「お前さ、初詣行くの?」

ベッドに仰向けになりながら、携帯電話に問いかける。そう間を開けず、少し眠そうな声が返ってくる。

『クラスの子から、メールで誘われてて…でも、まだ決めてないですけど』
「なんで?」
『…一也先輩と…行けないかなって思って…』

枕に顔を埋めて悶絶する。なんだこれ。寝ぼけてるのか?可愛すぎんだろ。

「…じゃー一緒に行こうぜ。学校の近くにデカい神社あったよな?」
『はい』
「迎えに行くから、家で待ってろよ」
『え…先輩遠回りじゃないですか?』
「大して変わらねーよ。それに、まだ朝暗いし危ないだろ」
『…はい』

眠いのか、光の声がだんだん小さくか細くなっていく。そんなことにさえ、胸がくすぐったくなって、俺は一人でにやけてきてしまう。
するとその時、光が呟いた。

『…あ』

ふと思いついて、時計を見ると、ちょうど0時。電話越しに少しはっきりと声が響く。

『あけまして、おめでとうございます。』
「あけましておめでとう。…じゃあ、俺、学校寄ってから行くから、7時ごろ迎えに行くよ。」
『学校?…元旦に?』

訝しげな光に、少し期待を込めて答える。

「ああ。少し早めに寮に戻ろうと思って。寮に荷物置いたら、すぐ行くから。」
『…そうですか。わかりました。』

少しだけ、それでも確かに明るくなった声に、俺まで嬉しくなってくる。

「じゃ、また7時に。オヤスミー」
『おやすみなさい。』

電話を切って、布団をかぶる。しかしなんだか目が冴えて、なかなか寝付けないのだった。



***



前に一度来たことのある光の家。洋風の、白い、大きな家。
…金持ちっぽいよなぁ。
親、何してる人たちなんだ?全然聞いたことないけど。

緊張しながらインターフォンを押すと、ややあって、ガチャリと鍵の開く音がした。おいおい、確認もせずに…と思ったけど、よく見るとインターフォンにカメラが付いている。そうか、これか…。
玄関のドアが開くと、そこから光が顔をのぞかせた。

「もう準備できるので、玄関に入っててください。そこの門開いてますから。」

そう言われたので、遠慮がちに門をくぐり、玄関に招かれる。

「お邪魔しま…」

そう言って足を踏み入れた途端。
光に腕を引かれ、支えを失ったドアが勢いよく閉まる。
引っ張られた俺は、ふっと光が瞳を閉じる様子に目を奪われながら、気付けばキスをされていた。

「……ん…」

勢いに任せたからだろう、少し息の乱れる光の喉から、小さく声が漏れる。
…すげーエロいんですけど…

光は唇を離すと、少し顔を赤くして、満足げに笑った。

「…って、おい、親は…」
「いませんよ。来週まで帰ってきません。」

…え?

「いつもほとんどいないし…。別に、いいんですけど。」

光はそれ以上話したくないと言った様子で話を切り上げると、傍に置いてあったコートを着てバッグを持ち、俺を振り返った。

「じゃ、行きましょうか。」
「…ああ」

光の家を出て、神社までの道を歩く。同じ場所に向かっているであろう人たちが、ちらほら、道を歩いている。

「お腹すきません?」
「あー、そうだな」

適当に答えながら、私服姿の光を見る。可愛い。俺の彼女か。彼女…。

「…なんですか?」
「いや、別に…」

言いながら小さな手を掬い取って、自分の指と絡ませながらポケットに突っ込むと、その手は迷いなく俺の手を握り返してきた。光は、少しうれしそうに頬を赤くして、前を向いた。

神社はそこそこ混んでいて、俺たちは手水を済ませ、はぐれないように参拝の列に並ぶ。

「あっ!先輩、おみくじがありますよ!」
「そりゃあるだろ…」
「私、おみくじやったことないんです。」
「マジ?じゃあこのあとやってみるか?」
「いいんですか!?」

