126
「最近いつも留守だと思ったら…ここにいたんですか?倉持さん」
翌朝、光を迎えに来た牧瀬が呆れたように言った。
「まーな」
「あんまり新婚さんの邪魔しちゃ悪いですよぉ」
「もっと言ってやって、牧瀬」
つーか…今日こそ絶対追い出すし。
牧瀬が来た途端にわかに賑やかになったリビングに、光があくびをしながらやってくる。
「おはようございます…」
むにゃむにゃと言って、洗面所へ向かう光。その姿を目で追う3人。洗面所のドアが閉まると、全員無言で前を向く。
「…はっ、可愛すぎて無言になってた…」
牧瀬が呟いた隣で、倉持も黙り込んでいる。くそー、寝起きの光…俺だけの特権だったのに…。
「牧瀬…、牧瀬!」
「はい?」
ちょいちょい、と牧瀬を手招きして、こっそりと言う。
「あのさ…うち倉持の奴がずっと入り浸ってるから…光は何も文句言わねーけど…お前、それとなく聞いてみてくれない?」
「聞くって…何をですか?」
「だから…倉持のことどう思ってるかだよ。」
「はあ…」
「お前になら本音言うだろ、あいつ。俺だとはぐらかされそうだから」
「えー、私光のこと騙せませんよ。」
「騙すって程のことじゃないだろ。ちょっと聞いてみてよ。」
「っていうか…もし光が倉持さんのこと迷惑じゃなかったら、このまま3人で住むつもりですか?」
「んなわけねーだろ、なんとしてでも今日こそは追い出すよ」
「ん〜…」
「頼んだぞ。」
洗面所のドアが開いたから、俺は話を切り上げてコーヒーを淹れる作業に戻る。
「司ぁ〜、今日なんだっけ?」
「あ、えっとね、10時からファッション誌の撮影、お昼挟んで午後はドラマの衣装の打ち合わせと、セリフ合わせ。」
「じゃあ…ワンピースでいっか」
まだ寝ぼけ眼のままのんびり寝室に戻っていく光。ほんっと…自分がいかに美人か自覚してねーんだよなコイツは…。
「まあ…聞くだけ聞いてみますけど、ホント早くなんとかしたほうがいいですよ。」
「え…やっぱそんなヤバい?」
「わかんないけど、光って不満を口に出さずに限界まで我慢してることがあるから…」
た…確かに。
「普通に考えて、新婚生活にずっと他人が入り浸ってるのって離婚考えるくらい嫌だし。」
「……。」
「でも他人っていうか…倉持さんだからなぁ〜…」
「え?」
牧瀬のその首をかしげた呟きに、にわかに肝が冷えた。
「ナニソレ…倉持だと違うの?」
「いや…まあ、他人ではないじゃないですか。」
「……。」
ずっと胸の奥にくすぶっていた思いがにじみ出る。
「ちなみに…さ。牧瀬から見て、光は倉持のこと、どう思ってると思う?」
「えぇ〜?それ私に聞きます?」
牧瀬は困ったように苦笑いをする。な…何だよその反応!
