102
「なあこれ見た?玉城光のオフショット」
誰からともなく発案して不定期に開かれる青道OBの飲み会。今日は御幸先輩をはじめとする元主力陣はほとんど不参加だが、それでも必ず玉城さんの話題が挙がる。
先輩のスマホが回されてきて、俺も東条も画面を覗き込む。どこかの控室のような簡素な白い壁を背に、両手を上に伸ばして伸びをする玉城さんの、少し眠そうな表情を捉えたワンシーン。
男たちはしばらく画像を眺め、顎に手を当てて真剣な顔をする。
「……F!」
「いや、もう少しあるだろ」
「ちょっと盛ってね?Eだな」
俺と東条はちらりと目を合わせ、口をつぐむ。…牧瀬情報によると、F以上であることは確定だが…
「お前ら写真集見てねーの?絶対Fはあるって。」
「お前こそF舐めてね?」
「Fカップのグラビアアイドル見てみろよ。玉城光のほうがデケェって」
こ…この人ら、御幸先輩の前では絶対言えねーことを調子に乗って…!
「あ〜、水着でいいからまた写真集ださねーかな〜」
「もう出さねーだろ、結婚したんだし」
「つーかマジ可愛いよな。顔も良いしスタイルも良いし最強」
「インステとかしてねーんだよな〜。ツイーターの公式アカウントはモロスタッフがやってる感じだし」
「そもそもガンガンSNSに自撮り上げるタイプじゃなさそうじゃね?」
「わかる。そこがまたいい」
「それな」
…わかる。玉城さんは自分を安売りしないんだよ。それでいて時々大胆だから人を惹きつける。絶対に手が届かない存在であることは確実なのに、もしかしたら気まぐれにこっちを見てくれるんじゃないか、みたいなアンバランスさがあるんだ。……なんてな。何考えてんだ俺は…
「おい東条、お前玉城光と仲良いんだよな?」
先輩の声に、東条がギクリとしたのがわかった。
「えっ、マジ?」
「マジマジ。1年の時同じクラスだったって。な、東条。」
「前一緒にテレビ出てたよな?」
「LIMEとか知ってんの?」
…なんて答えんだろ?
俺はそ知らぬふりをしてビールを飲みながら東条の様子を窺う。
「いやいや、知らないです、さすがに。」
東条はいつもの調子で軽く流した。…まあ、そうだよな。知ってるなんて言ったら、教えてくれって言われるに決まってるもんな。
先輩たちは落胆したものの、納得した様子で自分たちの会話の輪に戻っていった。
「あー、焦った。」
東条はへらりと俺に笑う。
「…実際どーなの?」
俺は内心緊張しながら、なんでもないふうを装って訊く。
「まあ、時々LIMEするくらいで…」
「ふーん、どんな?」
「えっ、そうだな、最近だと…期間限定のプリン味の午前ティーが美味かったとか」
「…何だそれ?」
「ほら、なんか、味の予想がつかないようなジュースとかお茶ってあるじゃん、よく。俺もたまし…あの子もそういうの好きでさ。情報交換みたいな」
東条は先輩たちを気にして玉城さんの名前を濁した。
つーか…そんなLIMEする仲って結構仲良くねーか?
「あーーっっなんで御幸なんかと結婚したんだぁぁ〜〜」
「同じ高校だったのに話したこともねーって俺…めちゃくちゃチャンスを棒に振った気がする…」
「バカ…チャンスなんてねーよ」
「御幸と付き合ってるって噂聞いたときもショックだったけど、まさか結婚までいくとはな〜〜…」
先輩たちの深いため息。…いつもの流れだ。
「…そろそろ帰ろうかな。」
東条が呟いた。
「あ、じゃあ俺も…」
俺が荷物を取って言うと、東条は安堵したように笑みを浮かべる。
先輩たちに揶揄られながら居酒屋を出て、まだ賑やかな飲み屋街を二人で歩いた。
「…なんかさぁ」
「あ?」
とぼとぼと足元を見つめながら東条が呟いた。
「玉城のああいう話、あんま聞きたくないっていうか…」
そう言葉を濁し、東条は苦笑した。
ああいう話…とは、きっと先輩達が玉城さんのことをそういう目で見てることだろう。まあ…自分の好きだった子の下ネタで盛り上がってんのは確かに気分良くねーよな。
「あぁ…わかるよ。元クラスメイトだし、今も時々会うし…変な感じだよな」
「やっぱそうだよね!?」
「お…、おう」
東条が思いのほか強く同意してきて、俺は圧倒された。俺が頷くと、東条はどこか安堵したように笑顔になった。
まさか…まさかなぁ。
「…東条お前さあ、玉城さんのことはもう…アレだよな?」
