150
「あ、光ちゃん!」
パーティー会場である部屋に戻ると、葉山が手をあげて光を呼び止めた。
「ちょうどよかった。何人か紹介したい人がいるんだ。一緒に来てくれる?」
「あ、はい…」
葉山はそう言うと、ちらりと俺に不敵な笑みを向ける。
「御幸さん、すみません。奥さんちょっとお借りしますね。」
なんだそれ。挑発のつもりか?
「はっはっは。ちょっとだけですよ。」
「……。」
光に無言で呆れたように睨まれた。
葉山は笑いながら光の背中に手を回して促し、俺に会釈をして光を連れていく。…あれはどう見ても下心あるよなー。やっぱり。光の奴気付いてないのか?…ったく…。
シャンパンを飲みながら、部屋の中心あたりで葉山に連れられて偉そうなおっさんたちと挨拶をする光をちょっと寂しい気分で眺める。芸能人はこういう付き合いも大事なんだろうから、しょうがねーんだろうけど…
ぼーっとしつつシャンパンのグラスを空けたとき、ふっと、赤いドレスの女がワイングラスを片手に隣にやってきた。女はまるで偶然今気が付いたかのように俺に視線をやって、微笑んだ。そのまま見つめられ、つい笑みを返しつつ目を逸らす。すると女は逃さないとばかりに口を開いた。
「他の女には興味ない、って顔ですね。」
「……。」
明らかに気を引くための、不躾な言葉。思わず振り向いたことを後悔して、また無言のまま目を逸らす。
「奥さんがあれだけの美人だといろいろ大変でしょ?」
「……。」
「今もあんなに男の視線集めちゃって。夫として腹が立ちません?」
「…別に。むしろ、自慢してるつもりだけど?」
「そう。強いのね。」
女は遠い目をして光がいる方を眺める。
「あの中に私の恋人もいるの。」
「…ふーん」
「私は嫉妬しちゃう。それっておかしい?」
俺は空のグラスを弄び、カウンターに置いた。
「別におかしくはねーよ」
「ふうん。御幸さんって優しいんだ。」
「…はぁ?」
「私の下心に気づいてて、迷惑なのに…邪険にできないんでしょ。」
「……。」
やりづらい。こういう女は苦手だ。
「ねえ。」
「…あ?」
「気が向いたら連絡ちょうだい。『お話』しましょう」
女はゴテゴテとラインストーンで飾られたクラッチバッグから名刺を取り出して差し出した。
「話す事なんかないと思うけど。」
「…静かにやりたいタイプ?」
「そういうことじゃない。興味ないってこと。」
「奥さんがいるから遠慮してるの?…それとも警戒?」
不敵に笑う女を、俺はつい横目で睨んだ。
「悪いけど俺…あいつ以外じゃ勃たないんだよね。」
「……。」
女は豆鉄砲を喰らったような顔になったあと、だんだんと怒りと恥を滲ませて俺を睨み、去って行った。はぁやれやれ…こんな場所であんなあからさまに誘うなよ。しつこいし…。つーか、咄嗟に言った言葉だったけど…あながち否定できないしなぁ。いや、試したことはないけど、実際…光以外の女に全く興味が湧かない。かなり重症だよなぁ、俺…。
「よう」
女が去ったと思ったら、それを待っていたかのように背中に声がかかって、俺は少しうんざりしながら振り向いた。そして目を丸くした。
「え…光臣?」
「ああ。飲むか?」
光臣はワイングラスを二つ持っていて、一つを俺に差し出した。礼を言って受け取って、見慣れた人物に出会えたことで少し安堵する。
「お前、どうしてここに?」
並んでワインを飲みながら光臣に聞くと、光臣は顎で前を指した。
「…あそこの青いドレスの女。」
「あ?ああ…あの人が?」
「彼女の連れだ。」
「!…へぇ」
光臣が指した女性は、スタイル抜群のブロンド美女だった。…モデルか何かか?
