108
「おまたせ〜!いやーあの空気の中じゃ私、肩身狭くってさ〜。迎えが来たフリして出て来ちゃった!」
信二が呼び出してから10分ほど後、居酒屋に現れたのは牧瀬だった。
「おまっ…声デケェよ!もっと忍べよ!一応有名人なんだから」
「だーいじょうぶだよ!光ならともかく、私みたいなのはコソコソするより堂々としてたほうが、意外とバレないんだって!」
牧瀬が来ると一気に賑やかになるな。追加の注文をして、料理と酒が並ぶと、牧瀬は俺たちの顔を見渡した。
「で、聞きたいことって何?」
信二は俺の顔をちらりと見た。
「いや…御幸先輩たち、スゲェラブラブだなって話してたんだけど」
「?うん」
「あの二人…2回くらい別れたことあったじゃん。あんなラブラブなのに…なんでなのか、牧瀬なら知ってるかと思って」
信二が何気ない風を装って言うと、牧瀬は枝豆を摘まみながら笑った。
「へぇ?何でそんなこと聞くのよ」
「いや、単純に気になって…な、東条」
「え?う…うん」
「ふーん…」
牧瀬は割り箸の袋で犬を折りはじめる。
「知ってるけど内緒。」
「は!?」
「え…」
予想外の答えに、俺と信二は同時に声を上げた。
「な、なんでだよ?」
「えー?だって、デリケートな話だしぃ」
「別に言いふらしたりしねえって!ここだけの話にするから」
「…なんでそんなに必死なの?」
「え…」
牧瀬は弱点を見つけたとばかりにからかうように笑った。
「何か理由があるなら、教えてあげないこともないけど」
や…やるなぁ牧瀬…。昔からこういうとこ鋭い…。
信二は俺の顔をちらりと見、ばつが悪そうに窺う。
「東条…どうする?」
俺の気持ちを牧瀬に打ち明けて、あの二人のことを教えてもらうか…。内緒にして、あの二人のこともわからずじまいになるか…。俺は何度も折ってぐしゃぐしゃになったおしぼりを見つめて、頷いた。
「…わかった、話すよ。」
***
「…へ〜〜〜、そうだったんだ。」
牧瀬は深く頷きながらビールを煽った。
「そうだったんだって…言う割には、あんま驚いてねーな…。」
「だってなんとなくそんな気はしてたし…光ってホントモテるから、もう誰が好きとか聞いても驚かないよ。」
「あ、そう…」
「もしかして金丸君も好きだったりする?」
「は!?おい、雑に巻き込むなよ!」
少しみんなで笑って、話を仕切り直す。
「ん〜…まあ東条君の為になりそうっちゃなりそうだから…教えてあげてもいいかな〜」
「ほんとか!?」
「まあ、あんたたちなら他に広まる心配もないし」
「……。」
信二と二人、息をのんで牧瀬の話に耳を傾けた。
「最初に別れたのは、よくある話だけど…二人とも忙しくて、なかなか会えなくて、すれ違いでね。御幸さんはこっちに引っ越してプロ入りしたばかりだったし、光はデビューしたばかりだったし。光のほうは、恋人がいることで事務所にあまりいい顔されてなかったみたいだし…会えない上に周りからも抑圧されて、泣く泣くって感じだったよ。」
「はぁ…」
「なるほど…」
「で、その後再会して復縁したのが3年後。お互いになんとか連絡取ろうとしてるときに、光が倉持さんに連絡したのがきっかけで。倉持さん、光との待ち合わせ場所に御幸さんを呼んでくれてたんだって。あの人もやるよねぇ。」
じゃあ…その3年間は、お互い、心が離れたわけじゃなかったんだな…。むしろ…忘れられなくて、ってやつか。はぁ、結構…しんどいな、こういう話。
「えっとそれで…2回目に別れたのは…」
牧瀬はビールを一口飲む。
「これは私もちゃんと教えてもらったわけじゃないんだけど…」
「……。」
「…なんだよ」
「多分…倉持さんが原因じゃないかな〜…って思ってる」
「え?」
「…なんで?」
牧瀬は一度考えるように俯いて、また顔を上げた。
「倉持さん…光のこと、かなり本気で好きだったみたいで…」
「……。」
「……。」
ごくり、と俺も信二ものどを鳴らしたが、ふと顔を見合わせた。
「あ…でも、ちょっと話題になってたよな?」
「うん、俺も見た。インタビューで、6年間俺の片思いですって答えてたやつ…」
「そう、それ。まあ実際、ふたりは付き合ってもいないし、光は御幸さんが一番なのは変わらないんだけど…ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、倉持さんに傾いたとは思うんだよね。」
「え」
「…マジで?」
「あ、浮気とかはないよ?さすがに。でもあの頃、倉持さんってホントに…捨て身で光のこと想ってるのがひしひしと伝わってきてたし…光がちょっとぐらついちゃったのもわかるなぁ〜って感じ。」
「捨て身って…」
「…どんな?」
「光が困ってるとすぐに駆けつけるし…いつも見守ってて…そう、ボディガードみたいに。」
「…ボディガード…」
「それで…光が倉持先輩にぐらついたっていうのは…何かあったってことなのか?」
「私が知ってるのは、ほっぺにチューまでかな。」
「ほっ…」
「…え!?」
「なんかねー、倉持先輩がずっと自分の事想ってて、こんなに身体張って守ってくれて、でも何も見返りを求めずただ笑っててほしいからって健気でね、告白もしてこなくて、それで…キュンときちゃったんじゃない?」
「……。」
「……。」
「わかるな―私そういうの。もう映画みたいな純愛じゃん。憧れるなぁ〜。そこまで自分を想ってくれる人がいるなんてさ〜。」
「…ほっぺに…って、いつ?」
…どんなふうに?
