通い慣れたマンションの廊下。高級感のあるシンプルモダンな木目調の扉が開き、ラフなTシャツ姿の御幸さんに出迎えられる。

「よお、まだ光帰ってねーけど…まあ上がれよ」
「え、光まだ帰ってないんですか?」

部屋に入るのを少し躊躇う。光がいないとちょっと気まずいなー。どうしよ。

「なんだ、牧瀬かよ」

不意に御幸さんの後ろから、ぶっきらぼうな声がした。こちらを覗きこんでいるのは…

「倉持さん!?生きてたんですか!?」
「おい、どういう意味だよ…」
「だってここ最近全然姿を見なかったから!」
「はっはっは、お前今怪我でリハビリ中だもんな」
「えっ!怪我!?」
「大したことねーよ。来週から復帰だっつーの」

…って、いや、そうじゃなくて…ううん、それもだけど。前は週の半分くらいはこのマンションに遊びに来ていたのに、御幸さんと光が結婚してからは、めっきり来なくなった。やっぱり…倉持さんなりに距離を置いて気持ちの整理をしようとしてるのかなー。まあ光がいないときはこうして二人で会ってるみたいだし、変わらず仲良さそうだから、それはよかったけど…。

「倉持さんもいるなら、私も遠慮なくお邪魔しまーす」
「お前ちょっと俺のこと馬鹿にしてね?」
「いーえ、ちっとも」
「仲良いなーお前ら」

ぞろぞろとリビングに入ると、御幸さんは早速コーヒーを淹れてくれる。御幸さんが淹れるコーヒー、美味しいんだよね。それにイケメンだから、コーヒーを淹れる姿がまた様になってて、どこかのバリスタに見えてきて、ちょっと可笑しい。

「で、話って何?」
「ああ…まだ光来てないけど…お話始めてもいいですか?」

コーヒーカップを持って来て、御幸さんが口を開く。倉持さんは不思議そうに私と御幸さんを見て、遠慮したように身を起こす。

「あ、倉持さんも聞いてて大丈夫ですよ。」

私がそう言うと、倉持さんはまたソファにもたれかかった。…っていうか、むしろ、いてくれてラッキーだった。倉持さんにも話そうかどうか迷ってたし、でもそれは光が反対しそうだから。

「まず…これを見てほしいんですけど。」

私はバッグから、5〜6枚の紙を取り出す。御幸さんも倉持さんもそれぞれ1枚ずつ紙を手に取ると、それを開いて絶句した。次の紙も…その次の紙も、2人は目を通すと、こわばった顔で私を見た。

「何だよこれ?」

御幸さんが怒りをにじませた顔で聞く。

「光宛てのファンレターに交じって、事務所に届いた手紙です。デビューしたときから、時々はあったみたいだけど…以前はよくある程度だったらしいです。こういう仕事は…こういうことも付き物ですから。だけど、最近…ちょうど、光と御幸さんが結婚したころから、こういう手紙がエスカレートして。今ではもう、段ボール箱がいっぱいになるくらい、届いてて…今日持って来たのは、ほんの一部です。」
「…犯人は?」
「まだ…わかりません。警察もこれだけじゃ動いてくれなくて。今は、犯人がボロを出すのを待って様子を見るしかありません。」
「光は知ってるのか?」
「はい。昨日…この手紙も全部見せて、話をしました。今日御幸さんに話をする事も伝えてあります。まずは光の身の安全が第一ですから…もう前みたいに、内緒にしたりしないって、光と約束したんです。」
「そうか…」

御幸さんがとりあえずは納得したように呟いて、私は安堵した。

「それで…今、気になる事があって。」
「気になる事?」

御幸さんと倉持さんから紙を回収して、そのうちの3枚を並べる。

「実はこの3枚は、もう7年くらい前…光が高校1年生の時に靴箱に入れられていた手紙なんです。」
「…え?」
「聞いたら…光、高校の頃からこういう手紙をもらってたって言ってて…本人はもう全部捨てたって言ってたんですけど、その頃相談を受けてた東条君が、この3枚をまだ持っててくれたので、もらってきました。」
「……。」
「でもこの手紙…全部、同じ人が書いたように見えますよね?」
「つまり…その頃から光に執着してるってことか?」
「そうです。」

私が頷くと、それまで黙っていた倉持さんが身を起こした。

「…それだけじゃねーだろ、この手紙…。御幸。お前が昔フッた奴が犯人なんじゃねーの?」
「……。」

御幸さんはばつが悪そうに唇を噛む。

「あの…東条君も言ってたんですけど、そうだとしたら、それ、光と同級生だと思うんです。」
「……。」
「誰か…心当たりありませんか?」

御幸さんは頭を掻き、俯き、ため息を吐いた。

「……わかんねー」
「お前が2年の時告ってきた1年女子とかは?」
「さあ…いっぱいいたから…」
「あ?」

怖い顔をした倉持さんに、御幸さんは悪びれず無視を決め込む。そうなんだよねー、この人モテるんだよね。うーん、こっから犯人特定は無理か…。

「まあ…もし何か思いつくことがあったらまた教えてください。それまではひとまず、光を一人にしないようにして…」
「ああ。もうオフシーズンだから俺も早く帰れるし。」
「そうですか、よかった。仕事中は…私もできる限り一緒に居るんで。でも最近光、ドラマの撮影でロケが多いんですよ…それだけが心配だけど…」

