「せっかく出て行ってやったのに、なんでお前がうちに来るんだよ。」

ソファで項垂れている御幸にビールを手渡す。御幸はそれを受け取って、口につけるとぐいっと傾けた。

「今日光泊りの仕事でいないんだもん」
「もんじゃねえ。可愛くねーんだよ」

俺は向かい側に胡坐をかいて座り、ビールを煽った。

「…倉持さあ」
「あ?」
「もし豪邸か俺か選べって言われたらどうする?」
「はあ?」
「しかも豪邸はいくつもあって、もろもろの財産付き」
「豪邸」
「……。」

意味も分からないまま即答すると、御幸は深いため息を吐いた。

「だよなー…」
「で、どういう意図の質問だよそれは」
「うーん…」

御幸は迷うように唸って、決意を固めるようにビールを喉に流し込んだ。

「…光の実家、すっっっ…げー、金持ちでさ」
「…すげーって、どんくらい?」
「世界中に家と別荘があって、しかも超豪邸。会社もいっぱい」
「…嘘だろ?」
「玉城グループで調べてみ」
「……。」

疑わしく御幸を睨みながら、スマホを手に検索画面を開く。…玉城グループ、ねえ。聞いたことねーけど…
……。……は?

「わかった?」

御幸の声が真っ白な頭の中に響いた。

「…お前これ、結婚前に知ったの?」
「プロポーズしてから…知った」
「……。」

…こいつも苦労してたんだな。

「で、なんで豪邸かお前か、って話になるわけ?」
「それがさー…」

御幸はため息交じりに、光の従弟の会社でのことや別宅でのことを話した。

「ふーん…」
「ふーんじゃねーよ。軽く流すな」
「別に流してねーよ。反応に困ってんだよ」
「…もうさぁ…俺を選んであんだけの財産捨てるって…映画かよ。頭追いつかねーわ…」
「まあ、いいんじゃね?」

俺が言うと、御幸はじろりと俺を見る。…他人事だと思いやがって、って顔してんな。

「だって光が選んだことだろ。それに、その従弟と結婚したところで光が幸せだとは思えねーし」
「…まあ…それは…確かに」
「じゃあいいじゃん」
「でもあの豪邸…実際見たらお前も動揺するって。引くレベル。それに帰り道、なんか光落ち込んでたし…」
「まあそんな奴らでも一応家族と縁切るわけだし、多少は凹むだろうけどよ。帰ってきてからの光はどうなんだよ。まだ元気ないの?」
「……。」

御幸は少し顔を赤くして俯いた。

「…めちゃくちゃ甘えてくる」
「死ね」
「いや、異常事態なんだって!光が甘えてくるとか!」
「…どんなふうに?」

頬杖をついて、聞いてみる。御幸はちょっと考え込んで、ぽつりぽつりと言った。

「…こう、座ってると…上に跨ってきて、キスしてきたり」
「あっそ。やっぱ死ね」
「……。」

…でも確かに、そんなことをする光は想像できない。…いいな。

「でも…実家にももう戻れなくなって、両親もいなくて、あいつのために遺るものも何もなくなって…」
「……。」
「本当に…頼れるところが、俺しかいなくなっちまって」
「……。」

俯く御幸の頭を眺める。そうか…そういうことだよな。光は実質身寄りがなくなったわけで…。本人は自立してるししっかり者だし御幸もいるし、心配はねーだろうけど…やっぱ不安だよな。御幸もさすがに気にするか…。

「なんか…ほんと…」
「……。」
「…全身全霊全てをかけて、俺を愛してくれてんだな〜って…」
「…オイオイオイちょっと待て」

何?と目を丸くする御幸。今のを何の邪気もなく考えてるとしたらコイツ相当鬼畜だぞ。

「何かお前の愛歪んでてコエーんだけど」
「は?」
「何が愛してくれてるだよ。人の苦労で喜んでんじゃねーよ」
「いや、喜んでねーよ!ただ…こう、責任を感じてんだよ。ずっしりと。」
「…今すげえ悪役みたいなセリフ吐いてたけど」
「言葉のあやだって!むしろ困惑してんだよ俺は」

本気で慌てだす御幸をひとしきり笑って、俺はビールを飲み干した。

「まあ、その点は心配いらねーだろ。」
「え?」
「頼る相手なら俺もいるし」
「……。」
「牧瀬もいるし」
「確かに。安心だわ」
「おい、俺の時点で納得しろよ」

今度は御幸が笑いだして、ビールを飲み干した。


***


夜になって夕飯を済ませると、御幸は立ち上がった。

「そろそろ帰るわ」
「泊まってけば?」
「いや、光が朝帰ってくるし」
「あーそーかよ」

さっさと帰れ、とケツを蹴飛ばして、俺も上着を取って財布をポケットに突っ込む。御幸が不思議そうにちらりと俺を見る。

「コンビニ。」

短く答えると、ふうんと納得したようにうなずいて、御幸は玄関に向かった。

ふたりで外階段を下りて、マンションの駐車場に出る。

「じゃあな」
「おう…」

手を挙げて別れを言った時、突然大きな人影が御幸の背後からものすごい勢いで走ってきて、御幸と俺にぶつかりそうになりながら逃げるように去っていった。

「…なに?あいつ」

頭を掻く御幸。

「なんか…お前の車のとこでなんかしてなかったか?」
「え〜〜?やめろよそういうの…」

ふたりで御幸の車に近寄る。街灯も遠い暗い駐車場内ではよく見えなかったが、パッと見たところ変わったところはなかった。

「…なんだ、何もないじゃん」

どこか自分に言い聞かせるように御幸が言って、車のカギを取り出す。

「じゃあな」

そう言って車に乗り込み、去っていく御幸を、俺はどこかすっきりしない気持ちで見送った。

 


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