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「…なんで東条がここにいるの?」
疑うような、警戒するような光の両眼。その視線に、俺は胸の奥を抉られるような気持だった。
…どこから話せばいいんだろう。ただ…俺に光を陥れようとする気がないことは…俺は味方だという事だけは、信じていてほしい。
「俺…田中と会ってて…」
「田中って…田中茜?」
光の顔に不安が滲んだ。だめだ、軽蔑されてもいい…せめて、光を安心させないと。
「田中…、御幸先輩のことが今も好きで、だけどもう諦めたいからって…それで…相談に乗ってたんだ。」
「…なんで東条が?」
「…俺も同じだから。」
光は口を噤んだ。自分の腕を抱える左手の薬指には、シンプルな指輪が輝いている。
「それで…まあ、そういう流れになって、田中がここのホテルに部屋取ってるって言うから、一緒に来て…」
「……。」
「…で、この部屋に閉じ込められた。まさか…光がいるとは思わなかった。」
光は目を逸らすように伏せて黙り込んでいる。
あーあ…これで軽蔑されたな。そんな軽いやつなのかって…思われたに決まってる。もう、友達でいることもできないのか。最悪だ。
「…この部屋、一昨日からロケで、私が使ってる部屋なんだけど…」
「…え?」
「なんで田中さんは…この部屋を知ってるの?それに鍵も…」
にわかに緊張が走った。反射的にポケットに手を当てて、はっとする。
「あ…スマホ、バッグの中…」
そしてそのバッグは…田中が持って行った。
咄嗟に部屋の中を見渡し、ベッド脇の電話を掴む。受話器を耳に当て、ボタンを押す…しかし何の反応もない。ボタンを押しても音もなく、受話器から待機中の音すら聞こえない。
「…どうしたの?」
サイドテーブルを動かして電話線をたどる俺を、光はおずおずと覗き込む。
「線…切られてる。」
「え?」
俺が切れたコンセントを持ち上げてみせると、光は息を飲んだ。
「光、スマホは?」
「…ロケ中にマネージャーに預けて、まだ返してもらってない…。」
時計を見上げ、光はにわかに青ざめる。
「でも…いつも、8時頃には部屋に来て、荷物を返してくれるのに…」
今はもう10時近い。
光はドアに駆け寄って、ドアノブをひねる。
「無理だよ…外から固定されたっぽい。」
「……。」
光は神妙な顔になって部屋に戻ってくる。
「なんで…?」
ぽつりとつぶやいた彼女に…俺は言葉を絞り出した。
「田中は…光と御幸先輩を別れさせようとしてるんだ。」
「…なにそれ?」
「俺に…ドアを開けてほしかったら、窓の前でキスしろって言ってた。」
「え…」
「それって…多分、その写真を撮って売るつもりなんだろ。…浮気の証拠、とか言って」
「……。」
俺は部屋の奥へ行き、部屋の中を見渡す。
「とりあえず…カーテン全部閉めよう。部屋に二人でいるのだって、撮られたら困るだろ。」
「……うん。」
光は頷いて、カーテンを全て締め切った。それだけで、無機質な部屋の中は急に閉塞感を感じた。
「…どうしよう…」
光は呟いて、ベッドに腰掛け、俯く。
「…マネージャーとかスタッフは?このホテルにいないの?」
「ロケは今日までで…スタッフはもう引き上げたの。私とマネージャーは明日打ち合わせがあって残ったけど…。でもマネージャーは別のホテルだから…」
「でも、じゃあ、明日になればマネージャーが来るんだよな?」
「そうだと思うけど…でも、今日返しに来るはずの荷物もまだ返しに来てないし…」
「……。」
「もしかしたら…」
「もしかしたら?」
「……なんでもない。でも…来るかどうかわかんない。」
光はなんだか泣き出しそうになってため息を吐いた。
俺は部屋の中を見渡して、メモ帳とペンを手に取った。メモ紙を一枚切り離して、文字を書く。光は不思議そうに俺を見上げた。
「…何してるの?」
そう問う彼女にメモ紙を見せる。
