きゃっきゃっきゃ、と牧瀬が実に楽しそうに腹を抱えて笑うのを、光はジト、と不満げに見つめている。

「いや〜大変だったねぇ光。女の子にもモテちゃうんだ〜」
「…笑いすぎ」
「ごめんごめん!でもわかるな〜!光って本っ当にキレーだもん!おうちに飾っておきたいくらい!」
「え……」
「引かないでよ!」
「ヒャハハ!お前だとやりかねねーもんな」
「倉持さんに言われたくない!」

牧瀬は倉持を睨むと、また光に笑顔を向ける。

「それでキスされちゃって?お尻まで揉まれちゃったの?」
「…何度も言わないでよ」
「だって〜〜〜私の光の唇が奪われちゃったなんてショックだもん〜〜」
「司の?」
「女同士では私だけだったじゃんチューしたの!!」
「は!?」
「え!?」

驚きの声を上げたのは倉持と俺だ。部屋は一瞬静まり返り、牧瀬と光はきょとんと俺たちを振り返る。

「え…お前らってそういう…」
「何考えてるんですか。高校の時、文化祭の演劇でですよ。」
「ああ…」
「なんだ…」

ほっとしたのもつかの間、牧瀬はまた光に向き直り、距離を詰めた。

「ねえ光〜〜おっぱいは誰にも触らせないでね?」
「きゃっ!!…ちょっと!」

光の両胸を遠慮なく揉む牧瀬の両手…。俺は思わず凝視して、直後に思い出して、倉持の目を覆う。
光は牧瀬の手を振りほどき、胸を両腕で隠すと、そっぽを向いて座りなおした。

「…ちょっと待って!光またおっきくなったでしょ!!」
「こ…声大きい!」
「この間より絶対大きくなってる!なんで!?私なんて高校の時から全然変わらないのに!御幸さんの揉み方が上手いのかな?」
「う、うるさいってば!」

きゃーきゃー言い合う女たちを前に、俺と倉持は何となく肩身が狭くなって、顔を見合わせた。
女って…時々こわい。


***


静かな足音が聞こえて、顔を上げた。前方から歩いてくるのは、深刻そうに俯いているミカ。

「あ…おはようございます」
「!!!」

控えめに挨拶をすると、ミカは飛び上がるほど驚いて、廊下の防火扉に背中を思い切りぶつけた。ガタン!!と硬い音が廊下に響き渡り、そのあとには沈黙が降りる。
…この様子だと、こっちは記憶がはっきり残るタイプらしいな。気の毒に…。

「…あの……、あの…」

ミカは狼狽えながら口をパクパクと動かして言葉を探す。いつも堂々としていて快活な彼女の姿からはかけ離れた今の姿。なんだかおもしろく思えてきたが、笑うのはかわいそうなのでこっそりと堪える。

「た…玉城さんは……、その……」
「光が?」
「……お、怒って…ますよね…」
「…いや…怒ってはないですけど…」

なんというべきか。…混乱?困惑?なんせ、かなりの想定外の出来事だったからなぁ。牧瀬に笑い飛ばされて、ちょっと気を取り直してはいたけど。

「ご…」

ミカは顔面蒼白のまま口を開く。

「ご迷惑を…おかけして…すみませんでした……、と、伝えてくれませんか…?」
「…そ、そんなに思いつめなくても。酔ってたんだし…光もわかってますよ。」
「……。」

ミカの瞳が潤む。ちょ…ちょっと待て。頼むから泣くなよ…!

「ま…まあ、一応伝えます。」
「…お願いします…。」

ぺこり、と深く頭を下げて、ミカはこの世の終わりのような顔をしたまま去って行った。
ま…憧れてた相手にあんなことしちまったら…確かに凹むかもなぁ。
俺は頭を掻いて、胸の奥に残った複雑な気持ちを押しやった。



***


「おかえりなさい。」

玄関に入ると、エプロン姿の光が駆け足でリビングの方からやって来た。

「ただいま。」

返事をしながら靴を脱ぎ、玄関に上がると、光はそれを待っていたかのように両手を後ろに組んで、期待するような目で俺を見ていた。俺はちょっと笑って、いつものように唇に軽いキスをする。すると光は満足したようにはにかんで、踵を返した。

「ご飯もうすぐできますよ。」

その言葉通り、リビングにはいいにおいが漂っている。俺はすぐに手洗うがいを済ませ、着替える。試合のシーズンだから、風邪を引くわけにはいかない。
リビングに戻ってきてキッチンを覗くと、光はすっかり慣れた手つきで料理をしていた。お皿を並べ、スープを注ぐその背中を、ふわふわした気持ちで眺める。あぁ、幸せだなぁ。

「…光。」
「はい?」
「今日、ミカさんに会ったんだけど」

そこまで言うと、光は興味を引かれたように顔をこちらに向けた。

「謝ってたよ。」
「え…私に?」
「うん。この世の終わりみたいな顔して」

きょとん、と光は目を丸くした後、小さく笑った。

「気にしないでって言っておいてください。」

そう言うと思った。だけど俺は承諾を飲みこんで、光の背中に歩み寄る。

「俺は気にしてるんだけど…」
「え?」

振り向いた光の、細い腰を抱き寄せる。

「…一也さん?何…」
「気安く触らせすぎ。ミカさんにも…牧瀬にも」
「え…?」

白く細いうなじに顔を近づけ、撫でるようなキスをする。光の甘い香りを鼻の奥に感じる。

「…一番触ってるのは一也さんですけどね?」

笑い交じりの可愛い声が耳元でささやく。

「当たり前だろ。俺の奥さんなんだから…」

言ってから急に恥ずかしくなって、紛らわせるように光を抱きしめる。すると、光の手が俺の背中をぽんぽんと、優しく叩いた。

「やきもち?」
「…悪い?」

開き直ると、胸元で光がクスクス笑う。

「ううん…」

小さく首を横に振って、ちょっと嬉しそうに俺の胸元に顔を埋める。

「…光。」
「ん?」
「今日、一緒に風呂入ろ。」
「え……」
「駄目?」
「う……」

駄目?って目を合わせて聞かれると…光、弱いんだよな。以外と押しに弱いところあるし。

「…はい…」

顔を赤くして、俯くように頷いた光。心の中でガッツポーズをする俺。

「やった!じゃ、早く飯くおーぜ」
「ううう…なんかずるいですよ…」

渋る光を急かすように、俺は食事の支度を手伝った。

 


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