160
「すみませ〜ん、君モデルとか興味…」
すれ違いざまにかけられた声に振り向くと、スーツ姿の男が私の顔をまじまじと見て、あっと息をのんだ。
「ま…牧瀬司!?」
「あはは…どうも〜」
「し、失礼しました!あ、あの、あ…握手してください!」
「いいですよ。」
何度もペコペコ頭を下げる男に手を振って、足早にそこを去る。いやー、私もまだまだ捨てたもんじゃないのかな。まあ…今が充実してるから、全く興味はないんだけどね。
テレビ局につき、真っ先に光の控室に向かう。なんだかやけに入り口が騒がしい。出るときは裏口の方が良いかな。
控室をノックし、返事を確認して扉を開けると、光は既に私服に着替えて待っていた。
「ごめん光、おまたせ!次の撮影行こう。」
「はーい」
光はなんだかご機嫌でスマホを弄っていたが、ちょっと操作してすぐにポケットに仕舞った。
「何見てたの?」
「今日の夕ご飯、何にしようかなって」
「へぇ〜。で、何にするの?」
「一也さん、明日試合だから…糖質が高くてお腹に優しいメニューで…うーん」
指折り何かを数えてメニューを考える光は本当に幸せそうで、こっちまで幸せな気分になる。御幸さんのこと、本当に愛してるんだなぁ。
ふたりで1階に降りると、正面入り口に向かおうとする光を引き留める。
「入り口人いっぱいいたから、裏から出よう。」
「そうなの?わかった。」
きっと誰かの出待ちだろう。スキャンダルでもあったのかな。時々あることだ。私も光もあまり気に留めず、裏口へ急いだ。すると、その途中になんだか懐かしい姿を見つけた。最近めっきり顔を合わせることが無かった、森田桃だ。
そのまま無視して通り過ぎようとしたところ、森田はなんだか嬉しそうにニヤニヤしながら通路の真ん中に出てきて、私たちの行く手を阻んだ。
「何ですか?」
そう問うと、森田は自分のスマホを何やら操作して、画面をこちらに向けた。
「私、見ちゃったんだー。玉城さんって面食いなんだね。こーんなイケメンな彼氏作っちゃって。」
「はぁ?」
それって浮気ってこと?光に限ってそんなことあるわけない…。
思い切り疑ったまま、私も光も画面を覗き込む。そこには、どこかのホテルのラウンジで、男の人にエスコートされて個室に入って行く光の姿があった。
「どう?言い逃れできないでしょ。2時間も個室にふたりっきりでいて、何もなかったなんて言わせないからね。」
「……。」
私は光と顔を見合わせる。森田は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「それで…どういうつもりでこれを?」
光が問うと、森田は鼻を鳴らしてスマホを大切そうに仕舞った。
「どういうつもりもなにもないけど。相応の罰を受けてもらえればそれで十分。今更喚いても無駄だからね。もうマスコミにはデータを渡してあるんだから。」
「マスコミに渡しちゃったんですか?私の浮気現場だって?」
「そうよ。残念だったわね。もう脅しは通用しないから。」
はあ、と光は相槌のようなため息を吐いた。
「別に渡してもいいですけど…。」
「なにそれ?負け惜しみ?ま、もうどうすることもできないもんね。ご愁傷様。」
「そうじゃなくて…」
「あんたもこれで終わりね。牧瀬もこんなビッチのために芸能人生終わらせちゃって。カワイソー。」
「あの、話を聞いてくれませんか?」
「いいわよ。何?」
ふふん、と光をイヤな目で見つめる森田に、光は淡々と言った。
「この人、私の従弟です。」
「……は?」
「それにこの日は一也さんも一緒に居ました。この時は離れてたけど…私が従弟と二人で話したことも知ってますし。」
「……従弟?」
「はい。先週のパーティーの時ですね。写真も撮ってます。」
光は自分のスマホを取り出して、画面を森田に見せた。豪華なバーラウンジのようなところで、光を中心に、御幸さんと光臣さんと3人で並んで写っている。
