『先日都内で開かれた春の新作ジュエリーの発表会に、2代目イメージガールを務める玉城光さんが登場しました。この日玉城さんが身に着けていたジュエリーは、ピンクダイヤモンドをふんだんに使い、桜をイメージしてデザインされたもので…』

「何見てるんですか?」

光がアイスを手にやってきて、隣に座る。

「あー、この間の…」
「ジュエリーと言えばさ、光。」
「?」
「指輪。いつ見に行く?」

光は少し頬を赤くして、嬉しそうにはにかむ。

「…いつでも」
「じゃ 今度の土曜にでも行くか。」
「はい。」

『えー、ピンクダイヤモンドの石言葉は“永遠の愛”ということで、結婚指輪に使われる石としても大人気ですよね。玉城さんは昨年、御幸一也選手とご結婚されましたが、結婚生活はいかがですか?』

テレビのインタビュアーの声にふと気を取られた。

『とても幸せです。』

「…なんか照れるな、こうして見ると」
「…うるさい」

悪態をつきながら、腕を絡めてくる光。素直なんだか素直じゃないんだか…。

『素敵なカップルですよね〜!ご結婚されてもうすぐ1年ですが…お子さんのご予定などは?』

…き…きた…。
俺はそっと横の光を盗み見る。光は特に反応せずアイスを口に運ぶ。

『いつか授かれたら嬉しいです。』

テレビの中の光はそうそつなく答えてほほ笑んだ。

「……。」
「……。」

な…何もコメントなし。どうなってんだ…?まだ俺に言わないつもりか?俺は黙って気付かないふりを続けているままでいいのか…?

「…一也さん」
「えっ?な…何?」

不意に口を開く光。つ…ついに言うのか?

「実は私…」
「…うん」
「来週、パーティーに招待されて…」
「…ん?」

想像をかすりもしなかった光の告白。

「…パーティー??」
「はい。」
「えっと…何の?」
「あの…歌手の葉山正道さんって知ってます?」
「…もちろん」
「葉山さんに最近、一緒に曲を作らないかって誘ってもらってて。色々知りたいから、来週のホームパーティーにぜひ来てほしいって。」
「お前それ…」

にわかに身を起こした俺を、光は不思議そうに見上げる。…この警戒心の欠片もない顔!!ほんっといつまでたっても自覚しねえなこいつ…自分がどんだけ美人か…

「なんですか?」
「いや…それ、お前に気があって誘ってんじゃねえの?」
「ないですよ。」
「いやあるね。お前そういうの鈍いもん。絶対下心あるよそいつ」
「なんで断言できるんですか?会ったこともないのに」
「男だからわかるの!色々知りたいとか邪な思いがなきゃ女に言うかよ」
「私はよく言われますけど」
「だからそれが口説かれてるんだっつってんの!」

光はちょっとむっとして俺を見上げた。

「口説いてるわけないでしょ。一也さんもぜひって言ってるんだから。」
「……え?」
「ファンらしいですよ。御幸選手の。」

つんとそっぽを向いて、光はアイスを食べながら立ち上がっていってしまう。

「ちょ…待って光。ごめんって…」
「……。」
「無視はやめて…傷つく」


***


翌週の夜。俺たちは着飾って、葉山の家へ向かった。
俺はシャツにジャケット、光は桜色のワンピース。葉山の家は、港近くにある、海を一望できる高台にある豪邸だ。
車を降りるとさっそく注目を浴びながら、光がそっと俺の腕に捕まる。

「あっ!光〜!」
「こっちこっち!」

きゃっきゃと楽しげな声がして、目をやると、普段テレビや雑誌でよく見るモデルやタレントの女の子たち。光は親しげに手を振って、俺を見上げた。

「紹介してもいいですか?」
「ああ。」

光に連れられて彼女たちの輪に入ると、一気に黄色い声に包まれる。

「旦那さんと一緒に来たんだー!!いいな〜既婚者!」
「やっぱイケメーン!その辺のモデルさんより格好良いですね〜!マッチョだし!」
「うわっ見てこの胸板!!ジャケットが映えますね〜!モデルもやれますよ!」
「いつものサングラスもいいけど眼鏡も似合う〜〜!普段は眼鏡なんですか??」