「恋人?」
てっきり光を引きずってるかと思いきや、切り替えの早い奴…。まあこんだけイケメンで地位も金もあると、引く手あまただろうからな。…と思ったのに、光臣はあっさり首を横に振った。
「違う。」
「え?じゃあなんだよ?」
「友人だ。今夜の。」
…ただの友人じゃねーだろ。
「お前…意外とアレ?プレイボーイってやつなの?」
「お前は意外と発想が古いな。」
「うるせーよ。つーか…光はどうしたんだよ。泣きながら愛してるとか言ってたくせに。」
「じゃあ譲ってくれるのか?」
「なわけねーだろ。…もしかしてそれでヤケになってんの?」
「ヤケ?俺はただ友人と仲良くしているだけだが。」
「…お前の友人関係が歪んでることはわかったよ。」
「ふっ…失礼な奴だな。」
光臣は涼しい顔でワインを飲む。こいつがねえ…。人は見かけによらないもんだな。
「そう言うお前は『友人』を断ったようだが?」
「…見てたのかよ。」
「もし話に乗っていたら、光を連れ戻す良いきっかけになると思ったんだがな。」
「乗らねーよ。」
「それはそれで、従弟としては安心だ。」
「……。」
光臣…変わったのは良い事だけど、なんとなくからかい辛くなったな〜こいつ…。
「それより、光の所へ行かなくていいのか?」
「…仕事中なんだよ。邪魔したら悪いし」
「隣にいる男。葉山正道だろう?」
「…そうだけど?」
光臣は飄々とワインを舐める。
「あいつは人妻好きだぞ。」
「…はっ?」
見下すような目つきで葉山を眺めると、光臣はにやりと口角を上げた。
「…何か知ってんの?」
「いや?彼とは初対面だし、今のは俺の勘だ。」
「勘かよ」
呆れてワインを流し込む。ツン、と渋い酸味が鼻の奥を突いた。
「俺の勘は当たるんだ。」
光臣は自信満々に言うと、ワインを飲み干してグラスをカウンターに置いた。そして身を起こしたところに、さきほどのブロンド美女がやってきて光臣と腕を絡ませ、二人は俺に意味深な一瞥をくれると去っていった。
…なんなんだ。
***
「一也さん。」
30分ほどして、光が俺を探してやって来た。
「話は?もういいの?」
「はい。」
光は頷いて、愛想笑いの残る表情で俺の腕に寄りそうように掴まる。
「疲れた?」
その横顔に問いかけると、光はちょっと困ったように笑った。もともとあまり、社交的なタイプじゃないしな…。
「ちょっと外の空気でも吸いに行くか。」
そう提案すると、光は頷いた。
ウッドデッキはそこそこの広さがあり、三々五々の人がいた。足元のライトと柱の電飾によってムードの良いライトアップがされたそこは、ちょっとしたデートスポットのようだ。これが自宅とか…すげえな。
光は俺の腕に掴まって、大人しく黙り込んでいる。
「どした?」
なんだか元気が無いように見えて、顔を覗き込む。光は俺を見上げると、人のいないウッドデッキの端の暗がりまで俺を引っ張って行って、しょんぼりと打ち明けた。
「…一也さんの言う通りでした」
「何が?」
「葉山さんに…」
「…あいつに?」
「……。」
光は少し顔を赤くして言い淀む。
「な…何かされたのか?」
「い、いえ、まだ…」
「まだ!?」
「あっ、えっと……連れて…行かれそうになって…」
「どこに?」
「…し、寝室に」
「…はぁ!?」
思わず声を上げた。光は宥めるように言葉を重ねる。
「あの、でも、断ってきました」
「大丈夫だったのかよ!?何が…」
「指輪…してないから、私たちのこと、うまくいってないんだろうって…だから…」
「……。」
「…ごめんなさい」
落ち込んだ様子で謝る光。確かにこいつ、無防備だし鈍感だけど…葉山も葉山だ。人の妻と知っていて、しかも旦那もいる会場でそんなことを――。
「…お前は昔から鈍感だからな〜」
「そ…そんなこと…」
「そうなんだって。お前に近づいてくる男は皆下心があるくらいに思ってなきゃダメ。」
「…それはさすがに大げさ…」
「大げさじゃない。全然。」
「……。」
光の言葉を遮って断言すると、光は反論を諦めた様に口を噤んだ。
「光。ちょっと真面目に聞いて。」
「…何ですか?」
「正直俺はいつもすごく不安なんだよ。お前は…ちょっと尋常じゃないくらいモテるから。お前のこと、信じてるけど…この間の…ああいうこともあったから。」
「……。」
「男は…やろうと思えばお前を力づくで…することだってできる。…わかるだろ?」
「……。」
光はバツの悪さと不安とが混じったような影をにじませて俯いた。そんな表情でさえ…俺は今、胸の奥をくすぐられて、抱きしめたい衝動に駆られる。だけど、ここで絆されちゃだめだ。こいつにはしっかりと自覚をもって、警戒心を養わせないと。
「だから今後は、ちゃんと俺の忠告を聞くこと。」
「…はい。」
光は素直に頷いて、俺を見上げる。
「…ごめんなさい。」
しゅん、と音がしそうなほど素直に小さくなって落ち込む光。…あ〜もう、抱きしめてぇ…けど、だめだ、ここで甘い顔したら今の我慢が無駄になる…!
