144
錆びたコンテナと倉庫が並ぶ港――。
俺は車を停めて外に飛び出した。あの黒い軽自動車はここへ逃げ込んだ後見失ってしまった。気持ちが急き、嫌な予感が頭の中を駆け巡る。
すると3台の黒塗りの車が駆け付け、俺の後ろに着くようにキッと悲鳴を上げて停まった。そのうちの1台から光臣が出てきて、驚いている俺を一瞥する。
「屋敷の車両にはすべてGPSを搭載している。」
そう言い捨てると、後方の車を振り返った。後の2台からはスーツの男たちがわらわらと飛び出してきて、既に任務を心得ているように散って行った。
「この港を捜索させる。付近の警察にも車の特徴を伝えて、港付近の警備を強化させた。俺たちも光を探そう。」
「…ああ。」
余りの手際の良さに驚きながら、それどころではないと切り替える。倉持が牧瀬を載せてバイクで乗り付けて、捜索に加わる。陽が落ち、辺りは薄暗い闇に包まれる。視界もはっきりしない中、捜索する男達の懐中電灯の光が時々影の中を横切る。
光の名を呼ぶ声。人々の走り回る音。
そんな中、光臣の手の中の無線からノイズが漏れる。
『黒い軽自動車を発見しました。中に人はいません。』
「場所は?」
『我々が乗りつけた場所から南西方面に約300メートル。褐色に白い屋根の倉庫前。倉庫のナンバーは28です。』
「すぐに向かう。」
俺を一瞥した光臣に頷いて、倉庫を探して走り出す。辺りは暗くなってきて、倉庫の色などほとんどわからない。それでも懐中電灯の明かりが見えてきて、近づくと、捜索していた男たちが3人、倉庫の入り口に立っていた。傍には黒い軽自動車もある。屋敷の傍に停まっていた車だ。
「中の様子は?」
光臣が近寄ると、男たちは小声で答えた。
「何者かがいるようです。恐らく数は…2人。」
「いつでも突入できます。」
光臣は頷いて、男たちに視線をやった。それが合図となり、男たちは一斉に倉庫の中へ飛び込んでいく。
そこには…人の気配はなかった。あるのは、小さなポータブル型のテレビ。
『やっと二人になれたね…』
テレビから聞こえる、気持ちの悪い男の声。その画面を覗いて…俺も光臣も言葉を失う。
「光っ…」
上手く呼吸ができない。その画面に映っている光景を信じたくなかった。
薄暗い部屋で、手足を縛られ口を塞がれている光。涙を流して怯える彼女に忍び寄る、大きな男の陰。
『ずっと待っててくれてありがとう…光ちゃん。』
『……っ』
『あの男から君を救おうと…ずっと君のことを想ってたよ。君もそうだろ?だって…テレビ越しに、いつも僕にメッセージを送ってくれていたもんね?』
『ん……っ、んんっ…』
『やっと僕たち、結ばれるね…。ほら、そこのカメラで…皆にも見てもらおう。証明するんだ…僕たちの愛を…』
「おい!これはどこなんだよ!!」
「…早く探し出せ!!」
光臣が怒鳴って、男たちが一斉に倉庫を出て行く。
俺は…画面から目が離せなかった。男が指一本でも光に触れたらと思うと…はらわたが煮えくり返った。
『さあ…今、見てあげるからね…君の全てを…』
『んん!!ふ…、うっ…うう…』
ブラウスのボタンを外されていく…。光が涙を流して抵抗する。やめてくれ。もう…やめてくれ…
『うわあ…すごく綺麗だよ、光ちゃん…』
『……っ』
『あの男に体を許すのは…辛かっただろう?僕もだよ…。だけど…それでも君は綺麗だよ。安心して…。』
『う……っ』
『あ…ごめんね、僕としたことが…焦り過ぎちゃって…。』
『うっ…うう…』
『まずは…誓いのキスをしなくちゃね…』
男は服を脱がすのを中断し、光の口を塞いでいたガムテープを捲りあげる。
『声は出さないでね…』
『は…っ、はぁ…』
『光ちゃん、さあ…』
『……っいや!!!』
光が抵抗し、顔を背ける。