「お前に聞くのが一番確実だろーが…」
「何言ってんですか、本人に聞くのが一番確実で安全ですよ…もちろん酔ってる時ですよ。」
「だから…それは……わかんなかったんだよ。」
「え…」
ひぇ〜…、と牧瀬は変な笑みを浮かべ、可哀そうなものを見るような目で俺を見た。
「…まじですか?」
「いや…ちゃんと確かめたわけじゃねーけどな!?すぐ寝ちゃうし…」
「ん…んん…」
「おい、微妙な顔してねーでどうなのか早く言ってくれよ。」
「私から見て…そうですね…」
牧瀬は腕を組み、きちんと考えこむ。な…なんでそんなに悩むんだよ。
「まあ…もしも…もしもですよ?」
「? …おう」
「御幸さんがいなかったら…倉持さんと一緒になってたのかな〜…とは思いますよ。」
「え……」
「でも光って超一途だし!実際御幸さんを選んだんだから、そんな悩むことないですって!」
「お…おう」
ふ…不安だ〜〜〜…聞かなきゃよかったかな…
寝室のドアが開き、生成り色のニットワンピースに同系色のカーディガンを羽織り、チョコレート色のベルトで締めたコーディネートの光がやってくる。
「光、今日も可愛い〜!」
抱き着く牧瀬を宥めるようにはいはいと頷いて落ち着かせる光。女二人のそんな戯れを口を開けて眺める男二人。
「じゃあ、行ってきます。」
「行ってきま〜す」
おう、と手を上げて、二人を見送る。さて…今日こそは、倉持を出て行かせるぜ…。
***
「ただいま…」
「おー、お帰り…」
夕方になって光が帰ってくると、リビングにいる俺を見てきょとんとした。
「お帰り〜」
あと…まだソファにいる倉持も。
いや…一度は追い出したんだ、ホントに。なのに…こいつ、警備員のおっさんとすっかり仲良くなって、エントランスを実質自由に出入りできるようになりやがって…。
光は倉持にも俺にも特に何も言わず、ごく普通に寝室へ入っていった。
「おい…夕飯前には帰れよ。」
「これ読んだらな」
「お前な…」
そこへ鳴り響くインターフォン。モニターをつけると、奥村…今回は本当に奥村が立っていた。
「はい御幸」
『…奥村です。光を迎えに来ました』
「おう、今準備してるから、上がって来いよ」
開錠ボタンを押すと、奥村はロビーに入って行く。まもなくして玄関のインターフォンが鳴り、俺はドアを開く。
「どうぞ」
「…お邪魔します」
いや〜、やっぱ光臣と似てるわ…俺を睨む顔とかそっくり。
奥村はリビングに入ると、そこにいた倉持を見て足を止めた。
「…なぜ倉持先輩がここに?」
「ヒャハハ。おい、久々の先輩との再会に挨拶もなしかよ」
「……。」
奥村は疑わし気な目で俺を振り向く。まさか光に迷惑かけてないだろうな、と言うような目だ。
そのとき寝室のドアが開き、光が出てきた。ネイビーのワンピースに白いスプリングコートを合わせたお嬢様っぽいコーディネート。思えば奥村もネクタイまではしていないものの、ワイシャツにジャケットをきちんと着ているし、やっぱり別宅ってそれなりの豪邸なのだろうか…。
「あ…こうちゃん。」
光は奥村を見ると自然に微笑んだ。なんか、光のこういう笑顔見るの、久々な気がするな…。
「じゃあ…行ってきます。」
「ああ…気を付けて。」
ふたりを見送って、俺はまた倉持と対峙する。もう後がない。…そんな気がする。
***
夜になって、光は帰ってきた。ただいま、と言うと返事も待たずに寝室に入っていく。奥村も一緒に部屋まで入ってきて、リビングのソファでスヤスヤと眠る倉持を無言で見下ろしている。
「奥村…、」
声をかけると、奥村は無言のまま俺を見た。
「光臣との話って…」
何だったんだ?どうなったんだ?俺は聞いてもいい話なのか?
気になることがたくさんあったけど、それを聞く前に、奥村が口を開いた。
「それよりも…案じるべきことがあるんじゃないですか。」
「え?」
