152
光臣が見せてきたタブレットの画面には、つい先ほどまで俺がいた、御幸達のマンションのリビングが映っていた。その左上には、LIVEという白い文字と、現在の時刻が秒単位で表示されている。
「おい!これ…隠し撮りか!?」
「御幸一也の許可は得ている。リビングの入口付近のみ、玄関の扉の人感知センサー作動後1時間の間のみ作動する、音声付防犯カメラだ。屋外にはもともと防犯カメラが付いているが、あんなこともあったし、まあ念には念をという事で取りつけさせた。」
「……。」
「さっき、お前の帰宅時にセンサーが起動してから、現在カメラが作動している。」
全然気づかなかった…。なんだかんだ言っても、俺の目は画面に釘付けだ。
リビングには御幸も光もいて、御幸はソファに寝ころがり、光はカレンダーを捲っている。たしかに…ふたりきりのときのこいつらに興味が無いと言えばうそになる。だけどきっと、見ても虚しくなるか、悲しくなるか…そのどちらかに決まってる。なのに俺は画面から目が離せなかった。
『一也さん、私来週の日曜日、夜出かけますね』
『おー。飲み会?』
『司の誕生日なんです。皆で司の家に集まってお祝いすることになって。』
『へー、そうなんだ。』
……なんか、普通だな。もっとベタベタイチャイチャしてるかと思った。
『じゃーその日は俺も倉持でも誘って飲みに行くかな。』
『やっぱりなんだかんだ仲良しですよね、倉持さんと』
『そんなんじゃないって。あいついつ誘っても大体暇だし〜』
「…アイツ…」
スマホを弄りながらほざく御幸を睨みつけ、ポケットの中で着信音を発するスマホを取り出すと、そこには『日曜の夜飲みいかね?』という御幸からのメール。好き勝手言いやがって…。苛立つ俺に、光臣は冷静に声をかけてくる。
「堪えろよ。覗きがバレる。」
「…チッ!わーってるよ」
メールに既読をつけないまままたポケットに突っこんで、俺は画面に目を戻した。
『……光。』
ふと、御幸が声のトーンを落として起き上がり、光を手招きする。光はカレンダーから手を離し、御幸の傍へ歩いて行って、前に立った。
『葉山とはその後どうなった?』
…葉山?って、誰だ?
「歌手の葉山正道が、今、光にアプローチしているんだ。」
「え!葉山正道…って、あの?」
光臣の注釈に驚く。だって葉山正道といえば、30代独身イケメン歌手。最近は俳優としても活躍していて、女性ファンからの絶大な人気はもちろん、男性ファンからの人気も高い超大物だ。去年のプロ野球大会のテーマソングも手掛けたし、他にも人気ドラマや映画の主題歌を次々と手掛け、また多くの曲がCMにも起用されている。
『断りました。』
画面の中の光はあっけらかんと答えた。
『よかったのか?』
『はい。だって…誘われたのは私の実力じゃありませんから。』
『…そんなことねーよ。確かにそっちの狙いもあっただろうけど…お前はすごい才能を持ってる。あいつが馬鹿だったんだよ、欲張ってお前まで手に入れようとするから』
『……。』
光は黙り込んで、だけどどこか嬉しそうに手を差し出した。御幸はその手を握り返した。
『…おいで。』
御幸は光の腰を目の前に抱き寄せ、Tシャツの裾を少し捲って、わき腹の白い肌に顔を近づける。そこを舐め始めると、光は御幸の頭を愛おしそうに腕で包み、うっとりと目を閉じた。
『……ん…』
…ちゅ、と時々音を立てて、御幸は光の脇腹を舐める。…おい…これ、見るのまずくねえか?
『一也さん…』
あまりに幸せそうに呟く光に胸が苦しくなる。俺とのときは…そんなふうに俺の名を呼んではくれなかった。改めて御幸との差と突きつけられたような気がして、だけど、俺はそんな彼女から目が離せなかった。
『…あの…』
『…ん?』
ちゅ、とまた音を立てて、御幸は光から唇を離す。
『前…一也さんが言ってたじゃないですか。その…色々、したいことがあるって』
『え?』
『あの……え、えっちなこと……』
『あっ……、あぁ……』
……ハァ!?御幸の野郎、そんな卑猥なことを光に…!!
『それ……。』
『……。』
『…教えて。』
『……っ』
御幸が唾を飲んだのがわかった。いや、俺も飲んでいた。こ…こんなこと言われたら、堪んねえ…。
「…なるほど、これは…」
光臣も真剣な表情で呟く。こ…こいつ、罪悪感とか何もねーのか!?
『…いつもは昼間するの嫌がるのに…いいの?』
『うん…』
光は手を引かれ、御幸をまたぐようにソファの上で膝立ちになる。
『昨日、会えなかったから…』
『……ん?』
『…したかったの』
……は……。
知らず知らずのうちに息を止めていた。み、御幸の奴…こんなこと言われてんのかよ…!くそ…羨ましい…!
