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駅前の道を歩いていると、突然腕を掴まれて驚く。俺に腕を絡ませてきたその子は、黒いキャップを被りマスクまでしているのに、そのスタイルの良さと覗き見える容貌からかなりの美人だとわかる女の子で、また驚く。
一体何が起こっているのか混乱する俺を指さして、女の子は後ろを振り向いて言った。
「私の夫です。」
…え!?
彼女の後ろにいた男は俺を見上げると、悔しい顔をして去っていった。
「…ごめん、いきなり。」
女の子が腕を離す。
「あ、いや…」
混乱する俺を見上げて、女の子は少し笑いながらマスクをずらした。
「私だよ、私。」
「あ…光!?」
「今の人…結婚してますって言ってるのにしつこくて」
ごめんね、と手を合わせる彼女を前に、罪悪感が押し寄せる。
あの件…謝るなら今しかないだろ。謝ったところで、軽蔑されることに変わりはないけど…。
「あのさ、光…この間のこと…」
「ん?」
光はきょとんとして俺を見上げる。全く何のことかわからない、って顔をして。
「…田中のこと…」
名前を出すと、ああ、と光は思い出したように相槌を打った。
「ごめん、俺…」
そこまで言いかけて、言葉に詰まった。
一体何を謝ってるんだろう?…田中とそういう仲になろうとしたこと?光は俺の恋人でも…想い合っているわけでもないのに?そんなことで謝るなんて、俺…うぬぼれてるんじゃないのか?いや、でも…嫌な思いをさせたんだから、謝るくらい…普通、だよな?
「なんだ、そんなこと。」
光は明るい声で言った。
「私全然気にしてないから。」
にこりと笑って、本当に気にも留めていない様子で言って、光は足を速める。
「ごめん、急いでるから先行くね。」
ちょっとだけ手を振って、光は急ぎ足で駅へと入っていく。
…全然気にしてない、か。それはそれで…ちょっと、ショック…かも。
――私の夫です。
「…あー、もう…ずるい」
忘れようとしても、忘れさせてくれなくて…
彼女にとって俺って何なんだろう。ただの都合のいい存在?近いけど遠い。気を許してくれてるけど、心は開いてくれない。御幸先輩は…一体どんな魔法を使ったんだろう、とすら考える。
そして俺も…どうしたいんだろう、と思う。彼女のことを今も想っているけど、恋人になりたいとか…まして、結婚したいなどとは到底願えない。それには彼女が、あまりにも…尊くて、遠すぎて。だけど、かすかに繋がっている部分を、決して手放さないようにもがいてる。
俺は…この気持ちに、どう整理をつければいいんだろう。
踏み出す一歩の先が、わからない。
***
沢村の家に着くと、そこは既に宴会場のように盛り上がっていた。
「あっ!東条くーん!ほらほら座って!飲んで飲んで!」
「牧瀬…」
沢村と飲み比べをしていたらしい牧瀬が上機嫌で手招きする。
「今日私すごいもの持って来たんだから〜」
「え?何?」
牧瀬は沢村の手から本のようなものを奪い取って俺に差し出した。
「あっ牧瀬!俺まだ最後まで見てねーっつーの!」
「まあまあまあいーじゃんいーじゃん。ほら東条君!」
「う、うん…何?これ」
受け取った物を見て、息をのむ。
影の中、木漏れ日に目を細める光の顔。その黒い影の中に、反射、という曲線的な文字が白く浮かび上がっている。
「光のセカンド写真集!すごい綺麗でしょ〜!」
