148
「私前のマンション気に入ってたんですけど、ここも良い部屋ですね〜。広いし、落ち着くし」
「ほんと、居心地良いぜ。ベランダも広くて素振りしやすそうだし」
「お前らすでに入り浸る気満々だな。」
引っ越しの荷物もようやく片付いた頃、遊びに来た牧瀬と倉持に苦笑する。まあ、なんだかんだ世話になってるし、光も喜ぶし、歓迎はするけども。
「光臣…色々ありがとう。」
「気にするな。従姉弟だろ。」
キッチンの傍で静かに会話を交わす二人。光も光臣も優しく微笑んでいて、以前のような険悪な関係は嘘のようだ。
「あららら…?なんかいい雰囲気?」
「ヒャハハ。まーたライバルが増えたな、みゆきちゃん。」
「……。」
いや…いやいやいや。お礼くらい当然言うだろ。うん。
「ここからは別宅も近いし…何かあったらまたいつでも来い。」
「それは…」
「心配しなくてもおじい様はしばらく日本には来ない。気軽に遊びに来てくれ、家族なんだから。使用人たちも喜ぶ。」
困ったように、だけど嬉しそうに微笑む光。少なくとももう、光臣のことを嫌ってはいない表情だ…。
「オラ御幸、飲め飲め」
「やめろよなんか…そういう慰めるみたいな感じ…」
「光〜、光臣さ〜ん、飲もうよ〜」
「あぁ…ありがとう。」
「あ、私はお酒はやめとく。」
辞退する光を、牧瀬はきょとんと見つめる。
「え?そう?」
「うん…今はジュースが飲みたい気分なの」
「最近ちょっと飲めるようになってきたって喜んでたのに〜」
「うんでも…いいの」
不思議なやり取りに、俺と倉持は顔を見合わせる。
「てかそれ何ジュース?」
「グレープフルーツ」
「へー。珍しいね…変なのじゃないんだ」
「変なのって?」
「いや別に…」
「珍しいな、光がこのメンバーで酒断るなんて。」
「うんまあ…今も3杯くらいで酔っちゃうし、俺はありがたいけど」
「なんでだよ。絡まれるのまんざらでもねーくせに」
「だってあいつ酔うとお前にも絡むじゃん」
「ヒャハハ、俺は大歓迎だけど」
「させるかよ…」
「何の話だ?」
じろり、と視線を向ける光臣。そういや光、酔うとこいつにはどんな反応するんだろ…ちょっと気になるかも。
「そのうちわかるよ。」
「……?」
訝しがる光臣を放っておいて、俺はビールを流し込んだ。
***
次の日の朝。一人残って泊まっていった倉持と、洗面所で鉢合わせる。
「はよ」
「はよー」
顔を洗って歯を磨いて、その間じゅう髪をセットしていた倉持もちょうど身支度が整って、ほとんど同時にリビングに戻ってくる。
すると寝室から光が眠たそうな顔でやって来た。挨拶を交わすと、光は洗面所に歩いていく。
「倉持、コーヒーは?」
「もらう」
短い返事を引き受けて、コーヒーを落とし始める。その様子を眺めていた倉持が、ふと疑問を口にした。
「あれ…2つ?」
「おう。最近光、朝はジュース飲んでる」
ふうん…、と意外そうに相槌を打つ倉持。
コーヒーが出来上がった頃、洗面所から光がやってきて、冷蔵庫を開けてオレンジジュースを取り出した。な?と倉持を見ると、うざそうに睨まれた。
「…あっ」
急に、光が口元に手をやって洗面所に駆け戻った。開けっ放しのドアの向こうから水の流れる音がする。
俺と倉持は顔を見合わせて、また洗面所の方を見る。
「光?」
「だ…大丈夫。」
そっちに向かおうとすると、洗面所からそれを止めるような返事が返ってくる。
「体調でもわりーの?」
「いや…特にそんなことはないと思うけど…」
倉持と二人、首をかしげる。
「でもよっぽどだろ、吐くなんて。昨日は酒飲んでねーから二日酔いでもねーし、まして…」
「……?」
「……。」
「…え、何?その沈黙」
倉持は額に手を当てて俯き、俺に向かってちょっと待てというように手をかざす。そして、深くため息を吐いた。
「え…だからなんだよ、その反応!」
「…お前さ」
「何?」
「避妊してる?」
「な…」