「え?何?」
「だから…好きとかじゃ…ないんだよな?」
俺の質問に、東条は目を丸くする。
「え?やだな…もうとっくに吹っ切れてるってば。」
「だ…だよなー。」
「そうだよ。さすがに人の奥さんのこと、そういう風に見れないって。」
奥さん…ね。そうか…そうだよな。玉城さんはもう、既婚者…なんだよな。
あー、俺ももう同級生が結婚し始める歳なのか…。
「あれ…?」
ふと、東条が立ち止まった。ぽかんと見つめる先を見ると、なんだか目立つ…いや、服装自体はシンプルだしキャップを深くかぶっていて顔もよくわからないのだが、立ち居振る舞いが綺麗で目を引く女の人が立っていた。
「あれ…玉城かな?」
「え?」
東条は呟くや否や、その人物に近づいていく。お…おいおい、違ったらどうすんだよ。こいつ、変なとこで行動力あるよな…。
「玉城?」
東条が小声で声をかけると、その人は顔を上げた。…ほ、本当に玉城さんだった。
玉城さんは相手が東条だとわかると、いつもの笑顔になった。
「東条、偶然だねー。金丸君も。」
うっす…、とどうしたらいいかわからないまま会釈を返す。
「こんなとこで何してんの?」
「迎えの車待ち。」
「御幸先輩?」
「うん。」
やっぱり、この二人がごく普通に話してんの見ると、なんとなくモヤモヤする。東条、よく普通に喋れるよなぁ…緊張しねーのかよ。
「あ…そういえばもう玉城じゃないよね。」
東条が思い出したように言うと、玉城さん…いや、御幸さん…は少し照れたようにはにかんだ。
「玉城のままでいいよ。芸名もそのままだし…」
「まぁ、御幸〜、とは呼び辛いけど…玉城のままっていうのもなんかなぁ」
「じゃあ、名前でもいいし。なんでもいいよ、呼びやすいやつで」
ええ!?いや…名前の方が呼びづれぇだろ…どうすんだよ東条。
「そう?じゃあ今度から光って呼ぶよ!」
え…えええ!?と、東条マジかよ…なんで普通に呼び捨てにできるんだよ!ハンパねー…
「そういえばさ、光ってプライベートでSNSやってないの?」
そして普通に会話を始める東条…尊敬するぜ…
「やってるよー」
普通に返答する玉城……じゃなくて光…さん。…え?やってんの?
「って言っても先週始めたばっかりだし、私のってことは内緒だけど…」
「へー、教えてよ。」
「ちょっと待ってね…」
スマホを取り出す二人。おいおい…これ、バレたら結構な騒ぎになるやつだぞ。
「信二も教えてもらえば?」
「え!?いや俺は…」
光さんをちらりと見る。…いたって普通の顔をして俺を見ている。
「い…いいのか?」
「いいよ、東条と金丸君なら。でも他の人には内緒ね、仲良い人にしか教えてないやつだから。」
「わ…わかった。」
つまり…裏アカウントってやつか。まさか教えてもらえるとは…。
光さんのアカウントは子猫の写真のアイコンで、投稿は料理の写真一枚だけだった。
「この料理、光が作ったの?」
「うん。昨日の夕ご飯。」
「へぇ。美味そう。な、信二。」
「お、おう」
光さんの手料理…か。
「今日は何作んの?」
東条は光さんが提げている買い物バッグを見て訊いた。
「寒いし、グラタンにしようかなって…一也さんも好きだし…」
そう微笑んで言う光さんは…なんだかすごく、綺麗で…
静かに前に停車した車に、一瞬気付くのが遅れた。
「あ…じゃあね。」
光さんは車の助手席に乗り込む。運転席の御幸先輩は俺らを見て少し手を上げて、車を発進させた。
…新婚、か。なんか…むずむずするな。
「…あ〜〜、緊張した。」
「…え!?」
東条が吐き出した言葉に納得がいかなかった。緊張…全くそうは見えなかったぞ。
「だって、すごい幸せオーラっていうか…なんかますます綺麗になってるし、女の子を名前呼びなんて慣れてないしさ。」
「いや…全く緊張してるようには見えなかったけど。」
「え!?そうかな。めちゃくちゃしてたよ?」
「お前いつも通りだったぞ。」
「え〜〜…まぁ、それならよかったけど」
なんだ…緊張してたのか。まあそうだよな…、吹っ切れたとはいえ、あんな綺麗な…しかも昔好きだった子。今はそういう風に見てなくても…緊張くらいするよな。
俺は隣を歩く東条をちらりと見る。東条はどこか遠い目をして呟いた。
「…人妻かぁ」
「……え!?」
何だ…どういう意味だ!?まさか東条、また…!?
