『2人っきりになった直後…帰宅待ちきれず車中でキス!』

ネットニュースを眺めていて、手が止まった。薄暗い夕暮れの道。黒い車の運転席に座る御幸先輩と、助手席に座る光。2枚目ではふたりは見つめ合い、3枚目では――唇を重ねているように見える。

『某日某所――超人気モデルで女優の玉城光・天才捕手との呼び声高いプロ野球選手の御幸一也夫妻の完全プライベートの瞬間をカメラが捉えた。ふたりを載せた車は友人の送迎を終えると、とある高架下に停車する。窓の外を眺めていた玉城に、御幸が語りかけると、ふたりは熱い眼差しで見つめ合い、御幸から口付けを交わした。その人目をも憚らぬ熱愛ぶりは、新婚であることを差し引いても、長年愛し合った絆と愛の深さを表しているといえるだろう。2度の破局を乗り越えてきた波乱万丈カップルであるがゆえに、3度目の破局を心配する声も挙がっていたが、始球式を湧かせた公開復縁プロポーズは“3度目の正直”となりそうだ――。』

自分でも驚くほど、胸がざわついた。このふたりを認めたくない気持ちが、自分の中にあったのかと。同時に、やめてくれと思った。この思いは抱いちゃいけない。辛いだけだから。叶うはずがないこともそうだし、もし万が一――奥が一、彼女を振り向かせることができたとして…何が残る?尊敬する先輩を裏切り、友人を裏切り、彼女にもそれを強い、ふたりっきりになったところで…彼女を幸せにできるとは思わない。彼女のため、自分のため、今の距離以上に近づくことはいけないことだとわかっているのに。なのに…他の知り合いたちよりも少しだけ、自分が彼女にとって上位の友人なのだと…優越感を抱かずにいられない。

「なぁ見ろよコレ!玉城光と御幸一也のキス写真流出」
「何?ネット?」

ビクリ、と腹の底が震えた。会話は、隣の席の大学生らしい男たちだった。

「マジショックなんですけど〜〜」
「何言ってんだよ、もう結婚してんじゃん」
「そうだけどさぁ〜実際目にすると…。つーかお前ショックじゃねーの?玉城光好きだったじゃん」
「まあ好きだけど、俺は御幸一也も好きだからむしろ嬉しい」
「はー?お前ホモかよ」
「ちげーよお前野球見ないの?御幸一也ヤバいよ、レーザービーム。」
「野球よくわかんねーし」
「うわ人生損してるわ、それ」
「勝手に決めんな。だって何してるかよくわかんねーし、つまんねーじゃん」
「教えてやるから見てみろよ。」
「めんどくせー」
「最近は応援席の玉城光もたまに映るよ。」
「マジ!?じゃあ見る」
「うわ単純〜」

わははは、と笑い声が挙がって、男たちは別の話題に移る。
ネットニュースを閉じてSNSを開くと、光の新しい投稿が目に留まる。今日は私が作りました。と、笑顔の顔文字付きの文章と写真。たっぷりチーズをのせた、チキンとトマトのリゾット。サラダとスープもあって、それから…御幸先輩の分だろうか、洋風でおしゃれなそのメニューに似つかわしくない、大きなおにぎりも4つ添えられている。今日の夕ご飯、…らしい。…羨ましい。御幸先輩、一番に反応してるし。これじゃそのうちバレるよ、玉城光のアカウントだってこと…。
そんな風に思いながら、俺もボタンを押してしまう。だって…誰に咎められるでもなく彼女と繋がれる、唯一の手段だから…。
結婚してから何となく気がとがめて、もともと少なかったメールのやり取りがきっぱりと途絶えた。俺の気まずい心情を汲み取ってか、もしくは御幸先輩への配慮か、はたまたもともと興味もなかったか…光からメールが来ることもなくなった。
…既婚者。結婚している。人生で一番大切な人がいて、愛し合っている。どうして…どうして結婚したんだ。俺はこんなにまだ、好きなのに。

「…もう最悪!!なんで結婚したの!?」

…驚いて思わず肝が冷えた。見ると、斜め前の席に座る3人組の女の子たちが騒がしい。…いや、よく見ると騒いでいるのは一人で、他のふたりはその子を宥めているようにも見える。

「2回も別れた相手と結婚する!?普通!」
「…したねぇ。」
「まあ…理由にもよるしね。」
「絶対また別れるし!!」
「う〜〜ん……」
「どうかな……」
「大体あいつにいいとこなんてないじゃん!御幸先輩騙されてる!」

…え?御幸先輩って…

「いいとこねぇ…」
「顔もスタイルも良いじゃん。」
「性格は最悪だよ!!」
「そうかなぁ…」
「さぁ…話したことないし。話せる相手でもないし…」
「つか顔だって言うほど良くないでしょ!」
「え〜〜〜?いや…それは無理があるよ。」
「茜ぇ、もういい加減諦めたら?」

