廊下で珍しい光景を見た。

窓辺に二人壁にもたれて並んで立って、何かを話しこんでいる玉城と御幸先輩。ふたりの表情はどこか微笑を浮かべ、時々笑い声が聞こえてくる。
背中に陽を浴びてふたりの髪はキラキラと光っていて、その光景はとても綺麗で、まるで、2人だけの世界だった。

「あれ…玉城さんといるの、御幸先輩じゃね?」

信二も気が付いたようで、意外そうに言う。

「ああ…うん。」

俺は胸がざわついたまま、曖昧な返事をする。

「…何、話してんだろうな。」

仲良さそうだな、とか、付き合ってんのかな、とか言わない辺り、信二はきっと俺に気を使ったんだと思う。
そんなことを考えながら、見つめすぎたのかもしれない。ふと玉城が俺に気付いて、慌てたように姿勢を正した。そのとき、見えてしまったんだ。ふたりの背に隠れて見えなかったお互いの手が、それまで繋がれていたかのように、不自然に離れた瞬間を。

玉城は御幸先輩に一言二言声をかけて、俺の方へ歩いてきた。御幸先輩ものんびりと階段の方へ向かって歩いて行く。

「と…東条。ごめん、それ、日誌だよね?すぐ書くね。」
「あ…、うん。」

どこか遠い景色を見るような気持ちで、玉城に日誌を奪われる。

「東条、俺、先行ってるな。」

気を利かせたのか、この場から離れたかったのか、信二はそう言い残して昇降口へ行ってしまった。俺はやり残した仕事をするために、玉城に続いて教室へと入った。今日、俺と玉城は日直なのだ。

「えーと…今日の体育、男子何だった?」
「え、ああ、えっと、野球。」
「へー、男子は野球なんだ…。じゃ、東条、大活躍だったんじゃない?」

玉城は面白おかしく言いながら、日誌の体育と書かれた隣の欄に、女子:テニス、男子:野球…と記入していく。綺麗な整った字が並んでいくのを、俺はぼうっと眺めながら、頭の隅でさっきの光景を思い出していた。

「…御幸先輩と付き合ってんの?」

気が付けば、そんなことを訊いていた。
玉城は驚いたように、けれど覚悟していたような顔で、俺を見上げた。

「…うん、昨日から」

秋の夕焼けに照らされて、オレンジ色にひかる唇が動いた。

そうなんだ、と乾いた声を絞り出した。けれど頭の中は真っ白で、それをきちんと口に出せたかはわからなかった。

付き合ってる。昨日から。…告白したんだ。…どっちから?いや…関係ないか。お互い、好きだから、付き合ったんだ。
…お互い…好きだから。

「誰にも言わないでね。」

玉城はそう照れくさそうに笑って、日誌の感想欄をそつなく埋めると、分厚いファイルを閉じた。

「東条、練習あるんでしょ…もう行っていいよ。私、これ提出しておくから。」

誰もいない教室に、玉城の声が響く。誰もいない教室に…。
…俺と玉城の二人きり。…今しかないんじゃないか?俺の気持ちを伝えるのは…。
いや、だけど…伝えてどうなる?もう、玉城の特別な人は、決まっているのに。
でも…伝えなかったら…俺はそれでいいのか?前に進めるのか?玉城は目の前にいて、俺のことは、ただのクラスメイトだと思っていて…だけど…俺がもし、気持ちを伝えたら…玉城の中で、俺はほんの少しだけでも、特別になれるんじゃないのか…?

「……玉城!」

スクールバッグを提げて教室を出ていこうとする玉城に、俺は慌てて声をかける。
玉城は、まさか俺がこれから口にすることなど想像もしていない顔で振り向いた。

「ん?」

首をかしげる玉城の、真ん丸な瞳をじっと見つめると、さすがの玉城も少し怯んだように微笑んだ。

「…どうしたの?」

今、玉城から、俺はどんなふうに見えているんだろう。
きっと、顔は真っ赤で、ダサくて、必死で…この逆光で、それがばれていなければいいけど。

「…俺さ…」

言葉を頭の中で反復しながら口を開く。うまく息が吸えなくて、苦しい。緊張するとこんなふうになるのか。試合の時よりも、苦しい。それはきっと、もう、答えはわかりきっているから。