…いや、まさかな。
誰からともなく発案して不定期に開かれる青道OBの飲み会。今日は御幸先輩をはじめとする元主力陣はほとんど不参加だが、それでも必ず玉城さんの話題が挙がる。
先輩のスマホが回されてきて、俺も東条も画面を覗き込む。どこかの控室のような簡素な白い壁を背に、両手を上に伸ばして伸びをする玉城さんの、少し眠そうな表情を捉えたワンシーン。
男たちはしばらく画像を眺め、顎に手を当てて真剣な顔をする。
「……F!」
「いや、もう少しあるだろ」
「ちょっと盛ってね?Eだな」
俺と東条はちらりと目を合わせ、口をつぐむ。…牧瀬情報によると、F以上であることは確定だが…
「お前ら写真集見てねーの?絶対Fはあるって。」
「お前こそF舐めてね?」
「Fカップのグラビアアイドル見てみろよ。玉城光のほうがデケェって」
こ…この人ら、御幸先輩の前では絶対言えねーことを調子に乗って…!
「あ〜、水着でいいからまた写真集ださねーかな〜」
「もう出さねーだろ、結婚したんだし」
「つーかマジ可愛いよな。顔も良いしスタイルも良いし最強」
「インステとかしてねーんだよな〜。ツイーターの公式アカウントはモロスタッフがやってる感じだし」
「そもそもガンガンSNSに自撮り上げるタイプじゃなさそうじゃね?」
「わかる。そこがまたいい」
「それな」
…わかる。玉城さんは自分を安売りしないんだよ。それでいて時々大胆だから人を惹きつける。絶対に手が届かない存在であることは確実なのに、もしかしたら気まぐれにこっちを見てくれるんじゃないか、みたいなアンバランスさがあるんだ。……なんてな。何考えてんだ俺は…
「おい東条、お前玉城光と仲良いんだよな?」
先輩の声に、東条がギクリとしたのがわかった。
「えっ、マジ?」
「マジマジ。1年の時同じクラスだったって。な、東条。」
「前一緒にテレビ出てたよな?」
「LIMEとか知ってんの?」
…なんて答えんだろ?
俺はそ知らぬふりをしてビールを飲みながら東条の様子を窺う。
「いやいや、知らないです、さすがに。」
東条はいつもの調子で軽く流した。…まあ、そうだよな。知ってるなんて言ったら、教えてくれって言われるに決まってるもんな。
先輩たちは落胆したものの、納得した様子で自分たちの会話の輪に戻っていった。
「あー、焦った。」
東条はへらりと俺に笑う。
「…実際どーなの?」
俺は内心緊張しながら、なんでもないふうを装って訊く。
「まあ、時々LIMEするくらいで…」
「ふーん、どんな?」
「えっ、そうだな、最近だと…期間限定のプリン味の午前ティーが美味かったとか」
「…何だそれ?」
「ほら、なんか、味の予想がつかないようなジュースとかお茶ってあるじゃん、よく。俺もたまし…あの子もそういうの好きでさ。情報交換みたいな」
東条は先輩たちを気にして玉城さんの名前を濁した。
つーか…そんなLIMEする仲って結構仲良くねーか?
「あーーっっなんで御幸なんかと結婚したんだぁぁ〜〜」
「同じ高校だったのに話したこともねーって俺…めちゃくちゃチャンスを棒に振った気がする…」
「バカ…チャンスなんてねーよ」
「御幸と付き合ってるって噂聞いたときもショックだったけど、まさか結婚までいくとはな〜〜…」
先輩たちの深いため息。…いつもの流れだ。
「…そろそろ帰ろうかな。」
東条が呟いた。
「あ、じゃあ俺も…」
俺が荷物を取って言うと、東条は安堵したように笑みを浮かべる。
先輩たちに揶揄られながら居酒屋を出て、まだ賑やかな飲み屋街を二人で歩いた。
「…なんかさぁ」
「あ?」
とぼとぼと足元を見つめながら東条が呟いた。
「玉城のああいう話、あんま聞きたくないっていうか…」
そう言葉を濁し、東条は苦笑した。
ああいう話…とは、きっと先輩達が玉城さんのことをそういう目で見てることだろう。まあ…自分の好きだった子の下ネタで盛り上がってんのは確かに気分良くねーよな。
「あぁ…わかるよ。元クラスメイトだし、今も時々会うし…変な感じだよな」
「やっぱそうだよね!?」
「お…、おう」
東条が思いのほか強く同意してきて、俺は圧倒された。俺が頷くと、東条はどこか安堵したように笑顔になった。
まさか…まさかなぁ。
「…東条お前さあ、玉城さんのことはもう…アレだよな?」
「え?何?」