「おい東条見るなら早くしろ!そして俺に返せ!」
「ファーストよりたくさん発行したのに、もう、すぐに売り切れちゃって。今増販中だけど、予約も殺到してて…すごいんだから。」
「そ、そんなに…」
「一人で何十冊も買っていく人もいるしね〜。購入部数の規制かけるべきだったかなって、社長とも話してるとこ。」
すごいな…。
ページを捲ると、海岸で藍色のスカートを靡かせて夕焼けを眺める光、薄暗い森の中に立つ光、花弁が浮かぶ水の中に浮かぶ光…。
「今回はすごい有名な写真家の人が撮ってくれてね、芸術的評価?もすごく高いんだって。」
「何で疑問形?」
信二が突っ込みながら焼酎を舐める。
「私そういうのよくわかんないんだもん。綺麗なのは間違いないけどさ」
「舞台女優のセリフかよ…」
「でも、牧瀬さんらしいよ。」
「小湊君、それ褒めてないよね。」
ピロリロン、ピロリロン、と電子音が鳴って、牧瀬がポケットに手を入れた。
「あ、ごめん電話だ」
牧瀬はスマホを耳に当てながらベランダへ向かった。
「大忙しだな」
「牧瀬さん、マネージャーになったんだよね。」
「まあ天職かもなー。」
そんなことを話していると、牧瀬が訝しげな顔をして部屋に戻ってきた。
「随分早いじゃん」
信二が声をかけると、牧瀬はソファに座って首を傾げる。
「無言電話だった。」
「は?いたずら?」
「よくあるの?」
信二と小湊の問いに、牧瀬は首を振る。
「初めてだよこんなの。」
「電波が悪かったとかじゃなくて?」
「ううん…なんか、息遣いが聞こえた」
「え!?きもちわりー」
「変質者…?」
牧瀬は腕を抱えて眉を顰める。
「あー、思い出したら気持ち悪い」
「ストーカーとかじゃねーの?」
「えー?ないない」
「無自覚が一番あぶねえんだぞ」
信二に諭されて、さすがの牧瀬も気味悪げに黙り込んだ。
「まー気をつけろよ。お前も一応女なんだから」
「そうだよ。意外と美人だし」
「こう見えて結構モテるしね。」
「ちょっとあんたたち、私のこと何だと思ってんの」
どっと笑いが起きて、各々新しくビール缶を開ける。
そうして酒を飲み語り合っているうちに、気味の悪い電話のことを皆すっかり忘れてしまうのだった。
一体何が起こっているのか混乱する俺を指さして、女の子は後ろを振り向いて言った。
「私の夫です。」
…え!?
彼女の後ろにいた男は俺を見上げると、悔しい顔をして去っていった。
「…ごめん、いきなり。」
女の子が腕を離す。
「あ、いや…」
混乱する俺を見上げて、女の子は少し笑いながらマスクをずらした。
「私だよ、私。」
「あ…光!?」
「今の人…結婚してますって言ってるのにしつこくて」
ごめんね、と手を合わせる彼女を前に、罪悪感が押し寄せる。
あの件…謝るなら今しかないだろ。謝ったところで、軽蔑されることに変わりはないけど…。
「あのさ、光…この間のこと…」
「ん?」
光はきょとんとして俺を見上げる。全く何のことかわからない、って顔をして。
「…田中のこと…」
名前を出すと、ああ、と光は思い出したように相槌を打った。
「ごめん、俺…」
そこまで言いかけて、言葉に詰まった。
一体何を謝ってるんだろう?…田中とそういう仲になろうとしたこと?光は俺の恋人でも…想い合っているわけでもないのに?そんなことで謝るなんて、俺…うぬぼれてるんじゃないのか?いや、でも…嫌な思いをさせたんだから、謝るくらい…普通、だよな?