『…ん』
『…待って、光』
キスをしようとした光を制止する御幸。
『カメラ、まだ動いてるかも…』
ぎくり、とする俺の横で、光臣は涼しい顔のまま画面を凝視している。
『…んん…』
『…倉持が帰ってから……、はぁ……1時間経ったっけ?』
『んっ……、…わかんない…』
キスをしながらの会話。こいつら…隠す気ねーだろ…。
『…ここですると映っちゃうかもよ。』
髪をくしゃくしゃに撫でながら御幸が言うと、光はその手に頬ずりするように甘えた。
『じゃあ…ベッド行こ?』
はは、と御幸が小さく笑って、2人は立ち上がって、手を繋いで寝室の方へ歩いて行く。そこで画面はブツリと音を立て、黒く塗りつぶされた。
「残念だが、1時間経過した。」
「……。」
「大丈夫か?」
項垂れる俺の背中に光臣がたいして心配していないような調子の声をかける。
「いやー…ダメージでけぇわ…」
「そうか?俺は参考になった。」
「参考って何のだよ…」
「まず、あんな光は見たことが無い。本当に好きな男の前だと、女はああなるんだな。」
「……。」
「それに、安心した。光は不器用だし、淡白なところがあるから。こんなに夫と愛し合っているんだとわかって、よかった。」
「……そーかよ。」
俺がため息を吐くと、光臣も静かに黙り込んだ。
「……。」
「……どした?」
「いや…羨ましいな、と思って。」
「御幸が?」
「あぁ…というか、ふたりが、かな。」
「…?」
「こんなふうに、誰かと愛し合えて。なかなか叶う事じゃないだろう?」
「……。」
…確かにな。そんなに愛せる相手を見つけることも、その相手から同じように愛されることも、そして一緒になれることも…相当恵まれたことだ、と今なら分かる。
「…さてと。俺はこれから会社に戻るが…駅までなら送るぞ。」
「お…おう、じゃあ、頼む。」
頷いてエンジンをかける光臣を横目に、シートベルトを締める。低く唸るようなエンジンの音が響き、思わずおお、と声をもらす。
「これ、新型?」
「ああ、カスタマイズしてあるが。」
「へー。すげぇな…」
「乗り心地はいまいちだし煩いし、普段使いには向かない。女の気分を盛り上げるための車…といったところかな。」
「へー、あー、そー。」
「まさか男を載せることになるとは。」
「悪かったな。」
車は滑らかに走り始める。俺は車窓から、閑静な高級住宅街の景色が流れていくのを眺めた。
***
「よ。」
日曜日の夜。俺に軽く声をかけ向かいに座った御幸の顔を思わず眺める。光といるときのこいつの顔…まるで別人だった。優しい声で、おいで、なんつって…。家では光とあんなことやこんなこと…しかも、光から求められて。あぁもう、頭が爆発しそうだ。
「倉持注文した?」
「…いや、まだ」
俺の答えを待たず、御幸は手を少し上げて店員を呼んだ。
「生?」
「おう」
短い確認のあと、やって来た店員にピースサインを突きつける。
「生ジョッキ2と、から揚げと、盛り合わせと…」
はい、はい、と店員はテンポ良く返事をしながら注文をメモしていく。
「他なんかある?」
御幸はメニューから顔を上げ、俺に訊いた。いや、と首を横に振ると、御幸は、以上で、と店員に言う。店員が下がると、おしぼりを広げて手を拭きながら息をつく御幸。何の変哲もない、昔から変わらない、野球以外の場所では俺と同じような、いい年した一人の男。…顔はいいけど。
「なんかお前、今日やけに静かだけどどした?」
「え…別に?」
内心ぎくりとしながら平静を装った。付き合いが長いから、少しの変化も気づかれてしまう。まさかカメラで覗きをしたなんて口が裂けても言えねーし…。
「今日光は?」
「牧瀬の誕生日会だっつって、牧瀬んち行ってる」
知らないふりをして聞いた。すぐに運ばれてきたジョッキを傾けながら、御幸は俺を怪しんでもいない様子で答えた。ふうん、と俺も初めて聞いたような態度をとる。
沈黙が降りたが、気まずさもなく、そのままにする。光への想いを自覚したとき…、想いがバレたとき…、無理やりキスをしたとき…、そして、光を抱いたとき。何度も、もうこいつとは縁を切らなきゃならないだろうと、このままじゃいられなくなるだろうと覚悟したのに、未だにこうやって顔を突き合わせて酒を酌み交わしている。変な話だ…、客観的に考えると、どうしてこいつとずるずる付き合い続けてんのか全くわからねえ。これが腐れ縁ってやつなんだろうか。
「なんだよ。」
御幸が若干鬱陶しそうに俺を睨んだ。
「何が?何も言ってねえだろ。」
「今日のお前何か変なんだよ。言いたいことがあるならさっさと言え。」
俺はジョッキを傾けながら、まあ、別にいいかという気持ちになっていた。それまで口にするのを避けていた話題…、もう、それを口にしても、何も変わらない気がした。
「…ずっと気になってたんだけどよ」
「何?」
「なんでお前…俺を許したんだ?」
御幸は俺の顔を見て、理解したような顔をした。