「……。」
森田は完全に消沈して黙り込んだ。
「マスコミに言う前に言ってくれれば…」
光は完全に神経を逆なでするようなことを淡々と言って、スマホを仕舞った。
「それじゃ、次の撮影があるので、失礼します。」
「お疲れ様でした〜。」
私たちはそう言って、森田の脇を抜けて裏口へと急いだ。森田はただ呆然と、そこに立ち尽くしていた。
裏口を出ると、どっと押し寄せるマスコミ。あ〜、光を待ってたのか…。急いで車を回させて、押し寄せるマスコミから光を庇う。
「玉城さん!この写真について一言お願いします!」
「夫の御幸一也さんはこのことをご存じなんですか!?」
「この方は玉城さんの浮気相手という事なんですか!?」
あーあ。森田、やってくれちゃって…。
光は特に取り乱しもせず、よく通る綺麗な声を響かせた。
「彼は私の従弟です。」
ざわっ、とマスコミがどよめき、意表を突かれたように静まり返った。その隙に光を車に乗せ、私たちはロータリーを抜ける。
はあ、と後部座席で光が深いため息を吐いた。
「お疲れ。」
そう声をかけると、光はちょっと苦笑して、窓の外を眺めた。
***
『“華麗なる一族”玉城光の従弟は「玉城グループ日本支社社長」若きイケメン経営者』
週刊誌のページを埋め尽くすその記事を、私は面白おかしく読み上げる。
「貿易、製薬、アパレル、IT…多くの事業を手掛ける超巨大財閥玉城グループ。なんと女優・玉城光は、その総取締役会長の孫娘だった!スイスを拠点とし、世界中に関係事業を展開している玉城グループだが、今年度日本支社の代表に就任した若きイケメン社長は業界内ではすでにかなりの話題を呼んでいる。24歳という若さで大企業の社長であり、日本語の他英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語、オランダ語といった7か国語が堪能で、幼少期から嗜んでいるヴァイオリンの腕はプロ級。しかもモデル顔負けのスタイルと整った容姿。そんな物語の世界から現れた王子様のような彼――玉城光臣。彼と玉城光の密会現場がパパラッチされたのは、つい先週のことだ。
ふたりは都内の超高級ホテルのラウンジで、VIPにのみ利用が許されている個室へ入る瞬間を目撃された。まさかあの清純派女優玉城光の初のスキャンダルか――そうマスコミを驚かせたのもつかの間。詰め寄る報道陣を前に、彼女は落ち着いた様子でこう言った。『彼は私の従弟です。』」
「…面白い?」
ちょっと呆れた様子で光が言う。うん!と私は大きく頷く。
「ねえ、ロマンシュ語って何?」
「スイスの言語だよ。」
「へぇー。じゃあ光も話せるの?」
「少しなら。」
へぇ…、と、傍で話を聞いていた倉持さんも呟く。隣で御幸さんも驚いたように光を見ている。知らなかったんかい。
「それはそうと、その情報をマスコミに流したという女は、放っておいていいのか。」
ビールを眺めながら光臣さんが口を開いた。この人ビールジョッキ似合わないなぁ。
「大丈夫。何もできないだろうし。」
光が答えると、光臣さんは納得はしていないものの了解するように頷いた。
「…光、それ何杯目?」
白ワインのグラスを傾ける光に、御幸さんが神妙な顔で尋ねた。光はほんのり赤くなった顔であっけらかんと答える。
「えっと…3杯目?」
「もうやめとけ」
「大丈夫ですー」
「ダメ。倉持がいるときは2杯以上飲んじゃダメ」
「なんでだよ」
倉持さんが、のしっ、と御幸さんの背中に足を載せて、光臣さんは不思議そうに彼らのやり取りを眺めている。
「じゃあこれで最後にします」
「いやもうやめとけって。ほらそれ寄越せ」
「嫌」
「こら、飲むなって…あぁ、もう」