俺は堪えに堪え、光の頭を撫でるに留めた。
「…わかればいいよ、もう。」
「……。」
光はちらりと俺を見て、自分の頭を撫でる俺の手を取り、退かした。……え?
「髪、崩れちゃうんで…やめてください」
「……。」
くそ…説教したところなのに負けた気分…。
「光ちゃん。」
低い声がかかり、振り返る。そこには微笑を浮かべた葉山が立っていた。
「夫婦水入らずの所、ごめんね。」
葉山は白々しくもそう微笑むと、光に近寄り背中に手を伸ばしながら言った。
「さっきの話だけど…もう、君をイメージして、いくつかデモを作ってみたんだ。ちょっと聴いてみてほしいんだけど…」
光はその手を避けるように、俺の隣へ来て身を寄せ、腕を絡ませた。
「一也さんも一緒にいいですか?」
「…御幸さんは…来ても退屈なんじゃないかな。僕らの仕事の話だし。」
「そんなことありませんよ。興味があります。」
俺が葉山に笑顔でそう言うと、葉山は貼り付けたような笑みを俺に向けた。しかし目は笑っておらず、察しろよ、という威圧を放っている。…お前が身の程を知れよ。俺は夫だぞ。
「それに、まだサインもしてないし。」
にこり。わざと図々しく強引に振る舞って、葉山の神経を逆なでる。葉山は貼り付けた笑顔のまま目を逸らして、小さく噴き出した。
「…わかりました。じゃあ、こちらへどうぞ。地下室が仕事部屋になってるんです。」
渋々俺たちを案内する葉山の背中に、思わず笑みが浮かびながら、俺は光と共にその後に続いた。
パーティー会場である部屋に戻ると、葉山が手をあげて光を呼び止めた。
「ちょうどよかった。何人か紹介したい人がいるんだ。一緒に来てくれる?」
「あ、はい…」
葉山はそう言うと、ちらりと俺に不敵な笑みを向ける。
「御幸さん、すみません。奥さんちょっとお借りしますね。」
なんだそれ。挑発のつもりか?
「はっはっは。ちょっとだけですよ。」
「……。」
光に無言で呆れたように睨まれた。
葉山は笑いながら光の背中に手を回して促し、俺に会釈をして光を連れていく。…あれはどう見ても下心あるよなー。やっぱり。光の奴気付いてないのか?…ったく…。
シャンパンを飲みながら、部屋の中心あたりで葉山に連れられて偉そうなおっさんたちと挨拶をする光をちょっと寂しい気分で眺める。芸能人はこういう付き合いも大事なんだろうから、しょうがねーんだろうけど…
ぼーっとしつつシャンパンのグラスを空けたとき、ふっと、赤いドレスの女がワイングラスを片手に隣にやってきた。女はまるで偶然今気が付いたかのように俺に視線をやって、微笑んだ。そのまま見つめられ、つい笑みを返しつつ目を逸らす。すると女は逃さないとばかりに口を開いた。
「他の女には興味ない、って顔ですね。」
「……。」
明らかに気を引くための、不躾な言葉。思わず振り向いたことを後悔して、また無言のまま目を逸らす。
「奥さんがあれだけの美人だといろいろ大変でしょ?」
「……。」
「今もあんなに男の視線集めちゃって。夫として腹が立ちません?」
「…別に。むしろ、自慢してるつもりだけど?」
「そう。強いのね。」
女は遠い目をして光がいる方を眺める。
「あの中に私の恋人もいるの。」
「…ふーん」
「私は嫉妬しちゃう。それっておかしい?」
俺は空のグラスを弄び、カウンターに置いた。
「別におかしくはねーよ」
「ふうん。御幸さんって優しいんだ。」
「…はぁ?」
「私の下心に気づいてて、迷惑なのに…邪険にできないんでしょ。」
「……。」
やりづらい。こういう女は苦手だ。
「ねえ。」
「…あ?」
「気が向いたら連絡ちょうだい。『お話』しましょう」
女はゴテゴテとラインストーンで飾られたクラッチバッグから名刺を取り出して差し出した。
「話す事なんかないと思うけど。」
「…静かにやりたいタイプ?」
「そういうことじゃない。興味ないってこと。」