「それって…お前が光を抱いた話のこと?」
あまりにも躊躇いなく口にする御幸に面食らった。まだそこまでアルコールも入っていないというのに、随分と寛容だ。
「…ああ」
「今さらだな。」
「今だからこそ聞いたんだよ」
「それもそうだな。」
予想外に…いや、ある意味想像どおりかもしれない。全く動揺せず、飄々としている御幸というのは。
「別に許したわけじゃねーけど…」
「……。」
「どうしようもねえな、と思ったんだよ」
「…どういう意味?」
「そのままの意味。お前とは腐っても縁切れねーし、光と別れるのも絶対嫌だし。じゃあ現状維持しかねーじゃんって。」
「…それだけかよ」
「そうだけど?」
こいつ…ほんとにちゃんと考えてんのか?器がでけえのか、ただのアホなのか…。
「俺もいっこ聞いていい?」
「…あ?あぁ…何?」
思いついたような御幸の申し出に頷く。
「光のこと、どうやって誘った?」
「…は?なんでんなこと…」
「光が俺以外の男の前でどんな感じなのか、興味あるから」
「……。」
随分と不躾だな…。まあ、その気持ちはわからなくもねえけど…。
「…あの日…バイクで海まで行ったんだよ」
「海?」
ぽかん、と御幸が口を開ける。
「ベタだなー!海って!」
「う…うるせーよ!黙って聞かねーなら言わねえからな!」
「待ってごめんごめん!それで?」
…ったく。俺はビールを喉に流し込む。
「で…光が帰り辛そうにしてるから、うちにくるかって聞いたんだよ。」
「……それだけ?」
「いや…もっといろいろ言ったけど」
「それを聞きてえんだって!」
「…チッ。あ〜…、だから…、えっと……、好きな女と一晩過ごして、何もしねーほど俺はお人よしじゃねーからな、みたいなことを…言って……」
うわ、改めて口にすると恥ずかしすぎる。しかも御幸相手に。何してんだ俺…。
しかし御幸は意外にも真剣な顔で耳を傾けている。
「…それで?」
「…光は…それって、私を抱くってことですか、って聞いて来て…」
今でもはっきり覚えている。俺の胸元にあった彼女の顔。俺を真っすぐに見上げる彼女の瞳。
「……で?」
「……そうだよ、って言ったら…」
「……。」
「…ちょっと考えて、それで……いいですよ、って」
「……ふうん…」
御幸は呟いて、ビールをごくごくと喉を鳴らしながら飲んだ。…ヤケ酒か?
「で…童貞卒業したわけか。」
「テメッ…バカにしてんのか!?」
「別にぃ〜?童貞卒業が嬉しくって泣いちゃった倉持君のことなんてちっとも…」
「バッ…何で知って…!…クソ眼鏡!!!」
笑いを堪えて苦しそうに水に手を伸ばす御幸のその手をひねり上げる。ギブギブ!と御幸はすぐに声を上げたが、なおも笑い続けている。こいつ…ちょっとでも悪い気がした俺がバカみたいじゃねーか!!
「…光はさあ…」
御幸は深呼吸して呼吸を整えると、水を飲んでから落ち着いて口を開いた。
「特別なんだよな。すげー特別。」
「なんだよ、急に…」
「いや…俺もさあ、初めて光としたとき…」
御幸はどこか遠い目をして穏やかな微笑を浮かべる。
「…泣いたから」
「……。」
「まー俺は嬉しさっつーより…光がアメリカに行っちゃうかもしれねーっていう焦りだったけどなー。」
「……。」
そういや…そんなこと言ってたな。ろくでもない親父がいるって…。
「それに…光も泣いてた」
「……。」
そんなような気はしていた。光にとって…特別なのは御幸だから。
「俺なんかさ…あの頃何にもわかんなくて…もたついて…すげーダサかったのに……嬉しかったって、泣くんだぜ。」
「…そりゃよかったな。」
「もーほんと。あの時はこんなに人を好きになるなんて…って驚いた。でも…今、ますます好きになってる」
「惚気んな!うぜえんだよ」
「はっはっはっは!」
わかった…こいつ、今が幸せだから…光にこの上なく愛されている自信があるから、過去のことなんて気にしてねーんだ。俺と1度寝たことなんて…こいつにとったら、些細なことなんだ…。
けど…俺にとっては、一生の思い出だ。
「いやでもほんと。高校からの付き合いだけど…未だに緊張する時あるし…」
「緊張?結構長く同棲して、結婚までしてんのに?」
「あいつたまにすげえ……積極的だからさ」
俯いて顔を赤くして、言葉を絞り出す御幸。俺の脳裏にはカメラの映像が蘇る。あんなふうに光に求められるって…どんな気分なんだろう。
「ふーん。高校の時からやりまくりでもそんなもん?」
「…そんなにしてねーよ」
「よく言うよ。コンドーム事件、俺忘れてねーからな」
「……。」
御幸は参った様子で項垂れる。あの日の衝撃はよく覚えている。何気なく探った御幸の鞄に、無造作に放り込まれていたコンドームの箱…。咄嗟に駆け巡った想像……。胸に広がったのは怒りでも羨望でもなく、言い表せないモヤモヤだった。
「いや…まじで、そんなにしてない」
「はぁ?だってお前超薄型10枚入り…」
