朝。また現れた珍客に目を丸くする。モニターに映る光臣の仏頂面。…光はまだ寝てるし、どうすっかな…。

「…はい。御用件は?」

マイクに向かって小声で問うと、光臣ははっとしてマイクに顔を近づけた。

『少し話がしたい。』
「光と?」
『どちらでも構わない。』

…お?意外。

「じゃあ今そっち行くから、ちょっと待っててくれ。」
『わかった。』

話って何だろう。首を傾げながらエレベーターに乗り、エントランスへ向かう。
外に出ると強風の中、光臣が立っていた。そういや、ニュースで春一番がどうとか言ってたっけ…。今日の練習は室内かな。

「うわ、すげえ風。中入れよ。」
「…いいのか?」
「ロビーで話そうぜ。光寝てるから部屋に入れらんねーけど」
「構わない。」

やっぱりこいつ、随分謙虚になったな。なんだかおもしろくなりながらロビーの入り口に向かい合って立つ。

「で、話って?」

そう切り出すと、光臣は神妙な顔をして口を開いた。

「…光が昔住んでいた…」
「?」
「小学生の頃と、高校1年の夏から卒業までの間住んでいたあの家だが…」
「ああ…」

哲さんちの向かいのあの家か。

「祖父名義だったものを、俺が日本へ来たときに他の日本の不動産と一緒に引き継いだんだが。」
「あぁ…そう。」

相変わらず話の規模がデカくて反応に困るぜ。

「昨日、警察から連絡が来て…」
「警察?」
「何者かが、窓を割って中に侵入したらしい。」
「……。」

哲さんの話が蘇った。

「聞き込みによると、近所では不審者情報が出ていたらしい。警察もそいつが怪しいと言っていて、今警察が捜査し、顧問弁護士にも相談している。」
「…それで?」
「もう家財も残っていない空き家ではあるが、もともと光が住んでいた家だろう。一応、知らせておいた方が良いと思って。」
「……。」
「それから…警察から、高校生の頃のストーカー被害についても聞いた。警察はそっちの関連も疑ってるらしい。そっちの調べは、向かいの家の…結城という人が協力してくれているらしい。…知り合いか?」
「あ…うん。そこの兄弟が高校の時野球部で…」
「そうか。」

ふっと、光臣は遠い目をした。

「…光は…助けてくれる友人がたくさんいるんだな。」
「……。」

その、どこか安堵するような、けれどうらやむような横顔を、俺は閉口して見つめる。

「お前…随分変わったなぁ。」
「え?」

光臣は目を丸くして俺を見た。なんだ、そんな顔もできるんじゃねーか。

「俺は……」
「……?」
「…俺は…自分の過ちに、気付いた。今更だし…全てではないかもしれないが。でも…光にかけた言葉を…今は後悔している。」
「……。」
「あの傷のこと…母親のこと、父親のこと。周りの大人の言う事を鵜呑みにして、光のことを蔑んで当然だと…どうしてなのか…あの当時は何の疑いもなく、思っていた。もちろん、そんなことは何の言い訳にもならないが…」
「……。」
「光は俺を嫌って…許せなくて、当然だと思う。だけど俺は…今の俺は、彼女のことを強い、美しい、尊敬に値する人間だと思うし…彼女の助けになるなら、なんだってしたい。それは本心だ。」

ふーん…こいつ、本当に変わったんだな…。

「…ま、いいんじゃねぇ?それで。今後どうなるかは、光の気持ち次第だけど…それはあいつにも決められない。」
「ああ。…ありがとう。」

思わぬ言葉が光臣の口から飛び出て、俺は目を丸くした。

「はっはっは、お前に礼を言われるとはな〜」
「…どういう意味だ?」
「いやだって、顔合わせの時お前、俺のことめちゃくちゃ睨んでたじゃん」
「あ…あれは…!」

必死になる光臣を面白がりつつあしらって、郵便受けを開ける。直後、パサッ、と軽い音がして、何かが落ちた。笑いながらそれを拾い上げると、それは細長くぴろんと延びる。

「……。」
「……。」

俺も光臣も言葉を失ってそれを見た。
…未開封の、数枚繋がった、ピンク色のコンドーム。咄嗟にぐしゃぐしゃに丸めて、傍のゴミ箱に放りいれる。

「なんだこれ…いたずらか?」
「…よくあるのか?」
「あるわけねーだろ。……あ、でも…」

蘇る、最近起こった数々の不審な出来事。思い起こしてみると…些細なことまで不穏に感じ始める。

「…どうかしたか?」
「…そういや最近…変な事がちょくちょくある」
「例えば?」
「マンション中の郵便受けに、変なおもちゃが入れられてたり…」
「おもちゃ?」
「うちにはウサギの置物。管理人に言ったら、他の部屋にも来てたって」
「……他には?」
「あとは不審車両…黒い軽自動車がマンションの前によく停まってた。思えば…前俺の車のあとをつけてきた車と同じかもしれない」
「他には?」

光臣は高価そうな革の手帳を開き、ペンを走らせ始めた。こういうところ、めちゃくちゃ仕事できそうだなこいつ…。

「あ…うちに来た宅配業者…。」
「宅配業者?どこの?」
「さあ。黒い作業着で…特に社名は言ってなかった。」
「顔は?」
「帽子と眼鏡とマスクでよく見えなかった。」
「何を届けに来た?」
「このくらいの小包を持ってたけど…部屋を間違えたっつって渡さずに帰って行ったよ。」
「…他に不審な点は?」

光臣は鋭い眼光で聴き、ペンを走らせる。段々光臣が刑事みたいに見えてきた。

「…サインでいいかっつったら、判子じゃないとダメって言われて…部屋に判子を取りに戻って、また玄関に行った途端に慌てて帰って行った」
「……わかった。」

光臣はペンを止め、手帳を閉じる。

「念のため、家の侵入者について任せているうちの顧問弁護士に話す。何か進展があったら連絡する。連絡先を教えてくれるか?」
「あぁ…。」

光臣と電話番号を交換し、妙なことになったなと考える。

「では…今日はこれで失礼する。」

光臣はそう言って、吹き荒れる春の嵐の中、帰って行った。

 


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