何を言い出すんだよ、と口に出る前に、ぎくりと言葉を飲み込んだ。
「……。」
「……おい」
「…そういえば…この前…」
「……。」
「ゴムがすぐ出せなくて…そのまま」
ゲシッ、と背中に蹴りを叩き入れられる。
「お前それ確定じゃねーか」
「いやでも…まさか」
「嘔吐、カフェインとアルコールを避ける、昨日今日と酸っぱいジュース飲んでる。他にあるか?」
「………。」
そういえば…おとといの夜、拒まれた…。
「……マジ?」
「俺に聞くな。」
「あの…」
いつの間にか洗面所から光が戻ってきていて、俺も倉持も息を飲んで肩を竦めた。
「おっ…おう、どした光。」
「コーヒー出来てますけど…」
「えっ?あ、ああ…ほんとだ、はっはっは…」
コーヒーを二人分注いで、倉持とソファの方へ逃げてくる。
「でも俺何も聞いてねーし…」
「確定するまで黙ってるもんなんじゃねーの、こういうのは」
「…まじかよ〜」
「とりあえず一発殴っていいか?」
「嫌だよ」
「あの」
びくり、と肩を竦ませて振り返る俺たち。
「今日仕事で帰りが遅くなっちゃうんですけど…」
「え…仕事行くの?」
「? はい。あれ…言ってませんでしたっけ?」
いや、そういや今日からって言ってたけど…
「…今日は休んでれば?」
「え?なんでですか?」
「あ…あんまり体調良くなさそうだし」
「…元気ですけど?」
「遅くなるって…何時ごろまで仕事なの?」
「今日は夜の10時頃までなので…帰るのは深夜になるかも」
「深夜!?」
思わず声を上げた俺を、光は目を丸くして見る。
「…どうしたんですか?」
「いや…それ、どうしても外せねーの?」
「仕事なので…」
「いやでもなぁ…」
「…何かあるんですか?今日」
俺は隣の倉持に視線をやる。倉持はちらりと俺を一瞥して目を逸らす。
「…あのさ光」
「はい…?」
「俺に…何か言うことない?」
「…は?」
あ…久々に聞いた、このうざそうな光の愛想のない声…。久々だとダメージでけぇわ…
光は鬱陶しそうにしながらも、頬に手を当てて少し考えこんだ。
「うーん…あ、柔軟剤の香り変えたのダメでした?」
「いやそうじゃなくて…それは別にいい。もっと重要な感じのことだよ」
「重要…?んー………、…あっ!」
「ん!?」
「クリーニング取りに行くの忘れてました…ごめんなさい」
「…あーもう可愛いなお前は!!俺が今日取りに行くからいいよ!!あとそれも外れ!ちょっと一旦家事から離れて考えて!もっとこう…人生に関わる重大なことだよ!」
「……??」
何言ってんだこいつ、みたいな目で俺を見上げる光。可愛い。可愛いけど…悲しい。
「…あのさ」
インターフォンが鳴って、俺の言葉を遮る。
「あ、司かな。」
光は玄関へ行ってモニターを見て、ドアを開けた。
「光、おはよ〜!」
「おはよー。上がって待ってて、すぐ着替える」
「はあーい」
賑やかな声の後、光に続いて牧瀬がリビングにやって来た。
「おはようございまーす!」
「おー」
「おはよ…なあ牧瀬」
光が寝室へ入ったのを確かめて、牧瀬を手招きする。
「はい?」
「今日のあいつの仕事って…?」
「え?」
牧瀬は珍しがるように俺を見る。それもそうだ、こんな質問滅多にしないし…。
「今日は…午前はCM撮影、午後はジュエリーの新作発表会で…夜はバラエティーの撮影があって遅くなります」
「何か危ないこととかないよな?」
「危ないこと?」
「ほら…激しい運動とか…」
「……?」
牧瀬はけげんな顔をさらにゆがめて俺を見る。正気を疑う顔だ。
「どうしたんですか?」
「いやだって…あいつ今…」
「ん?」
「…お前も何も聞いてねーの?」
「何の話ですか?」
ガチャリ、とドアが開く音がして、俺は口を噤む。
「司ー、おまたせー」
「はいはーい」
「じゃあ行ってきます」
「行ってきまーす」
「おー」
「…行ってらっしゃい」
連れ立って出かける二人を見送る。その俺の肩を、倉持が強く叩いた。