「黙れって。ほんとに……。…最後までしたのは、2回だけ。」
御幸はため息を2回ほど吐いて、呟いた。
「だけ、ってな…お前…」
十分すぎるっつーの…。
「…ん?待てよ、最後までってどういうことだよ」
「いやだから…ちょっと触るだけの時とか…」
「あぁ!?どこを!!」
「おい顔コエーよ…。だから…ちょっとさ、胸だけ触らしてもらったりするわけ」
「この…贅沢者」
「はは…俺もそう思う。いやー、今考えてもあの頃の光は…野球バカの男子高校生にはちっと刺激が強すぎたわ。」
「…殴っていいか?」
「ヤダ」
飄々と言いながらジョッキのビールを飲み干す御幸を睨む。くそ…やっぱムカつくなこいつ。
「はー。まぁ光以外に勃たなくなるくらいだもんなぁ」
「……え!?」
「光臣が言ってたぞ。」
俺がにやりと笑うと、御幸はすこし目を瞬いて、深くため息を吐いた。
「あいつ…聞いてたのかよ」
「光臣にそう言ったんじゃねえの?」
「言うかよそんなこと、従弟に…。…知らない女に誘われて、しつこかったから言ったんだよ」
「あっそ。」
チッ、どいつもこいつも、顔が良い奴は無駄にモテやがって。ムカつくぜ。
「でもあながちウソじゃねーんだろ。」
「……。」
図星を突かれたように口を噤む御幸を見て面白くなってきた。
「わかるぜ〜。光は他の女とは全然違うからな。」
「…お前比べるような相手いたの?」
「あ?バカにしてんのか?」
御幸をひと睨みして、俺はいつの間にか運ばれてきていたつまみに箸を伸ばした。
「…今だから言うけどよ、俺…森田に襲われかけたんだよ」
「…え!?森田ってあの?」
「森田桃。…いやー、最悪だったわ。廃ビルに連れ込まれて、いきなり脱ぎだして。」
「…それで?」
「願い下げに決まってんだろ。女がトラウマになるところだったっつーの。」
「……。」
「その後光とのことがなかったら多分、一生女を抱けなくなってたかもな。ヒャハ…ハ…」
「……。」
やべ…半分冗談にしても言い過ぎたか?黙り込んだ御幸を前に冷や汗をかく。
「…倉持さ」
「…なんだよ?」
やけに真面目なトーンで話し出した御幸。やっぱり光には近づくな、なんて言われるんじゃないかと、俺はにわかに不安になった。
「真面目な話、光のこと、どれくらい好き?」
「…は?」
「結婚したいくらい好き?」
「……。」
そんなこと聞いてどうするんだよ、と言いかけて、それこそ言ってどうするんだよと自問した。
「…そうだな…」
「……。」
「光以上に誰かを好きになる事は…もうないかもしれねー、ってくらい好き」
「……ふっ」
小さく鼻で笑った御幸の顔面にストレートを打ち込みたくなって、こらえる。
「テメー今笑ったな?」
「いやごめん。馬鹿にしたとかじゃなくて…つい」
「ついなんだよ」
「やっぱりな〜、っつーか…相当好きなんだろうなと思ってたから」
「……。」
御幸の意図がわからない。それを確認してどうするつもりなのだろう。まさか譲ってくれるわけでもあるまいし。
「光にちゃんと告ったことある?」
「…あるよ、何度か…」
「いつ?高校の時?」
「ちげーよ。プロ入りしてから…森田のことがあったあとだよ。まあ、その前にもう、バレてたんだけど…」
「光はなんて?」
「なんだよ、やけに聞くな…」
「いいじゃん、教えてよ。」
「……。…俺のことは好きだけど…お前のことを愛してるってさ。」
「……。」
フラれたことを打ち明けたのに、御幸はどこか晴れない顔で口を閉ざしたまま頬杖をついた。
「なに凹んでんだよ。愛してる、だぜ?愛してる。」
「んー…」
がしがしと頭を掻いて、俯いて、何やら言葉を迷っている御幸。
「…好きって言ったの?光が、お前のこと。」
「あ?…うん。」
「……そう」
はあ〜…、とまた深いため息を吐いた御幸の頭頂部が見える。
「凹む……」
「はぁ…?何言ってんだよ、フラれてんだよ俺は」
「だって…好きとか…俺には酔った時くらいしか言ってくれないのに…」
「……。」
え?な、なんだこいつ…
「お前…もう酔ったのかよ?」
「……。」
御幸の顔を覗き込むと、自分の発言の恥ずかしさに気付いたのか、その頬はにわかに赤くなった。それを誤魔化すように、御幸はうーんと唸って項垂れる。
「おい…大丈夫か?」
「……あのさ」
「ん?」
「…倉持に、頼みたいことがあるんだけど…」
「何だよ?」
突然の言葉。しかも、俺に頼みごとなんて…滅多にしないこいつが。
「…俺は…光を疑ってるわけでも…今の関係をどうこうしたいわけでもねーけど…」
「…?」
「でも…確かめておきたい」
「…何を?」
「最低かもしれねえけど…」
「……?」
「……光が、酔った時に…」
「……。」
「お前と…俺、」
「……。」
「…本当は…どっちが好きなのか、聞きたい」
「……はぁ?そんなの…」
何言ってんだ、こいつ…
「…お前に決まってんだろ。」
…言わせんじゃねェよ。