「だから…好きとかじゃ…ないんだよな?」
俺の質問に、東条は目を丸くする。
「え?やだな…もうとっくに吹っ切れてるってば。」
「だ…だよなー。」
「そうだよ。さすがに人の奥さんのこと、そういう風に見れないって。」
奥さん…ね。そうか…そうだよな。玉城さんはもう、既婚者…なんだよな。
あー、俺ももう同級生が結婚し始める歳なのか…。
「あれ…?」
ふと、東条が立ち止まった。ぽかんと見つめる先を見ると、なんだか目立つ…いや、服装自体はシンプルだしキャップを深くかぶっていて顔もよくわからないのだが、立ち居振る舞いが綺麗で目を引く女の人が立っていた。
「あれ…玉城かな?」
「え?」
東条は呟くや否や、その人物に近づいていく。お…おいおい、違ったらどうすんだよ。こいつ、変なとこで行動力あるよな…。
「玉城?」
東条が小声で声をかけると、その人は顔を上げた。…ほ、本当に玉城さんだった。
玉城さんは相手が東条だとわかると、いつもの笑顔になった。
「東条、偶然だねー。金丸君も。」
うっす…、とどうしたらいいかわからないまま会釈を返す。
「こんなとこで何してんの?」
「迎えの車待ち。」
「御幸先輩?」
「うん。」
やっぱり、この二人がごく普通に話してんの見ると、なんとなくモヤモヤする。東条、よく普通に喋れるよなぁ…緊張しねーのかよ。
「あ…そういえばもう玉城じゃないよね。」
東条が思い出したように言うと、玉城さん…いや、御幸さん…は少し照れたようにはにかんだ。
「玉城のままでいいよ。芸名もそのままだし…」
「まぁ、御幸〜、とは呼び辛いけど…玉城のままっていうのもなんかなぁ」
「じゃあ、名前でもいいし。なんでもいいよ、呼びやすいやつで」
ええ!?いや…名前の方が呼びづれぇだろ…どうすんだよ東条。
「そう?じゃあ今度から光って呼ぶよ!」
え…えええ!?と、東条マジかよ…なんで普通に呼び捨てにできるんだよ!ハンパねー…
「そういえばさ、光ってプライベートでSNSやってないの?」
そして普通に会話を始める東条…尊敬するぜ…
「やってるよー」
普通に返答する玉城……じゃなくて光…さん。…え?やってんの?
「って言っても先週始めたばっかりだし、私のってことは内緒だけど…」
「へー、教えてよ。」
「ちょっと待ってね…」
スマホを取り出す二人。おいおい…これ、バレたら結構な騒ぎになるやつだぞ。
「信二も教えてもらえば?」
「え!?いや俺は…」
光さんをちらりと見る。…いたって普通の顔をして俺を見ている。
「い…いいのか?」
「いいよ、東条と金丸君なら。でも他の人には内緒ね、仲良い人にしか教えてないやつだから。」
「わ…わかった。」
つまり…裏アカウントってやつか。まさか教えてもらえるとは…。
光さんのアカウントは子猫の写真のアイコンで、投稿は料理の写真一枚だけだった。
「この料理、光が作ったの?」
「うん。昨日の夕ご飯。」
「へぇ。美味そう。な、信二。」
「お、おう」
光さんの手料理…か。
「今日は何作んの?」
東条は光さんが提げている買い物バッグを見て訊いた。
「寒いし、グラタンにしようかなって…一也さんも好きだし…」
そう微笑んで言う光さんは…なんだかすごく、綺麗で…
静かに前に停車した車に、一瞬気付くのが遅れた。
「あ…じゃあね。」
光さんは車の助手席に乗り込む。運転席の御幸先輩は俺らを見て少し手を上げて、車を発進させた。
…新婚、か。なんか…むずむずするな。
「…あ〜〜、緊張した。」
「…え!?」
東条が吐き出した言葉に納得がいかなかった。緊張…全くそうは見えなかったぞ。
「だって、すごい幸せオーラっていうか…なんかますます綺麗になってるし、女の子を名前呼びなんて慣れてないしさ。」
「いや…全く緊張してるようには見えなかったけど。」
「え!?そうかな。めちゃくちゃしてたよ?」
「お前いつも通りだったぞ。」
「え〜〜…まぁ、それならよかったけど」
なんだ…緊張してたのか。まあそうだよな…、吹っ切れたとはいえ、あんな綺麗な…しかも昔好きだった子。今はそういう風に見てなくても…緊張くらいするよな。
俺は隣を歩く東条をちらりと見る。東条はどこか遠い目をして呟いた。
「…人妻かぁ」
「……え!?」
何だ…どういう意味だ!?まさか東条、また…!?
…いや、まさかな。