勢いに圧倒されながら、ははは…、と愛想笑いを浮かべる。すげえな…牧瀬が何人もいるみたい…。光は物静かだからなぁ…。
その光は圧倒されるでも流されるでもなく、さらりと俺のことを紹介すると、すっきりと会話を終わらせて俺の腕を引いた。

「じゃあ、葉山さんに挨拶に行くからまたね。」
「うん!またあとで話そ〜」
「御幸さんバイバイーイ!」

すげえな…あの怒涛の勢いで取り囲んでくる女たちをさらりとかわして操るとは。

「あ、一也さん。あそこにいる人…同じ番組でレギュラーやっててよく会うので、ちょっと挨拶に」
「ああ、はいはい。」

光が指したのは俺でも知ってるコンビの芸人。やっぱり芸能人なんだなあ、付き合いとか大変そう。

「あっ!玉城さん!」

光が声をかける前に、あっちが気づいて声を上げる。久々に聞く名前。そういえば、芸名はそのままなんだっけ。

「うそっ!御幸選手もおるやん!」
「うわーっ!すげえ!試合見てますー!!大ファンです!!」
「あ、どうも…」

握手に応じて会釈をし、挨拶を済ませる光を見守る。

「いやーほんまお似合いですね!」
「さすが野球選手!ええ体しとるわ〜」
「いや〜はっはっは…」
「せや!御幸選手におうたらお願いしたいことがありましてん」
「なんやなんや」
「何ですか?」
「お嫁さんを僕に下さい!」
「なんでやねんお前!」
「はっはっは。それは勘弁してください」
「えぇ〜〜〜」
「当たり前やアホか!初対面で困らすなや」

ひ〜このノリ苦手だな〜。まあ光の仕事仲間だから我慢我慢…しょーがない。

「まあしゃーないな、光ちゃんからお断りされそうやしな」
「せやせや。ベタ惚れやもんな〜光ちゃん」
「え……。……あっ!」

一瞬訝しんで、直後に顔を真っ赤にして慌てる光。…なんだ?

「御幸さん聞いてくださいよ〜〜。昔打ち上げの時に光ちゃん、ウーロンハイをウーロン茶と間違えて飲んじゃってな〜」
「もうすーぐベロンベロンになっちゃって。何言ったと思います?」
「ちょ…ちょっと!それは内緒って…!」
「え…えーと…?」
「『一也先輩に会いたい〜!』言うてな。もう大騒ぎや。一也先輩て誰や!?ってな〜」
「……っ」
「…え?」

ちらり。光を見る。顔を背けて俯いているけど、その耳は真っ赤だ。

「そのすぐ後に交際報道出て、あっ!って」
「もう一也先輩一也先輩言ってしまいには泣き出してな〜」
「マネージャーが真っ青になって連れて帰ってましたわ〜」
「も…もうやめてください…」

ぎゅう、と俺の腕を掴み手を握りしめて真っ赤になる光。それって…高校卒業後別れて、再会する前…だよな。そ…そんなに俺のこと…。

「いや〜若いってええな〜」
「おっさんらはビールでもいただきましょうかね」
「せやな。じゃあ失礼します〜。光ちゃん、また来週よろしくな〜」

「……もう…」

光は赤面を誤魔化すように呟く。その膨れ面をニヤつく顔で見つめると、ちらりと睨まれて、腕を引っ張られた。

「…早く葉山さんの所に挨拶に行きましょう。お腹すいたし…」
「ははっ。はいはい。」

これはからかうと長引きそうだから、この嬉しさは胸の中にしまっておくことにする。…後で倉持にでも自慢するか。

室内に入ると、広々としたエントランスから短い廊下を経て、広い部屋に出た。白を基調としたシンプルな部屋の中に、天井からぶら下がる巨大な照明が強調されている。奥の壁を飾る巨大なスクリーンにはオーロラのような映像が映されていて、部屋に響くゆったりとした音楽とよく合っていた。海に面した壁は一面ガラス張りで、そこからウッドデッキにも出られるようだった。随分と豪華な部屋だ。パーティー用の部屋なのだろうか。そう考えていると、光が口を開いた。