「……頼む。」
「……。」
また目の前でフラれろっつーのかよ。ふざけんな。
「…じゃあ、条件がある」
「え…?」
ただで引き受けると思うなよ、んな損な役回り。
「もし光が俺を選んだら…」
もう、お人よしでいるのはやめたんだ。
「俺はまた、光を口説く。」
それまで忘れていた飲み屋の喧騒が耳の中に蘇ってきた。御幸はしばらく思案するように考えて、口を噤んだまま、唇を噛んだ。
「おい!これ…隠し撮りか!?」
「御幸一也の許可は得ている。リビングの入口付近のみ、玄関の扉の人感知センサー作動後1時間の間のみ作動する、音声付防犯カメラだ。屋外にはもともと防犯カメラが付いているが、あんなこともあったし、まあ念には念をという事で取りつけさせた。」
「……。」
「さっき、お前の帰宅時にセンサーが起動してから、現在カメラが作動している。」
全然気づかなかった…。なんだかんだ言っても、俺の目は画面に釘付けだ。
リビングには御幸も光もいて、御幸はソファに寝ころがり、光はカレンダーを捲っている。たしかに…ふたりきりのときのこいつらに興味が無いと言えばうそになる。だけどきっと、見ても虚しくなるか、悲しくなるか…そのどちらかに決まってる。なのに俺は画面から目が離せなかった。
『一也さん、私来週の日曜日、夜出かけますね』
『おー。飲み会?』
『司の誕生日なんです。皆で司の家に集まってお祝いすることになって。』
『へー、そうなんだ。』
……なんか、普通だな。もっとベタベタイチャイチャしてるかと思った。
『じゃーその日は俺も倉持でも誘って飲みに行くかな。』
『やっぱりなんだかんだ仲良しですよね、倉持さんと』
『そんなんじゃないって。あいついつ誘っても大体暇だし〜』
「…アイツ…」
スマホを弄りながらほざく御幸を睨みつけ、ポケットの中で着信音を発するスマホを取り出すと、そこには『日曜の夜飲みいかね?』という御幸からのメール。好き勝手言いやがって…。苛立つ俺に、光臣は冷静に声をかけてくる。
「堪えろよ。覗きがバレる。」
「…チッ!わーってるよ」
メールに既読をつけないまままたポケットに突っこんで、俺は画面に目を戻した。
『……光。』
ふと、御幸が声のトーンを落として起き上がり、光を手招きする。光はカレンダーから手を離し、御幸の傍へ歩いて行って、前に立った。
『葉山とはその後どうなった?』
…葉山?って、誰だ?
「歌手の葉山正道が、今、光にアプローチしているんだ。」
「え!葉山正道…って、あの?」
光臣の注釈に驚く。だって葉山正道といえば、30代独身イケメン歌手。最近は俳優としても活躍していて、女性ファンからの絶大な人気はもちろん、男性ファンからの人気も高い超大物だ。去年のプロ野球大会のテーマソングも手掛けたし、他にも人気ドラマや映画の主題歌を次々と手掛け、また多くの曲がCMにも起用されている。
『断りました。』
画面の中の光はあっけらかんと答えた。
『よかったのか?』
『はい。だって…誘われたのは私の実力じゃありませんから。』
『…そんなことねーよ。確かにそっちの狙いもあっただろうけど…お前はすごい才能を持ってる。あいつが馬鹿だったんだよ、欲張ってお前まで手に入れようとするから』
『……。』
光は黙り込んで、だけどどこか嬉しそうに手を差し出した。御幸はその手を握り返した。
『…おいで。』
御幸は光の腰を目の前に抱き寄せ、Tシャツの裾を少し捲って、わき腹の白い肌に顔を近づける。そこを舐め始めると、光は御幸の頭を愛おしそうに腕で包み、うっとりと目を閉じた。
『……ん…』
…ちゅ、と時々音を立てて、御幸は光の脇腹を舐める。…おい…これ、見るのまずくねえか?
『一也さん…』
あまりに幸せそうに呟く光に胸が苦しくなる。俺とのときは…そんなふうに俺の名を呼んではくれなかった。改めて御幸との差と突きつけられたような気がして、だけど、俺はそんな彼女から目が離せなかった。
『…あの…』
『…ん?』
ちゅ、とまた音を立てて、御幸は光から唇を離す。
『前…一也さんが言ってたじゃないですか。その…色々、したいことがあるって』
『え?』
『あの……え、えっちなこと……』
『あっ……、あぁ……』
……ハァ!?御幸の野郎、そんな卑猥なことを光に…!!
『それ……。』
『……。』
『…教えて。』
『……っ』
御幸が唾を飲んだのがわかった。いや、俺も飲んでいた。こ…こんなこと言われたら、堪んねえ…。
「…なるほど、これは…」
光臣も真剣な表情で呟く。こ…こいつ、罪悪感とか何もねーのか!?
『…いつもは昼間するの嫌がるのに…いいの?』
『うん…』
光は手を引かれ、御幸をまたぐようにソファの上で膝立ちになる。
『昨日、会えなかったから…』
『……ん?』
『…したかったの』
……は……。
知らず知らずのうちに息を止めていた。み、御幸の奴…こんなこと言われてんのかよ…!くそ…羨ましい…!