御幸さんに背を向けて、グラスのワインを飲み干す光。相変わらずいい飲みっぷり。昔よりちょっと飲めるようになったことが嬉しいらしくて、最近は特に飲みたがるんだよね。それでもこんなふうにぐいぐい飲むのは、御幸さんがいるときだけだけど。
「光?大丈夫か?」
光を振り向かせて、御幸さんが問う。
「…弱いのか?」
光臣さんが不思議そうに問うと、御幸さんは困ったように笑う。
「あー、うん、まぁ…すぐ酔っちゃって…」
「えへへ…一也さぁん」
頭を掻く御幸さんに、光が甘えるように抱き着いた。光臣さんは目を丸くして口をぽかんと開けている。
「こうなっちゃうんだよね…」
御幸さんはそう言って、だけどまんざらでもなさそうにちょっと顔を赤くして、光のされるがままになっている。
「ちょっと、御幸さんばっかりずるいですよ!ほら光、こっちおいで!」
「そーだそーだ。光、俺の所に来い!」
「お前らな…犬猫じゃねーんだぞ」
「…酔うと誰にでもこうなるのか?」
心配半分、期待半分のような顔で光臣さんが訊ねる。
「いえいえ。なんていうか…思ったことを全部態度に出しちゃうんですよ。好きな相手だとデレデレになっちゃいますけど、嫌いな相手にはそれはもう辛辣になります。」
「……。」
あ、期待が不安に変わった。光臣さんは大人しく口を噤んでしまった。怖くて確かめたくない…といったところだろうか。
「光〜、ほら、光臣さんだよ〜。」
「お、おい…」
勇気が出ない光臣さんに代わって、御幸さんに抱き着いたままの光を振り向かせる。光はじっと光臣さんを見つめた。な…何も言わない。こんなこと珍しい…。
「…光?」
「……。」
「……。」
光臣さんが呼んでも、光は何かを考えるように、御幸さんに抱き着いたまま、じっと光臣さんを見つめている。
「…ほら、光臣さん!何か言ってみてくださいよ。今なら本音で答えてくれますよ。」
「え…言うって、何を…」
「手っ取り早く好感度が知りたいなら、おいでって言ってみてください!」
「シミュレーションゲームかよ」
倉持さんの突っ込みは放っておいて、光臣さんは真剣な顔で光を見た。
「…光。」
「……。」
「お…おいで。」
「……。」
光はじっと光臣さんを見つめて…御幸さんの肩口に顔を隠した。
「嫌。」
嫌。光がはっきりとそう言った。おそるおそる、光臣さんを見る。光臣さんは今にも灰になりそうな真っ白な顔で固まっていた。う…うわー、か、可哀そう…。
ヒャハ、と倉持さんが小さく笑いそうになって、私は咄嗟に睨みつける。
「こ…」
光臣さんが呆然と呟く。
「ここまで嫌われてるとは…」
こうなると本当にかわいそうだ…。むやみに勧めたことを後悔しつつ、申し訳ないけれどちょっと面白がる自分もいる。
「光、どうして嫌なの?」
おい傷を抉るなよ、と笑いを堪えながら言う倉持さんを放っておいて、光の声に耳を傾ける。
「…女たらしだから」
「え?」
疑問符を浮かべる私をよそに、なんだか納得を顔ににじませる御幸さんと倉持さん。それから図星を突かれたように放心する光臣さん。
「女たらしなんですか?」
「いや…」
「たらしだよ。なぁ?」
「あぁ。超女たらし」
「……。」
御幸さんと倉持さんに畳みかけられ、光臣さんは沈黙する。へえー、そうだったのかぁ…。
「…わかった。」
光臣さんが、どこか決意したように呟いた。
「彼女たちとは、もう手を切る。」
すると、光がゆっくりと身を起こして光臣さんを見た。
「…ほんと?」
「ああ。もうこんなことはやめるよ。」
「…ちゃんとひとりの人と…誠実に付き合う?」
「ああ。そうする…」
「…約束だよ?」
じっと光に見つめられ、光臣さんは見惚れるように何度も頷いた。
「ああ。」
すると光は嬉しそうに笑って、光臣さんを抱擁した。突然のことに目を白黒させながら、光臣さんはにわかに顔を赤くする。
「よかった…」
光がそう安堵したように呟くと、引きはがそうと伸ばした手を、御幸さんは複雑そうに躊躇いながら引っ込めた。
