133
「せっかく出て行ってやったのに、なんでお前がうちに来るんだよ。」
ソファで項垂れている御幸にビールを手渡す。御幸はそれを受け取って、口につけるとぐいっと傾けた。
「今日光泊りの仕事でいないんだもん」
「もんじゃねえ。可愛くねーんだよ」
俺は向かい側に胡坐をかいて座り、ビールを煽った。
「…倉持さあ」
「あ?」
「もし豪邸か俺か選べって言われたらどうする?」
「はあ?」
「しかも豪邸はいくつもあって、もろもろの財産付き」
「豪邸」
「……。」
意味も分からないまま即答すると、御幸は深いため息を吐いた。
「だよなー…」
「で、どういう意図の質問だよそれは」
「うーん…」
御幸は迷うように唸って、決意を固めるようにビールを喉に流し込んだ。
「…光の実家、すっっっ…げー、金持ちでさ」
「…すげーって、どんくらい?」
「世界中に家と別荘があって、しかも超豪邸。会社もいっぱい」
「…嘘だろ?」
「玉城グループで調べてみ」
「……。」
疑わしく御幸を睨みながら、スマホを手に検索画面を開く。…玉城グループ、ねえ。聞いたことねーけど…
……。……は?
「わかった?」
御幸の声が真っ白な頭の中に響いた。
「…お前これ、結婚前に知ったの?」
「プロポーズしてから…知った」
「……。」
…こいつも苦労してたんだな。
「で、なんで豪邸かお前か、って話になるわけ?」
「それがさー…」
御幸はため息交じりに、光の従弟の会社でのことや別宅でのことを話した。
「ふーん…」
「ふーんじゃねーよ。軽く流すな」
「別に流してねーよ。反応に困ってんだよ」
「…もうさぁ…俺を選んであんだけの財産捨てるって…映画かよ。頭追いつかねーわ…」
「まあ、いいんじゃね?」
俺が言うと、御幸はじろりと俺を見る。…他人事だと思いやがって、って顔してんな。
「だって光が選んだことだろ。それに、その従弟と結婚したところで光が幸せだとは思えねーし」
「…まあ…それは…確かに」
「じゃあいいじゃん」
「でもあの豪邸…実際見たらお前も動揺するって。引くレベル。それに帰り道、なんか光落ち込んでたし…」
「まあそんな奴らでも一応家族と縁切るわけだし、多少は凹むだろうけどよ。帰ってきてからの光はどうなんだよ。まだ元気ないの?」
「……。」
御幸は少し顔を赤くして俯いた。
「…めちゃくちゃ甘えてくる」
「死ね」
「いや、異常事態なんだって!光が甘えてくるとか!」
「…どんなふうに?」
頬杖をついて、聞いてみる。御幸はちょっと考え込んで、ぽつりぽつりと言った。
「…こう、座ってると…上に跨ってきて、キスしてきたり」
「あっそ。やっぱ死ね」
「……。」
…でも確かに、そんなことをする光は想像できない。…いいな。
「でも…実家にももう戻れなくなって、両親もいなくて、あいつのために遺るものも何もなくなって…」
「……。」
「本当に…頼れるところが、俺しかいなくなっちまって」
「……。」
俯く御幸の頭を眺める。そうか…そういうことだよな。光は実質身寄りがなくなったわけで…。本人は自立してるししっかり者だし御幸もいるし、心配はねーだろうけど…やっぱ不安だよな。御幸もさすがに気にするか…。
「なんか…ほんと…」
「……。」
「…全身全霊全てをかけて、俺を愛してくれてんだな〜って…」
「…オイオイオイちょっと待て」
何?と目を丸くする御幸。今のを何の邪気もなく考えてるとしたらコイツ相当鬼畜だぞ。
「何かお前の愛歪んでてコエーんだけど」
「は?」
「何が愛してくれてるだよ。人の苦労で喜んでんじゃねーよ」
「いや、喜んでねーよ!ただ…こう、責任を感じてんだよ。ずっしりと。」
「…今すげえ悪役みたいなセリフ吐いてたけど」
「言葉のあやだって!むしろ困惑してんだよ俺は」
本気で慌てだす御幸をひとしきり笑って、俺はビールを飲み干した。
「まあ、その点は心配いらねーだろ。」
「え?」
「頼る相手なら俺もいるし」
「……。」
「牧瀬もいるし」
「確かに。安心だわ」
「おい、俺の時点で納得しろよ」
今度は御幸が笑いだして、ビールを飲み干した。
***
夜になって夕飯を済ませると、御幸は立ち上がった。
「そろそろ帰るわ」
「泊まってけば?」
「いや、光が朝帰ってくるし」
「あーそーかよ」
さっさと帰れ、とケツを蹴飛ばして、俺も上着を取って財布をポケットに突っ込む。御幸が不思議そうにちらりと俺を見る。
「コンビニ。」
短く答えると、ふうんと納得したようにうなずいて、御幸は玄関に向かった。
ふたりで外階段を下りて、マンションの駐車場に出る。
「じゃあな」
「おう…」
手を挙げて別れを言った時、突然大きな人影が御幸の背後からものすごい勢いで走ってきて、御幸と俺にぶつかりそうになりながら逃げるように去っていった。
「…なに?あいつ」
頭を掻く御幸。
「なんか…お前の車のとこでなんかしてなかったか?」
「え〜〜?やめろよそういうの…」
ふたりで御幸の車に近寄る。街灯も遠い暗い駐車場内ではよく見えなかったが、パッと見たところ変わったところはなかった。
「…なんだ、何もないじゃん」
どこか自分に言い聞かせるように御幸が言って、車のカギを取り出す。
「じゃあな」
そう言って車に乗り込み、去っていく御幸を、俺はどこかすっきりしない気持ちで見送った。
ソファで項垂れている御幸にビールを手渡す。御幸はそれを受け取って、口につけるとぐいっと傾けた。
「今日光泊りの仕事でいないんだもん」
「もんじゃねえ。可愛くねーんだよ」
俺は向かい側に胡坐をかいて座り、ビールを煽った。
「…倉持さあ」
「あ?」
「もし豪邸か俺か選べって言われたらどうする?」
「はあ?」
「しかも豪邸はいくつもあって、もろもろの財産付き」
「豪邸」
「……。」
意味も分からないまま即答すると、御幸は深いため息を吐いた。
「だよなー…」
「で、どういう意図の質問だよそれは」
「うーん…」
御幸は迷うように唸って、決意を固めるようにビールを喉に流し込んだ。
「…光の実家、すっっっ…げー、金持ちでさ」
「…すげーって、どんくらい?」
「世界中に家と別荘があって、しかも超豪邸。会社もいっぱい」
「…嘘だろ?」
「玉城グループで調べてみ」
「……。」
疑わしく御幸を睨みながら、スマホを手に検索画面を開く。…玉城グループ、ねえ。聞いたことねーけど…
……。……は?
