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「御幸、今日絶好調だったな」
試合が終わり、まだ興奮の余韻も冷めないままシャワーと着替えを済ませて部屋を出ると、御幸がチームメイトたちと歩いてきたところに出くわした。
「はっはっは。今日は嫁が来てるんで…いいとこ見せないと」
「えっ!玉城光来てんの?」
「早く言えよ!」
「つかいい加減紹介しろ!」
「はっはっはっは!」
高笑いした御幸が俺に気付き、ひらりと手を振ってくる。相変わらず嫌味なヤローだ。今日こそコイツから塁を盗んでやろうと思ってたのに…。
「一也さん!」
不意に、むさくるしい通路に明るい声が響く。朗らかな笑顔を浮かべて走ってきたのは、豊かなロングヘアの黒髪とうっすら小麦色に焼けた肌が健康的な印象の、なかなか色気のある美女。小柄だが引き締まった体はアスリートのようにも見える。
「これ、一也さんの分だけ残ってましたよ!ちゃんと食べてくださいね?」
そう言って差し出したのは、箱に入った何か…食べ物だろう。御幸は苦笑を浮かべて頬を掻く。
「あー…俺、甘いもん苦手なんすよね」
「またそんなこと言って!ダメですよ、疲れた体には甘いもの!それにこれ、栄養もたっぷりなんですから!」
「そうだぞ御幸、ミカちゃんがせっかく作ってくれたんだから」
「ひとつ食ってみろよ、美味いぞ」
ミカ、と呼ばれた美女が女房のようなセリフを言うと、周りのチームメイトからも援護射撃が飛んでくる。御幸は…あーあ、バカなやつ。断れねーなって顔してやがる。
「じゃあ…」
御幸はひとつ箱の中から食べ物を摘まみ上げ、口の中に放り込んだ。…微妙な顔して食ってる。
「どうですか?」
「どうだ?美味いだろ?」
「…は、はい」
チーム内ではまだまだ若手の御幸。チームメイトに追いつめられるようにして、結局それを完食していた。
「…ごちそうさまでした。」
「いいえ!…でも、次はもうちょっと甘さ控えめにしますね!」
あ…思い出した。この女…御幸のチーム専属の栄養士だったっけ。前に一度見たことがある。
ミカはなんだか御幸に思わせぶりな笑顔を向けて言った。あーあ、光が見たら機嫌悪くなりそう。しーらね。
「あっ、いたいた!おーい、倉持さん!御幸さん!お疲れ様でーす!」
すると廊下にまた明るい声が響く。振り向かずとも、その声の主はすぐにわかった。牧瀬だ。
牧瀬の隣には光もいる。薄手のブラウスにロングパンツ、スニーカーという爽やかな装い。ほんと、何年たっても綺麗な子だ。光は俺にちょっと会釈して、御幸に笑顔を向けた。
「あれ、光…」
御幸がちょっと焦ったように駆け寄った。
「先に車で待ってろって言っただろ。」
「うふふ」
光はちょっと悪戯っぽい笑顔で、持っていたタオルを御幸の肩にかける。
「お疲れさま。」
「…ありがとう」
こうなると御幸もまんざらでもなさそうに口元を緩めた。やっぱりこいつ、光の前だとまるっきり違う顔をする。
「おい御幸!紹介しろって!」
チームメイトたちもにわかに色めき立ち、光はあっという間に囲まれてしまう。しかしさすがは女優、光はそつのない美しい笑顔で応対し、一緒に写真を撮ったりサインをしてあげた。そうしていると着替えを終えた選手たちが次から次へと群がって、廊下がちょっとしたイベント会場のようになってしまう。
「すみませーん!通路ですから、端に避けて並んでくださーい!」
牧瀬がまるでスタッフのように見事な誘導をして、選手たちを並ばせる。監督に呼ばれた時よりも素直に従う選手たち。ちょっと笑ってしまいそうになっていると、突然、低い声がした。
「すいません、迷惑なんですけど。」
光の前に立ちはだかったのは、ミカだった。光は最後の選手にサインをしたところで、ミカに向き直った。
「そうですよね、すみませんでした。」
「申し訳ありません!もう帰りますから。」
光が丁寧に謝ると、牧瀬も出てきて頭を下げる。するとミカは一応は顔に笑顔を戻した。
「いいえ、わかっていただければいいんです。選手たちは皆、疲れていますから。早く休息をとって、栄養を補給してもらわないと。」
「はぁ…。」
「それに私も、玉城光さんのファンなんです。すご〜い、テレビで見るより綺麗。」
光はちょっと笑顔を浮かべて謙遜する。