『…ん』
『…待って、光』
キスをしようとした光を制止する御幸。
『カメラ、まだ動いてるかも…』
ぎくり、とする俺の横で、光臣は涼しい顔のまま画面を凝視している。
『…んん…』
『…倉持が帰ってから……、はぁ……1時間経ったっけ?』
『んっ……、…わかんない…』
キスをしながらの会話。こいつら…隠す気ねーだろ…。
『…ここですると映っちゃうかもよ。』
髪をくしゃくしゃに撫でながら御幸が言うと、光はその手に頬ずりするように甘えた。
『じゃあ…ベッド行こ?』
はは、と御幸が小さく笑って、2人は立ち上がって、手を繋いで寝室の方へ歩いて行く。そこで画面はブツリと音を立て、黒く塗りつぶされた。
「残念だが、1時間経過した。」
「……。」
「大丈夫か?」
項垂れる俺の背中に光臣がたいして心配していないような調子の声をかける。
「いやー…ダメージでけぇわ…」
「そうか?俺は参考になった。」
「参考って何のだよ…」
「まず、あんな光は見たことが無い。本当に好きな男の前だと、女はああなるんだな。」
「……。」
「それに、安心した。光は不器用だし、淡白なところがあるから。こんなに夫と愛し合っているんだとわかって、よかった。」
「……そーかよ。」
俺がため息を吐くと、光臣も静かに黙り込んだ。
「……。」
「……どした?」
「いや…羨ましいな、と思って。」
「御幸が?」
「あぁ…というか、ふたりが、かな。」
「…?」
「こんなふうに、誰かと愛し合えて。なかなか叶う事じゃないだろう?」
「……。」
…確かにな。そんなに愛せる相手を見つけることも、その相手から同じように愛されることも、そして一緒になれることも…相当恵まれたことだ、と今なら分かる。
「…さてと。俺はこれから会社に戻るが…駅までなら送るぞ。」
「お…おう、じゃあ、頼む。」
頷いてエンジンをかける光臣を横目に、シートベルトを締める。低く唸るようなエンジンの音が響き、思わずおお、と声をもらす。
「これ、新型?」
「ああ、カスタマイズしてあるが。」
「へー。すげぇな…」
「乗り心地はいまいちだし煩いし、普段使いには向かない。女の気分を盛り上げるための車…といったところかな。」
「へー、あー、そー。」
「まさか男を載せることになるとは。」
「悪かったな。」
車は滑らかに走り始める。俺は車窓から、閑静な高級住宅街の景色が流れていくのを眺めた。
***
「よ。」
日曜日の夜。俺に軽く声をかけ向かいに座った御幸の顔を思わず眺める。光といるときのこいつの顔…まるで別人だった。優しい声で、おいで、なんつって…。家では光とあんなことやこんなこと…しかも、光から求められて。あぁもう、頭が爆発しそうだ。
「倉持注文した?」
「…いや、まだ」
俺の答えを待たず、御幸は手を少し上げて店員を呼んだ。
「生?」
「おう」
短い確認のあと、やって来た店員にピースサインを突きつける。
「生ジョッキ2と、から揚げと、盛り合わせと…」
はい、はい、と店員はテンポ良く返事をしながら注文をメモしていく。
「他なんかある?」
御幸はメニューから顔を上げ、俺に訊いた。いや、と首を横に振ると、御幸は、以上で、と店員に言う。店員が下がると、おしぼりを広げて手を拭きながら息をつく御幸。何の変哲もない、昔から変わらない、野球以外の場所では俺と同じような、いい年した一人の男。…顔はいいけど。
「なんかお前、今日やけに静かだけどどした?」
「え…別に?」
内心ぎくりとしながら平静を装った。付き合いが長いから、少しの変化も気づかれてしまう。まさかカメラで覗きをしたなんて口が裂けても言えねーし…。
「今日光は?」
「牧瀬の誕生日会だっつって、牧瀬んち行ってる」
知らないふりをして聞いた。すぐに運ばれてきたジョッキを傾けながら、御幸は俺を怪しんでもいない様子で答えた。ふうん、と俺も初めて聞いたような態度をとる。
沈黙が降りたが、気まずさもなく、そのままにする。光への想いを自覚したとき…、想いがバレたとき…、無理やりキスをしたとき…、そして、光を抱いたとき。何度も、もうこいつとは縁を切らなきゃならないだろうと、このままじゃいられなくなるだろうと覚悟したのに、未だにこうやって顔を突き合わせて酒を酌み交わしている。変な話だ…、客観的に考えると、どうしてこいつとずるずる付き合い続けてんのか全くわからねえ。これが腐れ縁ってやつなんだろうか。
「なんだよ。」
御幸が若干鬱陶しそうに俺を睨んだ。
「何が?何も言ってねえだろ。」
「今日のお前何か変なんだよ。言いたいことがあるならさっさと言え。」
俺はジョッキを傾けながら、まあ、別にいいかという気持ちになっていた。それまで口にするのを避けていた話題…、もう、それを口にしても、何も変わらない気がした。
「…ずっと気になってたんだけどよ」
「何?」
「なんでお前…俺を許したんだ?」
御幸は俺の顔を見て、理解したような顔をした。
「それって…お前が光を抱いた話のこと?」
あまりにも躊躇いなく口にする御幸に面食らった。まだそこまでアルコールも入っていないというのに、随分と寛容だ。