いいもなにも、おみくじくらいで…と思いながら、それでも光の喜ぶ顔を見ると、こっちまで嬉しくなってくる。

「当たり前だろ。一緒にやろうぜ」
「はい!」

わくわくと目を輝かせる光。こんな顔もするのか。かわいいな…

「あれっ!?光!?」

騒がしい女の集団の中にいた一人が、すれ違いざま声を上げて駆け寄ってきた。あっ、と声を上げた光が手を振ったその相手には、俺も見覚えがあった。

「司!ここに来てたんだ。」
「うん、美穂たちと来たの」

牧瀬がそう言いながら指した先には、騒めき立つ女子たちがいる。俺と光を面白がるような顔で見て、ひそひそと盛り上がっている。

「っていうか、も…もしかして、付き合ってるの!?」

牧瀬は俺と光を交互に見て顔を赤くした。光は俺をちらりと見上げる。俺は辛うじて微笑んだが、動揺は隠せていなかったと思う。

「う…うん。」

光が頷くと、牧瀬は、ひゃー…!と悲鳴を押し殺した。

「そ…そうだったんだ!えっと…おめでとう!もお…新年早々びっくりしたよ!」
「えへへ…ごめん、今度話そうと思ってたの…。あ、あけましておめでとう、司。」
「あっ、うん!あけましておめでとう!御幸先輩も、あけましておめでとうございます。」
「ああ、お、おめでとう」

思い出したように新年のあいさつを交わし、牧瀬は友達と去っていった。

「はあ…びっくりしましたね。」
「ああ…クラスの奴ら?」
「はい。電話で言ってた、今日誘ってくれてた子たちです。」
「ふうん…」

なんだかんだ、不器用だけど、何気に友達多いよなこいつ…。かといって自分から積極的に行くタイプではないし、きっと、光の魅力が人を引き付けるんだろう。なんとなく、わかる気がする。つい目で追ってしまって、近づきたいと思う魅力が、こいつにはあるんだ。

「あれ…御幸?」

今度は反対方向から声がした。…なんか嫌な予感がする。恐る恐る振り向くと、そこには、それぞれ林檎飴を持った白州と川上がぽかんとしてこちらを見ていた。

「え…お前らなんでここにいんの?」

思わず素で尋ねると、ふたりは一度顔を見合わせ、口を開いた。

「いや…一緒に初詣行こうってなって、お互い一番近いここに」
「っていうか、そっちこそ…」

ふたりの視線は光に注がれている。そういえば手も繋ぎっぱなしだった。かといって振りほどくのも…なぁ。
返答に迷っていると、光はぺこりと会釈した。

「あけましておめでとうございます。」

「あ…あけましておめでとうございます。」
「おめでとう…」

つい毒気を抜かれてあいさつを交わす。すると二人も深い追及を避けるように、また顔を見合わせて笑みを作った。

「あ…じゃあ、俺らはそろそろ帰るから…」
「また学校で…」

「あ、おう、また」

気まずい挨拶を残し、白州と川上は帰っていった。やべー、これ絶対寮で噂になるだろ。

「…バレちゃいましたね」

どこか申し訳なさそうに光が言う。

「まーしょうがねえだろ、学校の近くだし。それに、別にバレてもいいし」

そう。別にバレたっていいじゃねえか。しばらくの間、からかわれるだけのこと…。

「……。」

光は黙り込んだが、赤くなった顔はまんざらでもなさそうだったから、俺は何も言わずにポケットの中の手をしっかりと握りなおした。


***


「大吉…!」

細長いおみくじの紙を広げて、光が嬉しそうに呟く。

「おー、よかったじゃねえか。」

そう言いながら開いた俺のおみくじは、凶。まじかよ。

「先輩、どうでした?……。」

俺の手元を覗き込んだ光が、はっと息をのんだ。

「あ、これ、そうだ。これって、枝に結んだりするんですよね?」
「あー、そうそう。でもお前大吉だろ?いい結果は結ばず持ち帰るって聞いたことあるけど。」
「え!そうなんですか?」