興味を抑えきれず牧瀬に問う。もう、恥なんて気にしてられない。今を逃したら…もうずっと知ることはできない。
「ちょうど…蒼井颯人の件があった頃。」
「あ…あの時?」
「うん、あの頃御幸さんが遠征で不在でねー、倉持さんが色々助けてくれたんだよね。」
「そうなんだ…」
「多分その頃から、ちょっと倉持さんに気持ちが傾いてたんじゃないかな〜。」
「……。」
「でも光、その後御幸さんと別れた時、倉持さんとも距離を置いてるんだよねー。それが私、わからないところで…。」
「え…そうなの?」
「うん。聞いても、好きなのは御幸さんだけで、倉持さんと付き合うつもりはないって言うだけで。でも、御幸さんと別れたのも光がフッたからだし…よくわかんないんだよね。」
「え…」
「好きなのに…フッたの?」
俺は信二と顔を見合わせる。
「そう。御幸さんも相当引き留めたっぽいんだけど、光って一度決めたら頑固だから…。倉持さんも倉持さんで、フラれたくせになんか清々としてたし。なにがあったのかなぁ〜…」
…ますますわからない。むしろ、気になる事が一つ増えた。
倉持先輩と光が、そんな関係だったとは…。
「まあ、光が結婚したくらいからかな、倉持さんは完全に身を引いた感じでさ。さすがに吹っ切れたのかな〜。」
「それ…御幸先輩はどこまで知ってるのかな。倉持先輩と光のこと…」
「? 全部知ってると思うよ?」
「え!?」
「っていうか、少なくとも私以上には知ってると思うよ。光、こういう隠し事嫌いだし…最後なんて倉持先輩が、御幸先輩に宣戦布告したような状態だったし」
「ええ!?」
「せ…宣戦布告!?」
「あの頃、光の知り合いのモデルとちょっと揉めててね。それ関係で御幸さんと倉持さんもトラブルに巻き込まれて。で、もう…御幸さんと倉持さんは光の奪い合い、光とそのモデルの女は御幸さんの奪い合い…って感じだったなあ、今思うと。」
なんだかもう…何を言ったらいいかわからない。俺の想像を超えていた。
「まあそのモデルのことはどうでもいいから説明省くけど。」
「お…おう」
「なんだかんだあって別れた後…どう見ても光も御幸さんもお互いを引きずってるから、私、始球式の仕事をもらってきたの。光に。」
「ああ…あれ、牧瀬が仕組んだのか」
「仕組んだとか言うな!それに、まさかプロポーズするとは私も思ってなかったよ。でもさ…2回も別れたのに、って、世間でも言ってる人いるけど…私はむしろ、2回別れたけど、やっぱりお互いが必要なんだって思ったから、復縁してるんだと思うんだよね。じゃなきゃ、再会して咄嗟にプロポーズなんてしないでしょ。1回目に復縁したときも、御幸さんが同棲しようって言ったらしいし…あの二人、別れた後はもっと、想いが強くなってるんだよね。」
「……。」
「……。」
「…とまあ、東条君には胸の痛む話だったかもしれないけど」
「えっ?い、いや、俺は…」
俺は…
…正直、期待してた。
あの二人、よく喧嘩するんだよ、とか。そのうちまた別れるかもね、とか…。馬鹿だな、最低じゃん。光には幸せになってほしいって…それは、本心なのに。心のどこかで、その隣にいるのが自分であることを願って…いや、望んでいる。
御幸先輩に敵うわけないとか、今の話を聞いてやっぱり俺なんて相手にされないとか…頭ではわかってる。でも、どうしても、好きだ、という気持ちが消えない。どうして好きなのか…その明確な理由もわからないのに。