HELP!という大きな文字の下、ドアが開かず閉じ込められています。電話も使えません。フロントに連絡をお願いします。と書いた紙。それを、ドアの下から廊下に滑り込ませる。
「きっと誰かが気づいてくれるよ。」
そう言って、本当にそうなってくれと願った。
「光はもう寝てなよ。今日も仕事だったんだろ?」
「…大丈夫」
身を守るように膝を抱えて座る光。俺は男で…彼女は女で、今、この部屋にはふたりだけで…。俺は、彼女にとって警戒の対象であることを思い知らされる。それがとてつもなく辛くて、苦しい。
「俺、何もしないから。」
「……。」
「光が嫌がることは…絶対しない。」
椅子の向きを変えて、ベッドに背を向けて座りなおした。光が俺の言葉をどう捉えたか…わからない。だけどしばらくして、布団の擦れる音が背後から聞こえた。
…振り向いちゃいけない。意識してはいけない。彼女の信頼を裏切って…彼女にこれ以上、軽蔑されたくない。
…一晩。何もせず…ここに座っていればいいだけだ。
***
コン、コン、と硬い小さな音で俺は顔を上げた。振り向くと、光は布団の中で身じろぎひとつせず眠ってるようだ。立ち上がって耳を澄ますと、また、コン、コン、と音がした。玄関だ。もしかしたら誰かがホテルの人を呼んでくれたのかもしれない。俺は立ち上がり、念のためチェーンをかけて、ドアを開く。
ドアの前には、見知らぬ女性が立っていた。今時の若い女の子という感じの、大きなお団子頭の女の子。
「あ、こんばんは。」
女の子は俺がいることをわかっていたかのように微笑んで頭を下げた。
「私、光さんのマネージャーで、お荷物を届けに来たんですが…。」
「え…」
「光さん、もう眠っちゃいましたよね?」
俺は部屋を振り返り、頷く。
「…はい。」
「じゃあこれ、とりあえずいいですか?」
大きなバッグを差し出されて、俺は一度ドアを閉め、チェーンを外した。
「すみません。」
マネージャーは部屋の中に入ってきて、慣れた様子で荷物を置き、ベッドの光の様子を見る。
「あの、俺…」
どうしよう、ここにいる言い訳とか…したほうがいいよな、誤解されないように。えーっと…だから…そう、俺はたまたま近くに来ていて、光とは友達だから、ちょっと遊びに来て、それで…ドアが開かなくなって…。
…ん?そういえば…ドア、普通に開いたよな。どうして…
「…あの…ドア、どうやって開けたんですか?」
「え?」
俺の質問に、マネージャーは目を丸くした。
「ドア?普通に開きましたよ。」
「え…」
じゃあ…知らないうちに開けられてたのか?なんだ…。なら、早く出ればよかった。
「そうなんですか…俺、ここに来た時、ドアが開かなくなっちゃって。それでずっと閉じ込められてたんですけど…」
「そうだったんですか。建付けが悪いんですかね?」
マネージャーの暢気な感想に、思わず苦笑がこぼれる。
「建付け…そう、ですね。」
「開いてよかったですね。」
「はは…、はい。」
手持ち無沙汰になって、俺はドアに向かった。
「じゃあ…俺、帰ります。」
「あ、はい。光さんには朝伝えておきますね。」
「はい。」
お気をつけて、と手を振るマネージャーに頭を下げ、なんだかすっきりしないまま部屋を出ると、そこに俺のバッグが捨て置かれていた。スマホ…も、財布…も無事か。日本でよかった…。
ホテルを出て、時刻を確認する。もう終電もないし…どこか一晩過ごせる場所あるかな…。
っていうか…田中は結局何がしたかったんだ?俺、何もしなくても部屋出られたし…。田中が光の部屋の鍵を持っていたのも、今日たまたまマネージャーが来るのが遅かったのも謎だ。あれから田中からの連絡もないし…。
そう思ってスマホを開いて、ゾッとした。数刻前に届いていたSMS。その内容は…
『せっかく綺麗なままで手に入れるチャンスだったのに。』
俺は手が震えてスマホを落としそうになり、ホテルの方を振り返った。そして走り去る一台の黒い車を見て…何とも言えない嫌な予感に襲われて、思わず駆けだした。