「ほんとですよ、もう姫!いえ天使ですね!細い腕〜。普段何食べてるんですか?」
「え…っと、果物中心に…」
「ええ!?だめですよ、栄養偏っちゃいますよ〜!そんな妖精みたいな食生活!ちゃんとお肉と野菜もバランスよく食べなきゃ!」
「あ、それはもちろん…お肉大好きなので。」
「あはは!女優さんとかモデルさんって、よくそう言いますよね。お肉大好きなんです〜って。でも実際あまり食べないでしょ?やっぱりお仕事柄、太っちゃまずいでしょうから。」
光の笑顔が固まった。牧瀬はとっくに眉を寄せて厳しい顔をしている。いや、男の俺でもわかる。ミカから発せられる、光への敵意…。
「玉城さんの伸長から言うと…体重は47〜8キロかな?食事制限とか、どのくらいされてるんですか?」
「制限って程のことは…。」
「あは!またまた。制限せずにその体型は無理がありますって。運動すれば脂肪はつかないけど、筋肉付いちゃうし。」
「…あの!ちょっと失礼じゃないですか?」
堪らず話に割り込んだ牧瀬を、ミカはわざとらしくはっと目を丸めて見上げた。
「あっ!ごめんなさーい!私ってつい何でも思ったこと言っちゃうんですよね。」
まったくすまなく思っていなさそうに言うと、ミカは光に会釈する。
「ほんとうにごめんなさい。じゃ、私まだ仕事があるので。失礼します。」
「はい…どうも」
ミカは踵を返し、御幸にニコリと笑顔を向ける。
「じゃ、一也さん!いつも私が言ってる通り、たんぱく質多めにとってくださいね?」
「あ…はい」
「ふふっ」
思わせぶりな笑みを残し、ミカは忙しそうに走っていった。廊下に降りた静寂が痛い。帰りてぇ。
「…御幸さん、今の人は?」
おそらく光の胸中を代弁した質問を、牧瀬がした。御幸はさすがに居心地の悪さを感じているようで、頬を掻きながら言った。
「チームの専属栄養士の、水瀬ミカさん。」
「……。」
光は何も言わない。しかし暫く黙った後、真顔で俺たちを見渡し、口を開いた。
「…帰りましょうか。」
「あ…うん」
「おう…」
「…だな。」
こつこつこつ、と先を歩く光の背中を気まずい思いで眺め、何気なく御幸を見ると、御幸も助けを求めるような目で俺を一瞥するのだった。
試合が終わり、まだ興奮の余韻も冷めないままシャワーと着替えを済ませて部屋を出ると、御幸がチームメイトたちと歩いてきたところに出くわした。
「はっはっは。今日は嫁が来てるんで…いいとこ見せないと」
「えっ!玉城光来てんの?」
「早く言えよ!」
「つかいい加減紹介しろ!」
「はっはっはっは!」
高笑いした御幸が俺に気付き、ひらりと手を振ってくる。相変わらず嫌味なヤローだ。今日こそコイツから塁を盗んでやろうと思ってたのに…。
「一也さん!」
不意に、むさくるしい通路に明るい声が響く。朗らかな笑顔を浮かべて走ってきたのは、豊かなロングヘアの黒髪とうっすら小麦色に焼けた肌が健康的な印象の、なかなか色気のある美女。小柄だが引き締まった体はアスリートのようにも見える。
「これ、一也さんの分だけ残ってましたよ!ちゃんと食べてくださいね?」
そう言って差し出したのは、箱に入った何か…食べ物だろう。御幸は苦笑を浮かべて頬を掻く。
「あー…俺、甘いもん苦手なんすよね」
「またそんなこと言って!ダメですよ、疲れた体には甘いもの!それにこれ、栄養もたっぷりなんですから!」
「そうだぞ御幸、ミカちゃんがせっかく作ってくれたんだから」
「ひとつ食ってみろよ、美味いぞ」
ミカ、と呼ばれた美女が女房のようなセリフを言うと、周りのチームメイトからも援護射撃が飛んでくる。御幸は…あーあ、バカなやつ。断れねーなって顔してやがる。
「じゃあ…」
御幸はひとつ箱の中から食べ物を摘まみ上げ、口の中に放り込んだ。…微妙な顔して食ってる。
「どうですか?」
「どうだ?美味いだろ?」
「…は、はい」
チーム内ではまだまだ若手の御幸。チームメイトに追いつめられるようにして、結局それを完食していた。
「…ごちそうさまでした。」
「いいえ!…でも、次はもうちょっと甘さ控えめにしますね!」
あ…思い出した。この女…御幸のチーム専属の栄養士だったっけ。前に一度見たことがある。
ミカはなんだか御幸に思わせぶりな笑顔を向けて言った。あーあ、光が見たら機嫌悪くなりそう。しーらね。