寝室の扉が開く。ラフなニットのワンピースにキャップをかぶった光が、ボストンバッグを提げていた。
「一也さん。」
光は怒っているでも笑っているでもない、ごくごく普通の顔で言った。
「私、しばらく司の所に行きますね。」
「…え?」
戸惑う俺を置いて、光は奥村と連れ立って部屋を出て行こうとする。
「ちょ…、ちょっと待て!」
その前の壁に手をついてなんとか引き留め、光を見下ろす。怒って…る?んだよな?じゃなきゃ、出て行くわけないし…。
「ごめん、光。本当にごめん。今すぐあいつ叩き起こして追い出す。だから…」
「一也さん、私、怒ってるわけじゃないですよ。」
「え…?」
いや…いやいやいや。怒ってるだろ、どう考えても。
「それに…不満とか、別れたいとか、そういうことも全然ないですから。」
「じゃあ…なんで」
「…しばらく…そうしたいんです。」
光は俺の頬に手を添え、背伸びをして、ちゅっ、と唇に軽く触れるキスをする。
「ちゃんと帰ってきますから。」
そう言い残し、光は本当に、ちょっとコンビニに行ってくるような顔で出て行った。
…またかよ…。何度愛想つかされてんだ、俺…。
真っ暗な玄関に一人座りこみ、俺は深いため息を吐き出した。
翌朝、光を迎えに来た牧瀬が呆れたように言った。
「まーな」
「あんまり新婚さんの邪魔しちゃ悪いですよぉ」
「もっと言ってやって、牧瀬」
つーか…今日こそ絶対追い出すし。
牧瀬が来た途端にわかに賑やかになったリビングに、光があくびをしながらやってくる。
「おはようございます…」
むにゃむにゃと言って、洗面所へ向かう光。その姿を目で追う3人。洗面所のドアが閉まると、全員無言で前を向く。
「…はっ、可愛すぎて無言になってた…」
牧瀬が呟いた隣で、倉持も黙り込んでいる。くそー、寝起きの光…俺だけの特権だったのに…。
「牧瀬…、牧瀬!」
「はい?」
ちょいちょい、と牧瀬を手招きして、こっそりと言う。
「あのさ…うち倉持の奴がずっと入り浸ってるから…光は何も文句言わねーけど…お前、それとなく聞いてみてくれない?」
「聞くって…何をですか?」
「だから…倉持のことどう思ってるかだよ。」
「はあ…」
「お前になら本音言うだろ、あいつ。俺だとはぐらかされそうだから」
「えー、私光のこと騙せませんよ。」
「騙すって程のことじゃないだろ。ちょっと聞いてみてよ。」
「っていうか…もし光が倉持さんのこと迷惑じゃなかったら、このまま3人で住むつもりですか?」
「んなわけねーだろ、なんとしてでも今日こそは追い出すよ」
「ん〜…」
「頼んだぞ。」
洗面所のドアが開いたから、俺は話を切り上げてコーヒーを淹れる作業に戻る。
「司ぁ〜、今日なんだっけ?」
「あ、えっとね、10時からファッション誌の撮影、お昼挟んで午後はドラマの衣装の打ち合わせと、セリフ合わせ。」
「じゃあ…ワンピースでいっか」
まだ寝ぼけ眼のままのんびり寝室に戻っていく光。ほんっと…自分がいかに美人か自覚してねーんだよなコイツは…。
「まあ…聞くだけ聞いてみますけど、ホント早くなんとかしたほうがいいですよ。」
「え…やっぱそんなヤバい?」
「わかんないけど、光って不満を口に出さずに限界まで我慢してることがあるから…」
た…確かに。
「普通に考えて、新婚生活にずっと他人が入り浸ってるのって離婚考えるくらい嫌だし。」
「……。」
「でも他人っていうか…倉持さんだからなぁ〜…」
「え?」
牧瀬のその首をかしげた呟きに、にわかに肝が冷えた。
「ナニソレ…倉持だと違うの?」
「いや…まあ、他人ではないじゃないですか。」
「……。」
ずっと胸の奥にくすぶっていた思いがにじみ出る。
「ちなみに…さ。牧瀬から見て、光は倉持のこと、どう思ってると思う?」
「えぇ〜?それ私に聞きます?」
牧瀬は困ったように苦笑いをする。な…何だよその反応!