疑うような、警戒するような光の両眼。その視線に、俺は胸の奥を抉られるような気持だった。
…どこから話せばいいんだろう。ただ…俺に光を陥れようとする気がないことは…俺は味方だという事だけは、信じていてほしい。
「俺…田中と会ってて…」
「田中って…田中茜?」
光の顔に不安が滲んだ。だめだ、軽蔑されてもいい…せめて、光を安心させないと。
「田中…、御幸先輩のことが今も好きで、だけどもう諦めたいからって…それで…相談に乗ってたんだ。」
「…なんで東条が?」
「…俺も同じだから。」
光は口を噤んだ。自分の腕を抱える左手の薬指には、シンプルな指輪が輝いている。
「それで…まあ、そういう流れになって、田中がここのホテルに部屋取ってるって言うから、一緒に来て…」
「……。」
「…で、この部屋に閉じ込められた。まさか…光がいるとは思わなかった。」
光は目を逸らすように伏せて黙り込んでいる。
あーあ…これで軽蔑されたな。そんな軽いやつなのかって…思われたに決まってる。もう、友達でいることもできないのか。最悪だ。
「…この部屋、一昨日からロケで、私が使ってる部屋なんだけど…」
「…え?」
「なんで田中さんは…この部屋を知ってるの?それに鍵も…」
にわかに緊張が走った。反射的にポケットに手を当てて、はっとする。
「あ…スマホ、バッグの中…」
そしてそのバッグは…田中が持って行った。
咄嗟に部屋の中を見渡し、ベッド脇の電話を掴む。受話器を耳に当て、ボタンを押す…しかし何の反応もない。ボタンを押しても音もなく、受話器から待機中の音すら聞こえない。
「…どうしたの?」
サイドテーブルを動かして電話線をたどる俺を、光はおずおずと覗き込む。
「線…切られてる。」
「え?」
俺が切れたコンセントを持ち上げてみせると、光は息を飲んだ。
「光、スマホは?」
「…ロケ中にマネージャーに預けて、まだ返してもらってない…。」
時計を見上げ、光はにわかに青ざめる。
「でも…いつも、8時頃には部屋に来て、荷物を返してくれるのに…」
今はもう10時近い。
光はドアに駆け寄って、ドアノブをひねる。
「無理だよ…外から固定されたっぽい。」
「……。」
光は神妙な顔になって部屋に戻ってくる。
「なんで…?」
ぽつりとつぶやいた彼女に…俺は言葉を絞り出した。
「田中は…光と御幸先輩を別れさせようとしてるんだ。」
「…なにそれ?」
「俺に…ドアを開けてほしかったら、窓の前でキスしろって言ってた。」
「え…」
「それって…多分、その写真を撮って売るつもりなんだろ。…浮気の証拠、とか言って」
「……。」
俺は部屋の奥へ行き、部屋の中を見渡す。
「とりあえず…カーテン全部閉めよう。部屋に二人でいるのだって、撮られたら困るだろ。」
「……うん。」
光は頷いて、カーテンを全て締め切った。それだけで、無機質な部屋の中は急に閉塞感を感じた。
「…どうしよう…」
光は呟いて、ベッドに腰掛け、俯く。
「…マネージャーとかスタッフは?このホテルにいないの?」
「ロケは今日までで…スタッフはもう引き上げたの。私とマネージャーは明日打ち合わせがあって残ったけど…。でもマネージャーは別のホテルだから…」
「でも、じゃあ、明日になればマネージャーが来るんだよな?」
「そうだと思うけど…でも、今日返しに来るはずの荷物もまだ返しに来てないし…」
「……。」
「もしかしたら…」
「もしかしたら?」
「……なんでもない。でも…来るかどうかわかんない。」
光はなんだか泣き出しそうになってため息を吐いた。
俺は部屋の中を見渡して、メモ帳とペンを手に取った。メモ紙を一枚切り離して、文字を書く。光は不思議そうに俺を見上げた。
「…何してるの?」
そう問う彼女にメモ紙を見せる。