すれ違いざまにかけられた声に振り向くと、スーツ姿の男が私の顔をまじまじと見て、あっと息をのんだ。
「ま…牧瀬司!?」
「あはは…どうも〜」
「し、失礼しました!あ、あの、あ…握手してください!」
「いいですよ。」
何度もペコペコ頭を下げる男に手を振って、足早にそこを去る。いやー、私もまだまだ捨てたもんじゃないのかな。まあ…今が充実してるから、全く興味はないんだけどね。
テレビ局につき、真っ先に光の控室に向かう。なんだかやけに入り口が騒がしい。出るときは裏口の方が良いかな。
控室をノックし、返事を確認して扉を開けると、光は既に私服に着替えて待っていた。
「ごめん光、おまたせ!次の撮影行こう。」
「はーい」
光はなんだかご機嫌でスマホを弄っていたが、ちょっと操作してすぐにポケットに仕舞った。
「何見てたの?」
「今日の夕ご飯、何にしようかなって」
「へぇ〜。で、何にするの?」
「一也さん、明日試合だから…糖質が高くてお腹に優しいメニューで…うーん」
指折り何かを数えてメニューを考える光は本当に幸せそうで、こっちまで幸せな気分になる。御幸さんのこと、本当に愛してるんだなぁ。
ふたりで1階に降りると、正面入り口に向かおうとする光を引き留める。
「入り口人いっぱいいたから、裏から出よう。」
「そうなの?わかった。」
きっと誰かの出待ちだろう。スキャンダルでもあったのかな。時々あることだ。私も光もあまり気に留めず、裏口へ急いだ。すると、その途中になんだか懐かしい姿を見つけた。最近めっきり顔を合わせることが無かった、森田桃だ。
そのまま無視して通り過ぎようとしたところ、森田はなんだか嬉しそうにニヤニヤしながら通路の真ん中に出てきて、私たちの行く手を阻んだ。
「何ですか?」
そう問うと、森田は自分のスマホを何やら操作して、画面をこちらに向けた。
「私、見ちゃったんだー。玉城さんって面食いなんだね。こーんなイケメンな彼氏作っちゃって。」
「はぁ?」
それって浮気ってこと?光に限ってそんなことあるわけない…。
思い切り疑ったまま、私も光も画面を覗き込む。そこには、どこかのホテルのラウンジで、男の人にエスコートされて個室に入って行く光の姿があった。
「どう?言い逃れできないでしょ。2時間も個室にふたりっきりでいて、何もなかったなんて言わせないからね。」
「……。」
私は光と顔を見合わせる。森田は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「それで…どういうつもりでこれを?」
光が問うと、森田は鼻を鳴らしてスマホを大切そうに仕舞った。
「どういうつもりもなにもないけど。相応の罰を受けてもらえればそれで十分。今更喚いても無駄だからね。もうマスコミにはデータを渡してあるんだから。」
「マスコミに渡しちゃったんですか?私の浮気現場だって?」
「そうよ。残念だったわね。もう脅しは通用しないから。」
はあ、と光は相槌のようなため息を吐いた。
「別に渡してもいいですけど…。」
「なにそれ?負け惜しみ?ま、もうどうすることもできないもんね。ご愁傷様。」
「そうじゃなくて…」
「あんたもこれで終わりね。牧瀬もこんなビッチのために芸能人生終わらせちゃって。カワイソー。」
「あの、話を聞いてくれませんか?」
「いいわよ。何?」
ふふん、と光をイヤな目で見つめる森田に、光は淡々と言った。
「この人、私の従弟です。」
「……は?」
「それにこの日は一也さんも一緒に居ました。この時は離れてたけど…私が従弟と二人で話したことも知ってますし。」
「……従弟?」
「はい。先週のパーティーの時ですね。写真も撮ってます。」
光は自分のスマホを取り出して、画面を森田に見せた。豪華なバーラウンジのようなところで、光を中心に、御幸さんと光臣さんと3人で並んで写っている。