少し暗くなった空気を、私は慌ててはぐらかそうと言葉を続ける。こ、こういう空気苦手なんだよね。

「で、でも、ロケ中はマネージャーもスタッフも一緒だし、移動が多いからむしろ安全かもしれないですね。あはは…」
「……。」
「……。」

だ…だめか〜〜。光のことになるとこの人たち真剣だからな…いや、まあ、私も人のこと言えないけど。

「…そういやさ。」

ふと、倉持さんが口を開いた。

「昔…嫌がらせされて怪我してたことあったよな。」
「あ…ありましたね。」
「そいつなんじゃねーの?犯人」

その推理は驚くほど腑に落ちて、思わず黙り込んでしまった。

「…で、結局その時の犯人は誰だったんだよ?」
「それがわからず仕舞いなんですよ。光が教えてくれなくて…」
「おい御幸。お前もあの時心当たりありそうだったけど、わかんねーのか?」
「俺は…」

御幸さんは腕を組んで首を傾げる。

「あの時はたまたま、2年の女子が廊下で光の陰口叩いてんのを聞いて…」
「それ、誰だったんですか!?」
「さあ、知らない奴だったし…よく顔を見たわけじゃないから、わからない。」
「何か特徴とかありません?私、知ってる子かもしれないし。」
「いやー…どうだったかな…もう昔だし……3人組の、フツーの女子だよ。」
「情報が少なすぎます」
「しょうがねーだろ…」

会話が行き詰まって、私は腕を組んだ。

「うーん…光に聞いてみるしかないですね。」
「…だな」
「でも、結構収穫ありましたね。」
「犯人と決まったわけじゃねーけどな。」

ちょうどそのとき御幸さんのスマホが鳴って、御幸さんはポケットからスマホを取り出した。

「あ…光がもうすぐ駅に着くってメールきたから、迎えに行ってくる。お前らは?飯食ってく?」
「いや、帰るわ」

倉持さんがあっけなく鞄を背負ったのを、私は思わず目を丸くして見つめた。以前だったら絶対御馳走になって、そのまま泊まることもざらだったのに。

「…私も今日は帰ります。倉持さん、途中まで送って下さ〜い」
「あぁ?しょうがねーな…行くぞ」
「はーい。御幸さん、お邪魔しました〜」

さっさと帰宅する私たちを、御幸さんはどこか不思議そうに見送った。


倉持さんの車に乗り、車は発進する。

「つかおまえんちってどこ?」
「港方面です」
「ふーん」
「あ、陸橋まででいいですよ。」
「はいよ」

道は空いていて、車はスムーズに進んでいく。

「倉持さんって運転上手いですよね。」
「まあ好きだし」
「御幸さんも上手いけど。」
「オイそれ言う必要あったか?」
「見た目怖いけど優しいし!」
「さっきから一言多いんだけど」
「気配り上手だし!見た目怖いけど」
「おい。素直に褒めろ」
「なんでモテないんですか?」
「なんで褒める方をやめるんだよ」

他意なく笑うと、倉持先輩はやれやれとため息を吐く。その横顔をちらりと見て、私は呟いた。

「…怒ってます?」
「あ?…なんで」
「倉持さん、光と会わないようにしてるんでしょ。」
「……。」
「でもさっき、私…わざと倉持さんの前で光の話、しました。」
「…なんでだよ」
「倉持さんなら、光が危ない時、絶対助けてくれるから」
「…はぁ?」
「私、光が大切なので。倉持さんも知っててくれたら、安心だと思って。巻き込みました。」
「別に…巻き込まれてねーよ。俺はもう会うこともねーし」
「いえ…どうせ倉持さんは、光をほっとけないでしょ。」

はあ、とため息が聞こえた。

「…だとしても何もできねーよ。俺明後日から遠征だし」
「遠征?」
「来週から練習に復帰するからな。チームに合流すんの」
「え〜〜」
「えーじゃねーよ。祝え、復帰を」

車が緩やかに減速し、陸橋を過ぎたあたりで停車した。
シートベルトを外し、倉持さんを振り返る。

「ありがとうございました!」
「なにキレてんだよ。」

車を降り、陸橋の階段を上る。…あーあ、倉持さんがいたら心強かったのに。いや、御幸さんが頼りないわけじゃないけど、倉持さんの危険予知能力というか、周りの状況に関する嗅覚の鋭さはすごいから…。…それに、東条君の良い抑止力になると思ったんだけどな。経験者として。
光は東条君のこと、すごく信頼してるから…気まずい関係になってほしくはない。

冬を感じ始める冷たい風の中、私は帰途をゆっくりと歩いた。

 


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