106
「んん…」
10分ほど車を走らせたとき。不意に、静かな車内に小さな声が響いた。
「光?まだ着くまでかかるから寝てていいよ。」
「んー…」
「あはは、寝ぼけてる。可愛い〜」
牧瀬の声がして、東条が苦笑交じりに振り返り、なんだか優しい顔をして後部座席を眺めている。く、くそ…俺も見たい…。こっそりとルームミラー越しに後ろを覗く。
「……あれ?」
光さんは寝ぼけ眼で起き上がり、車内を見渡した。
「車に乗ったの、覚えてない?」
「ん……そうだっけ…」
「……。」
「……。」
「……光?」
「ふふふ…司ぁ〜」
「うん、まだ酔い覚めてないね。」
ははっ、と東条が噴き出した。こりゃ…御幸先輩の心配もわかるな…。
「光、私のこと好き?」
「大好きだよ〜」
「…っはあ…!!可愛すぎる…っ!!」
「おい、何酔っ払いで遊んでんだよ…」
「だって素面の時はこんなこと言ってくれないもん!」
「言ってたまるか…」
「でもさー普段クールなときも、心の中ではこんなふうに思ってるんだと思うと…はあ…可愛すぎるよ…」
「あはは。牧瀬って、ホント昔から変わらないよな。」
「東条君も何か聞いてみれば?」
「え!?」
…え!?う…運転に集中できねぇ…
「……。」
何を聞くか考えているのか、黙り込む東条。
「…東条、困ってる顔も美人〜」
「……。」
「……っっ」
間の抜けた光さんの声。真っ赤になった頬を撫でられる東条。牧瀬の笑いをこらえる声。俺も思わず小さく噴き出す。
「ちょ、ちょっと、撫でるのはやめて。あと美人とかもやめて。」
「あーっ、なんで隠すの。東条こっち向いてよー」
「…ぶふっ、光、東条君のこと相当好きなんだね。」
「え…っ」
「だって酔っぱらった光がこんなに絡むの、男の人は他に御幸さんくらいだもん。」
おいおい…牧瀬。知らないとはいえ…昔フラれた男にかける言葉じゃねーよ、それは…。
東条…大丈夫か…?
「…光、」
な…何を聞くつもりだ!?まさか…自分の事、好きなのか、とか…!?
「…信二のこと好き?」
「…はぁ!?おいなんで俺なんだよ!」
予想外すぎる言葉に動揺して声を上げる。
「いや…つい…」
「つい、じゃねーよ!お前ほんとそーゆーとこ…」
「…金丸君?」
う…っ、来た。な、なんて答えるんだろ…。
好きでも嫌いでもない、とか…普通そうだよな。昔あんまり接点なかったし…。最近はたまーに会うけど、ほんとにたまーーに、だし。いやでも…嫌いとか言われたら凹むわ。うん。
「好きだよ。」
…普通に。本当に普通に光さんは答えた。ケーキが好き、とか、赤い色が好き、とか、そんなノリで。そう、全然特別じゃない感じ。まあそうだよ、当たり前だよ。だから動揺するな俺…!!
「あれ…信二顔赤くない?」
「うるせぇよ、運転中に話しかけんな!」
後ろで牧瀬がケタケタ笑っている。ったく、他人事だと思って…。
「でも…はあ、これで安心して訊ける。」
「おい…俺は毒見か何かか?」
何でもない顔でえげつないことを呟く東条に突っ込みを入れ、ため息を吐く。
「…光、じゃあ、俺のことは?」
緊張しているとは思えない、いつも通りの調子で東条は聞いた。なんだ…全然普通じゃん。この間も思ったけど、こいつ…意識してるとか、そういうの全然顔に出ないよなー。羨ましいぜ。
「好きだよ?」
そしてごく普通に答える光さん…。俺の時とそう変わらない調子で。東条はポーカーフェイスで黙り込むと、自分の胸に手を当てて、ゆっくりと前を向いた。
「おい、どうした?」
「なんか……胸が痛い」
「おい…安心して訊けるとか言ってたくせにお前…」
「いやなんか…無理やり言わせたみたいな感じで…良心が…」
いやわかるけどさ。
「光〜、私も光のこと大好きだよ!!」
「ほんとに〜?」
「ほんとほんと!!大大大好き!!」
「んふふふ」
「嬉しい?」
「嬉しい〜」
「あーもう可愛い!!おいで光!!」
「あははは」
「気にするなよ…牧瀬を見てみろ」
「ははは、そうだね」
男二人ぎこちない空気を感じながら、車はマンションの前に停車する。車が来ると、それを待っていたようにマンションから男が一人出てきた。黒いウインドブレーカーに黒キャップを被った眼鏡の男。…御幸先輩だろう。
俺と東条とで一足先に車を降り、御幸先輩に向かう。
「あの…すいませんでした!俺…」
顔を合わせるなり深く頭を下げた俺の肩を、御幸先輩は軽く叩いた。