「…ああ」
「今さらだな。」
「今だからこそ聞いたんだよ」
「それもそうだな。」
予想外に…いや、ある意味想像どおりかもしれない。全く動揺せず、飄々としている御幸というのは。
「別に許したわけじゃねーけど…」
「……。」
「どうしようもねえな、と思ったんだよ」
「…どういう意味?」
「そのままの意味。お前とは腐っても縁切れねーし、光と別れるのも絶対嫌だし。じゃあ現状維持しかねーじゃんって。」
「…それだけかよ」
「そうだけど?」
こいつ…ほんとにちゃんと考えてんのか?器がでけえのか、ただのアホなのか…。
「俺もいっこ聞いていい?」
「…あ?あぁ…何?」
思いついたような御幸の申し出に頷く。
「光のこと、どうやって誘った?」
「…は?なんでんなこと…」
「光が俺以外の男の前でどんな感じなのか、興味あるから」
「……。」
随分と不躾だな…。まあ、その気持ちはわからなくもねえけど…。
「…あの日…バイクで海まで行ったんだよ」
「海?」
ぽかん、と御幸が口を開ける。
「ベタだなー!海って!」
「う…うるせーよ!黙って聞かねーなら言わねえからな!」
「待ってごめんごめん!それで?」
…ったく。俺はビールを喉に流し込む。
「で…光が帰り辛そうにしてるから、うちにくるかって聞いたんだよ。」
「……それだけ?」
「いや…もっといろいろ言ったけど」
「それを聞きてえんだって!」
「…チッ。あ〜…、だから…、えっと……、好きな女と一晩過ごして、何もしねーほど俺はお人よしじゃねーからな、みたいなことを…言って……」
うわ、改めて口にすると恥ずかしすぎる。しかも御幸相手に。何してんだ俺…。
しかし御幸は意外にも真剣な顔で耳を傾けている。
「…それで?」
「…光は…それって、私を抱くってことですか、って聞いて来て…」
今でもはっきり覚えている。俺の胸元にあった彼女の顔。俺を真っすぐに見上げる彼女の瞳。
「……で?」
「……そうだよ、って言ったら…」
「……。」
「…ちょっと考えて、それで……いいですよ、って」
「……ふうん…」
御幸は呟いて、ビールをごくごくと喉を鳴らしながら飲んだ。…ヤケ酒か?
「で…童貞卒業したわけか。」
「テメッ…バカにしてんのか!?」
「別にぃ〜?童貞卒業が嬉しくって泣いちゃった倉持君のことなんてちっとも…」
「バッ…何で知って…!…クソ眼鏡!!!」
笑いを堪えて苦しそうに水に手を伸ばす御幸のその手をひねり上げる。ギブギブ!と御幸はすぐに声を上げたが、なおも笑い続けている。こいつ…ちょっとでも悪い気がした俺がバカみたいじゃねーか!!
「…光はさあ…」
御幸は深呼吸して呼吸を整えると、水を飲んでから落ち着いて口を開いた。
「特別なんだよな。すげー特別。」
「なんだよ、急に…」
「いや…俺もさあ、初めて光としたとき…」
御幸はどこか遠い目をして穏やかな微笑を浮かべる。
「…泣いたから」
「……。」
「まー俺は嬉しさっつーより…光がアメリカに行っちゃうかもしれねーっていう焦りだったけどなー。」
「……。」
そういや…そんなこと言ってたな。ろくでもない親父がいるって…。
「それに…光も泣いてた」
「……。」
そんなような気はしていた。光にとって…特別なのは御幸だから。
「俺なんかさ…あの頃何にもわかんなくて…もたついて…すげーダサかったのに……嬉しかったって、泣くんだぜ。」
「…そりゃよかったな。」
「もーほんと。あの時はこんなに人を好きになるなんて…って驚いた。でも…今、ますます好きになってる」
「惚気んな!うぜえんだよ」
「はっはっはっは!」
わかった…こいつ、今が幸せだから…光にこの上なく愛されている自信があるから、過去のことなんて気にしてねーんだ。俺と1度寝たことなんて…こいつにとったら、些細なことなんだ…。
けど…俺にとっては、一生の思い出だ。
「いやでもほんと。高校からの付き合いだけど…未だに緊張する時あるし…」
「緊張?結構長く同棲して、結婚までしてんのに?」
「あいつたまにすげえ……積極的だからさ」
俯いて顔を赤くして、言葉を絞り出す御幸。俺の脳裏にはカメラの映像が蘇る。あんなふうに光に求められるって…どんな気分なんだろう。
「ふーん。高校の時からやりまくりでもそんなもん?」
「…そんなにしてねーよ」
「よく言うよ。コンドーム事件、俺忘れてねーからな」
「……。」
御幸は参った様子で項垂れる。あの日の衝撃はよく覚えている。何気なく探った御幸の鞄に、無造作に放り込まれていたコンドームの箱…。咄嗟に駆け巡った想像……。胸に広がったのは怒りでも羨望でもなく、言い表せないモヤモヤだった。
「いや…まじで、そんなにしてない」
「はぁ?だってお前超薄型10枚入り…」
「黙れって。ほんとに……。…最後までしたのは、2回だけ。」
御幸はため息を2回ほど吐いて、呟いた。
「だけ、ってな…お前…」
十分すぎるっつーの…。
「…ん?待てよ、最後までってどういうことだよ」
「いやだから…ちょっと触るだけの時とか…」