「葉山さん、ホームパーティーを開くのが好きで、家にパーティールームを作ったんだって。」
「へぇ…」

やっぱりそうなのか。あんだけ有名な芸能人だと考えることが違うな。俺は家ではゆっくりしたいぜ…

「あ、いた。」

にわかに明るい声になって、光は俺の腕を引っ張り足を速める。
連れていかれた先には、知り合いらしき男性と談笑する葉山正道がいた。すげえ…本物だ。
葉山は光に気が付くとあっと笑みを浮かべ、男性との話を切り上げてこちらに向き直った。

「光ちゃん!こんばんは。」
「葉山さん、今日はありがとうございます。」

光は微笑んで会釈すると、俺をちょっと見上げた。

「夫です。」
「はじめまして。御幸です。」

夫です、と言う光にムズムズとくすぐったい照れ臭さを感じながら会釈をする。

「あぁ御幸一也選手!はじめまして。葉山です。いやあ嬉しいな。僕、あなたの大ファンなんですよ。だから光ちゃんに、今日はぜひ一緒に!って頼み込んで…。あはは。」
「はっはっは…光栄です」
「あの、握手してもらっても?」
「あ、はい。」
「あぁ、ありがとうございます!嬉しいな。あと、あの…あとでサインとか?」
「えぇ、もちろんいいですよ。」

握手に応じ、葉山の爽やかな笑顔に笑みを返す。なんだ、結構良い奴じゃないか。
葉山は嬉しそうにお礼を繰り返すと、光に視線を移した。

「それにしても光ちゃん、今日も美人だね。」
「ふふ。ありがとうございます。」
「色白だから、その桜色が良く似合ってるよ。私服はそういう感じのファッションなの?」
「いえこれは、司…マネージャーが用意してくれて。」
「ああそうなんだ。牧瀬司さんだよね?親友の。だから君に似合う服がわかるのかな。本当に素敵だ。」
「……。」

光はちょっと照れたように愛想笑いを浮かべる。…ちょっと待て、なんだこいつ。前言撤回。とんでもない女ったらしじゃねーか…

「そうだ。曲の件、考えてくれた?」
「あ…それなんですけど、やっぱり私なんかが葉山さんとコラボなんて…」
「気が進まない?」
「いえ、そうではなくて…おこがましいかなと」
「謙遜しないでよ。僕が君の声に惚れ込んで、誘ってるんだから。君の歌を聴いた時からずっと思ってたんだよ。透明感があって、音域も広くて、女性らしいのに独特なハスキー感もあって聴いてる人を飽きさせない。それから高音の抜け感。限界を感じさせない、あの開放的な高音は天性のものだね。とにかく、君の声が好きなんだ。」
「あ…ありがとうございます。」
「それに君なら、ミュージックビデオにも映えそうだしね。」
「はぁ…。」

葉山は通りすがった給仕人を呼び止めて、グラスを取って俺に差し出した。

「どうぞ。」
「あ、どうも…」

べっこう色のシャンパン。小さな泡が躍っている。

「はい、光ちゃんも。」
「あ…ありがとうございます。」

グラスを受け取る光。そしてそれを口元に寄せる――その手首を、思わず掴んだ。

「お前、酒は…」
「え?」

言いかけて、葉山の前だと思いだす。ちょっとすみません、と葉山に笑みを向けて、目を丸くしている光の腕を引いて部屋の角へ連れて行く。

「お前、酒はダメだろ。」
「え…?このくらいなら酔わないから大丈夫ですよ。」
「いやそうじゃなくて…」
「?」
「…た、炭酸苦手だろ。やめとけよ。」
「このくらい大丈夫ですってば。」
「…ダメだって!」