茜…?茜って、最近どこかで…

「絶対諦めない!だって…」
「…?」
「なに?」
「…実はね。この間、偶然御幸先輩に会ったの。」
「…え!?」
「どこで!?」
「楓通りの古書店で。知り合いが教えてくれたの。時々御幸先輩が来てるって。」
「そ…それで?」
「話したの?」
「連絡先渡した。」
「えぇ!?」
「…奥さんに相談したらどうすんの?」
「するわけないって!だから今連絡待ちなの!」
「連絡なんて来るわけないって…。」
「そうだよ〜…もういい加減忘れな。」
「嫌!絶対玉城なんかに負けないし。」

玉城…!やっぱりあの3人…光と御幸先輩の知り合いだ…。

「そんなこと言ってもさ〜。この間の同窓会のアレ、さすがにやりすぎだって。」
「そうだよ。あれくらいで済んでよかったけど…ホントにお酒受け付けない人っているんだから。」
「はぁ!?何今さら言ってんの?あの日はあんたたちだってノリノリだったじゃん!」
「あの日は酔ってたしさ〜…」
「うん…さすがにやりすぎたっていうか…目が覚めたっていうか…」
「なにそれ?私だけ悪いってこと!?」
「…違うけど…もう子供みたいなことやめなよ。」
「そうだよ。高校の時からずっと玉城さんのこと目の敵にしてるけど…もう離れた方がいいよ。」
「なんでそんなふうに言うの!?二人とも玉城の味方なわけ!?」
「…あー、もういい。話にならない。私帰る。」
「ごめん茜、私も帰るね。…頭冷やした方がいいよ。」
「ちょっと…!」

ぞろぞろと立ち上がって帰っていく女の子二人。取り残される憤怒の表情の女の子一人。なんかすごいの見ちゃったな…。俺はこっそりと視線を外そうとした、その時。
女の子が振り向いて、俺を見た。や…やばい。見てたのバレたか…?冷や汗をかく俺を見て、女の子は…立ち上がって荷物を持ち、こっちに歩いてきた。
え…なんで!?

「東条秀明君だよね?」
「え……」

この子…俺のこと知ってるのか?
目が点になる俺をよそに、その子は俺の向かいの椅子に腰かけた。

「この間の同窓会で会ったよね。」
「えっ…あれ、そうだった…っけ?」
「えー?ひどーい。クラスが同じだったこともあるのに。」
「ごめん、俺…野球部だったから、クラスの人とあんま付き合いなかったし…」
「知ってるよ。野球選手になったもんね。金丸君と仲良かったよね?」
「あ…うん。」
「あと、玉城さんとも。」

…なんだろう。目の前のこの子は笑っているけど…笑っていないようにも見える。

「…まあ、1年の時だけ…」
「ふふ、知ってるよ。告って振られて、2年から気まずくなったんでしょ。」
「…え?」
「あ、当たった?勘なんだけど。」
「……。」
「あんなに仲良かったのに急に距離あけてたからさ。そのくらいしか考えらんないじゃん。東条君が玉城さんのこと好きなのはまあまあバレバレだったし。」
「……。」

ズケズケものを言うなあ…。ちょっと苦手なタイプだ。

「…悪いんだけど…名前、なんだっけ?」

相手のあけすけな態度を前にすると、俺も思い切ってそう訊けた。

「私?田中茜。」
「……。」
「え、忘れちゃった?」
「いや……3年の時、同じクラスだった?」
「そうだよ。よかったぁ〜思い出してくれて。」

それより…田中茜って。この間、皆で卒アルを見た時に牧瀬が言っていた…。

「あのさー、私、東条君に聞きたいことあったんだ。」
「え…何?」
「今も玉城さんのこと好き?」
「……。」

口から渇いた息がこぼれた。

「…え、いや!別に…普通に友達だけど。」
「あはは!否定しないんだ。」
「……。」
「男ってそうだよね。超わかりやすい。」

なんなんだよ…。

「まあいいや。それならちょっと、提案があるんだけど。」
「提案?」
「うん。私ね、高校の時からずっと、御幸先輩のことが好きなの。」
「……。」
「東条君と一緒。」

一緒にするなよ。その一言が、どうしても言えなかった。

「だからさ…協力しない?」
「……。」
「私は全力で御幸先輩にアピールするからさ。」
「……。」
「東条君は玉城さんにアピールしてよ。」
「…いや…無駄だろ。」
「え?」
「あのふたりが…そんなことくらいで…別れるわけないだろ。」

田中は一瞬きょとんとして、急に笑い出した。

「何言ってんの?当たり前じゃん。ただアピールするだけじゃないよ。」
「…え?」
「まあ任せてよ。とにかく東条君は、玉城さんにアピールするだけでいいから。」
「……。」
「東条君、イケメンだし、玉城さんと唯一男で仲良かったじゃん。絶対いけるって。」

はあ、とため息が出た。怒りのような、悔しさのようなモヤが混じった、震えるため息が。

「俺…、しないよ、なにも。」

その呟きを聞いても、田中はどこか余裕の笑みを浮かべて立ち上がる。

「はいはい。じゃあよろしくね。後で連絡するから。」
「…連絡?」

俺の連絡先なんて知らないはずだろ。そう思ったけど、それを言う前に、田中は店を出て行った。

 


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