「俺も…玉城のこと、好きだった」

え、と玉城の口が小さく開いた。驚いている。俺の気持ちを、本当に、これっぽっちも想像していなかったような顔で。結構、バレバレだと思ってたんだけどな。まして、何人にも告られてる玉城のことだから、わかっててはぐらかされてるのかも、なんて思ったりもした。だけど、本当に…知らなかったのか。
俺に興味がなかった?それとも、ものすごく鈍感なのか?
玉城は視線を落として、困惑したように眉を下げた。

「えっと…」

そうだよな、なんて言ったらいいかわからないよな。もしかしたら、伝えない方が良かったのかもしれない。

「いや、わかってる、御幸先輩と付き合ってるんだろ。何も言わなくていいから。」
「……。」
「ただ、言いたかっただけだから」

ただ、困らせるだけの結果になってしまったけど。
俺はバッグを引っ掴んで、玉城と反対側の入り口に向かった。

「……じゃあ」

俺は逃げるように教室を出た。玉城の顔を見る勇気なんてなかった。
ああ、もう、明日からは、今まで通り玉城と話せなくなるのか。クラスの男の中で、俺が一番、あいつと仲が良かったのに…。
俺が一番…。

「…近かったのになぁ…。」

すれ違う人から顔を背けながら、足早に校舎を去る。
どうすればよかったんだろう。わからない。
ずるいな…御幸先輩。出会ったのは…仲良くなったのは、俺の方が、先だったのに。

大きくため息を吐いて、秋の空を仰ぐ。雲一つないそれは、熱い目頭をチクチクと刺激した。



***



「いでッ!」

賑やかな食堂に、突如、御幸先輩の悲鳴が上がる。数名の部員が反射的に注目する中、御幸先輩は気にもしていないいつもののんびりとした様子で頭を擦りながら、隣の倉持先輩を睨んだ。

「おい…お前なぁ、青道の大事な頭脳を…」
「アァ!?これが殴らずにいられるか!!」

「また喧嘩?相変わらず仲良いね。」

ニコニコと楽しげに会話に入る小湊先輩。倉持先輩は興奮気味にまくしたてる。

「聞いてくださいよ亮さん!!こいつ彼女できたんスよ!!」
「へぇ…?」

小湊先輩の顔に影が差した。こ、こえぇ…。倉持先輩の声を聞きつけた他の先輩たちも集まってくる。

「んだとゴルァ!!相手は誰だコノヤロー!」
「い…いや純さん、それは…相手にも迷惑かけちゃうんで…」
「なにそれ?俺たちが何かするとでも思ってるの?御幸、お前、キャプテンになった途端調子のってない?」
「いやー、はっはっは…」

御幸先輩はしどろもどろになって、もくもくと誤魔化すようにご飯を口に運んでいる。

「御幸先輩の彼女…って」

信二が俺を窺うように呟く。俺は、かろうじて曖昧な笑みを浮かべたけど、目の奥が震えてしまって、顔を伏せた。
そうか、と呟いた信二の声が、いやに優しく聴こえた。

「なにぃ!?御幸先輩に彼女だと!!キャップになった途端ちょ〜〜〜っとたるんでるんじゃないッスかねぇ!?」
「沢村うるっせえんだよ!!黙って飯食ってろ!!」

騒ぎ出した沢村を、信二が叱り飛ばす。先輩らのヤジを受けながら席に戻された沢村は、隣の小湊に小言を言われて少し大人しくなった。

「で、相手は?」
「いや…だから、亮さん、それは…」
「なにも発表しろって言ってるんじゃないよ。俺にだけ教えてくれない?それとも、俺が信用できないわけ?」
「……。」

耳を傾ける小湊先輩に、御幸先輩は観念したように身を乗り出して、小湊先輩の耳元に顔を近づける。食堂が静まり返った。漏れ聞こえる声を、皆息をのんで待っている。ぼそ、と御幸先輩が口を動かした直後、にやり、と小湊先輩が笑った。

「へぇ〜〜〜〜〜。ふぅ〜〜〜〜〜ん。御幸とあの子がねぇ…。」
「おい、亮介!俺にも教えろよ!」
「ふふふふ…」

纏わりつく純さんをあしらいながら、小湊先輩はトレーを片付けて満足そうに食堂を出て行った。御幸先輩はどこかぐったりして、お茶を流し込んでいる。
食堂の無機質なガラスコップを持つ御幸先輩の武骨な手を、俺はただ眺めた。あの手で、玉城に触れて、手を繋いで、それで…。
そのうち胸が苦しくなって、俺は長く息を吸って、吐いた。

 


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