「玉城光さん入りまーす!」

わっと現場に花が咲いたような明るさが広がる。シックな黒いワンピースを着た光がスタジオに入ると、スタッフたちは皆思わず見とれるように足を止め、頬をほころばせた。

「よろしくお願いします。」

光はひとりひとりに挨拶しながら案内された椅子へ向かう。ここで最後のメイクや衣装の調節を行いながら、撮影の説明を受ける。

「光…」

その椅子に、スーツを着こなした奥村君がやってきた。

「ごめん、忙しいのに…」
「何言ってるの。こうちゃんの役に立てるなら、嬉しいよ。」

にっこりとほほ笑む光に、奥村君はちょっと顔を赤くして俯いた。今日は彼の所属する球団のスポンサー企業のCM撮影で、スポンサーたっての希望で、親戚関係である光との共演を打診されたのだ。光は2つ返事で引き受けた。なんでも、奥村君には昔、すごくお世話になったとか…。なんだろう?
ともかく今回のCMは、高級腕時計メーカーの新作ペアウォッチの宣伝で、2人の衣装もペアのようにシックに合わせられている。

「なんかそういうカッコして並んでると、姉弟みたいだね。」

私が思わずそう言うと、2人は同時に私を見て、顔を見合わせて笑った。



***


夏も近づいてきたある日。光臣さんが、ふらりと光の家を訪ねてきた。

「……。」
「……。」
「……。」

リビングでコーヒーを前に、御幸さん、光、光臣さんがテーブルを囲む。偶然居合わせた私と倉持さんは、少し離れてその様子を窺っていた。

「…光臣、それ…どうしたの?」

沈黙を破ったのは光だった。光臣さんの頬には痣やひっかき傷があり、痛々しい。だけど、そんな怪我を負っていても美形なんだから、神様って不公平だ。

「…関係していた女性全員と、別れてきた。1ヶ月かかったが…なんとか。」
「…え?」

ぱちくり、と光は本当に驚いたように目を瞬いた。あ…そっか。あのとき酔ってたから、覚えていないんだ。光臣さんに、ちゃんとひとりの人と付き合えって言ったこと。

「ど…どうして?」
「え?」

光の言葉に、今度は光臣が目を瞬いた。

「ちょっといいか?」

そこへ手をあげた御幸さん。この状況を全て察しているのは、あの中では彼だけだ。

「何だ?」
「何ですか?」
「ちょっと一旦タイム。光臣、一回こっち来て。」
「は…?」
「一也さん?」
「いいから。光はちょっと待ってて。」

混乱する二人を促し、御幸さんは光臣さんを連れて玄関の方へ行った。光は私たちを振り向き、疑問符を浮かべたように首を傾げて見せる。
そう時間はかからず、ふたりはリビングに戻ってきた。光臣さんは…呆然としている。可哀そうに。ふたりがソファに座ると、光はふたりを見渡した。

「えっと…それで?」

御幸さんと光臣さんは目配せし、光臣さんが口を開いた。

「いや…いいんだ。とにかく、伝えたかっただけだから…」
「…そうなの?」

きょろきょろ、と光はふたりの顔色を窺って、腑に落ちないまま落ち着いた。

「でも…良い事だと思うよ、光臣の為にも。」
「…ああ。」
「ふふ…大変だったみたいだけど。」
「…そうでもない。」
「よく言う。ふふふ。でも…そっかぁ、そうなんだ。」

光はなんだかうれしそうに、しみじみとそう呟いて、頬をゆるませた。

「私、嬉しいよ光臣。」
「…そうか。」

光臣さんの肩に手を添えて、光がそう言うと、光臣さんはまんざらでもなさそうに微笑んだ。

「なんか、すごいことになってきましたね。」

私はカラカラとアイスコーヒーの入ったグラスをかき混ぜながら、倉持さんに内緒話をする。

「あんなになってまで、光のために、女の人たちと別れるなんて。」
「…だな。」

倉持さんは無関心を決め込むつもりなのか、短く相槌を打った。だけど、その横顔には複雑な思いが滲み出ている。

「光臣さん、何人くらい彼女さんがいたんですか?」
「しらねー。つーか、彼女だと思ってたかどうかも怪しい…」
「え?」
「あ、いや…」

倉持さんは何やら慌ててはぐらかす。その反応でピンときた。なるほどねー、不純異性間交友ってやつかな。そりゃ光も心配するよ。

「倉持さんはどうして知ってたんですか?光臣さんのこと」
「俺もよくは知らねえよ。偶然光臣が女といるところに出くわしただけで…他にも相手がいるような口ぶりだったから…」
「へぇー…。どんな人だったんですか?」
「んー…外国人の、モデルみてーな女」
「わーお…」
「何で外国人風だよ」

海外ドラマみたい。そういえば、そういうドラマあったなぁ。

「光、どうするんだろう。」
「…どうもしねーだろ、別に…」
「えーっ、あんなボロボロになってまで女の人たちと別れてきたんですよ?可哀そうじゃないですか?」
「知るか。あいつの勝手だ。あんなもんで光とどうこうなれんなら……」

倉持さんははっと口を噤んだ。あー、まだ好きなんだ…。
光は本当に…いろんな人を魅了して、愛されて、求められて…。まるでそうなる運命を背負って生まれてきたみたいに、皆光のことを好きになる。
全く羨ましくないと言えばうそになるけど…でも、それによって辛い目にも遭って来たのを見ているから、可哀そうにも思う。光が望んでいるものが、ただ、御幸さんとの平穏で幸せな日々だけだということも、知っているから…。

「それじゃあ…、俺はそろそろ失礼する。」

光臣さんの声がして、私も倉持さんもリビングに視線を移した。

「もう帰るの?」
「ああ。今夜は食事会があるから…」

光臣さんは腕時計で時間を確かめ、ちらりと私たちの方に会釈をした。

「それじゃ。」
「おう、またな」
「さよなら〜」

倉持さんと二人、リビングへ行って光臣さんを見送る。ぞろぞろと全員で玄関まで行って、光臣さんは高価そうな革靴を履くと、最後に振り返った。別れを言うように私たちをぐるりと見渡し、最後に光に目を留める。なんだか優しい眼差しでしばらく光を見つめ、ふっと満足したように微笑むと、切り替えるように口を開いた。

「じゃあ…、また。」
「うん、気を付けてね。」

光臣さんが帰って行き、私たちはリビングに戻った。光と御幸さんは夕食の準備を始める。
さっきの光臣さんの目…。なんだか、真剣だった。
家のことがあったとはいえ、光に結婚を申し込んだこともあったし…、まさか、結構本気なんだろうか。

「何ぼーっとしてんの?」

ソファでコーヒーを飲みながら、倉持さんが呑気な事を言う。

「べつにぃ?」

そう言って私もソファに座ると、倉持さんは首を傾げて、いつものようにスマホを弄りだした。

 


ALICE+