「いや、お前のせいじゃねーのはわかってるから。悪かったな、せっかくの同窓会に迷惑かけちまって。」
「い…いえ!そんなことは…」
「光は?」
「あ、後ろに…」
東条が車に駆け寄って、後部座席のドアを開ける。手前に光さん、奥に牧瀬が乗っていて、御幸先輩は少しかがんで光さんの顔を覗き込んだ。
「光、立てるか?」
すると…御幸先輩の顔を見た途端、光さんは本当に…これ以上ないくらい嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、御幸先輩に抱き着いた。
「一也さんだぁ…」
「はっはっは、しっかり酔っぱらってんな〜」
な…慣れてる…。光さんに抱き着かれても動揺しないとは…。
御幸先輩に支えられて車から降りた光さんは、まるで猫が甘えるように御幸先輩の腕にぴったりとすり寄り、うっとりと御幸先輩を見つめる。本当に光さんか?アレ…。あんな顔初めて見た…。
「牧瀬、迎え家で待つだろ?」
「うーん、でもお…お邪魔しちゃうし電車で帰ろっかなぁーなんて」
「遠慮すんなよ、お前らしくねーな。多分光はすぐ寝ちゃうし」
「まあ確かに、それもそうですけど〜」
そんな会話をしている間も光さんはうっとりと御幸先輩を見つめている。…見てるこっちが赤面しそうだ。
「一也さん…」
「ん?」
御幸先輩をうっとりと見つめていた光さんが口を開いた。
かと思うと、御幸先輩が振り向いた瞬間背伸びをして、一瞬触れるだけのキスをした。
「……!!」
俺と東条は硬直して息を飲む。き…キス、したよな!?今!!
「…こら。どこだと思ってんの」
御幸先輩は光さんの頭をぽすんと小突く。
「大好き…」
「はいはい」
「かっこいい」
「わかったわかった」
「んふふ…」
光さんをあしらう男がこの世に存在するとは…。
光さんはうっとりと微笑いながら、御幸先輩の胸に顔を埋めて頬ずりする。
「はっはっは、普段もこの半分くらい素直ならいいんだけどな〜」
「んん〜…」
「あ、寝そう。じゃ…悪かったなー金丸、東条!気を付けて帰れよ」
「あ…はい」
「失礼します…」
マンションに入っていく3人を見送って、東条と二人、車に乗り込む。
「…飲みにでも行くか?」
「そうだね…」
交わした言葉はそれだけだったが、きっと東条も同じことを考えているだろうな、と俺は確信していた。
……今のは現実だったんだろうか……。
車は静かに、車道に乗り出した。
10分ほど車を走らせたとき。不意に、静かな車内に小さな声が響いた。
「光?まだ着くまでかかるから寝てていいよ。」
「んー…」
「あはは、寝ぼけてる。可愛い〜」
牧瀬の声がして、東条が苦笑交じりに振り返り、なんだか優しい顔をして後部座席を眺めている。く、くそ…俺も見たい…。こっそりとルームミラー越しに後ろを覗く。
「……あれ?」
光さんは寝ぼけ眼で起き上がり、車内を見渡した。
「車に乗ったの、覚えてない?」
「ん……そうだっけ…」
「……。」
「……。」
「……光?」
「ふふふ…司ぁ〜」
「うん、まだ酔い覚めてないね。」
ははっ、と東条が噴き出した。こりゃ…御幸先輩の心配もわかるな…。
「光、私のこと好き?」
「大好きだよ〜」
「…っはあ…!!可愛すぎる…っ!!」
「おい、何酔っ払いで遊んでんだよ…」
「だって素面の時はこんなこと言ってくれないもん!」
「言ってたまるか…」
「でもさー普段クールなときも、心の中ではこんなふうに思ってるんだと思うと…はあ…可愛すぎるよ…」
「あはは。牧瀬って、ホント昔から変わらないよな。」
「東条君も何か聞いてみれば?」
「え!?」
…え!?う…運転に集中できねぇ…
「……。」
何を聞くか考えているのか、黙り込む東条。
「…東条、困ってる顔も美人〜」
「……。」
「……っっ」
間の抜けた光さんの声。真っ赤になった頬を撫でられる東条。牧瀬の笑いをこらえる声。俺も思わず小さく噴き出す。
「ちょ、ちょっと、撫でるのはやめて。あと美人とかもやめて。」
「あーっ、なんで隠すの。東条こっち向いてよー」
「…ぶふっ、光、東条君のこと相当好きなんだね。」
「え…っ」
「だって酔っぱらった光がこんなに絡むの、男の人は他に御幸さんくらいだもん。」
おいおい…牧瀬。知らないとはいえ…昔フラれた男にかける言葉じゃねーよ、それは…。
東条…大丈夫か…?
「…光、」
な…何を聞くつもりだ!?まさか…自分の事、好きなのか、とか…!?