「奥さんがいるから遠慮してるの?…それとも警戒?」
不敵に笑う女を、俺はつい横目で睨んだ。
「悪いけど俺…あいつ以外じゃ勃たないんだよね。」
「……。」
女は豆鉄砲を喰らったような顔になったあと、だんだんと怒りと恥を滲ませて俺を睨み、去って行った。はぁやれやれ…こんな場所であんなあからさまに誘うなよ。しつこいし…。つーか、咄嗟に言った言葉だったけど…あながち否定できないしなぁ。いや、試したことはないけど、実際…光以外の女に全く興味が湧かない。かなり重症だよなぁ、俺…。
「よう」
女が去ったと思ったら、それを待っていたかのように背中に声がかかって、俺は少しうんざりしながら振り向いた。そして目を丸くした。
「え…光臣?」
「ああ。飲むか?」
光臣はワイングラスを二つ持っていて、一つを俺に差し出した。礼を言って受け取って、見慣れた人物に出会えたことで少し安堵する。
「お前、どうしてここに?」
並んでワインを飲みながら光臣に聞くと、光臣は顎で前を指した。
「…あそこの青いドレスの女。」
「あ?ああ…あの人が?」
「彼女の連れだ。」
「!…へぇ」
光臣が指した女性は、スタイル抜群のブロンド美女だった。…モデルか何かか?
「恋人?」
てっきり光を引きずってるかと思いきや、切り替えの早い奴…。まあこんだけイケメンで地位も金もあると、引く手あまただろうからな。…と思ったのに、光臣はあっさり首を横に振った。
「違う。」
「え?じゃあなんだよ?」
「友人だ。今夜の。」
…ただの友人じゃねーだろ。
「お前…意外とアレ?プレイボーイってやつなの?」
「お前は意外と発想が古いな。」
「うるせーよ。つーか…光はどうしたんだよ。泣きながら愛してるとか言ってたくせに。」
「じゃあ譲ってくれるのか?」
「なわけねーだろ。…もしかしてそれでヤケになってんの?」
「ヤケ?俺はただ友人と仲良くしているだけだが。」
「…お前の友人関係が歪んでることはわかったよ。」
「ふっ…失礼な奴だな。」
光臣は涼しい顔でワインを飲む。こいつがねえ…。人は見かけによらないもんだな。
「そう言うお前は『友人』を断ったようだが?」
「…見てたのかよ。」
「もし話に乗っていたら、光を連れ戻す良いきっかけになると思ったんだがな。」
「乗らねーよ。」
「それはそれで、従弟としては安心だ。」
「……。」
光臣…変わったのは良い事だけど、なんとなくからかい辛くなったな〜こいつ…。
「それより、光の所へ行かなくていいのか?」
「…仕事中なんだよ。邪魔したら悪いし」
「隣にいる男。葉山正道だろう?」
「…そうだけど?」
光臣は飄々とワインを舐める。
「あいつは人妻好きだぞ。」
「…はっ?」
見下すような目つきで葉山を眺めると、光臣はにやりと口角を上げた。
「…何か知ってんの?」
「いや?彼とは初対面だし、今のは俺の勘だ。」
「勘かよ」
呆れてワインを流し込む。ツン、と渋い酸味が鼻の奥を突いた。
「俺の勘は当たるんだ。」
光臣は自信満々に言うと、ワインを飲み干してグラスをカウンターに置いた。そして身を起こしたところに、さきほどのブロンド美女がやってきて光臣と腕を絡ませ、二人は俺に意味深な一瞥をくれると去っていった。
…なんなんだ。
***
「一也さん。」
30分ほどして、光が俺を探してやって来た。
「話は?もういいの?」
「はい。」
光は頷いて、愛想笑いの残る表情で俺の腕に寄りそうように掴まる。
「疲れた?」
その横顔に問いかけると、光はちょっと困ったように笑った。もともとあまり、社交的なタイプじゃないしな…。
「ちょっと外の空気でも吸いに行くか。」
そう提案すると、光は頷いた。
ウッドデッキはそこそこの広さがあり、三々五々の人がいた。足元のライトと柱の電飾によってムードの良いライトアップがされたそこは、ちょっとしたデートスポットのようだ。これが自宅とか…すげえな。