「おい!!」
怒声がして、倉持がやって来たのだとわかった。
「な…なんだよこれ!!」
「光っ…!!」
牧瀬が悲鳴を飲みこんで目に涙を浮かべる。
『どうしたの…?キスだよ、光ちゃん。』
『やだっ…やだ!!』
『大声出しちゃだめだよ…ほら、静かに…』
『いやああ!!!』
バシッ、と乾いた音が響き、光は床に倒れ込む。男が光を殴りつけたのだ。
『ごめんね…痛かったよね。』
『ひっ……いや……』
『でもね…光ちゃんがいけないんだよ…。やっと結ばれるのに…まだ僕を焦らして楽しんでるんだから…』
動悸が激しくなる。息苦しいまま、俺は踵を返す。その腕を、光臣が掴んだ。
「今、ここを封鎖して警察と俺の部下が捜索してる。この港に必ずいるはずだ。連絡を待て。」
「待てるかよ!!」
怒鳴った直後だった。光臣の無線にノイズが走った。
『通用口の鍵が壊されている倉庫を発見!いつでも突入できます!』
「すぐに突入しろ!!」
光臣の声のあと、テレビからガツンと鉄の板を打ちつける音がして、男が驚いて立ち上がった。直後、画面には男たちがなだれ込み、犯人を抑え付ける。
「倉庫はどこだ!」
『先程の倉庫から北に200メートル、ナンバーは107です。』
俺たちも倉庫を飛び出した。月明かりを頼りに倉庫の間を駆け抜けて、やがて騒がしさに誘われるようにひとつの倉庫の前に出る。107、と大きく書かれた白い倉庫。男達をかき分けて、壊された通用口から中に入る。
「やめろよォ!!なにすんだよォ!!!彼女に近づくなああ!!!」
巨体を振り乱して暴れる男と、それを4人がかりで取り押さえる男達。それを、怯えきった顔で見つめる光。
「光!!」
たまらず駆け寄ると、光は呆然としたまま俺の手を握り返した。
「おい!!てめえ!!俺の光ちゃんをまた奪う気かああ!!!」
「……。」
「殺してやる!!!7年も…7年も彼女を縛り付けやがってええ!!!彼女はずっと俺を待って…」
何を…言ってるんだ?こいつ…。頭がおかしいのか…?
「構わん、やれ。」
気が付くと光臣が立っていて、部下に何かを支持した。するとその部下は頷いて、小さな注射器を取出し、男に注射する。途端に男は大人しくなって項垂れた。
「な…何をしたんだ?」
「知らなくていい。」
光臣はどこかに電話をかけて、イタリア語らしき言葉で何かを言ってから、すぐに電話を切った。
「この男、警察に引き渡してもいいが、それではきっと同じことの繰り返しだと思う。」
「…刑務所に入れられないってことか?」
「そうだ。7年前も責任能力が無いという判決で、実家に戻された。今回はよくて施設送りだろう。」
「じゃあ…どうすれば」
「俺に任せてほしい。」
え…、と光臣を見上げると、光臣は涼しい顔で言った。
「二度と光の人生に現れないようにできる。」
「……。」
「そうさせてほしい。」
そう言って、光臣は部下に男を運ばせた。
「光…。」
牧瀬が羽織っていたカーディガンを光の肩にかけ、肌蹴ていたブラウスのボタンを留めていく。
「もう大丈夫だからね…」
そう言って光を抱きしめて、震えている肩を撫でると、そっと身を離した。倉持は遠慮するように少し離れて立ち、見守るように黙っている。
「…光、立てるか?」
繋いだ手の震えを感じながら、背中に手を添えて訊ねると、光は手をついて立ち上がろうとした。しかし体は全然持ち上がらず、すぐにへたり込む。
「……あれ…?」
光はまだ呆然とした顔で、何度か立ち上がろうとした。それでも足に力が入らず、だんだんと瞳から涙が溢れてくる。
「……っ…う…」
その赤く腫れた頬に流れる涙を痛々しい気持ちで見て、俺は、光を抱き上げた。
「帰ろう…光。」
そう声をかけると、光は震える手で、おそるおそる、俺の服に掴まった。
