「も〜、一也さんおそ〜い!何してるんですかぁ、早くこっち来てくださいよ!みんな待ってますよ!」

浮かれた様子でやって来たミカにうんざりする。あーもう、なんなんだよ…。帰りたい…。
ぐっ、と俺の腕を掴む光の手に力が籠る。め…めちゃ怒ってる?やっぱり帰りたくない…こええ。

「ほらほらぁ、光さんもいつまでもくっついてないで!せっかくの懇親会なんだから、色んな人とお喋りして親睦を深めないと!」

ミカは言いながら、ワイングラスを取って光に差し出した。光は強気に微笑んでワイングラスを受け取る。お…おい、待て…。

「いただきます。はい、ミカさんもどうぞ。」

そして光も通りがかりの給仕からワイングラスをもらうと、ミカにつきつけるように差し出した。ミカは一瞬笑顔を強張らせたが、にこっ、と口角を押し上げて、グラスを受け取る。

「乾杯。」
「…乾杯。」

ふたりはグラスを鳴らすと、じっと睨みあったままグラスを傾けた。流れるように減る赤い液体。…このペースで飲んだら…光がヤバイ。

「…ああ、美味しい。」

ミカが飲み干したグラスをテーブルに置き、満面の作り笑いで言った。光もちょっと苦い顔を押し隠したような微笑みを浮かべ、グラスを空にすると、小さく頷く。

「美味しいですね。赤は普段あまり飲まないけど、これは飲みやすいです。」
「へえ?お酒、苦手とか?」
「いいえ、別に。」
「ふーん。…私はお酒、大好きなんです。次はカクテルでも飲みません?」
「いいですよ。」

大きく頷いた光の腕を思わず引っ張る。

「おい…やめとけ。」
「なんでですか?」
「なんでって…お前が一番わかってるだろ。お前、酒弱いんだから…」
「大丈夫です。」

きっぱりと言い切る光。ああだめだ、こうなるともう、言うことを聞かない…。
そんな俺の苦労はいざ知らず、ミカは給仕を呼びつけてマティーニを二つ持ってこさせると、ひとつ光に手渡した。普段の光の許容量から考えて、このグラスを飲み干す頃にはもう…完全に酔っぱらうはず。ヤバイ。

「おい…御幸。」

と、そこへ聞き慣れた声がやってきて、俺は振り返り、思わず安堵する。

「倉持〜…」
「情けねー声出してんじゃねえよ。何してんだよ」
「見てのとおりだよ…俺には止められない」
「じゃあ他に誰が止めるんだよ!光は酒よええんだぞ。あんな見るからに酒豪っぽい女と飲み比べなんて…」

倉持の説教の途中で、あっと息をのんだ。同時にグラスを傾ける光とミカ。どちらも譲らない。睨み合いながら、あっという間にグラスを空にする。

「ふふっ…、顔赤いですよ?酔っちゃいました?」

ミカは小麦色の頬を緩めて光を見つめる。光は白い頬を赤くして、じっとミカを見つめ返す。

「…酔ってません。」
「ええ〜?でも、けっこうお顔が赤いですよ?無茶しないで、奥のお部屋で休んでた方が良いんじゃないですか?」
「大丈夫です。」

ぐっ、と腕に強く掴まる光。…その細い腕もピンク色になっている。相当酔いが回っているはずだ。

「そんな、無茶しないで休んでくださいよぉ。ほらほらぁ、休憩室がこっちにありますから。」
「んう…」

かなりふらついている光の細い腕を、半ば無理やり俺から引っぺがし、そのまま連れて行こうとするミカ。

「ミカさん、俺が連れていくんで…」

そう申し出たが、俺をキッと睨み付けるように静止すると、ミカは言った。

「いいえ!大丈夫ですから。」

そしてそのまま光を連れていくミカの背中を、俺は倉持と顔を見合わせ、追って行った。

広間から直結している個室に光を押し込むミカ。その後を追い、閉まりかけた扉を辛うじて抑え、部屋に駆け込む。そして…目を疑った。
ミカはソファに光を座らせて、辛抱堪らない様子で、本当に衝動的に、光の顔を両手で包み…唇を重ねた。

「…!!?」

俺も倉持も、あまりの想定外の光景に尻込みして立ち止まる。バタン、と支えを失った扉だけが間抜けな音を立て、ミカが振り返った。光は呆然としている。

「え…えーと…」

何を言えばいいのかわからない。つーか、頭が追いつかない。え…、今、光にキス…した?え、何で?ミカさんは俺のことが好きで、光をライバル視してて、それで…えーと……なんでキスするんだ??
…いや違う!俺の馬鹿!つまりそれは俺の勘違いで…だから…ミカさんが好きなのは…光!!?