「お前に聞くのが一番確実だろーが…」
「何言ってんですか、本人に聞くのが一番確実で安全ですよ…もちろん酔ってる時ですよ。」
「だから…それは……わかんなかったんだよ。」
「え…」
ひぇ〜…、と牧瀬は変な笑みを浮かべ、可哀そうなものを見るような目で俺を見た。
「…まじですか?」
「いや…ちゃんと確かめたわけじゃねーけどな!?すぐ寝ちゃうし…」
「ん…んん…」
「おい、微妙な顔してねーでどうなのか早く言ってくれよ。」
「私から見て…そうですね…」
牧瀬は腕を組み、きちんと考えこむ。な…なんでそんなに悩むんだよ。
「まあ…もしも…もしもですよ?」
「? …おう」
「御幸さんがいなかったら…倉持さんと一緒になってたのかな〜…とは思いますよ。」
「え……」
「でも光って超一途だし!実際御幸さんを選んだんだから、そんな悩むことないですって!」
「お…おう」
ふ…不安だ〜〜〜…聞かなきゃよかったかな…
寝室のドアが開き、生成り色のニットワンピースに同系色のカーディガンを羽織り、チョコレート色のベルトで締めたコーディネートの光がやってくる。
「光、今日も可愛い〜!」
抱き着く牧瀬を宥めるようにはいはいと頷いて落ち着かせる光。女二人のそんな戯れを口を開けて眺める男二人。
「じゃあ、行ってきます。」
「行ってきま〜す」
おう、と手を上げて、二人を見送る。さて…今日こそは、倉持を出て行かせるぜ…。
***
「ただいま…」
「おー、お帰り…」
夕方になって光が帰ってくると、リビングにいる俺を見てきょとんとした。
「お帰り〜」
あと…まだソファにいる倉持も。
いや…一度は追い出したんだ、ホントに。なのに…こいつ、警備員のおっさんとすっかり仲良くなって、エントランスを実質自由に出入りできるようになりやがって…。
光は倉持にも俺にも特に何も言わず、ごく普通に寝室へ入っていった。
「おい…夕飯前には帰れよ。」
「これ読んだらな」
「お前な…」
そこへ鳴り響くインターフォン。モニターをつけると、奥村…今回は本当に奥村が立っていた。
「はい御幸」
『…奥村です。光を迎えに来ました』
「おう、今準備してるから、上がって来いよ」
開錠ボタンを押すと、奥村はロビーに入って行く。まもなくして玄関のインターフォンが鳴り、俺はドアを開く。
「どうぞ」
「…お邪魔します」
いや〜、やっぱ光臣と似てるわ…俺を睨む顔とかそっくり。
奥村はリビングに入ると、そこにいた倉持を見て足を止めた。
「…なぜ倉持先輩がここに?」
「ヒャハハ。おい、久々の先輩との再会に挨拶もなしかよ」
「……。」
奥村は疑わし気な目で俺を振り向く。まさか光に迷惑かけてないだろうな、と言うような目だ。
そのとき寝室のドアが開き、光が出てきた。ネイビーのワンピースに白いスプリングコートを合わせたお嬢様っぽいコーディネート。思えば奥村もネクタイまではしていないものの、ワイシャツにジャケットをきちんと着ているし、やっぱり別宅ってそれなりの豪邸なのだろうか…。
「あ…こうちゃん。」
光は奥村を見ると自然に微笑んだ。なんか、光のこういう笑顔見るの、久々な気がするな…。
「じゃあ…行ってきます。」
「ああ…気を付けて。」
ふたりを見送って、俺はまた倉持と対峙する。もう後がない。…そんな気がする。
***
夜になって、光は帰ってきた。ただいま、と言うと返事も待たずに寝室に入っていく。奥村も一緒に部屋まで入ってきて、リビングのソファでスヤスヤと眠る倉持を無言で見下ろしている。
「奥村…、」
声をかけると、奥村は無言のまま俺を見た。
「光臣との話って…」
何だったんだ?どうなったんだ?俺は聞いてもいい話なのか?
気になることがたくさんあったけど、それを聞く前に、奥村が口を開いた。
「それよりも…案じるべきことがあるんじゃないですか。」
「え?」
寝室の扉が開く。ラフなニットのワンピースにキャップをかぶった光が、ボストンバッグを提げていた。
「一也さん。」
光は怒っているでも笑っているでもない、ごくごく普通の顔で言った。
「私、しばらく司の所に行きますね。」
「…え?」
戸惑う俺を置いて、光は奥村と連れ立って部屋を出て行こうとする。
「ちょ…、ちょっと待て!」
その前の壁に手をついてなんとか引き留め、光を見下ろす。怒って…る?んだよな?じゃなきゃ、出て行くわけないし…。
「ごめん、光。本当にごめん。今すぐあいつ叩き起こして追い出す。だから…」
「一也さん、私、怒ってるわけじゃないですよ。」
「え…?」
いや…いやいやいや。怒ってるだろ、どう考えても。
「それに…不満とか、別れたいとか、そういうことも全然ないですから。」
「じゃあ…なんで」
「…しばらく…そうしたいんです。」
光は俺の頬に手を添え、背伸びをして、ちゅっ、と唇に軽く触れるキスをする。
「ちゃんと帰ってきますから。」
そう言い残し、光は本当に、ちょっとコンビニに行ってくるような顔で出て行った。
…またかよ…。何度愛想つかされてんだ、俺…。
真っ暗な玄関に一人座りこみ、俺は深いため息を吐き出した。