「あぁ!?どこを!!」
「おい顔コエーよ…。だから…ちょっとさ、胸だけ触らしてもらったりするわけ」
「この…贅沢者」
「はは…俺もそう思う。いやー、今考えてもあの頃の光は…野球バカの男子高校生にはちっと刺激が強すぎたわ。」
「…殴っていいか?」
「ヤダ」
飄々と言いながらジョッキのビールを飲み干す御幸を睨む。くそ…やっぱムカつくなこいつ。
「はー。まぁ光以外に勃たなくなるくらいだもんなぁ」
「……え!?」
「光臣が言ってたぞ。」
俺がにやりと笑うと、御幸はすこし目を瞬いて、深くため息を吐いた。
「あいつ…聞いてたのかよ」
「光臣にそう言ったんじゃねえの?」
「言うかよそんなこと、従弟に…。…知らない女に誘われて、しつこかったから言ったんだよ」
「あっそ。」
チッ、どいつもこいつも、顔が良い奴は無駄にモテやがって。ムカつくぜ。
「でもあながちウソじゃねーんだろ。」
「……。」
図星を突かれたように口を噤む御幸を見て面白くなってきた。
「わかるぜ〜。光は他の女とは全然違うからな。」
「…お前比べるような相手いたの?」
「あ?バカにしてんのか?」
御幸をひと睨みして、俺はいつの間にか運ばれてきていたつまみに箸を伸ばした。
「…今だから言うけどよ、俺…森田に襲われかけたんだよ」
「…え!?森田ってあの?」
「森田桃。…いやー、最悪だったわ。廃ビルに連れ込まれて、いきなり脱ぎだして。」
「…それで?」
「願い下げに決まってんだろ。女がトラウマになるところだったっつーの。」
「……。」
「その後光とのことがなかったら多分、一生女を抱けなくなってたかもな。ヒャハ…ハ…」
「……。」
やべ…半分冗談にしても言い過ぎたか?黙り込んだ御幸を前に冷や汗をかく。
「…倉持さ」
「…なんだよ?」
やけに真面目なトーンで話し出した御幸。やっぱり光には近づくな、なんて言われるんじゃないかと、俺はにわかに不安になった。
「真面目な話、光のこと、どれくらい好き?」
「…は?」
「結婚したいくらい好き?」
「……。」
そんなこと聞いてどうするんだよ、と言いかけて、それこそ言ってどうするんだよと自問した。
「…そうだな…」
「……。」
「光以上に誰かを好きになる事は…もうないかもしれねー、ってくらい好き」
「……ふっ」
小さく鼻で笑った御幸の顔面にストレートを打ち込みたくなって、こらえる。
「テメー今笑ったな?」
「いやごめん。馬鹿にしたとかじゃなくて…つい」
「ついなんだよ」
「やっぱりな〜、っつーか…相当好きなんだろうなと思ってたから」
「……。」
御幸の意図がわからない。それを確認してどうするつもりなのだろう。まさか譲ってくれるわけでもあるまいし。
「光にちゃんと告ったことある?」
「…あるよ、何度か…」
「いつ?高校の時?」
「ちげーよ。プロ入りしてから…森田のことがあったあとだよ。まあ、その前にもう、バレてたんだけど…」
「光はなんて?」
「なんだよ、やけに聞くな…」
「いいじゃん、教えてよ。」
「……。…俺のことは好きだけど…お前のことを愛してるってさ。」
「……。」
フラれたことを打ち明けたのに、御幸はどこか晴れない顔で口を閉ざしたまま頬杖をついた。
「なに凹んでんだよ。愛してる、だぜ?愛してる。」
「んー…」
がしがしと頭を掻いて、俯いて、何やら言葉を迷っている御幸。
「…好きって言ったの?光が、お前のこと。」
「あ?…うん。」
「……そう」
はあ〜…、とまた深いため息を吐いた御幸の頭頂部が見える。
「凹む……」
「はぁ…?何言ってんだよ、フラれてんだよ俺は」
「だって…好きとか…俺には酔った時くらいしか言ってくれないのに…」
「……。」
え?な、なんだこいつ…
「お前…もう酔ったのかよ?」
「……。」
御幸の顔を覗き込むと、自分の発言の恥ずかしさに気付いたのか、その頬はにわかに赤くなった。それを誤魔化すように、御幸はうーんと唸って項垂れる。
「おい…大丈夫か?」
「……あのさ」
「ん?」
「…倉持に、頼みたいことがあるんだけど…」
「何だよ?」
突然の言葉。しかも、俺に頼みごとなんて…滅多にしないこいつが。
「…俺は…光を疑ってるわけでも…今の関係をどうこうしたいわけでもねーけど…」
「…?」
「でも…確かめておきたい」
「…何を?」
「最低かもしれねえけど…」
「……?」
「……光が、酔った時に…」
「……。」
「お前と…俺、」
「……。」
「…本当は…どっちが好きなのか、聞きたい」
「……はぁ?そんなの…」
何言ってんだ、こいつ…
「…お前に決まってんだろ。」
…言わせんじゃねェよ。
「……頼む。」
「……。」
また目の前でフラれろっつーのかよ。ふざけんな。
「…じゃあ、条件がある」
「え…?」
ただで引き受けると思うなよ、んな損な役回り。
「もし光が俺を選んだら…」
もう、お人よしでいるのはやめたんだ。
「俺はまた、光を口説く。」
それまで忘れていた飲み屋の喧騒が耳の中に蘇ってきた。御幸はしばらく思案するように考えて、口を噤んだまま、唇を噛んだ。