ピリリリリ、と無機質な電子音が響いた。牧瀬が慣れた動作でバッグに手を入れた。
「ごめん、電話だ。」
そう呟いて、店の出口を見て、人でごった返している通路に眉をしかめ、俺たちに詫びのポーズをとる。
「いいよ、出ろよ。」
信二の促しで、牧瀬はその場で電話に出た。
「はい、牧瀬ですが。…はい、窺います。」
普段と違う、引き締まったビジネスライクな話し方に少し驚きながら、俺も信二もグラスを傾ける。
「……はぁ!?何言ってんの!?」
…かと思ったら、突然怒鳴り始めた牧瀬に俺も信二も飲み物を喉に詰まらせそうになった。
「…あのね、用件だけ伝えるからよく聞いてね。それは全部抜いて別の箱にしまっておいて。別室にね。いい?私が明日の朝行くから、それまで社長以外には言わないで。いいわね!じゃ、切るから。」
ブツン。電話を切って、ビールを喉に流し込む牧瀬。
「だ…大丈夫か?」
信二が恐る恐る問うと、牧瀬はため息交じりに言った。
「いや、もー…光の新しいマネージャーがダメダメでさ…さすがに心配で色々口出してたら、何かと私に頼ってくるようになっちゃって。もー、私がマネージャーみたいになってるんだよ。」
「はは、牧瀬らしい。」
「光さんは牧瀬がマネージャーなら安心だろうな。まあでも牧瀬も立派な女優だし、マネージャーじゃ勿体ないけど」
「うーん、光のサポートができるなら嬉しいけどね。でも今の仕事も好きだし…まあ、できることをやっていくよ。…あのマネージャーにはムカつくけど。」
珍しく愚痴をこぼす牧瀬に、俺も信二も顔を見合わせて笑うのだった。
信二が呼び出してから10分ほど後、居酒屋に現れたのは牧瀬だった。
「おまっ…声デケェよ!もっと忍べよ!一応有名人なんだから」
「だーいじょうぶだよ!光ならともかく、私みたいなのはコソコソするより堂々としてたほうが、意外とバレないんだって!」
牧瀬が来ると一気に賑やかになるな。追加の注文をして、料理と酒が並ぶと、牧瀬は俺たちの顔を見渡した。
「で、聞きたいことって何?」
信二は俺の顔をちらりと見た。
「いや…御幸先輩たち、スゲェラブラブだなって話してたんだけど」
「?うん」
「あの二人…2回くらい別れたことあったじゃん。あんなラブラブなのに…なんでなのか、牧瀬なら知ってるかと思って」
信二が何気ない風を装って言うと、牧瀬は枝豆を摘まみながら笑った。
「へぇ?何でそんなこと聞くのよ」
「いや、単純に気になって…な、東条」
「え?う…うん」
「ふーん…」
牧瀬は割り箸の袋で犬を折りはじめる。
「知ってるけど内緒。」
「は!?」
「え…」
予想外の答えに、俺と信二は同時に声を上げた。
「な、なんでだよ?」
「えー?だって、デリケートな話だしぃ」
「別に言いふらしたりしねえって!ここだけの話にするから」
「…なんでそんなに必死なの?」
「え…」
牧瀬は弱点を見つけたとばかりにからかうように笑った。
「何か理由があるなら、教えてあげないこともないけど」
や…やるなぁ牧瀬…。昔からこういうとこ鋭い…。
信二は俺の顔をちらりと見、ばつが悪そうに窺う。
「東条…どうする?」
俺の気持ちを牧瀬に打ち明けて、あの二人のことを教えてもらうか…。内緒にして、あの二人のこともわからずじまいになるか…。俺は何度も折ってぐしゃぐしゃになったおしぼりを見つめて、頷いた。
「…わかった、話すよ。」
***
「…へ〜〜〜、そうだったんだ。」
牧瀬は深く頷きながらビールを煽った。