光は俺の腕に掴まって、大人しく黙り込んでいる。
「どした?」
なんだか元気が無いように見えて、顔を覗き込む。光は俺を見上げると、人のいないウッドデッキの端の暗がりまで俺を引っ張って行って、しょんぼりと打ち明けた。
「…一也さんの言う通りでした」
「何が?」
「葉山さんに…」
「…あいつに?」
「……。」
光は少し顔を赤くして言い淀む。
「な…何かされたのか?」
「い、いえ、まだ…」
「まだ!?」
「あっ、えっと……連れて…行かれそうになって…」
「どこに?」
「…し、寝室に」
「…はぁ!?」
思わず声を上げた。光は宥めるように言葉を重ねる。
「あの、でも、断ってきました」
「大丈夫だったのかよ!?何が…」
「指輪…してないから、私たちのこと、うまくいってないんだろうって…だから…」
「……。」
「…ごめんなさい」
落ち込んだ様子で謝る光。確かにこいつ、無防備だし鈍感だけど…葉山も葉山だ。人の妻と知っていて、しかも旦那もいる会場でそんなことを――。
「…お前は昔から鈍感だからな〜」
「そ…そんなこと…」
「そうなんだって。お前に近づいてくる男は皆下心があるくらいに思ってなきゃダメ。」
「…それはさすがに大げさ…」
「大げさじゃない。全然。」
「……。」
光の言葉を遮って断言すると、光は反論を諦めた様に口を噤んだ。
「光。ちょっと真面目に聞いて。」
「…何ですか?」
「正直俺はいつもすごく不安なんだよ。お前は…ちょっと尋常じゃないくらいモテるから。お前のこと、信じてるけど…この間の…ああいうこともあったから。」
「……。」
「男は…やろうと思えばお前を力づくで…することだってできる。…わかるだろ?」
「……。」
光はバツの悪さと不安とが混じったような影をにじませて俯いた。そんな表情でさえ…俺は今、胸の奥をくすぐられて、抱きしめたい衝動に駆られる。だけど、ここで絆されちゃだめだ。こいつにはしっかりと自覚をもって、警戒心を養わせないと。
「だから今後は、ちゃんと俺の忠告を聞くこと。」
「…はい。」
光は素直に頷いて、俺を見上げる。
「…ごめんなさい。」
しゅん、と音がしそうなほど素直に小さくなって落ち込む光。…あ〜もう、抱きしめてぇ…けど、だめだ、ここで甘い顔したら今の我慢が無駄になる…!
俺は堪えに堪え、光の頭を撫でるに留めた。
「…わかればいいよ、もう。」
「……。」
光はちらりと俺を見て、自分の頭を撫でる俺の手を取り、退かした。……え?
「髪、崩れちゃうんで…やめてください」
「……。」
くそ…説教したところなのに負けた気分…。
「光ちゃん。」
低い声がかかり、振り返る。そこには微笑を浮かべた葉山が立っていた。
「夫婦水入らずの所、ごめんね。」
葉山は白々しくもそう微笑むと、光に近寄り背中に手を伸ばしながら言った。
「さっきの話だけど…もう、君をイメージして、いくつかデモを作ってみたんだ。ちょっと聴いてみてほしいんだけど…」
光はその手を避けるように、俺の隣へ来て身を寄せ、腕を絡ませた。
「一也さんも一緒にいいですか?」
「…御幸さんは…来ても退屈なんじゃないかな。僕らの仕事の話だし。」
「そんなことありませんよ。興味があります。」
俺が葉山に笑顔でそう言うと、葉山は貼り付けたような笑みを俺に向けた。しかし目は笑っておらず、察しろよ、という威圧を放っている。…お前が身の程を知れよ。俺は夫だぞ。
「それに、まだサインもしてないし。」
にこり。わざと図々しく強引に振る舞って、葉山の神経を逆なでる。葉山は貼り付けた笑顔のまま目を逸らして、小さく噴き出した。
「…わかりました。じゃあ、こちらへどうぞ。地下室が仕事部屋になってるんです。」
渋々俺たちを案内する葉山の背中に、思わず笑みが浮かびながら、俺は光と共にその後に続いた。