「責任とれよ。」
「…いや、もう結婚してるし」
「ほんと、居心地良いぜ。ベランダも広くて素振りしやすそうだし」
「お前らすでに入り浸る気満々だな。」
引っ越しの荷物もようやく片付いた頃、遊びに来た牧瀬と倉持に苦笑する。まあ、なんだかんだ世話になってるし、光も喜ぶし、歓迎はするけども。
「光臣…色々ありがとう。」
「気にするな。従姉弟だろ。」
キッチンの傍で静かに会話を交わす二人。光も光臣も優しく微笑んでいて、以前のような険悪な関係は嘘のようだ。
「あららら…?なんかいい雰囲気?」
「ヒャハハ。まーたライバルが増えたな、みゆきちゃん。」
「……。」
いや…いやいやいや。お礼くらい当然言うだろ。うん。
「ここからは別宅も近いし…何かあったらまたいつでも来い。」
「それは…」
「心配しなくてもおじい様はしばらく日本には来ない。気軽に遊びに来てくれ、家族なんだから。使用人たちも喜ぶ。」
困ったように、だけど嬉しそうに微笑む光。少なくとももう、光臣のことを嫌ってはいない表情だ…。
「オラ御幸、飲め飲め」
「やめろよなんか…そういう慰めるみたいな感じ…」
「光〜、光臣さ〜ん、飲もうよ〜」
「あぁ…ありがとう。」
「あ、私はお酒はやめとく。」
辞退する光を、牧瀬はきょとんと見つめる。
「え?そう?」
「うん…今はジュースが飲みたい気分なの」
「最近ちょっと飲めるようになってきたって喜んでたのに〜」
「うんでも…いいの」
不思議なやり取りに、俺と倉持は顔を見合わせる。
「てかそれ何ジュース?」
「グレープフルーツ」
「へー。珍しいね…変なのじゃないんだ」
「変なのって?」
「いや別に…」
「珍しいな、光がこのメンバーで酒断るなんて。」
「うんまあ…今も3杯くらいで酔っちゃうし、俺はありがたいけど」
「なんでだよ。絡まれるのまんざらでもねーくせに」
「だってあいつ酔うとお前にも絡むじゃん」
「ヒャハハ、俺は大歓迎だけど」
「させるかよ…」
「何の話だ?」
じろり、と視線を向ける光臣。そういや光、酔うとこいつにはどんな反応するんだろ…ちょっと気になるかも。
「そのうちわかるよ。」
「……?」
訝しがる光臣を放っておいて、俺はビールを流し込んだ。
***
次の日の朝。一人残って泊まっていった倉持と、洗面所で鉢合わせる。
「はよ」
「はよー」
顔を洗って歯を磨いて、その間じゅう髪をセットしていた倉持もちょうど身支度が整って、ほとんど同時にリビングに戻ってくる。
すると寝室から光が眠たそうな顔でやって来た。挨拶を交わすと、光は洗面所に歩いていく。
「倉持、コーヒーは?」
「もらう」
短い返事を引き受けて、コーヒーを落とし始める。その様子を眺めていた倉持が、ふと疑問を口にした。
「あれ…2つ?」
「おう。最近光、朝はジュース飲んでる」
ふうん…、と意外そうに相槌を打つ倉持。
コーヒーが出来上がった頃、洗面所から光がやってきて、冷蔵庫を開けてオレンジジュースを取り出した。な?と倉持を見ると、うざそうに睨まれた。
「…あっ」
急に、光が口元に手をやって洗面所に駆け戻った。開けっ放しのドアの向こうから水の流れる音がする。
俺と倉持は顔を見合わせて、また洗面所の方を見る。
「光?」
「だ…大丈夫。」
そっちに向かおうとすると、洗面所からそれを止めるような返事が返ってくる。
「体調でもわりーの?」
「いや…特にそんなことはないと思うけど…」
倉持と二人、首をかしげる。
「でもよっぽどだろ、吐くなんて。昨日は酒飲んでねーから二日酔いでもねーし、まして…」
「……?」
「……。」
「…え、何?その沈黙」
倉持は額に手を当てて俯き、俺に向かってちょっと待てというように手をかざす。そして、深くため息を吐いた。
「え…だからなんだよ、その反応!」
「…お前さ」
「何?」
「避妊してる?」
「な…」
何を言い出すんだよ、と口に出る前に、ぎくりと言葉を飲み込んだ。