「…信二のこと好き?」
「…はぁ!?おいなんで俺なんだよ!」
予想外すぎる言葉に動揺して声を上げる。
「いや…つい…」
「つい、じゃねーよ!お前ほんとそーゆーとこ…」
「…金丸君?」
う…っ、来た。な、なんて答えるんだろ…。
好きでも嫌いでもない、とか…普通そうだよな。昔あんまり接点なかったし…。最近はたまーに会うけど、ほんとにたまーーに、だし。いやでも…嫌いとか言われたら凹むわ。うん。
「好きだよ。」
…普通に。本当に普通に光さんは答えた。ケーキが好き、とか、赤い色が好き、とか、そんなノリで。そう、全然特別じゃない感じ。まあそうだよ、当たり前だよ。だから動揺するな俺…!!
「あれ…信二顔赤くない?」
「うるせぇよ、運転中に話しかけんな!」
後ろで牧瀬がケタケタ笑っている。ったく、他人事だと思って…。
「でも…はあ、これで安心して訊ける。」
「おい…俺は毒見か何かか?」
何でもない顔でえげつないことを呟く東条に突っ込みを入れ、ため息を吐く。
「…光、じゃあ、俺のことは?」
緊張しているとは思えない、いつも通りの調子で東条は聞いた。なんだ…全然普通じゃん。この間も思ったけど、こいつ…意識してるとか、そういうの全然顔に出ないよなー。羨ましいぜ。
「好きだよ?」
そしてごく普通に答える光さん…。俺の時とそう変わらない調子で。東条はポーカーフェイスで黙り込むと、自分の胸に手を当てて、ゆっくりと前を向いた。
「おい、どうした?」
「なんか……胸が痛い」
「おい…安心して訊けるとか言ってたくせにお前…」
「いやなんか…無理やり言わせたみたいな感じで…良心が…」
いやわかるけどさ。
「光〜、私も光のこと大好きだよ!!」
「ほんとに〜?」
「ほんとほんと!!大大大好き!!」
「んふふふ」
「嬉しい?」
「嬉しい〜」
「あーもう可愛い!!おいで光!!」
「あははは」
「気にするなよ…牧瀬を見てみろ」
「ははは、そうだね」
男二人ぎこちない空気を感じながら、車はマンションの前に停車する。車が来ると、それを待っていたようにマンションから男が一人出てきた。黒いウインドブレーカーに黒キャップを被った眼鏡の男。…御幸先輩だろう。
俺と東条とで一足先に車を降り、御幸先輩に向かう。
「あの…すいませんでした!俺…」
顔を合わせるなり深く頭を下げた俺の肩を、御幸先輩は軽く叩いた。
「いや、お前のせいじゃねーのはわかってるから。悪かったな、せっかくの同窓会に迷惑かけちまって。」
「い…いえ!そんなことは…」
「光は?」
「あ、後ろに…」
東条が車に駆け寄って、後部座席のドアを開ける。手前に光さん、奥に牧瀬が乗っていて、御幸先輩は少しかがんで光さんの顔を覗き込んだ。
「光、立てるか?」
すると…御幸先輩の顔を見た途端、光さんは本当に…これ以上ないくらい嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、御幸先輩に抱き着いた。
「一也さんだぁ…」
「はっはっは、しっかり酔っぱらってんな〜」
な…慣れてる…。光さんに抱き着かれても動揺しないとは…。
御幸先輩に支えられて車から降りた光さんは、まるで猫が甘えるように御幸先輩の腕にぴったりとすり寄り、うっとりと御幸先輩を見つめる。本当に光さんか?アレ…。あんな顔初めて見た…。
「牧瀬、迎え家で待つだろ?」
「うーん、でもお…お邪魔しちゃうし電車で帰ろっかなぁーなんて」
「遠慮すんなよ、お前らしくねーな。多分光はすぐ寝ちゃうし」
「まあ確かに、それもそうですけど〜」
そんな会話をしている間も光さんはうっとりと御幸先輩を見つめている。…見てるこっちが赤面しそうだ。
「一也さん…」
「ん?」
御幸先輩をうっとりと見つめていた光さんが口を開いた。
かと思うと、御幸先輩が振り向いた瞬間背伸びをして、一瞬触れるだけのキスをした。
「……!!」
俺と東条は硬直して息を飲む。き…キス、したよな!?今!!
「…こら。どこだと思ってんの」
御幸先輩は光さんの頭をぽすんと小突く。
「大好き…」
「はいはい」
「かっこいい」
「わかったわかった」
「んふふ…」
光さんをあしらう男がこの世に存在するとは…。
光さんはうっとりと微笑いながら、御幸先輩の胸に顔を埋めて頬ずりする。
「はっはっは、普段もこの半分くらい素直ならいいんだけどな〜」
「んん〜…」
「あ、寝そう。じゃ…悪かったなー金丸、東条!気を付けて帰れよ」
「あ…はい」
「失礼します…」
マンションに入っていく3人を見送って、東条と二人、車に乗り込む。
「…飲みにでも行くか?」
「そうだね…」
交わした言葉はそれだけだったが、きっと東条も同じことを考えているだろうな、と俺は確信していた。
……今のは現実だったんだろうか……。
車は静かに、車道に乗り出した。