To:玉城
無題
本文:この間はごめん。

「……。」

俺は打ち込んだ文字をため息とともに消去する。

本文:機嫌なおせ。あと、アドレス登録よろしく。 御幸一也

「……。」
いや…ないな。俺はまた文字を消去する。

本文:好きです。

「………。」

…なにやってんだ…俺。
文字を消去し、メールも削除し、携帯を放り出す。あいつのアドレスをどさくさに訊いたのはもうかなり前だけど、なんだかんだ送る内容が思いつかなくて、そのままにしてしまっていた。それをこのタイミングで掘り返すのは、我ながらウザい奴だと思う。幻滅されるかもしれない。でも、昨日のあの態度のまま、直接顔を合わせるのは気が引けた。

本文:ごめん。送るの忘れてた。登録よろしく。 御幸一也

…うん。まぁ、いいだろう。もう、どうでも。
一思いに送信ボタンを押す。
ウザい、の一言でも、返ってきてくれればそれでいい。あいつの考えがわかるならどんな言葉だって。

緊張を誤魔化すように長いため息を吐いて、ベッドに仰向けになったまま、無機質な天井を見つめる。林は自主練に行っているようで、部屋には俺一人。今日は沢村も降谷も珍しく押しかけてこなくて、静かな日だ。…どうせ夜には来るんだろうけど。

ピロリン

鈴の音のような電子音が鳴る。俺は弾かれたように携帯を取り、にわかに恥ずかしくなる。そして画面に表示された通知を見て、またため息を吐いた。

from:真壁
無題
本文:おはよう(*^-^*)
お休みの日にごめんね。何してるかなと思って、メールしちゃった(笑)
アドレス交換してくれてありがとう。改めてよろしくね。
ちゃんと送れてるかな??


…ああ、なんでアドレス教えちまったんだろう。
真壁のメールの文面から寄せられている自分への期待が目に見えるようで、なんだか息苦しい。真壁の自分への好意はわかっているし、それには応えられないのに、軽々しく歩み寄ったりして。
…わかっている。あの場に、玉城がいたからだ。我ながらガキみたいだけど、心の片隅に、「嫉妬させてやりたい」という気持ちが過ぎった。いつも振り回されている分、自分の気持ちばかりがバレバレで、あいつはいつも涼しい顔をしていて。少しくらい、意に反してやりたかったんだ。

…真壁への返事は、またあとでにしよう。

言い訳のように自分に言い聞かせて、俺は午後練の準備を始めた。



***



パカッ

…パタン。


パカッ

…パタン。


パカッ

「おい御幸。」

…パタン。
俺は携帯を閉じて、不機嫌そうな倉持を見上げる。倉持は実に忌々しそうに俺と俺の手元の携帯を交互に見て舌打ちをした。

「なにうじうじ携帯ばっか見てんだよ。パカパカパカパカうるっせーんだよ。」
「え…いや、はは」

ごまかすように笑ったが、返って怪しいことに気づき、俺はそれ以上の追及を逃れるために席を立った。

「女?」

ギクリ、として振り返る。ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた亮さんがそこにいた。話聞いてたのかよこの人…。

「違いますよ。」

落ち着き払った態度でそう返して、俺は食堂を出た。

「…あの御幸が普通に否定するのって、逆に怪しいよね。」

その後で、亮さんがそんなことを言っているとは知らずに。



***



夜、風呂から上がり、夜食を摘まみながら部屋でスコアブックを眺める。
だけどなんだか集中できなくて、俺はしきりにため息を吐いて天井を見上げたり、携帯を開いたりしていた。
何度目かに携帯を開いた時、そういえば真壁に返事をしていなかったことを思い出した。気が進まないままメールを開き、返信ボタンを押す。

To:真壁
Re:無題
本文:ごめん、昼は練習あった。よろしく。

俺はその気もないのに真壁に連絡先を教えて、きっと真壁が考えて考えて送ったであろうメールに、わざと無愛想で冷たい返事を送っている…。最低だな。真壁も、さっさと俺なんて嫌いになって、別の奴を好きになればいいのに。

「御幸。」

突然ドアが開いて、倉持が部屋の中を覗き込んできた。

「何?」
「いや…沢村来てねーかと思ってよ。どこ行ったんだあいつ…。」

倉持はため息交じりに呟いて、まーいいや、と言い、部屋に上がりこんできた。

「おい…、何なの。」

一人の気ままな時間を邪魔された気がして、真壁のことと玉城から返事が来ないむしゃくしゃから、俺は不機嫌を露わにしてため息を吐く。しかし倉持はそんなもの慣れっこで、全く意に介さない様子で本棚から漫画を持って来て、床に胡坐をかいた。

