を開く。
「はい、誓います。」
指輪が差し出され、俺は小さな指輪を取る。
そして光の手を取り、その細い滑らかな薬指に、それを嵌めた。
光も指輪を取り、俺の左手の薬指に指輪を嵌める。
「では、ベールを上げてください。」
牧師の言葉で、俺は光の顔を覆うベールを上げる。光の瞳が――さっきよりもはっきりと輝き、俺を見上げた。
「誓いのキスを。」
光の肩に手を添える。細い、柔らかい、華奢な――だけど、しっかりと芯が通ったように、まっすぐに伸びた背筋。光は…少し緊張した、真剣な表情で俺を見る。宝石みたいな瞳。スッと通り、ツンとした小さな鼻。ふっくらと滑らかな、バラ色の頬。果実のようにぷっくりとした、赤い小さな唇。
どうしてこんなに綺麗なんだと――今になってもまだ、ただただ驚く。
俺はその唇を見つめ、顔を近づける。影が落ちるほど近づいたとき、光がそっと目を閉じる。
唇が触れて――周りから拍手が湧いた。
唇を離すと、光は嬉しさと恥ずかしさがまじったようにはにかんで皆の方を見る。
この子が今…俺の妻になった。皆に認められて、祝福されて。お互いに、永遠を誓った。
夫として、光とずっと一緒に生きていける。それが…どうしようもなく嬉しい。
俺は光の手にそっと、指を絡めた。光の手はまるでそれをわかっていたように…しっかりと握り返した。
***
<倉持洋一>
今日何度目になるかわからないため息。空を仰げば目が痛くなるほどの快晴で、足元を見れば一点の曇りもなく磨かれた床に俺の仏頂面がぼんやりと映っている。
世界中があの二人を祝福しているようで――俺は一人、取り残された気分だった。あの二人を祝福しているのに。幸せになってほしいと思うのに。どうしてこんなにやるせないんだ。
彼女には御幸しかいない、と思う。御幸のこともすげえ奴だと認めてる。御幸と一緒になるなら彼女は幸せになるはずで、俺はこの気持ちに嘘をつかず、後悔のしようがないほど精一杯彼女に伝えた。
何の心残りもない。だけど…あの二人を見るとまだ、胸のあたりがチクリとする。
「倉持。」
突然声がかかって、俺は驚いて振り返る。そこにいたのは亮さんで、俺の顔をまじまじと見ると、にこりと笑った。
「またメソメソしてるのかと思ったのに…つまんないなぁ」
「ヒャハハ…何言ってんすか。もうさすがに吹っ切れてますって。」
涙の味の息を飲んで笑う。そうだよ、未だに引き摺ってんのなんてダサすぎて誰にも言えねーっつの…。
「その割には…新婦友人の女優やモデルたちと、話もしてないみたいじゃん。」
「……。」
言葉に詰まる。
「さすがに美人ばっかりだし…お前なら出会いに必死になりそうなもんだけど。」
「そ…そりゃ…」
「純とか麻生なんて、料理そっちのけで女の子に夢中だよ。」
「……。」
返事が何も思いつかないほど、俺はいっぱいいっぱいだったようで、気が付けば黙り込んでしまっていた。だけど亮さんは――それをからかうことはなかった。
「まあ…いいんじゃない。勝手に引き摺ってる分にはさ。」
「え……」
「だってどうしようもないだろ。気持ちはさ…」
「……。」
「別に言いふらしたりしないし、泣きたきゃ泣けば?」
そう言って亮さんは、皆がいる方に顔を向けた。見張っててやるとでもいうんだろうか。
…本当にこの人は。
「…いいんです、亮さん。」
背中に声をかけると、亮さんは振り返る。
「俺…確かにまだ…気持ちは残ってるけど……」
「……。」
「でも…今日はそれほど、悪くない気分なんです。」
だって、彼女が幸せになる日だから。彼女が一番大切で、一番欲しかった場所を、手に入れた日だから。
嬉しくないはずがねーよ。
亮さんは俺の顔を見て――クスリと笑った。
「ふーん…やっぱりまだ引き摺ってるんだ?」
「いっ……そ、そこは突っ込まないでくださいよ…」
ついに…この日が来た。
タキシードに身を引き締められ、俺は一人、ここに立っている。
背中をくすぐる喧騒が止み、空気が止まった――次の瞬間、パイプオルガンの音に震える。
俺は振り返って…ヴァージンロードの先を見た。今、扉が開く。
俺は――
俺は、言葉を忘れた。周りの景色も。音も。ただ頭の中を占めるのは、今まで光と過ごしてきた時間と、彼女の笑顔、泣き顔、悪戯をするときの子供っぽい顔、そして…扉の前で、今までで一番綺麗に微笑む、ウエディングドレス姿の光。
