「東条、大丈夫か?」

低い声がかかって、はっとした。気づくと、チームメイトの先輩が、ペットボトルをこちらに差し出していた。

「あ…はい、すいません。」

それを受け取り、お礼を言う。練乳入りチャイティーラテ。これ、あんまり好きじゃないんだけどな。

「お前そういう変なの好きだろ。」

そうからかうように先輩に言われてしまっては、愛想笑いしか浮かばない。

「調子悪いのか?」
「…いえ、そういうわけじゃ」

今日の練習を見る限り、そう言われてもしょうがないのに、俺は首を横に振った。

「まあ…気にすんなよ。本番でやらかしたわけでもねーし」
「…すいません。」
「本番に向けて調子を整えんのが練習ってもんだろ。いいんだよ、それで。」

先輩はロッカーに向かい、さっさと着替え始める。

「東条お前、今日来るのか?」

今日…、少し考えて、そういえば飲みに誘われていたなと思い出す。

「あ…すいません、今日は…」
「そう。お前がいると女の子たちも盛り上がるのになー。」
「いや、そんな…はは。」
「マジでモテるのに。なんで彼女つくんねーの?もったいねー」
「……。」

だって…好きでもない子と付き合ったって…空しいだけだし。

「まあ元気出せよ。」
「…はい。」
「じゃ、また明日」
「お疲れさまでした。」

先輩が出て行って、ロッカールームは俺一人になる。…俺も帰るか。色々話しかけられるのが煩わしくて、人がはけるのを待っていたけど…そろそろ皆、もう帰っただろうし。
ロッカーを開け、脱いだシャツを投げ入れる。タオルを取り出そうとバッグを探っていると…着信音が鳴った。タオルではなく、スマホを取り出す。…非通知。一瞬迷って、通話ボタンを押す。

「…はい、もしもし?」
『東条君?』

愛想のない女の人の声。あまり聞きなれない…だけど、どこかで聞いたことのある声。

『私…田中茜だけど。』
「……。」

息を飲むと、緊張が伝わったのか、田中は少し笑った。

「なんで…」
『番号?友達のつてで。野球選手になった知り合いの連絡先なんて知ってたら、皆自慢したがるもん。教えてもらうのなんて簡単だよ。』
「……。」
『それより、頼みたいことがあって電話したんだけど。』

俺の返答を待たず、田中は話を続ける。

『御幸先輩のスマホから、私に電話してくれない?』
「え?なんでそんなこと…」
『だって連絡先渡したのに全然連絡してくれないんだもん。やりとりするきっかけが欲しいの!番号知らないのにこっちから送っても変じゃん』
「番号なら…俺のみたいに知り合いに聞けばいいじゃん」
『何言ってんの、そんなことしたら引かれるじゃん』
「…大体、御幸先輩のスマホからって…どうやって」
『簡単じゃん、今も会うことあるんでしょ?間違ったふりとか、電池切れたから貸してくださいとかさぁ』
「……。」

田中の強請るような声を聴いていると、胸の奥から怒りがこみあげてくる。…イライラする。

「嫌だよ…なんで俺がそんなことしなきゃならないんだよ。」
『はぁ?だって東条君、玉城さんのこと好きなんでしょ?』
「…別に…」
『いいよ誤魔化さなくて。ねぇ考えてみ?私が御幸先輩とうまくいって、あの二人が別れたら…玉城さん、フリーになるんだよ。』
「…あのな…俺、そんなことしてまで…」
『べつにそんな大変なこと頼んでないじゃん。私に電話するだけ!ね、簡単でしょ?』

震えるため息をついて、怒りを抑えて、答える。

「そんなことしたくない。しない。もう俺に電話しないで。」
『……そう。』
「……?」

田中の声が急に語気を弱めて、俺はつい毒気を抜かれた。

『じゃあ、東条君…玉城さんのことは諦めるんだ。』
「諦めるっていうか…もともと、付き合えるとかも、思ってないし…」
『…どうして?』
「だって…昔は本当に高嶺の花で…今はもう、雲の上の人、って感じだし」
『でも好きなんでしょ?それで東条君は平気なの?』
「俺は…ただ、幸せでいてくれれば…って…」

うん。この言葉に嘘はない。
田中はしばらく黙ったあと、静かに言った。

『…わかった。じゃあ…私も、御幸先輩のこと…そう思うことにする。』
「え…本当に?」

思いがけぬ言葉に、俺は喜びを感じた。

『うん…少しずつ…東条君みたいに思えるように、気持ちの整理をしてくよ。』
「そっか…。」
『だからさ…今度会って、少し話せない?』
「え?」
『愚痴っていうか…最後に気持ち、誰かに吐き出したいの』

そっか、そうだよな…。何年も好きだったんだもんな。

「いいよ。」
『本当!?じゃあ…明後日!夜9時頃…遅くなっちゃうけどいい?』
「うん。場所は?」
『それはまた連絡する。』

なんだか予想外の展開になったけど…まあいいか。

「わかった。じゃあまた。」

電話を切り、スマホをバッグに放り込む。失恋した同士…こんなふうに慰め合うのもアリだよな。
俺はまだすっきりしない胸から息を吐き出して、着替えをつづけた。

 


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