「ここにいりゃそのうち沢村来んだろ。待たせてもらうぜ。」
「……。」

まあ、たしかに、それは否定できない。
俺はまたため息を吐いて、送信しました、と書かれた画面を消し、携帯を閉じた。
パタン、という軽い音を聞いて、倉持が反応した。

「お前、また携帯か?」
「別に…」
「別にってなんだよ。なに、メール?」

画面を覗きこまれ、閉じかけの画面を盗み見られたらしい。俺は視線を逸らして小さなため息を吐く。

「なんだよその顔。…やっぱ女か!」
「あー、ったく、しつけぇなお前も…。」
「だってお前がそんなに携帯気にしてんの珍しいじゃねーか。気になんだろ。」
「んな面白くもねーよ…ただ返事がないからどうしたのかと思って…」
「あ?」

こぼれた本音に、真実味があったからだろう。倉持はふと表情に真剣みを帯びて俺を見たが、すぐにからかうような笑みを浮かべた。

「返事が来ねーだと?それ着拒されてんじゃね?」
「………。」

…ありえなくもない。
あいつ自身、合わないなと思ったらブロックする、って言ってたし。
…って最初のメールでブロックかよ!それってもう、よほど、俺のことが嫌いだとしか…。

「…おい、何、マジに落ち込んでんの?」

ヒャハ、と小さく笑い声をもらす倉持。俺が黙り込んでいると、今度は声の調子を落ち着かせて言った。

「送ったのはいつだよ?」
「何、相談に乗ってくれんの?やさしー」

からかうように言うと、じろりと睨まれる。

「…えーと、昼前くらい。」
「なんだよ、まだ一日も経ってねーじゃん。まだ見てねーんじゃねーの?」
「あぁ、かもな。」

投げやりに頷く。ここであーだこーだ言っても仕方ない。

「電話してみれば?」
「はぁ?なんで?」
「いや…やけに気にしてるからよ。」
「……。」

…まあ、確かに。電話すれば、着拒されているかどうか、一発でわかる。
俺は意を決して電話帳から玉城の番号を選び、発信ボタンを押す。倉持は静かにそれを見守っている。
無機質な呼び出し音が耳に響く。…長い。これは…無視なのか?気付いてないのか?それとも、着拒か?そもそも着拒されているとどうなるんだ?呼び出し音が鳴り続けるってことは…拒否はされてない…のか?
…だめだな、と呟きかけた時、呼び出し音がプツリと途切れた。

『…もしもし…』

電話口から、静かな声が響いてくる。間違いない、玉城の声だ。

「あ…俺、御幸だけど。」
『……御幸先輩…?』

意外そうな、それでいて、自惚れでなければ安堵したような声で、玉城は呟いた。

「うん。」
『…なんで…』
「いや、メールの返事がないから、着拒されたかなーと思って。」
『……。』

冗談交じりに言ったのに、玉城は黙り込んだ。電話口に、静かな足音と、時々車のエンジン音のようなものが響いてくる。窓の外をちらりと見ると、外はもう真っ暗だ。

「お前、今、外?」
『……はい。』
「誰かと一緒か?」
『……。』

なんだか不穏な空気を感じた。玉城が黙っているのも、不機嫌というより、緊張のようなものを感じる。

「…今どこ?」

声の調子を低くして言うと、倉持も何か感じたように、神妙な顔つきになって俺を見た。電話口には、やはり声を潜めるような玉城の声が返ってきた。

『駅の南口の……橋……』

橋?学校の傍の土手をずっと行ったところにある、あのデカい橋か。
そう考えた時、また車のエンジン音が近づいた。ブロロロロ、と低いうなるような音が、ゆっくりと近づき、そのまま停まる。足音が――おそらく玉城の――静かな足音が響き、エンジン音が遠ざかると、また、ブロロロロ、とエンジンを噴かせた唸り声が、じりじりとタイヤが道路を滑る音と共に近づいて、すぐそばで止まる。まるで、玉城のあとをついて来ているみたいに…。

「…今一人か?」
『…はい。』
「なんか…変な音が聞こえるんだけど。大丈夫か?」
『………っ』

沈黙が流れ、どこか息が詰まったような吐息のあと、静かに、しかし確かに玉城の声がした。

『……だめ……です』

息をのんで、俺は考えるより先に返事をしていた。

「すぐ行く。」

電話を切って、上着を羽織る。

「ちょっと、出てくる」

そう倉持に声をかけると、倉持も立ち上がった。

「一人で平気かよ?」

俺は面食らって、それから笑みを返した。

「…わりぃ。付き合ってくれ」
「ヒャハッ、行こうぜ」

俺たちは連れ立って、駆け足で寮を後にした。

 


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