「なんだ、そんなこと。」
光は明るい声で言った。
「私全然気にしてないから。」
にこりと笑って、本当に気にも留めていない様子で言って、光は足を速める。
「ごめん、急いでるから先行くね。」
ちょっとだけ手を振って、光は急ぎ足で駅へと入っていく。
…全然気にしてない、か。それはそれで…ちょっと、ショック…かも。
――私の夫です。
「…あー、もう…ずるい」
忘れようとしても、忘れさせてくれなくて…
彼女にとって俺って何なんだろう。ただの都合のいい存在?近いけど遠い。気を許してくれてるけど、心は開いてくれない。御幸先輩は…一体どんな魔法を使ったんだろう、とすら考える。
そして俺も…どうしたいんだろう、と思う。彼女のことを今も想っているけど、恋人になりたいとか…まして、結婚したいなどとは到底願えない。それには彼女が、あまりにも…尊くて、遠すぎて。だけど、かすかに繋がっている部分を、決して手放さないようにもがいてる。
俺は…この気持ちに、どう整理をつければいいんだろう。
踏み出す一歩の先が、わからない。
***
沢村の家に着くと、そこは既に宴会場のように盛り上がっていた。
「あっ!東条くーん!ほらほら座って!飲んで飲んで!」
「牧瀬…」
沢村と飲み比べをしていたらしい牧瀬が上機嫌で手招きする。
「今日私すごいもの持って来たんだから〜」
「え?何?」
牧瀬は沢村の手から本のようなものを奪い取って俺に差し出した。
「あっ牧瀬!俺まだ最後まで見てねーっつーの!」
「まあまあまあいーじゃんいーじゃん。ほら東条君!」
「う、うん…何?これ」
受け取った物を見て、息をのむ。
影の中、木漏れ日に目を細める光の顔。その黒い影の中に、反射、という曲線的な文字が白く浮かび上がっている。
「光のセカンド写真集!すごい綺麗でしょ〜!」
「おい東条見るなら早くしろ!そして俺に返せ!」
「ファーストよりたくさん発行したのに、もう、すぐに売り切れちゃって。今増販中だけど、予約も殺到してて…すごいんだから。」
「そ、そんなに…」
「一人で何十冊も買っていく人もいるしね〜。購入部数の規制かけるべきだったかなって、社長とも話してるとこ。」
すごいな…。
ページを捲ると、海岸で藍色のスカートを靡かせて夕焼けを眺める光、薄暗い森の中に立つ光、花弁が浮かぶ水の中に浮かぶ光…。
「今回はすごい有名な写真家の人が撮ってくれてね、芸術的評価?もすごく高いんだって。」
「何で疑問形?」
信二が突っ込みながら焼酎を舐める。
「私そういうのよくわかんないんだもん。綺麗なのは間違いないけどさ」
「舞台女優のセリフかよ…」
「でも、牧瀬さんらしいよ。」
「小湊君、それ褒めてないよね。」
ピロリロン、ピロリロン、と電子音が鳴って、牧瀬がポケットに手を入れた。
「あ、ごめん電話だ」
牧瀬はスマホを耳に当てながらベランダへ向かった。
「大忙しだな」
「牧瀬さん、マネージャーになったんだよね。」
「まあ天職かもなー。」
そんなことを話していると、牧瀬が訝しげな顔をして部屋に戻ってきた。
「随分早いじゃん」
信二が声をかけると、牧瀬はソファに座って首を傾げる。
「無言電話だった。」
「は?いたずら?」
「よくあるの?」
信二と小湊の問いに、牧瀬は首を振る。
「初めてだよこんなの。」
「電波が悪かったとかじゃなくて?」
「ううん…なんか、息遣いが聞こえた」
「え!?きもちわりー」
「変質者…?」
牧瀬は腕を抱えて眉を顰める。
「あー、思い出したら気持ち悪い」
「ストーカーとかじゃねーの?」
「えー?ないない」
「無自覚が一番あぶねえんだぞ」
信二に諭されて、さすがの牧瀬も気味悪げに黙り込んだ。
「まー気をつけろよ。お前も一応女なんだから」
「そうだよ。意外と美人だし」
「こう見えて結構モテるしね。」
「ちょっとあんたたち、私のこと何だと思ってんの」
どっと笑いが起きて、各々新しくビール缶を開ける。
そうして酒を飲み語り合っているうちに、気味の悪い電話のことを皆すっかり忘れてしまうのだった。