俺は車を停めて外に飛び出した。あの黒い軽自動車はここへ逃げ込んだ後見失ってしまった。気持ちが急き、嫌な予感が頭の中を駆け巡る。
すると3台の黒塗りの車が駆け付け、俺の後ろに着くようにキッと悲鳴を上げて停まった。そのうちの1台から光臣が出てきて、驚いている俺を一瞥する。
「屋敷の車両にはすべてGPSを搭載している。」
そう言い捨てると、後方の車を振り返った。後の2台からはスーツの男たちがわらわらと飛び出してきて、既に任務を心得ているように散って行った。
「この港を捜索させる。付近の警察にも車の特徴を伝えて、港付近の警備を強化させた。俺たちも光を探そう。」
「…ああ。」
余りの手際の良さに驚きながら、それどころではないと切り替える。倉持が牧瀬を載せてバイクで乗り付けて、捜索に加わる。陽が落ち、辺りは薄暗い闇に包まれる。視界もはっきりしない中、捜索する男達の懐中電灯の光が時々影の中を横切る。
光の名を呼ぶ声。人々の走り回る音。
そんな中、光臣の手の中の無線からノイズが漏れる。
『黒い軽自動車を発見しました。中に人はいません。』
「場所は?」
『我々が乗りつけた場所から南西方面に約300メートル。褐色に白い屋根の倉庫前。倉庫のナンバーは28です。』
「すぐに向かう。」
俺を一瞥した光臣に頷いて、倉庫を探して走り出す。辺りは暗くなってきて、倉庫の色などほとんどわからない。それでも懐中電灯の明かりが見えてきて、近づくと、捜索していた男たちが3人、倉庫の入り口に立っていた。傍には黒い軽自動車もある。屋敷の傍に停まっていた車だ。
「中の様子は?」
光臣が近寄ると、男たちは小声で答えた。
「何者かがいるようです。恐らく数は…2人。」
「いつでも突入できます。」
光臣は頷いて、男たちに視線をやった。それが合図となり、男たちは一斉に倉庫の中へ飛び込んでいく。
そこには…人の気配はなかった。あるのは、小さなポータブル型のテレビ。
『やっと二人になれたね…』
テレビから聞こえる、気持ちの悪い男の声。その画面を覗いて…俺も光臣も言葉を失う。
「光っ…」
上手く呼吸ができない。その画面に映っている光景を信じたくなかった。
薄暗い部屋で、手足を縛られ口を塞がれている光。涙を流して怯える彼女に忍び寄る、大きな男の陰。
『ずっと待っててくれてありがとう…光ちゃん。』
『……っ』
『あの男から君を救おうと…ずっと君のことを想ってたよ。君もそうだろ?だって…テレビ越しに、いつも僕にメッセージを送ってくれていたもんね?』
『ん……っ、んんっ…』
『やっと僕たち、結ばれるね…。ほら、そこのカメラで…皆にも見てもらおう。証明するんだ…僕たちの愛を…』
「おい!これはどこなんだよ!!」
「…早く探し出せ!!」
光臣が怒鳴って、男たちが一斉に倉庫を出て行く。
俺は…画面から目が離せなかった。男が指一本でも光に触れたらと思うと…はらわたが煮えくり返った。
『さあ…今、見てあげるからね…君の全てを…』
『んん!!ふ…、うっ…うう…』
ブラウスのボタンを外されていく…。光が涙を流して抵抗する。やめてくれ。もう…やめてくれ…
『うわあ…すごく綺麗だよ、光ちゃん…』
『……っ』
『あの男に体を許すのは…辛かっただろう?僕もだよ…。だけど…それでも君は綺麗だよ。安心して…。』
『う……っ』
『あ…ごめんね、僕としたことが…焦り過ぎちゃって…。』
『うっ…うう…』
『まずは…誓いのキスをしなくちゃね…』
男は服を脱がすのを中断し、光の口を塞いでいたガムテープを捲りあげる。
『声は出さないでね…』
『は…っ、はぁ…』
『光ちゃん、さあ…』
『……っいや!!!』
光が抵抗し、顔を背ける。
「おい!!」