ミカはゆっくりと立ち上がり、何とも形容しがたい顔で俺と倉持を見た。俺も倉持も黙っている。何を言えばいいのかわからねェ…。

「もう!邪魔しないで!」
「!!?」

動揺している俺たちにミカが怒鳴りつけた言葉で、更に俺たちは動揺する。

「せっかく二人っきりになれたのに!」
「え…えっと…ど、どういうこと…っすか?」
「見ればわかるでしょ!光さんは私の運命の人なんだから…。」

うっとりと光を振り返って跪き、呟くミカ。光はぽかんと口をあけたまま放心している。…まだ頭が追いつかないらしい。俺もだ。

「ああ…なんて可愛いの…。お人形さんみたい…。」

ミカは恍惚とした表情で光の頬を撫で、腕を撫で、足を撫でる。

「この吸い付くような肌…。あぁっ、もう!食べちゃいたい!」
「……。」

光は放心から動揺を思い出した様子でちょっと身を引いた。それを追いかけるように、ミカは身を乗り出して光に跨るように覆いかぶさる。

「おい、ちょっと待て!とりあえず離れろって!」

俺も倉持もほとんど同時に駆け寄って、ミカを引きはがしにかかる。なんとかドア付近まで引っ張ってきて光と距離を取ると、ミカはだだをこねはじめた。

「ああんもう!なんで邪魔するのよお!うえーん!」

ここでようやく気が付いた。
こ…この人も相当酔ってんじゃねーか…。酒弱かったのかよ…。
地団太を踏むミカを倉持に任せ、俺は光に近寄った。

「光、大丈夫か?」
「う…うん…」

さすがに酔いが醒めた様子で、呆然と頷いた光。まだショックが抜けない様子だ。…というか、驚きすぎたんだな。俺もだけど。

「あっ!!」

そのとき倉持の意表をついて、ミカが倉持を振りほどき、こちらににじり寄ってきた。俺は背に光を庇い、じりじりと対峙する。…何でこんなことになってんだ。
光は立ち上がって俺の背に隠れ、息をのんでいる。

「はぁ…可愛い…」

ミカは俺を睨んでいたかと思うと、うっとりと光を見つめて呟いた。

「光ちゃん…」
「は、はい」
「ああッだめ!!可愛すぎて直視できない…っ!!」
「……。」

「な…なんなんだ?」

困惑する倉持の背後のドアが、窺うように開いた。その隙間から顔を覗かせたのは亮さんで、部屋の中で固まる俺たちを見渡すと、眉をちょっと上げた。

「お前ら何してんの?」

部屋の中では、中央に立つミカを取り囲むように立つ俺と倉持、そして俺の背後に隠れている光。事情を知らない人から見たら異様な光景だ。

「いや、ちょっと…」

何と言うべきか迷った俺がちょっと目を離した瞬間。

「きゃーっ!」

光が悲鳴を上げ、一同が振り返る。光はミカに抱きしめられて背中を撫でまわされていた。

「はぁ…っなにこのお肌!すっごいしっとり滑らかで…」
「や…、ちょ…」

ミカの手が光の腰を這い、尻に向かう。

「ま…待ておい!!」
「離せコラ!!」

咄嗟に俺と倉持のふたりがかりでミカを引きはがす。ミカは暴れるかと思ったが、思いの外ぐったりと、しかし満足げな笑みを浮かべたまま崩れ落ちた。…寝落ちか?ひとまずミカをソファに横たわらせる。

「光…、だ、大丈夫か?」
「ん……うん…」

「え…何?どういうこと?」

さすがの亮さんもちょっと戸惑った様子で呟く。が、事情は今見たそのままだ。亮さんもそれはわかっているのだろう、しばらく黙りこんで頭を整理するように考え込むと、ふっと笑みを浮かべた。

「この子が狙ってたのは御幸じゃなくて光ちゃんのほうだったってこと?」

ちゃっかりちゃん付けで呼んでるけど…まあそういうことだ。俺が頷くと、亮さんはふうん、と呟いた。

「ぶふっ…面白すぎ…」
「わ、笑い事じゃねーっすよ!光はケツ撫でまわされて…」

バシッ、と光に背中を殴られて俺は言葉を飲みこむ。そしてそのまま俺の背中をぐいぐい押して、光は顔を赤くして言った。

「も…もういいから…ホテルの人呼んで、行きましょう」
「あ、じゃあ俺呼んでくるな…」

倉持がそそくさと部屋を出て行く。ミカはまだ酔い潰れて熟睡している。このまま放置するわけにはいかない。

「…亮さん、行かないんすか?」
「倉持が戻ってくるまでいるよ。お前たちは行ってていいよ。」
「ど、ども…」

光共々小さく頭を下げて部屋を後にする。なんだかまだ、起こったことを信じきれない。

「……光?」

俺の腕に掴まっている光がいつまでも静かなので、その顔を覗き込んでみる。すると光は小さく息を吐いて、呟いた。

「…びっくりした…」

…だよな。
俺たちは顔を見合わせて、乾いた笑いを堪えた。

 


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