「……。」
森田は完全に消沈して黙り込んだ。
「マスコミに言う前に言ってくれれば…」
光は完全に神経を逆なでするようなことを淡々と言って、スマホを仕舞った。
「それじゃ、次の撮影があるので、失礼します。」
「お疲れ様でした〜。」
私たちはそう言って、森田の脇を抜けて裏口へと急いだ。森田はただ呆然と、そこに立ち尽くしていた。
裏口を出ると、どっと押し寄せるマスコミ。あ〜、光を待ってたのか…。急いで車を回させて、押し寄せるマスコミから光を庇う。
「玉城さん!この写真について一言お願いします!」
「夫の御幸一也さんはこのことをご存じなんですか!?」
「この方は玉城さんの浮気相手という事なんですか!?」
あーあ。森田、やってくれちゃって…。
光は特に取り乱しもせず、よく通る綺麗な声を響かせた。
「彼は私の従弟です。」
ざわっ、とマスコミがどよめき、意表を突かれたように静まり返った。その隙に光を車に乗せ、私たちはロータリーを抜ける。
はあ、と後部座席で光が深いため息を吐いた。
「お疲れ。」
そう声をかけると、光はちょっと苦笑して、窓の外を眺めた。
***
『“華麗なる一族”玉城光の従弟は「玉城グループ日本支社社長」若きイケメン経営者』
週刊誌のページを埋め尽くすその記事を、私は面白おかしく読み上げる。
「貿易、製薬、アパレル、IT…多くの事業を手掛ける超巨大財閥玉城グループ。なんと女優・玉城光は、その総取締役会長の孫娘だった!スイスを拠点とし、世界中に関係事業を展開している玉城グループだが、今年度日本支社の代表に就任した若きイケメン社長は業界内ではすでにかなりの話題を呼んでいる。24歳という若さで大企業の社長であり、日本語の他英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語、オランダ語といった7か国語が堪能で、幼少期から嗜んでいるヴァイオリンの腕はプロ級。しかもモデル顔負けのスタイルと整った容姿。そんな物語の世界から現れた王子様のような彼――玉城光臣。彼と玉城光の密会現場がパパラッチされたのは、つい先週のことだ。
ふたりは都内の超高級ホテルのラウンジで、VIPにのみ利用が許されている個室へ入る瞬間を目撃された。まさかあの清純派女優玉城光の初のスキャンダルか――そうマスコミを驚かせたのもつかの間。詰め寄る報道陣を前に、彼女は落ち着いた様子でこう言った。『彼は私の従弟です。』」
「…面白い?」
ちょっと呆れた様子で光が言う。うん!と私は大きく頷く。
「ねえ、ロマンシュ語って何?」
「スイスの言語だよ。」
「へぇー。じゃあ光も話せるの?」
「少しなら。」
へぇ…、と、傍で話を聞いていた倉持さんも呟く。隣で御幸さんも驚いたように光を見ている。知らなかったんかい。
「それはそうと、その情報をマスコミに流したという女は、放っておいていいのか。」
ビールを眺めながら光臣さんが口を開いた。この人ビールジョッキ似合わないなぁ。
「大丈夫。何もできないだろうし。」
光が答えると、光臣さんは納得はしていないものの了解するように頷いた。
「…光、それ何杯目?」
白ワインのグラスを傾ける光に、御幸さんが神妙な顔で尋ねた。光はほんのり赤くなった顔であっけらかんと答える。
「えっと…3杯目?」
「もうやめとけ」
「大丈夫ですー」
「ダメ。倉持がいるときは2杯以上飲んじゃダメ」
「なんでだよ」
倉持さんが、のしっ、と御幸さんの背中に足を載せて、光臣さんは不思議そうに彼らのやり取りを眺めている。
「じゃあこれで最後にします」
「いやもうやめとけって。ほらそれ寄越せ」
「嫌」
「こら、飲むなって…あぁ、もう」