叔母さんにエスコートされ、ヴァージンロードを歩いてくる光。今、その手を離し――俺の腕に掴まった。
俺は…光と結婚する。
「――新郎一也、あなたはここにいる光を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
俺は光を見つめ、微笑む。
「はい、誓います。」
「新婦光、あなたはここにいる一也を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
光は俺を真っすぐに見上げたまま口を開く。
「はい、誓います。」
指輪が差し出され、俺は小さな指輪を取る。
そして光の手を取り、その細い滑らかな薬指に、それを嵌めた。
光も指輪を取り、俺の左手の薬指に指輪を嵌める。
「では、ベールを上げてください。」
牧師の言葉で、俺は光の顔を覆うベールを上げる。光の瞳が――さっきよりもはっきりと輝き、俺を見上げた。
「誓いのキスを。」
光の肩に手を添える。細い、柔らかい、華奢な――だけど、しっかりと芯が通ったように、まっすぐに伸びた背筋。光は…少し緊張した、真剣な表情で俺を見る。宝石みたいな瞳。スッと通り、ツンとした小さな鼻。ふっくらと滑らかな、バラ色の頬。果実のようにぷっくりとした、赤い小さな唇。
どうしてこんなに綺麗なんだと――今になってもまだ、ただただ驚く。
俺はその唇を見つめ、顔を近づける。影が落ちるほど近づいたとき、光がそっと目を閉じる。
唇が触れて――周りから拍手が湧いた。
唇を離すと、光は嬉しさと恥ずかしさがまじったようにはにかんで皆の方を見る。
この子が今…俺の妻になった。皆に認められて、祝福されて。お互いに、永遠を誓った。
夫として、光とずっと一緒に生きていける。それが…どうしようもなく嬉しい。
俺は光の手にそっと、指を絡めた。光の手はまるでそれをわかっていたように…しっかりと握り返した。
***
<倉持洋一>
今日何度目になるかわからないため息。空を仰げば目が痛くなるほどの快晴で、足元を見れば一点の曇りもなく磨かれた床に俺の仏頂面がぼんやりと映っている。
世界中があの二人を祝福しているようで――俺は一人、取り残された気分だった。あの二人を祝福しているのに。幸せになってほしいと思うのに。どうしてこんなにやるせないんだ。
彼女には御幸しかいない、と思う。御幸のこともすげえ奴だと認めてる。御幸と一緒になるなら彼女は幸せになるはずで、俺はこの気持ちに嘘をつかず、後悔のしようがないほど精一杯彼女に伝えた。
何の心残りもない。だけど…あの二人を見るとまだ、胸のあたりがチクリとする。
「倉持。」
突然声がかかって、俺は驚いて振り返る。そこにいたのは亮さんで、俺の顔をまじまじと見ると、にこりと笑った。
「またメソメソしてるのかと思ったのに…つまんないなぁ」
「ヒャハハ…何言ってんすか。もうさすがに吹っ切れてますって。」
涙の味の息を飲んで笑う。そうだよ、未だに引き摺ってんのなんてダサすぎて誰にも言えねーっつの…。
「その割には…新婦友人の女優やモデルたちと、話もしてないみたいじゃん。」
「……。」
言葉に詰まる。
「さすがに美人ばっかりだし…お前なら出会いに必死になりそうなもんだけど。」
「そ…そりゃ…」
「純とか麻生なんて、料理そっちのけで女の子に夢中だよ。」
「……。」
返事が何も思いつかないほど、俺はいっぱいいっぱいだったようで、気が付けば黙り込んでしまっていた。だけど亮さんは――それをからかうことはなかった。
「まあ…いいんじゃない。勝手に引き摺ってる分にはさ。」
「え……」
「だってどうしようもないだろ。気持ちはさ…」
「……。」
「別に言いふらしたりしないし、泣きたきゃ泣けば?」
そう言って亮さんは、皆がいる方に顔を向けた。見張っててやるとでもいうんだろうか。
…本当にこの人は。
「…いいんです、亮さん。」
背中に声をかけると、亮さんは振り返る。
「俺…確かにまだ…気持ちは残ってるけど……」
「……。」
「でも…今日はそれほど、悪くない気分なんです。」
だって、彼女が幸せになる日だから。彼女が一番大切で、一番欲しかった場所を、手に入れた日だから。
嬉しくないはずがねーよ。
亮さんは俺の顔を見て――クスリと笑った。
「ふーん…やっぱりまだ引き摺ってるんだ?」
「いっ……そ、そこは突っ込まないでくださいよ…」