HELP!という大きな文字の下、ドアが開かず閉じ込められています。電話も使えません。フロントに連絡をお願いします。と書いた紙。それを、ドアの下から廊下に滑り込ませる。
「きっと誰かが気づいてくれるよ。」
そう言って、本当にそうなってくれと願った。
「光はもう寝てなよ。今日も仕事だったんだろ?」
「…大丈夫」
身を守るように膝を抱えて座る光。俺は男で…彼女は女で、今、この部屋にはふたりだけで…。俺は、彼女にとって警戒の対象であることを思い知らされる。それがとてつもなく辛くて、苦しい。
「俺、何もしないから。」
「……。」
「光が嫌がることは…絶対しない。」
椅子の向きを変えて、ベッドに背を向けて座りなおした。光が俺の言葉をどう捉えたか…わからない。だけどしばらくして、布団の擦れる音が背後から聞こえた。
…振り向いちゃいけない。意識してはいけない。彼女の信頼を裏切って…彼女にこれ以上、軽蔑されたくない。
…一晩。何もせず…ここに座っていればいいだけだ。
***
コン、コン、と硬い小さな音で俺は顔を上げた。振り向くと、光は布団の中で身じろぎひとつせず眠ってるようだ。立ち上がって耳を澄ますと、また、コン、コン、と音がした。玄関だ。もしかしたら誰かがホテルの人を呼んでくれたのかもしれない。俺は立ち上がり、念のためチェーンをかけて、ドアを開く。
ドアの前には、見知らぬ女性が立っていた。今時の若い女の子という感じの、大きなお団子頭の女の子。
「あ、こんばんは。」
女の子は俺がいることをわかっていたかのように微笑んで頭を下げた。
「私、光さんのマネージャーで、お荷物を届けに来たんですが…。」
「え…」
「光さん、もう眠っちゃいましたよね?」
俺は部屋を振り返り、頷く。
「…はい。」
「じゃあこれ、とりあえずいいですか?」
大きなバッグを差し出されて、俺は一度ドアを閉め、チェーンを外した。
「すみません。」
マネージャーは部屋の中に入ってきて、慣れた様子で荷物を置き、ベッドの光の様子を見る。
「あの、俺…」
どうしよう、ここにいる言い訳とか…したほうがいいよな、誤解されないように。えーっと…だから…そう、俺はたまたま近くに来ていて、光とは友達だから、ちょっと遊びに来て、それで…ドアが開かなくなって…。
…ん?そういえば…ドア、普通に開いたよな。どうして…
「…あの…ドア、どうやって開けたんですか?」
「え?」
俺の質問に、マネージャーは目を丸くした。
「ドア?普通に開きましたよ。」
「え…」
じゃあ…知らないうちに開けられてたのか?なんだ…。なら、早く出ればよかった。
「そうなんですか…俺、ここに来た時、ドアが開かなくなっちゃって。それでずっと閉じ込められてたんですけど…」
「そうだったんですか。建付けが悪いんですかね?」
マネージャーの暢気な感想に、思わず苦笑がこぼれる。
「建付け…そう、ですね。」
「開いてよかったですね。」
「はは…、はい。」
手持ち無沙汰になって、俺はドアに向かった。
「じゃあ…俺、帰ります。」
「あ、はい。光さんには朝伝えておきますね。」
「はい。」
お気をつけて、と手を振るマネージャーに頭を下げ、なんだかすっきりしないまま部屋を出ると、そこに俺のバッグが捨て置かれていた。スマホ…も、財布…も無事か。日本でよかった…。
ホテルを出て、時刻を確認する。もう終電もないし…どこか一晩過ごせる場所あるかな…。
っていうか…田中は結局何がしたかったんだ?俺、何もしなくても部屋出られたし…。田中が光の部屋の鍵を持っていたのも、今日たまたまマネージャーが来るのが遅かったのも謎だ。あれから田中からの連絡もないし…。
そう思ってスマホを開いて、ゾッとした。数刻前に届いていたSMS。その内容は…
『せっかく綺麗なままで手に入れるチャンスだったのに。』
俺は手が震えてスマホを落としそうになり、ホテルの方を振り返った。そして走り去る一台の黒い車を見て…何とも言えない嫌な予感に襲われて、思わず駆けだした。