光はおみくじを眺め、少し残念そうに呟いた。

「そうなんだ…」

なんだ?結んでみたかったのか?まぁ、初めてって言ってたしな…。

「じゃあ、俺のヤツ結んでくれよ。」

おみくじを細長く折って手渡すと、光はあきらかに嬉しそうな顔をしてそれを受け取った。

「いいんですか!?」
「いいよ。なるべく高いところにな」
「はい!」

精一杯背伸びをして枝におみくじを結ぶ光を眺める。一生懸命な横顔。見ているだけでついつい笑みがこぼれてしまう。こんなに無邪気な姿は初めて見たし、今日みたいにころころと喜怒哀楽を表に出すのも珍しい。だんだん、少しずつでも、俺に心を開いてくれてんのかな。だとしたら、こんなに嬉しいことはない。おみくじの結果なんて、ウソなんじゃないのか?

「結んできました!」
「おー、サンキュ。」

駆け寄ってきた光の頭を撫でて、また手をつないだ。やっぱ、早めにこっちに戻ってきてよかった。休みが終われば、こんな風に二人で過ごすことなんて、ほとんどなくなるだろうし。

それからは露店でじゃがバターやたこ焼き、林檎飴、チョコバナナなんかを食べて、ひとしきり回り終えてから、俺たちは帰途につく。

「先輩、寮に帰るんですよね?」

光が立ち止まってそんなことを言ったかと思えば、もう、学校方面と光の家方面の岐路に立っていた。

「ああ、うん。でも、家まで送るから。」
「でも…」
「いいだろ、一緒にいてえの。」
「……。」

あ、また赤くなった。といいつつ、たぶん今は俺も赤いな。柄にもないこと言っちまった。
でも…なんか、幸せだな。

「先輩は…いつまでお休みなんですか?」
「3日まで。」
「じゃあ、それまで何してるんですか?」
「適当に素振りしたり、筋トレしたり…たぶん明日になれば、他にも何人か戻ってくるだろうし。」
「そうなんですか…」

光はしばらく黙ってから、あの、とまた口を開いた。

「あの…お休みの間…」
「ん?」
「…たまに、たまにですけど、あの、会いに行ってもいいですか。」

俺はポケットから手を出して、光の肩を抱き寄せた。

「当たり前だろ。言っただろ、遠慮すんなって。」
「……はい。」

嬉しさに舞い上がった後で、少しの疑念が心に残る。
出会った頃は、生意気で、気が強くて、負けず嫌いで、高嶺の花で…それなのに最近は光がひどく弱弱しく、危うげに見える。自分に自信がなくて、いまひとつ踏み込めなくて、周りとの間に壁を作って。
俺には、ずいぶん素直になってくれてはいるけれど、まだ、核心には触れられていないようにも思う。

「あの…」

光が立ち止まって、もう家の前まで来たのだと気づいた。

「ありがとうございました。送ってもらっちゃって…」

まだそんなよそよそしく頭を下げる光に、俺は苦笑する。

「当たり前だろ。彼氏なんだから。」
「…。」

嬉しいのか困っているのか、複雑そうな表情を残して、光は門扉に手をかける。
これでいったんお別れか。明日から、会いに来るとは言ったけど…なんだか名残惜しい。
そう思った時、光が振り向いて、俺を見上げた。

「…上がっていきますか?」

その言葉の意味を、彼女はわかっているのか。
俺は胸を突然鷲掴みにされたように驚いて、息をのんだ。

それって、どういうことだ?家には誰もいないって言ってたろ。それなのに。

「…いいのか?」

そう訊くと、光は俺を真っすぐに見つめたまま、頷いたのだった。

 


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