「あっ、いたいた!おーい、倉持さん!御幸さん!お疲れ様でーす!」
すると廊下にまた明るい声が響く。振り向かずとも、その声の主はすぐにわかった。牧瀬だ。
牧瀬の隣には光もいる。薄手のブラウスにロングパンツ、スニーカーという爽やかな装い。ほんと、何年たっても綺麗な子だ。光は俺にちょっと会釈して、御幸に笑顔を向けた。
「あれ、光…」
御幸がちょっと焦ったように駆け寄った。
「先に車で待ってろって言っただろ。」
「うふふ」
光はちょっと悪戯っぽい笑顔で、持っていたタオルを御幸の肩にかける。
「お疲れさま。」
「…ありがとう」
こうなると御幸もまんざらでもなさそうに口元を緩めた。やっぱりこいつ、光の前だとまるっきり違う顔をする。
「おい御幸!紹介しろって!」
チームメイトたちもにわかに色めき立ち、光はあっという間に囲まれてしまう。しかしさすがは女優、光はそつのない美しい笑顔で応対し、一緒に写真を撮ったりサインをしてあげた。そうしていると着替えを終えた選手たちが次から次へと群がって、廊下がちょっとしたイベント会場のようになってしまう。
「すみませーん!通路ですから、端に避けて並んでくださーい!」
牧瀬がまるでスタッフのように見事な誘導をして、選手たちを並ばせる。監督に呼ばれた時よりも素直に従う選手たち。ちょっと笑ってしまいそうになっていると、突然、低い声がした。
「すいません、迷惑なんですけど。」
光の前に立ちはだかったのは、ミカだった。光は最後の選手にサインをしたところで、ミカに向き直った。
「そうですよね、すみませんでした。」
「申し訳ありません!もう帰りますから。」
光が丁寧に謝ると、牧瀬も出てきて頭を下げる。するとミカは一応は顔に笑顔を戻した。
「いいえ、わかっていただければいいんです。選手たちは皆、疲れていますから。早く休息をとって、栄養を補給してもらわないと。」
「はぁ…。」
「それに私も、玉城光さんのファンなんです。すご〜い、テレビで見るより綺麗。」
光はちょっと笑顔を浮かべて謙遜する。
「ほんとですよ、もう姫!いえ天使ですね!細い腕〜。普段何食べてるんですか?」
「え…っと、果物中心に…」
「ええ!?だめですよ、栄養偏っちゃいますよ〜!そんな妖精みたいな食生活!ちゃんとお肉と野菜もバランスよく食べなきゃ!」
「あ、それはもちろん…お肉大好きなので。」
「あはは!女優さんとかモデルさんって、よくそう言いますよね。お肉大好きなんです〜って。でも実際あまり食べないでしょ?やっぱりお仕事柄、太っちゃまずいでしょうから。」
光の笑顔が固まった。牧瀬はとっくに眉を寄せて厳しい顔をしている。いや、男の俺でもわかる。ミカから発せられる、光への敵意…。
「玉城さんの伸長から言うと…体重は47〜8キロかな?食事制限とか、どのくらいされてるんですか?」
「制限って程のことは…。」
「あは!またまた。制限せずにその体型は無理がありますって。運動すれば脂肪はつかないけど、筋肉付いちゃうし。」
「…あの!ちょっと失礼じゃないですか?」
堪らず話に割り込んだ牧瀬を、ミカはわざとらしくはっと目を丸めて見上げた。
「あっ!ごめんなさーい!私ってつい何でも思ったこと言っちゃうんですよね。」
まったくすまなく思っていなさそうに言うと、ミカは光に会釈する。
「ほんとうにごめんなさい。じゃ、私まだ仕事があるので。失礼します。」
「はい…どうも」
ミカは踵を返し、御幸にニコリと笑顔を向ける。
「じゃ、一也さん!いつも私が言ってる通り、たんぱく質多めにとってくださいね?」
「あ…はい」
「ふふっ」
思わせぶりな笑みを残し、ミカは忙しそうに走っていった。廊下に降りた静寂が痛い。帰りてぇ。
「…御幸さん、今の人は?」
おそらく光の胸中を代弁した質問を、牧瀬がした。御幸はさすがに居心地の悪さを感じているようで、頬を掻きながら言った。
「チームの専属栄養士の、水瀬ミカさん。」
「……。」
光は何も言わない。しかし暫く黙った後、真顔で俺たちを見渡し、口を開いた。
「…帰りましょうか。」
「あ…うん」
「おう…」
「…だな。」
こつこつこつ、と先を歩く光の背中を気まずい思いで眺め、何気なく御幸を見ると、御幸も助けを求めるような目で俺を一瞥するのだった。