怒声がして、倉持がやって来たのだとわかった。
「な…なんだよこれ!!」
「光っ…!!」
牧瀬が悲鳴を飲みこんで目に涙を浮かべる。
『どうしたの…?キスだよ、光ちゃん。』
『やだっ…やだ!!』
『大声出しちゃだめだよ…ほら、静かに…』
『いやああ!!!』
バシッ、と乾いた音が響き、光は床に倒れ込む。男が光を殴りつけたのだ。
『ごめんね…痛かったよね。』
『ひっ……いや……』
『でもね…光ちゃんがいけないんだよ…。やっと結ばれるのに…まだ僕を焦らして楽しんでるんだから…』
動悸が激しくなる。息苦しいまま、俺は踵を返す。その腕を、光臣が掴んだ。
「今、ここを封鎖して警察と俺の部下が捜索してる。この港に必ずいるはずだ。連絡を待て。」
「待てるかよ!!」
怒鳴った直後だった。光臣の無線にノイズが走った。
『通用口の鍵が壊されている倉庫を発見!いつでも突入できます!』
「すぐに突入しろ!!」
光臣の声のあと、テレビからガツンと鉄の板を打ちつける音がして、男が驚いて立ち上がった。直後、画面には男たちがなだれ込み、犯人を抑え付ける。
「倉庫はどこだ!」
『先程の倉庫から北に200メートル、ナンバーは107です。』
俺たちも倉庫を飛び出した。月明かりを頼りに倉庫の間を駆け抜けて、やがて騒がしさに誘われるようにひとつの倉庫の前に出る。107、と大きく書かれた白い倉庫。男達をかき分けて、壊された通用口から中に入る。
「やめろよォ!!なにすんだよォ!!!彼女に近づくなああ!!!」
巨体を振り乱して暴れる男と、それを4人がかりで取り押さえる男達。それを、怯えきった顔で見つめる光。
「光!!」
たまらず駆け寄ると、光は呆然としたまま俺の手を握り返した。
「おい!!てめえ!!俺の光ちゃんをまた奪う気かああ!!!」
「……。」
「殺してやる!!!7年も…7年も彼女を縛り付けやがってええ!!!彼女はずっと俺を待って…」
何を…言ってるんだ?こいつ…。頭がおかしいのか…?
「構わん、やれ。」
気が付くと光臣が立っていて、部下に何かを支持した。するとその部下は頷いて、小さな注射器を取出し、男に注射する。途端に男は大人しくなって項垂れた。
「な…何をしたんだ?」
「知らなくていい。」
光臣はどこかに電話をかけて、イタリア語らしき言葉で何かを言ってから、すぐに電話を切った。
「この男、警察に引き渡してもいいが、それではきっと同じことの繰り返しだと思う。」
「…刑務所に入れられないってことか?」
「そうだ。7年前も責任能力が無いという判決で、実家に戻された。今回はよくて施設送りだろう。」
「じゃあ…どうすれば」
「俺に任せてほしい。」
え…、と光臣を見上げると、光臣は涼しい顔で言った。
「二度と光の人生に現れないようにできる。」
「……。」
「そうさせてほしい。」
そう言って、光臣は部下に男を運ばせた。
「光…。」
牧瀬が羽織っていたカーディガンを光の肩にかけ、肌蹴ていたブラウスのボタンを留めていく。
「もう大丈夫だからね…」
そう言って光を抱きしめて、震えている肩を撫でると、そっと身を離した。倉持は遠慮するように少し離れて立ち、見守るように黙っている。
「…光、立てるか?」
繋いだ手の震えを感じながら、背中に手を添えて訊ねると、光は手をついて立ち上がろうとした。しかし体は全然持ち上がらず、すぐにへたり込む。
「……あれ…?」
光はまだ呆然とした顔で、何度か立ち上がろうとした。それでも足に力が入らず、だんだんと瞳から涙が溢れてくる。
「……っ…う…」
その赤く腫れた頬に流れる涙を痛々しい気持ちで見て、俺は、光を抱き上げた。
「帰ろう…光。」
そう声をかけると、光は震える手で、おそるおそる、俺の服に掴まった。