俺の手を解いてグラスを傾けようとするその手から、スッとグラスを取り上げる。

「ちょっと…何なんですか?」
「お前こそ、どういうつもりだよ。いい加減俺にくらい話せよ。」
「…何のことですか?」
「だからお前、お腹に…」

はっと周りの状況を思い出し、言葉を飲みこむ。

「…お腹がなんですか?」
「…ちょっと、こっち。」

細い腕を掴んで、人混みから離れたらせん階段の下の空間に連れ込む。

「ちょっと…こんな方まで来たら失礼…」
「それより、人に聞かれる方がまずいだろ。」

訝しげに俺を見上げる光と向き合う。…まだはぐらかすつもりか?どうしてそんなに…まだ検査してないとか?でも、可能性だとしても一言くらい…。

「さっきから…何の話ですか?」
「…じゃあ、言うけど。お前……妊娠してるんだろ?」

光は真っ直ぐに俺を見上げて、ぽかん、と口をあけた。

「…え?」
「もしか…しなくても、引っ越した日の時の…アレだよな。俺1回中で…しちゃったし。しかもそのあと2回も…ほんと、ごめん」
「……。」
「なんで俺に隠してるか知らないけど…もし悩んでるんだったら…俺は産んでほしい。仕事とかいろいろ、大変な時なのはわかってるけど…何があっても絶対、お前たちのことだけは守るから…」
「……っ」

光は俯いて口元を覆い、肩を震わせる。その肩に触れて、俺は決意を固めた。俺は…父親になるんだ。

「……ふ…」
「…光?」
「ふふふふっ…あははは」
「…え?ちょっと…何笑ってんの」
「だって…ふふふ…っ、私、妊娠なんてしてませんよ」
「……え!?」

お腹を抱えて笑う光。立ち尽くす俺。

「だってお前…」
「あははは…待って、お腹痛い…ふふっ」
「…笑い過ぎ」

こんなに爆笑する光見るの初めてなんだけど…。

「はは…はぁ…。なんでそう思ったんですか?」

目尻ににじんだ涙をぬぐいながら、まだ笑いを堪えて光が訊ねる。

「…ここのところ、コーヒーとか酒を避けてたし…突然グレープフルーツジュースとか飲み出すし…あと、洗面所に駆け込んで戻してたり…してたじゃん」
「飲み物はただの気分ですけど…洗面所で戻したりなんかしてませんよ、私」
「…何度か洗面所に駆け込んでなんかやってたでしょ?」
「コンタクトを直してたくらいですけど…」
「…コンタクト?」
「引っ越してからお店が遠くなったんで変えたんですよ。そしたらちょっと合わなくて。今度計りなおしてもらおうと思ってますけど」
「……なんだよそれ〜…」

おもいきり脱力してその場にしゃがみ込む。上から光の小さな笑い声がして、ふっと影が落ちた。光がかがみこんで俺の肩に触れたのだった。

「でも嬉しかったですよ。」
「……。」
「何があっても絶対守ってくれるんですね?」
「…からかうなよ。」

照れ隠しにため息を吐いて立ち上がる。なんか気が抜けたら腹減ってきたな。

「まあ違うならこの話はもうおしまい!ホラ、戻ろうぜ」
「…待って」

くい、と俺の服の裾を光が引っ張る。

「戻る前に…」

言葉も終わらないうちに、光は俺の首に手を回し、背伸びをして口づけをしてきた。ちゅ、と甘い音がした。

「……。」

光は唇を離した後俺の顔をじっと見つめて、ふっと笑った。そして頬に手を添えて、親指で俺の唇を拭った。

「口紅ついちゃった…」
「……。」

…なんでこんなにエロいんだ、こいつ…。なんかムラムラしてきた。

「行きましょう。」

俺に腕を絡ませ、光は歩き出す。そして喧騒の中に戻っても、俺の頭の中は彼女でいっぱいなのだった。

 


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