「そうだったんだって…言う割には、あんま驚いてねーな…。」
「だってなんとなくそんな気はしてたし…光ってホントモテるから、もう誰が好きとか聞いても驚かないよ。」
「あ、そう…」
「もしかして金丸君も好きだったりする?」
「は!?おい、雑に巻き込むなよ!」
少しみんなで笑って、話を仕切り直す。
「ん〜…まあ東条君の為になりそうっちゃなりそうだから…教えてあげてもいいかな〜」
「ほんとか!?」
「まあ、あんたたちなら他に広まる心配もないし」
「……。」
信二と二人、息をのんで牧瀬の話に耳を傾けた。
「最初に別れたのは、よくある話だけど…二人とも忙しくて、なかなか会えなくて、すれ違いでね。御幸さんはこっちに引っ越してプロ入りしたばかりだったし、光はデビューしたばかりだったし。光のほうは、恋人がいることで事務所にあまりいい顔されてなかったみたいだし…会えない上に周りからも抑圧されて、泣く泣くって感じだったよ。」
「はぁ…」
「なるほど…」
「で、その後再会して復縁したのが3年後。お互いになんとか連絡取ろうとしてるときに、光が倉持さんに連絡したのがきっかけで。倉持さん、光との待ち合わせ場所に御幸さんを呼んでくれてたんだって。あの人もやるよねぇ。」
じゃあ…その3年間は、お互い、心が離れたわけじゃなかったんだな…。むしろ…忘れられなくて、ってやつか。はぁ、結構…しんどいな、こういう話。
「えっとそれで…2回目に別れたのは…」
牧瀬はビールを一口飲む。
「これは私もちゃんと教えてもらったわけじゃないんだけど…」
「……。」
「…なんだよ」
「多分…倉持さんが原因じゃないかな〜…って思ってる」
「え?」
「…なんで?」
牧瀬は一度考えるように俯いて、また顔を上げた。
「倉持さん…光のこと、かなり本気で好きだったみたいで…」
「……。」
「……。」
ごくり、と俺も信二ものどを鳴らしたが、ふと顔を見合わせた。
「あ…でも、ちょっと話題になってたよな?」
「うん、俺も見た。インタビューで、6年間俺の片思いですって答えてたやつ…」
「そう、それ。まあ実際、ふたりは付き合ってもいないし、光は御幸さんが一番なのは変わらないんだけど…ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、倉持さんに傾いたとは思うんだよね。」
「え」
「…マジで?」
「あ、浮気とかはないよ?さすがに。でもあの頃、倉持さんってホントに…捨て身で光のこと想ってるのがひしひしと伝わってきてたし…光がちょっとぐらついちゃったのもわかるなぁ〜って感じ。」
「捨て身って…」
「…どんな?」
「光が困ってるとすぐに駆けつけるし…いつも見守ってて…そう、ボディガードみたいに。」
「…ボディガード…」
「それで…光が倉持先輩にぐらついたっていうのは…何かあったってことなのか?」
「私が知ってるのは、ほっぺにチューまでかな。」
「ほっ…」
「…え!?」
「なんかねー、倉持先輩がずっと自分の事想ってて、こんなに身体張って守ってくれて、でも何も見返りを求めずただ笑っててほしいからって健気でね、告白もしてこなくて、それで…キュンときちゃったんじゃない?」
「……。」
「……。」
「わかるな―私そういうの。もう映画みたいな純愛じゃん。憧れるなぁ〜。そこまで自分を想ってくれる人がいるなんてさ〜。」
「…ほっぺに…って、いつ?」
…どんなふうに?