「……。」
「……おい」
「…そういえば…この前…」
「……。」
「ゴムがすぐ出せなくて…そのまま」
ゲシッ、と背中に蹴りを叩き入れられる。
「お前それ確定じゃねーか」
「いやでも…まさか」
「嘔吐、カフェインとアルコールを避ける、昨日今日と酸っぱいジュース飲んでる。他にあるか?」
「………。」
そういえば…おとといの夜、拒まれた…。
「……マジ?」
「俺に聞くな。」
「あの…」
いつの間にか洗面所から光が戻ってきていて、俺も倉持も息を飲んで肩を竦めた。
「おっ…おう、どした光。」
「コーヒー出来てますけど…」
「えっ?あ、ああ…ほんとだ、はっはっは…」
コーヒーを二人分注いで、倉持とソファの方へ逃げてくる。
「でも俺何も聞いてねーし…」
「確定するまで黙ってるもんなんじゃねーの、こういうのは」
「…まじかよ〜」
「とりあえず一発殴っていいか?」
「嫌だよ」
「あの」
びくり、と肩を竦ませて振り返る俺たち。
「今日仕事で帰りが遅くなっちゃうんですけど…」
「え…仕事行くの?」
「? はい。あれ…言ってませんでしたっけ?」
いや、そういや今日からって言ってたけど…
「…今日は休んでれば?」
「え?なんでですか?」
「あ…あんまり体調良くなさそうだし」
「…元気ですけど?」
「遅くなるって…何時ごろまで仕事なの?」
「今日は夜の10時頃までなので…帰るのは深夜になるかも」
「深夜!?」
思わず声を上げた俺を、光は目を丸くして見る。
「…どうしたんですか?」
「いや…それ、どうしても外せねーの?」
「仕事なので…」
「いやでもなぁ…」
「…何かあるんですか?今日」
俺は隣の倉持に視線をやる。倉持はちらりと俺を一瞥して目を逸らす。
「…あのさ光」
「はい…?」
「俺に…何か言うことない?」
「…は?」
あ…久々に聞いた、このうざそうな光の愛想のない声…。久々だとダメージでけぇわ…
光は鬱陶しそうにしながらも、頬に手を当てて少し考えこんだ。
「うーん…あ、柔軟剤の香り変えたのダメでした?」
「いやそうじゃなくて…それは別にいい。もっと重要な感じのことだよ」
「重要…?んー………、…あっ!」
「ん!?」
「クリーニング取りに行くの忘れてました…ごめんなさい」
「…あーもう可愛いなお前は!!俺が今日取りに行くからいいよ!!あとそれも外れ!ちょっと一旦家事から離れて考えて!もっとこう…人生に関わる重大なことだよ!」
「……??」
何言ってんだこいつ、みたいな目で俺を見上げる光。可愛い。可愛いけど…悲しい。
「…あのさ」
インターフォンが鳴って、俺の言葉を遮る。
「あ、司かな。」
光は玄関へ行ってモニターを見て、ドアを開けた。
「光、おはよ〜!」
「おはよー。上がって待ってて、すぐ着替える」
「はあーい」
賑やかな声の後、光に続いて牧瀬がリビングにやって来た。
「おはようございまーす!」
「おー」
「おはよ…なあ牧瀬」
光が寝室へ入ったのを確かめて、牧瀬を手招きする。
「はい?」
「今日のあいつの仕事って…?」
「え?」
牧瀬は珍しがるように俺を見る。それもそうだ、こんな質問滅多にしないし…。
「今日は…午前はCM撮影、午後はジュエリーの新作発表会で…夜はバラエティーの撮影があって遅くなります」
「何か危ないこととかないよな?」
「危ないこと?」
「ほら…激しい運動とか…」
「……?」
牧瀬はけげんな顔をさらにゆがめて俺を見る。正気を疑う顔だ。
「どうしたんですか?」
「いやだって…あいつ今…」
「ん?」
「…お前も何も聞いてねーの?」
「何の話ですか?」
ガチャリ、とドアが開く音がして、俺は口を噤む。
「司ー、おまたせー」
「はいはーい」
「じゃあ行ってきます」
「行ってきまーす」
「おー」
「…行ってらっしゃい」
連れ立って出かける二人を見送る。その俺の肩を、倉持が強く叩いた。
「責任とれよ。」
「…いや、もう結婚してるし」