「わかった?」
御幸の声が真っ白な頭の中に響いた。
「…お前これ、結婚前に知ったの?」
「プロポーズしてから…知った」
「……。」
…こいつも苦労してたんだな。
「で、なんで豪邸かお前か、って話になるわけ?」
「それがさー…」
御幸はため息交じりに、光の従弟の会社でのことや別宅でのことを話した。
「ふーん…」
「ふーんじゃねーよ。軽く流すな」
「別に流してねーよ。反応に困ってんだよ」
「…もうさぁ…俺を選んであんだけの財産捨てるって…映画かよ。頭追いつかねーわ…」
「まあ、いいんじゃね?」
俺が言うと、御幸はじろりと俺を見る。…他人事だと思いやがって、って顔してんな。
「だって光が選んだことだろ。それに、その従弟と結婚したところで光が幸せだとは思えねーし」
「…まあ…それは…確かに」
「じゃあいいじゃん」
「でもあの豪邸…実際見たらお前も動揺するって。引くレベル。それに帰り道、なんか光落ち込んでたし…」
「まあそんな奴らでも一応家族と縁切るわけだし、多少は凹むだろうけどよ。帰ってきてからの光はどうなんだよ。まだ元気ないの?」
「……。」
御幸は少し顔を赤くして俯いた。
「…めちゃくちゃ甘えてくる」
「死ね」
「いや、異常事態なんだって!光が甘えてくるとか!」
「…どんなふうに?」
頬杖をついて、聞いてみる。御幸はちょっと考え込んで、ぽつりぽつりと言った。
「…こう、座ってると…上に跨ってきて、キスしてきたり」
「あっそ。やっぱ死ね」
「……。」
…でも確かに、そんなことをする光は想像できない。…いいな。
「でも…実家にももう戻れなくなって、両親もいなくて、あいつのために遺るものも何もなくなって…」
「……。」
「本当に…頼れるところが、俺しかいなくなっちまって」
「……。」
俯く御幸の頭を眺める。そうか…そういうことだよな。光は実質身寄りがなくなったわけで…。本人は自立してるししっかり者だし御幸もいるし、心配はねーだろうけど…やっぱ不安だよな。御幸もさすがに気にするか…。
「なんか…ほんと…」
「……。」
「…全身全霊全てをかけて、俺を愛してくれてんだな〜って…」
「…オイオイオイちょっと待て」
何?と目を丸くする御幸。今のを何の邪気もなく考えてるとしたらコイツ相当鬼畜だぞ。
「何かお前の愛歪んでてコエーんだけど」
「は?」
「何が愛してくれてるだよ。人の苦労で喜んでんじゃねーよ」
「いや、喜んでねーよ!ただ…こう、責任を感じてんだよ。ずっしりと。」
「…今すげえ悪役みたいなセリフ吐いてたけど」
「言葉のあやだって!むしろ困惑してんだよ俺は」
本気で慌てだす御幸をひとしきり笑って、俺はビールを飲み干した。
「まあ、その点は心配いらねーだろ。」
「え?」
「頼る相手なら俺もいるし」
「……。」
「牧瀬もいるし」
「確かに。安心だわ」
「おい、俺の時点で納得しろよ」
今度は御幸が笑いだして、ビールを飲み干した。
***
夜になって夕飯を済ませると、御幸は立ち上がった。
「そろそろ帰るわ」
「泊まってけば?」
「いや、光が朝帰ってくるし」
「あーそーかよ」
さっさと帰れ、とケツを蹴飛ばして、俺も上着を取って財布をポケットに突っ込む。御幸が不思議そうにちらりと俺を見る。
「コンビニ。」
短く答えると、ふうんと納得したようにうなずいて、御幸は玄関に向かった。
ふたりで外階段を下りて、マンションの駐車場に出る。
「じゃあな」
「おう…」
手を挙げて別れを言った時、突然大きな人影が御幸の背後からものすごい勢いで走ってきて、御幸と俺にぶつかりそうになりながら逃げるように去っていった。
「…なに?あいつ」
頭を掻く御幸。
「なんか…お前の車のとこでなんかしてなかったか?」
「え〜〜?やめろよそういうの…」
ふたりで御幸の車に近寄る。街灯も遠い暗い駐車場内ではよく見えなかったが、パッと見たところ変わったところはなかった。
「…なんだ、何もないじゃん」
どこか自分に言い聞かせるように御幸が言って、車のカギを取り出す。
「じゃあな」
そう言って車に乗り込み、去っていく御幸を、俺はどこかすっきりしない気持ちで見送った。