興味を抑えきれず牧瀬に問う。もう、恥なんて気にしてられない。今を逃したら…もうずっと知ることはできない。
「ちょうど…蒼井颯人の件があった頃。」
「あ…あの時?」
「うん、あの頃御幸さんが遠征で不在でねー、倉持さんが色々助けてくれたんだよね。」
「そうなんだ…」
「多分その頃から、ちょっと倉持さんに気持ちが傾いてたんじゃないかな〜。」
「……。」
「でも光、その後御幸さんと別れた時、倉持さんとも距離を置いてるんだよねー。それが私、わからないところで…。」
「え…そうなの?」
「うん。聞いても、好きなのは御幸さんだけで、倉持さんと付き合うつもりはないって言うだけで。でも、御幸さんと別れたのも光がフッたからだし…よくわかんないんだよね。」
「え…」
「好きなのに…フッたの?」
俺は信二と顔を見合わせる。
「そう。御幸さんも相当引き留めたっぽいんだけど、光って一度決めたら頑固だから…。倉持さんも倉持さんで、フラれたくせになんか清々としてたし。なにがあったのかなぁ〜…」
…ますますわからない。むしろ、気になる事が一つ増えた。
倉持先輩と光が、そんな関係だったとは…。
「まあ、光が結婚したくらいからかな、倉持さんは完全に身を引いた感じでさ。さすがに吹っ切れたのかな〜。」
「それ…御幸先輩はどこまで知ってるのかな。倉持先輩と光のこと…」
「? 全部知ってると思うよ?」
「え!?」
「っていうか、少なくとも私以上には知ってると思うよ。光、こういう隠し事嫌いだし…最後なんて倉持先輩が、御幸先輩に宣戦布告したような状態だったし」
「ええ!?」
「せ…宣戦布告!?」
「あの頃、光の知り合いのモデルとちょっと揉めててね。それ関係で御幸さんと倉持さんもトラブルに巻き込まれて。で、もう…御幸さんと倉持さんは光の奪い合い、光とそのモデルの女は御幸さんの奪い合い…って感じだったなあ、今思うと。」
なんだかもう…何を言ったらいいかわからない。俺の想像を超えていた。
「まあそのモデルのことはどうでもいいから説明省くけど。」
「お…おう」
「なんだかんだあって別れた後…どう見ても光も御幸さんもお互いを引きずってるから、私、始球式の仕事をもらってきたの。光に。」
「ああ…あれ、牧瀬が仕組んだのか」
「仕組んだとか言うな!それに、まさかプロポーズするとは私も思ってなかったよ。でもさ…2回も別れたのに、って、世間でも言ってる人いるけど…私はむしろ、2回別れたけど、やっぱりお互いが必要なんだって思ったから、復縁してるんだと思うんだよね。じゃなきゃ、再会して咄嗟にプロポーズなんてしないでしょ。1回目に復縁したときも、御幸さんが同棲しようって言ったらしいし…あの二人、別れた後はもっと、想いが強くなってるんだよね。」
「……。」
「……。」
「…とまあ、東条君には胸の痛む話だったかもしれないけど」
「えっ?い、いや、俺は…」
俺は…
…正直、期待してた。
あの二人、よく喧嘩するんだよ、とか。そのうちまた別れるかもね、とか…。馬鹿だな、最低じゃん。光には幸せになってほしいって…それは、本心なのに。心のどこかで、その隣にいるのが自分であることを願って…いや、望んでいる。
御幸先輩に敵うわけないとか、今の話を聞いてやっぱり俺なんて相手にされないとか…頭ではわかってる。でも、どうしても、好きだ、という気持ちが消えない。どうして好きなのか…その明確な理由もわからないのに。
ピリリリリ、と無機質な電子音が響いた。牧瀬が慣れた動作でバッグに手を入れた。
「ごめん、電話だ。」
そう呟いて、店の出口を見て、人でごった返している通路に眉をしかめ、俺たちに詫びのポーズをとる。
「いいよ、出ろよ。」
信二の促しで、牧瀬はその場で電話に出た。
「はい、牧瀬ですが。…はい、窺います。」
普段と違う、引き締まったビジネスライクな話し方に少し驚きながら、俺も信二もグラスを傾ける。
「……はぁ!?何言ってんの!?」
…かと思ったら、突然怒鳴り始めた牧瀬に俺も信二も飲み物を喉に詰まらせそうになった。
「…あのね、用件だけ伝えるからよく聞いてね。それは全部抜いて別の箱にしまっておいて。別室にね。いい?私が明日の朝行くから、それまで社長以外には言わないで。いいわね!じゃ、切るから。」
ブツン。電話を切って、ビールを喉に流し込む牧瀬。
「だ…大丈夫か?」
信二が恐る恐る問うと、牧瀬はため息交じりに言った。
「いや、もー…光の新しいマネージャーがダメダメでさ…さすがに心配で色々口出してたら、何かと私に頼ってくるようになっちゃって。もー、私がマネージャーみたいになってるんだよ。」
「はは、牧瀬らしい。」
「光さんは牧瀬がマネージャーなら安心だろうな。まあでも牧瀬も立派な女優だし、マネージャーじゃ勿体ないけど」
「うーん、光のサポートができるなら嬉しいけどね。でも今の仕事も好きだし…まあ、できることをやっていくよ。…あのマネージャーにはムカつくけど。」
珍しく愚痴をこぼす牧瀬に、俺も信二も顔を見合わせて笑うのだった。