御幸さんに背を向けて、グラスのワインを飲み干す光。相変わらずいい飲みっぷり。昔よりちょっと飲めるようになったことが嬉しいらしくて、最近は特に飲みたがるんだよね。それでもこんなふうにぐいぐい飲むのは、御幸さんがいるときだけだけど。
「光?大丈夫か?」
光を振り向かせて、御幸さんが問う。
「…弱いのか?」
光臣さんが不思議そうに問うと、御幸さんは困ったように笑う。
「あー、うん、まぁ…すぐ酔っちゃって…」
「えへへ…一也さぁん」
頭を掻く御幸さんに、光が甘えるように抱き着いた。光臣さんは目を丸くして口をぽかんと開けている。
「こうなっちゃうんだよね…」
御幸さんはそう言って、だけどまんざらでもなさそうにちょっと顔を赤くして、光のされるがままになっている。
「ちょっと、御幸さんばっかりずるいですよ!ほら光、こっちおいで!」
「そーだそーだ。光、俺の所に来い!」
「お前らな…犬猫じゃねーんだぞ」
「…酔うと誰にでもこうなるのか?」
心配半分、期待半分のような顔で光臣さんが訊ねる。
「いえいえ。なんていうか…思ったことを全部態度に出しちゃうんですよ。好きな相手だとデレデレになっちゃいますけど、嫌いな相手にはそれはもう辛辣になります。」
「……。」
あ、期待が不安に変わった。光臣さんは大人しく口を噤んでしまった。怖くて確かめたくない…といったところだろうか。
「光〜、ほら、光臣さんだよ〜。」
「お、おい…」
勇気が出ない光臣さんに代わって、御幸さんに抱き着いたままの光を振り向かせる。光はじっと光臣さんを見つめた。な…何も言わない。こんなこと珍しい…。
「…光?」
「……。」
「……。」
光臣さんが呼んでも、光は何かを考えるように、御幸さんに抱き着いたまま、じっと光臣さんを見つめている。
「…ほら、光臣さん!何か言ってみてくださいよ。今なら本音で答えてくれますよ。」
「え…言うって、何を…」
「手っ取り早く好感度が知りたいなら、おいでって言ってみてください!」
「シミュレーションゲームかよ」
倉持さんの突っ込みは放っておいて、光臣さんは真剣な顔で光を見た。
「…光。」
「……。」
「お…おいで。」
「……。」
光はじっと光臣さんを見つめて…御幸さんの肩口に顔を隠した。
「嫌。」
嫌。光がはっきりとそう言った。おそるおそる、光臣さんを見る。光臣さんは今にも灰になりそうな真っ白な顔で固まっていた。う…うわー、か、可哀そう…。
ヒャハ、と倉持さんが小さく笑いそうになって、私は咄嗟に睨みつける。
「こ…」
光臣さんが呆然と呟く。
「ここまで嫌われてるとは…」
こうなると本当にかわいそうだ…。むやみに勧めたことを後悔しつつ、申し訳ないけれどちょっと面白がる自分もいる。
「光、どうして嫌なの?」
おい傷を抉るなよ、と笑いを堪えながら言う倉持さんを放っておいて、光の声に耳を傾ける。
「…女たらしだから」
「え?」
疑問符を浮かべる私をよそに、なんだか納得を顔ににじませる御幸さんと倉持さん。それから図星を突かれたように放心する光臣さん。
「女たらしなんですか?」
「いや…」
「たらしだよ。なぁ?」
「あぁ。超女たらし」
「……。」
御幸さんと倉持さんに畳みかけられ、光臣さんは沈黙する。へえー、そうだったのかぁ…。
「…わかった。」
光臣さんが、どこか決意したように呟いた。
「彼女たちとは、もう手を切る。」
すると、光がゆっくりと身を起こして光臣さんを見た。
「…ほんと?」
「ああ。もうこんなことはやめるよ。」
「…ちゃんとひとりの人と…誠実に付き合う?」
「ああ。そうする…」
「…約束だよ?」
じっと光に見つめられ、光臣さんは見惚れるように何度も頷いた。
「ああ。」
すると光は嬉しそうに笑って、光臣さんを抱擁した。突然のことに目を白黒させながら、光臣さんはにわかに顔を赤くする。
「よかった…」
光がそう安堵したように呟くと、引きはがそうと伸ばした手を、御幸さんは複雑そうに躊躇いながら引っ込めた。